156.敵となる味方
鬼たちに取り囲まれた状態。
緊張が続く。
「あれ? そんなにおかしいことだったかい?
人間たちがやる鬼ごっこってのは捕まったら鬼になっちゃうものだろう?」
洞見童子はオレの緊張した表情を物珍しそうに見ている。
「ああ、もしかしてどういう理屈か知りたかったとかかな?
それなら教えてあげよう。君たち、宴禍の料理を食べていただろう?
そもそもあれを作るための材料を僕たちはどこから調達したと思うね? 山から出られないのだから、この山にあるものじゃなければいけないんだ。つまり料理の材料は鬼首神社に備えられた野菜などの食材というわけさ」
滔々と流れるように洞見の言の葉が流れる。
「鬼首神社に捧げられる食物、それはつまり鬼首、つまり鬼が食べるべきもの。逆説的に言えば鬼が食べるものを食べたのであれば、食べた者は鬼である。
そういう因果を口実に呪を込めた。
食べたものにわずかなりとも鬼の力が宿るように。元々人間には生まれながらに持っている生物本来の霊力があるから、少しくらい鬼の霊力が交じったところでどうかなるわけでもない。
自分から受け入れない限りはね?」
つまるところ雑菌のような感じだろうか。
健康な状態であれば健康に害を及ぼすほどのことはない。
ただ衰弱していたりしていれば途端に牙を剥いて体調を崩す。
「おおよそのことは感づいているみたいだね。その通り。
“鬼!”とわざわざ言わせているのは、それにより鬼の力を内部に同化させるため。鬼の霊力と混ざり合った人間の霊力は鬼とも人ともつかないどっちでもある不安定な状態になる。動けなくなるのはそのためだね。
そこで他の人間に触れてもらうことで、人間の霊力をわずかなりとも感じ取らせれば、人間側に寄って動けるようになるって寸法だ」
鬼でも人でもある状態。
叫んだ人間を鬼が攻撃しなくなるのはそのせいだろう。
同属であればそもそも攻撃の標的になりえない。
「だが不安定な状態なのは変わらない。無論ひと月もすれば自然消滅してしまうだろう鬼の霊力であったとしても、数日は体内に滞留する。そこでひとつ、外から大きな鬼の霊力で刺激してやれば……」
ひら、と手を広げて先ほどまでオレの仲間だった漆黒鬼たちを示す。
「この通り、立派な鬼になる」
……思わず拳を握ってしまう。
「卑怯と言ってくれても構わないよ? ただ、食べるかどうか強制はしないようにと、そこはしっかりと言い含めておいたからね。リスクとリターンは正比例。
一方的な美味しい話なんてあるわけがないと考えない連中なんて知ったことじゃない」
そう、まるでこちらを煽るように締め括る。
だが馬鹿みたいに自慢するかの如くお喋りしてくれて助かった。
鬼と人間の霊力が混ざり存在自体が不安定になっている、それが今漆黒鬼になっている仲間たちの状態。そうとわかればなんとかする方法も見えてくる。
不安定なときに鬼の力で外部から刺激されて鬼になった、というのであれば、今度は外部から人の力で刺激するか、そもそもの問題である内部の鬼の霊力を奪ってしまえば人間に戻れるはずだ。
前者はなかなか難易度が高いが、後者であれば可能だ。
沈黙のままに自らの内面を探る。
問題ない。
確かにオレの裡に“簒奪帝”を起動させるためのスイッチは眠っている。意志さえあれば発動させることが出来る。
あとはタイミング。
向こうは圧倒的な戦力差で多かれ少なかれ油断が出るはずだ。
どうせ使うのであれば最初は“名持ち”の鬼、つまり静穏童子か洞見童子のどちらかに致命的な簒奪が行えるように不意打ちをするべきだろう。
羅腕童子と同等以上の鬼、ということは少なくても上位者レベルだ。
いくら地の利があったとはいえ伊達との一騎打ちであれだけ苦戦したのだから、いくら“簒奪帝”であっても無謀な戦い方はしないほうがいい。
“静穏”と“洞見”さえなんとかできれば漆黒鬼程度なら問題にならない。上手くあしらって鬼の霊力を奪ってしまえば済む。逆に漆黒鬼から鬼の霊力を奪っている間に、“名持ち”の二匹にに不意打ちされれば倒される可能性があるから、そちらを優先する以外の術がないのも事実。
だが敵もさるものだった。
「あらあら、まだ余裕がありますわね。
今の状況、本当に理解していらっしゃるのかしら?」
そんな気配をさせていたつもりは全然なかったのだが、こちらが何か隠している雰囲気を察知して静穏童子が怪訝な目を向ける。
それが奥の手であるかどうかの確証を持つまでには至っていないようだが。
ば、と静穏童子が軽く手を挙げる。
それに反応するように漆黒鬼たちがゆっくりと構える。いつでもこちらに突撃出来るように重心がわずかに下がったのがわかる。
「………来るか」
小さな声で呟いてこちらも集中する。
一触即発の空気。
それを止めたのは、
「いや、そこはやめておいたほうがいいんじゃないかな。
彼、まだ大きいの隠してるからさ。やるんならもっと慎重にいかなきゃ」
口を止めない洞見童子だった。
「……どういう意味なの?」
「どうもこうも言葉通りの意味ですよ?
彼、結構キツい能力隠し持ってるから気を付けないと。大方こっちを油断させておいて一気にバクっといくつもりなんじゃないかな」
「…ッ!!」
思わず目を見開く。
「“羅腕”の能力はワタクシも知っておりますわよ。他に何かあるとでも」
「それがあるんだ。“簒奪帝”ってもっと凄いのがある。
発動させると、むわっと体を覆う霧みたいなものが出てきて、それに触れて吸われると霊力とか能力を奪われちゃうんだ」
……なぜ。
思わず疑問符が脳裏を走る。
どうしてこいつが、それを知っているッ!?
「どうして知っているかって? そりゃ僕が“洞見”の名を持つ鬼だからだよ」
“洞見”―――物事の本質を見抜く。
確か先ほど静穏童子がそう言っていた気がする。
もしその名前の通りの鬼だとすると、分霊六鬼とかいう六匹の“名持ち”の鬼、その中でも最も参謀的な立ち位置にいるのでは、そう思える名だ。
……ずぐ。
だが胸の奥で小さな違和感を覚える。
誰かが何か違っていると訴えているかのような。
「つまるところ触れられずに倒すしかない。唯一の弱点は霊力の消耗が激しいことだけど、それすら敵から奪えるから、そもそも彼に触られた時点でアウト。
とはいえわかってさえいれば、油断しなければ簡単だろう?
何せ、単純にやり合ったら君こそが六鬼の中じゃ最強なんだから」
さらりと洞見童子は嫌な事実で締め括る。
「アナタもなかなか弁えてきたようですけれど、生憎褒めても何も出ませんわよ?」
だがそれに対して静穏童子は取り立てて否定したりしていない。
おそらくその言葉通り彼女が最強か、もしくは6人の中で最強かどうかは間違いない実力を持っているのだろう。
ざっ。
静穏童子がゆっくりと一歩前に出た。
履物は黒の布製の草履。
一見して動きづらそうに見えるが、相手は鬼だから安易な判断は禁物だろう。
出来るだけ瞬きをせずに済むよう目を細める。
同じ分霊である六鬼、つまり宴姉と同等ということは、最初のルール説明のときと同じように瞬きしただけで見失う可能性があったからだ。
増して最強かもしれないというのであれば気を抜くことは許されない。
「では参りますわ、洞見の言う通り切り札があるのなら、ちゃんとお見せになりませんとあっという間に終わってしまいますわよ?」
彼女はそう言って………突然、驚いた表情を作った。
「……?」
意味がわからなかったが、それが隙であるのは間違いない。
その好機を見逃すまい、とばかりにオレは静穏童子目掛けて殺到する。
「おぉぉぉぉぉぉぉ…ッ!!!」
間合いを詰めながら制氣薬を取り出す。
このまま限界まで霊力を上げてから“簒奪帝”を発動、全力で倒して一気に静穏童子から霊力を奪おう。
脳のスイッチが入ったのか、周囲の光景が色を若干失っていく。
過去に何度かあったこの感覚。
世界がスローモーションへと変わっていく。
そして目標まであと3メートルほどまで近づいた瞬間―――
「…………!?」
―――唐突に熱を感じた。
本当に唐突過ぎてそんな表現しかできない。
だが何かとてつもないことが起こっているのは確かだ。
声をあげようとするのに力が入らない。
ただ視界に入ってくるのは吹き出している朱色の液体だけ。
あれ…?
なんで静穏童子を見上げているんだ?
いや、見上げているんじゃない。
オレが倒れこんでいるかのように目線が下がっていっているだけだ。
ゆっくり視界がぐるっと回っていく。
ぐるっと前に回転しているかのように上下が目まぐるしく変わる。
………。
目まぐるしく変わる視界の中でオレの体がそのまま走りながら、取り出していた制氣薬を宙にまき散らし倒れていくのが見えた。
ああ、なるほど……。
首から下のないオレの体を見れば、何がどうなったかは一目瞭然。
「すまないでござるなぁ、充」
突如発生させた首への熱の原因なのだろう。
静穏童子とは違う、聞き覚えのある女の声が降ってきた。
ぱらぱらと制氣薬が落下してくる中、視線がさらに前に回りそちらへ向く。
そう、鬼は言っていた。
主人公が鬼になるために必要な条件は2つ。
宴姉の出した料理を食べること、そして特殊ルールを使うこと。
だから最初「鬼!」と叫んでいなかった日向は鬼になっていなかった。
ならば、
「ふふふ……なかなか凄いでござろう?
拙者のこの刀、“首落刀”という銘でござってな。なんと不意打ちで首を落とす場合に限り切れ味が増すでござるよ。
ちなみに実は充で記念すべき100人目、記念になる数字になるでござる。そう考えると充はなかなか果報者でござるなぁ!」
いくら視界にいないとはいえ、まず周囲で警戒を行っていたはずの仲間、つまり彼女がどうなっていたのかを考えなければいけなかったんだ。
だがいくら考えてもすでに後の祭り。
………どっ。
頭が衝撃を受けて、ようやく視界の回転が止まる。
見ると横に地面があった。
「いかに鬼の再生力があろうと、今のお主の弱い再生力では致命傷までは治せぬでござろう? これにて終幕……でござるよ」
彼女―――棗さんは、笑顔で刃を構えた。
……………どしゅっ!!
額に走る衝撃。
熱が両 目の間に差し込まれ 深く 深く
それだ けで 何もカン ガエられ■く
暗 く なッテ いく
なのに ナゼか
最■に カのジョ が 名 乗った
そ れだけは聞コえ
た
―――“逆上位者”3位、藤原 棗、と。
お待たせしました。
一日一話更新したいところなのですが、どうにも書き溜めておく時間がなく最近間隔が空いてしまってます。
お待たせして申し訳ございません。




