157.本殿防衛戦(1)
やあ。
皆、元気かな?
“童子突き”こと武倉 槍長さ。
勿論、己も元気いっぱい全開。
理由は簡単。
ここには獲物がごまんといるからだ。
あたりに鬼気が充満していた。
鬼首神社。
本殿と呼ばれる社の周囲。
そこに己を含めて10人ほどの主人公がいる。
本来であれば協力して戦うのが一番いいわけなんだけども、正直なところレベルに差があり過ぎる奴も混じっていたため、とりあえず一定以上の弱い主人公、つまりは拠点防衛に失敗した生き残りのふたりと3人ほどの本殿防衛メンバーをひとつのパーティーとし、それ以外のある程度以上の力を持つ者は遊撃的な役割で自由に戦ってもらうことにしていた。
ん?
当然ながら、己も強いので! こと鬼属に関してはそれこそ鬼のように強いので!
単独で戦うことになっている。
大事なことなので二度言っておこう。
己の役目は具体的には本殿前の最後の砦、といったところだ。
他の連中が戦っている間に擦り抜けてきた鬼やら、忍び寄ってきた鬼を倒すのが役割。
なんだけども、ひとつ問題がある。
まだ本殿への襲撃がないんだ。
空き地になっている本殿の周囲、そこを取り巻く森からは、さっき感じた通り鬼気がこれでもかというくらい充満しているので鬼たちが近くに相当数いることは間違いない。
ところが襲ってこない。
まるで何かを待っているかのよう雄叫びをあげることすらなく静かにしている。
理由は簡単。
4か所あった封印。
そのうちのひとつがまだ破られていないから。
封印が全て解けなければ本殿を攻めることはできない。
そういう決まりになっている。
「………暇だなぁ」
思わず天を仰ぐ。
そんな己に近づいてきた男、
「まだ最終日始まって3分もしていない。暇と言うには気が早すぎるさ~」
比嘉チャンが小さく苦笑しながら言った。
他のイベントバトルのときにちらっと見たことがある。
確か古流空手の使い手だったかな?
結構強いんで彼も今回は単独での遊撃役になっていた。
「あ~、やっぱ比嘉チャンも守りきれないと思ってるのん?」
「相手はで~じ……とても、強いさ~。いくら充君がいるとしても、時間の問題さ~」
訛りが出かけて比嘉チャンは少し言葉を直しながら答える。
実際、彼は拠点防衛で相手の鬼と文字通り拳を交えていると聞いていた。その彼がこれほど言うんだから確かなんだろう。
「そっかぁ…いくら新装備をもらってるって言っても、ミッツんじゃあちょっと厳しそうだなぁ」
加能屋で出会った、第四班のリーダーの顔を思い出す。
まだ結構若い感じの奴だった。
あの店のおやっさんに見込まれるくらいだから素質的には有望なんだろう。将来的には上位者になれるかもしれない、それくらいには。
だがそれはあくまで将来の話。
冷静に現時点で比較すれば、喩えおやっさんの作った武器を持っているとしても、己はおろか目の前の比嘉と比較しても単純な戦力的には一枚落ちる、といったところだろうか。
勿論、受け取っていた武器が刀だったから接近戦を想定しただけであって、他にも何か技能的な隠し玉があるとすればその限りではないが。
「ただ、充君は不思議な狼を使ったりもできるから、数に飲まれて拠点防衛を失敗したとしても、仲間を生き残らせるくらいは出来ると思うさ~」
「おー……不思議な狼?」
それは聞き捨てならない。
どうやらミッツんは隠し玉があるらしい。
「なにそれ、詳しく―――」
そう言いかけた瞬間。
何かが山を駆けた。
刹那というにも短い一瞬。
形容しがたい力が波のように駆け巡った。
「………鬼…?」
確信はない。だが長いこと鬼属と戦いまくってる己には、これが鬼に関係する力なんじゃないかとなんとなく感じた。
そしてすぐにそれが正しかったと証明される。
「ガァァァァッァアアアアアッッ!!!」
「な、なんだぁッ!!?」
拠点防衛の生き残りたちとパーティーを組んでいた連中のほうからあがる雄叫びと悲鳴。
見ると、5人中2人が何やら内側から膨れ上がるように筋肉を隆起させていた。
その上で骨格すらも変わっていくのか体格や外見が似ても似つかない別の物になっているじゃあーりませんか。
鬼、という存在に。
少し様子を見ているうちに、彼らは完全に漆黒鬼へと変貌しちゃった。
鬼たちはそのまま本殿のほうへ視線をやろうとするも、さすがにそうはさせてあげられないんだよねぇ。
「よ、っと」
その頃にはすでに動き出している。
おもむろに槍を投擲。
どんっ!!!
狙いは過たずそのまま槍は漆黒鬼の片方に脳天を貫いた。
我を取り戻した周囲の主人公たちによって残る一匹もたちまち狩られてしまう。
所詮、漆黒鬼。
本殿防衛の主人公たちはどんなにレベルが低い奴でも20は下らない。
数で勝っているならまだしも、質と数の両方で負けていては大した脅威になるはずもない。
まぁそれはそれ。
首を傾げながら槍を回収する。
「おぃおぃ、どんな絡繰りかは知らないけどさぁ。拠点の封印が解けるまでは、本殿に攻撃出来ない約束じゃなかったのん?」
思わず呟く。
あたりを警戒してみるが、特にそれに乗じて他の鬼が襲ってくる様子もない。
鬼になった奴を確認すると、どうやら第二班の拠点防衛組の二人らしい。
………もしかして生き残ったのは何かの罠で、鬼に変化するように細工されてたとか?
そうだとすると、なんか腹黒い奴がいるねぇ。
いや、まぁ漆黒鬼は腹まで真っ黒なんですけどな? あっはっは。
そんなオチをつけていると、さらなる変化が鬼首神社を襲った。
キキキィキィィィイィンッ!!!
「………?」
金属がはじけるような音。
そしてかすかな地鳴り。
何が起こっているのかほとんどの主人公はわかっていないだろう。
かく言う己だって、山中の鬼気が一段と強くなったことくらいしかわからんし。
そんな己たちに親切にも、本殿に備え付けられた警報機が事態を教えた。
第四拠点の封印も解かれたことを。
さらば、ミッツん。
「あっちゃあ……」
思わず額に手を当てる。
どうやら始まってしまったらしい。
ざわざわと森に潜む気配が蠢くのがわかる。
「ちょっとアクシデントがあったけど、総員戦闘準備よろ。
2人減っちゃったけど足手まといが減ったと思って前向きにやる感じで、後は打ち合わせ通りに~」
皆に声をかけるのと同時に、森の中から黒い軍勢が向かってくる。
漆黒鬼という名の兵卒。
それが10や20では利かない数となって迫る。
そう、これから始まるんだ。
お楽しみの時間が。
「んじゃ、ま。一番槍、頂きィッ!!」
先頭の漆黒鬼の頭を叩き割って倒す。
やっぱ最初の一撃はもらっておかないと、気持ちよくないんで。
満足すると、そのまま比嘉チャンや他の主人公と位置を入れ替えた。
本殿前。
そこが己の守るべき場所。
もし強い鬼が出てきて突破してきたら、戦うことが出来る一番美味しい位置である。
そのまま主人公たちは鬼の軍勢と戦端を開いていく。
見たところ、作戦は機能しているようだ。
比嘉チャンのように単独で戦う奴と、連携して戦う奴がそれぞれ確実に相手の数を減らしていく。
ただ相手の数が多く、どうしても連中だけでは捌けない。
そういうとき、彼らは敢えて突破させる。
そういう風に示し合わせてある。
何を隠そう、最終防衛ラインにこの己、“童子突き”がいるんだから。
「よ、っと」
横合いから飛び掛かってきた漆黒鬼の喉を槍の石突きで突く。
動きを止めた相手に対し、そのまま横にいた別の漆黒鬼を巻き込むような形で薙ぎ払った。
ばきぼきと骨がひしゃげて砕けていく手応え。
その屍を超えてくる漆黒鬼の足を切り落としてから目玉を一突き。
おぉ! 久しぶりの感触だ。
ぐじゅりぐじゅりと抉ってから次にいく。
次は喉を。
次は心臓を。
次は口の中を。
突き刺しては殺し、突き刺しては殺す。
途中に薙ぎ払いを混ぜたり、石突きの攻撃も交えつつひたすらに鬼を倒していく。
だが終わらない。
まるで黒い津波のように、次から次へとまるで雲霞の如く押し寄せてくる漆黒鬼たち。時折、中に焔炎鬼や伸腕鬼なども交じっているので上手く対処しながらそれを捌いていく。
「つってもなぁ~、もうちょい手応えのある奴出てきてくんないかなぁ」
槍の一突き。
槍の一薙ぎ。
ただそれだけで文字通り鬼がばったばったと倒れていく。
余力を残した全力でない一撃にも関わらず。
鬼退治に特化した己の武技のせいもあるけども、そこに愛槍が加わっているのだからそれも当然。
“鬼討丸”
長さ2メートル近い大身槍で、剣刃状の穂先が70センチ近くある。
槍の柄は朱塗りだが手元の部分に黒く染められた麻紐が巻かれており、石突きの部分は鋼鉄製。
もう名前からわかる通り、そのまんま鬼属に対して特効のある槍だ。
鬼属に対して攻撃するときのみ、その威力が跳ね上がる。
同じランクの普通の武器が1ダメージを与えるとすると、比較して10ダメージを与えるほどの差がある。しかも身体能力も強化されると同時に、持っている限り己と一定のレベル差、具体的には20差以内の鬼属の“隠”能力を完全に無効化することができる。
今のところ、己のレベルが40だから鬼の適正討伐レベルが60を超えていなければ隠れて忍び寄ることすら許さない。
そして己のレベルを20以上も超えるような、所謂イベントボスのような強大な相手はわざわざ“隠”を使って忍び寄ってきたりしないので文字通り無双な力である。
鬼との戦いが大好物な己にとってみれば、便利なことこの上ない槍。
なんだけど………いやぁ、これを作ってもらうときはホント苦労した。
まず素材。
素材に鬼属の入手難易度の高い素材がダースで必要だったので、どれだけの鬼を狩ったかわからないがこれはある意味趣味と実益を兼ね備えているからいい。だけど、その他に槍毛長の希少種のドロップアイテムが必要だったり、鬼属じゃない狩ってもつまらない相手もたくさん倒す必要があった。
次に作ってくれる職人。
幸いなことに“万化装匠”の二つ名を持つおやっさんと知り合えたからよかったものの、最終的にそこにいきつくまで結構たくさんの生産者を探した。勿論おやっさん以外にも作れそうな奴はいたけど、素材集めそのものが大変なんで出来るだけ失敗の確率は無くしたい。
結果、探した中で一番腕のいいおやっさんにお願いすることになったんだ。
“鬼哭の宮”という迷宮の深部でその存在を知ってから素材集めに走って苦節3年。ようやく完成したのがこの“鬼討丸”というわけだ。
発見した作成図では鬼属を相手にした際の運動能力増加は無く、“隠”を無効化するレベル差も10しかなかったので、それらはおやっさんが上手いことやってつけてくれたものだけどね~。
ずどっ!
もう幾度目かもわからない風穴を鬼の胴体に穿ち、敵がそのまま倒れていくのを見ながら周囲に視線を巡らせた。
見たところ比嘉チャンや他の主人公も特に大きな怪我をすることなく敵の数を着実に減らしている。
順調な防衛。
この調子であれば何の問題もないのだろうけど………、
「やっぱ出てくるよね~ん」
残念そうな台詞とは裏腹に、それを紡ぐ口調は明るい。
現れたのは三人の鬼。
それまでの十把一絡げの連中とは違う、その三鬼。
彼女らが現れただけで、波のように押し寄せていた漆黒鬼たちが一度下がった。
それは謂わずもがな、漆黒鬼たちが彼女らの意志の下で動いていることを示していた。
おかっぱの黒髪をした朝顔の描かれた浴衣を着つけている少女。
紫紺の髪を腰まで伸ばし、白装束を纏った美女。
裾が随分と長い濃紺の衣で体を覆い顔を布で隠した女性。
その全てが角を持つ“名持ち”の鬼。
三鬼のうち、白装束を纏った一人には見覚えがあった。
確か今回の特別ルールを実質的に取り仕切っていた、鬼側の窓口になっていた鬼。
名前は確か、宴禍童子とか言ったような気がする。
「………幽玄童子」
ゆっくりと迫る連中に向けて比嘉チャンがぼそり、と呟いた。
彼を見つけて、にやっと笑みを浮かべたおかっぱの少女がおそらくその幽玄童子なんだろうなぁ。
問題はもうひとり。
“宴禍”と“幽玄”以外のもうひとりの鬼。
正直なところ、一対一なら問題なく戦えるし勝機もかなりある。
だが比嘉チャンが幽玄童子を、己がそれ以外のどっちかを抑えたとしても、残りの奴をどうするかという問題がある。それにそれ以外の雑魚、つまり漆黒鬼たちだってなんとかしないといけないんだ。
つまり仕方ない。
そう、仕方ないんだ。
仲間のためには仕方ない。
「しゃーねぇ、ここは欲張っちゃおう」
とんとん、と槍を肩に乗せつつ悦んだ。
―――この二鬼を美味しく頂いちまおう、と。




