14.教えて! エッセ先生 1時限目
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「ちょっと風邪気味だから休む~」
朝食後にそんなことを言ってみたところ、あっさりと家族には納得され今日はめでたくお休みである。どうも朝自分で起きていたことから、どこか悪いんじゃないかと看做されていたフシがある。
「失礼しちゃうよなぁ」
【むしろ、わらわとしては、お主の普段がそこまで酷かったことに不安を覚えるがの】
そういわれると返す言葉もないが。
とりあえず今日は学校を休むことにした。
昨日の今日で出雲と顔を合わせても、どんな対応をしていいかわからないし、エッセに聞いておかなければならないことはまだまだ沢山あるのだ。
今日1日くらいはそれに時間をあててもバチは当たるまい。
「さて、まずは何から始めようかな…」
【さっき聞きかけていたことがあったじゃろう。あれからじゃな。
NPCと重要NPC、そして主人公、この3者についての立ち位置の違いからじゃ】
そうそう。
朝、まずNPCと主人公についての違いについて聞いていたんだった。それに対してエッセからは、NPC、重要NPC、そして主人公の3つの立ち位置がある、と返答があったところで朝食で中断していた。
【NPCと重要NPC、この2者は総じてNPCと呼ばれておる。イメージとしてはお主の考えどおり、ゲームや何かで舞台装置としての役回りをしておる群衆的なものだと考えればよい。
重要NPCとの対比で通常のNPCを一般NPCとかいったりすることもあるそうじゃが、そのへんはさておき。
まずNPCと重要NPCの違いはその字のとおり重要度の違いに他ならん。
例えば大国の大統領などの国家元首や、経済的に大きな力を持った大企業の会長などその人物が死ぬと世界に大きな変化を及ぼす可能性のある人物じゃ】
確かにオレが死んでも世界に大きな変化は及ばなそうだ、と納得してしまった。
【他にも主人公の伴侶や深い関係を持ったNPCが重要NPCのカテゴリに区分されることも有り得る。このへんの基準は世界が決めることゆえ、厳密な区分は難しいのじゃが、結局のところ死亡した場合に主人公に大きな影響を与える可能性がある人物。
それらを総じて重要NPCと思えばよい。
ほれ、例えば恋人が死んでも、大国の指導者が変わって戦争が起こっても、どちらも主人公は影響を多かれ少なかれ受けるじゃろう?】
あれ、そうなるとなんでオレは重要NPCじゃないんだろうか。
出雲と結構仲良かったはずなんだけどなぁ。
そんな風に思ってるのはオレだけかもしれないけど、親友だと思ってもらえるくらいには仲間だったと思う。
【そのへんのカテゴリーはそのNPCが世界に誕生した時点で割り振られておる。
つまるところ、和家綾は元々その龍ヶ谷出雲という主人公がアプローチをする可能性のあるキャラとして生み出されている、という扱いじゃな。
実際はそのような単純なものではなく、もっと様々な要素が影響しあっていると思われるが。
その綾という人物、お主の記憶を覗くに和家という良家の出で見目もよい婦女であろう。重要なNPCには能力、容姿、出自、その他何かが特別で通常のNPCとは違うものじゃ。
ゆえに代用が効かぬ。それゆえの重要NPCとなる】
………。
複雑な心境だ。
それが事実なら、オレが綾に対して抱いていた初恋は酷く歪なものになる。
どんなに頑張ろうと何をしようと、絶対に叶わない恋。
正確には出雲が綾に好意を抱いた時点で、絶対に叶わなくなる、ということなんだろうけど。
【話を続けるぞ。
対して一般のNPCはその逆。代用が効く存在として生み出されている。
先ほどの話では、お主は一般のNPCが偶然主人公と親しくなったとイメージすればよい。もしお主に何かがあり傍から消えたとしても、別の人間が出雲とやらの親友になる。
役回りとして親友が必要なのであってお主という役回りではない。
酷な言い方になるがこの表現が一番的確じゃな。
結局のところ重要NPCとNPCの違いは、その人物があってそれに合う役回りを用意されているのか、役回りが先にありそこに人物が嵌めこまれているかの違いでしかないのやもしれぬ】
仲間になれれば重要NPCなのではない。
重要NPCだから仲間になれる。
その真実は本当に重く響く。
【さて、重要NPCとNPCの本質の違いはそんなところじゃ。
次に主人公についての話といこうかの】
エッセは淡々と続ける。
深く考える時間を取らないように、彼女なりに気を遣ってくれているのだろうか。
【主人公。
これはお主がおんらいんげぇむで体験した認識でほぼ間違いない。
キャラクターとして自ら設計した存在でこの世界に誕生し生きていく連中。そのため初期における能力的な利点がある。
例えば生まれる段階での一般的な10種類の能力値が全て8だとすれば、彼らの能力値はオールは10となる。さらにそこに個々人によってボーナスと修整を加えることが出来る。
…ふむ、わかりにくいか。
わかりやすくいえば、一般的な生まれの総合力が10種が8で合計80なのに対し、主人公は10種10で合計が100、さらにそこに主人公としての補正の20を加えて総合力120でスタートできる、というような認識でおればよい】
…なにそれ。
ちょうズルい。
【そこに主属性、複合属性の選択をすることで技能的な方向性を決める。このへんの説明はもうすこし慣れて来た頃にせぬと混乱するので割愛するが、つまるところお主の知識にあるゲームでいう火とか水とかそういった魔法属性?とやらをイメージしてもらおうか。
実際は組み合わせがありすぎて複雑なので、そう単純なら楽なんじゃが。
NPCにも勿論属性はある。じゃがそれがなんであるかはランダムじゃ。
だから身体的能力が高過ぎるのに活かしきれぬとか、知力に長けるのに研究より肉体的行動に憧れを持つなど自らの長所に反するように出来あがってしまうことが出てくる。
対して主人公は先ほどの能力適正を見て意図的に属性を選ぶことが出来る。後ほど説明するが属性と技能は密接に結びついておるからの。
例えば肉体的に前衛で戦うタイプであれば白兵特化になる技能系統に長ける属性を選ぶであろうし、お主がいうところの魔法のような特殊な術で戦うようであれば、物質的な感覚系ではなく異質なものに対してのアプローチに長けるように属性を組み合わせるわけじゃ】
うーん、攻撃魔法使いたいなら火の魔法が使えるように火の属性、戦士したいならHPとかが増える属性にしちゃうぜ、みたいなことか?
それを自由に決められるっていうのはゲームとしては当たり前だと思っていたけれど、今回のように客観的に見ると何かおそろしいほど優遇されてるな。
オレがやっていたオンラインゲームの中のNPCたちにとってみれば、オレたちはこんなに規格外の存在だったのかなぁ、などとふと思った。
【次の違いは能力値に対しての補正じゃ。
お主、出雲とやらと生活しておって、同じことをやっても自分と違うと認識したことがあったのではないか?】
「外見はともかく、運動とか勉強とかそのへん同じことやってても、あっちのほうがすぐに出来るようになったりってのはあったなぁ……って、まさか」
【才能による補正はあるが、その場合は成長率による補正じゃな。
基本的に主人公の能力成長率は一般のNPCの比ではないくらいに高い。例えば1の経験を積んで一般のNPCが1だけ能力があがるところを、連中は10は上がる。
さらにいえば肉体的な場合の老いなどによる衰えはあるものの、能力の上限も通常のNPCよりもはるかに高い。当然といえば当然じゃがな。
周囲と同じ成長率ではイベントの際にNPCに見せ場を取られる可能性も出てくる。主人公として活躍するためには放っておいても差をつけられるようではなくては成り立たぬ】
NPC無双していて自分が見ているだけのゲーム。
…確かにそれでは困りそうだ、うん。
【さて、結論として世界にとっての重要度としては、重要な順に主人公、重要NPC、NPCとなり、重要であればあるほど様々な面で優遇される。
よって当面の目標としてはお主はNPCから重要NPCになることを目指すべきじゃな】
「え? そんなことできるの?
さっき生まれたときに決まってるとか言ってたような」
【通常であれば不可能じゃ。
ただしお主はわらわと契約した時点でそのカテゴリーからは外れておる。
いわば逸脱した者じゃな。NPCではあるものの、NPCとして固定はされておらぬ存在。だからこそ重要NPCに足を踏み入れることも可能であろう】
―――逸脱した者
……どこかで聞いたことがあるようなないような。
ダメだ、思い出せない。
【無論メリットばかりではない。NPCならば狩場に紛れ込まぬようにしている認識阻害なども、お主には効力が薄くなる。重要NPCならば代替の利かぬ存在ゆえに、危険にならぬよう世界がある程度守ってくれるがの】
それって……。
【うむ、今現在の自分の身は自分で守れよ、という話じゃな】
「うわ、サラっと言ったよ!?
それはむしろ早く重要NPCにならないとマズいだろ!? 一体どうやればなれるんだ、教えてくれエッセ先生!」
【誰が先生じゃ、誰が】
「いや、つい…」
てへ、と誤魔化すオレにエッセがため息をついた。
【重要NPCになれる方法。それは―――わからぬ】
思わずズっこけた。
【何分前例がないからの。さっぱりじゃな。お主以前に契約したのは全員重要NPCだったわけじゃし】
「この攻略本使えねぇぇぇぇぇッ!?」
【おのれ、また書籍扱いしおったな!?】
「あれだけ勿体つけておいて結局わかりません、じゃダメ出しもするわ!?
それじゃ一体これからオレが何をすればいいのかもわからないなじゃないかッ!!」
【少なくとも、まず主人公たちが持っておる装備などを調達することから始めればよいじゃろうが! お主の首から上についておるものは飾りか!】
なるほど。
確かにゲームでモンスターが出てくるような恐しいところに遭遇する可能性があるなら、それなりの装備がないと前回みたいになっちまうからな。
「………どっかで売ってるとか?」
【知らぬ】
「やっぱ使えねぇぇぇぇッ!?」
【わらわは管理者なのじゃぞ? 一般の主人公の使う店など知っておるわけがなかろう。わからぬのならば、わかる者に教えてもらえばよい】
「……?」
【龍ヶ谷出雲、じゃよ】
「ッ!!?」
確かに主人公である出雲なら間違いなく知っているだろう。
冷静になってみれば、学校に欠席を知らせた以上、オレが家にいることは出雲にもバレてしまっていると考えたほうがいい。
その上で、オレが知っている出雲ならば真偽を確認するためにやってくるだろう。
だが今この胸で渦巻いている複雑な心境のまま、出雲と会っていいものだろうか。
主人公としての姿を知ってしまったオレの胸中には様々な思いが湧いている。
綾とのことを相談してもらったとき、それ以前に親友として付き合っていたときもそうだ。あいつは一体どんな気持ちでいたのかとか。
本心ではNPCとして取るに足らない存在として考えていたのではないかとか。
親友だからこそ初恋を諦めたオレの行動を、NPCとして自分を引き立てるのは当然として嗤っていたのではないだろうかとか。
教えてもらった綾に対してのあの想いも、あくまでゲーム中のキャラに対してというだけの遊びのようなものだったのかとか。
疑念は湧いても答えはない。
だから消えることなく湧き続ける。
こんな状態で面と向かって話をしろと?
【たわけ】
「……え?」
【たわけ、と言ったのじゃ】
短い、でも悪意のない罵りに我に返った。
【お主の記憶の中におる龍ヶ谷出雲は、そのような男だったかの?】
………。
知り合ったばかりのエッセに指摘されるまでもなかった。
なんて馬鹿なのだろう。
なんて愚かなのだろう。
たとえこの世界があいつたち主人公に優遇された世界であったとしても、あいつの行動をずっと見てきて親友と決めたのは自分自身。
いつだって出雲は親友としてオレと付き合ってきたのだ。
確認することもなく真実を推測するだなんて馬鹿げている。
もし懸念どおりでもそれはそれでいいじゃないか。
それで綾と3人で培ってきた日々が消えてなくなるわけじゃない。
何の取り得もない。
それこそその他大勢のNPCだといわれても反論できないオレだけれど、それでもただひとつ、あの二人との友情だけは掛け替えのないものだと言い切れる。
【…どうやら、落ち着いたようじゃな。
まったく手間のかかることじゃ】
すこし呆れるような、安心したような口調。
「ありがとな、エッセ」
【ふん、お主がしっかりしてくれんと、わらわが困るからの】
本心からありがたかった。
おかげで大事なものを見失わなかったんだ。
とはいえ昨日からずっとエッセが何かしてくれてオレが受け手だ。
たまにはそれを変えてみたい、とふと思った。
いつだって思いつきで行動するとロクなことがないのに、相変わらずオレは学習しない男だった。
「さて…そろそろ昼だし、飯食ってきますか。
多分出雲が来るのは午後だろうし、それまでのんびりしとかないと。
ああ、そうそう。エッセ」
【ん? なんじゃ?】
「さっき重要NPCの話のとき、綾の見た目がいいとか言ってただろ?
あれさ、エッセも全然負けてないと思うぜ。は、初めて見たとき、すげぇキレイだって思ったもん」
【~~ッ!?】
ふふふ、ちょっと途中でセリフ噛んだけど逆襲成功。
別に嘘はついてないしな!
【………】
「………」
【………】
「……? あれ? おーい、エッセさ~ん?」
【………】
「なんか返事を…って、熱ッ!? 腕が熱ぃっ!? なにこれ!?」
【………】
「あー、もしかして照れてんの?」
【うるさいッうるさいッうるっさぁぃ~~ッッ!!!】
「ぎゃーー!? 熱ッ!? いや、ホントに熱いから!!?? やめてー!?」
結果……左手が低温ヤケドになりました、まる。
あと、昼食のときの家族の視線がちょう痛かったです…。
【ふんッ! 自業自得じゃろうッ】
と、いうわけで出雲くん回は前回で終了。
ミッキーとエッセのお話となりました。
こうやって見るとファミコンの時代からRPGの主人公って存在そのものがチートですよね。
今後もたまに視点が変わったりするとは思いますが、出来るだけわかるようにしていこうと思っています。