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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.3.02 七夕の大祭
156/252

154.波状攻撃

 和食はいい。

 料理によってはちょっと塩分取り過ぎなこともあるが、世界中の料理と比較してカロリーやバランスの面から見ると素晴らしい。

 またただ一品の料理に込められた手間暇や技術を考えると、その執念に畏怖を覚える。単純な足し算ではなく、無駄なものを極限までそぎ落とし、さらに不自由なその中でいかに深みを出すのか。正に芸術品の域にまで達しているものまであるという。

 無論見栄えのするものもあるが、決して派手過ぎずそれでいてそこに込められた職人の魂を感じることが出来る料理を最初に口に運んだ時の至福は忘れられない。


 だが!


 食べ過ぎはいけない。

 それでも過ぎたるは及ばざるが如しと昔の人間はよく言ったものだ。

 どれほどの絶品であろうと、どれほどの感動であろうと、溢れすぎればそれは価値を損ないありがたみを失うのだから。

 空腹こそが最高のご馳走だ。

 そんな格言がある通り、飢えているからこそ食のありがたみが実感できる。


 ならばこそ!

 なればこそ!


 満たされているところに無理に食べるということほど無意味なものはないのではないだろうか!

 断固として、この真理を主張せねばなるまいっ!!


「えぇ~っとぉ~? つまりぃ~?」

「お腹一杯になっても食べるのを止めさせてくれない、って地獄だよね!」


 今ひとつ説明が上手くなかったせいか不思議そうに問う日向に力説する。


「あ~、わかるよぅ~。お腹一杯になったら~、残しちゃうよねぇ~?」

「ちょっと前置きが長すぎるんじゃ…」


 うぅ、日向はいい子だ。

 とりあえず涼彦のツッコミは無視で。


 第四班の拠点。

 例によってもう歩くのですら挫けるほど宴姉さんに食べさせられつつ、なんとかここまで来くることができた。そこで一通り今日の作戦を確認し合った後、陣形や罠を準備しておいて後は時間までのんびりと会話をしている。


「充君は本当に面白いなぁ。君たちの会話を聞いていると、とてもこれからキツい仕事をするとは思えないくらいのんびりしてしまうよ」


 傍から聞いていた縁さんが苦笑する。

 もしかするとどこからか棗さんも聞いているのだろうか、何やら遠くからかすかに女性の苦笑も聞こえてきたような気がした。


 ちなみに今日の作戦は以下の通りだ。


 まず涼彦には式神を使ってもらい頭数を増やしてもらった。

 出てきたのは狛犬っぽい白いワンコだった。

 ちなみに名前はそのまんまでシロというらしい。

 モフモフしたい!という気持ちを我慢しつつ解説すると、そのワンコは一度出すと消滅するか1時間の持続時間が過ぎるまでその場に留まり命令を聞くらしいので、頭数としては十分に助かる。弱い鬼の式神もいるらしいが、どうせであれば機動性を活かして犬にしてもらった。

 難点は強さが術者依存のため、漆黒鬼相手では足止めくらいしか出来ないことではあるが、いるのといないのでは大違いだ。

 無論オレもワルフを召喚。

 さらに頭数を増やし、これで4人と2匹。


 次に棗さんには周囲の森に罠を張り巡らせてもらった。と、言ってもあまり時間がないため下草を結ぶとかその程度のもので、仮に引っかかったとしてもせいぜいコケる程度だろう。ただ大量の敵が来た場合コケて足並みが乱れるだけでも意味はある。


 陣形としては、日向、式神、そしてワルフが前衛。オレはどちらかというと中衛で全体の指揮、弓での援護をしながら適宜前衛にいったり後衛のフォローをしたりする。

 後衛については涼彦と縁さんでこれまで通り。

 ただ今回縁さんはおいと本人が呼んでいるデカい箱を背負ってきていた。これに不動尊の八種の法具とかいうのを納めてあるようだ。要は全武装を持ってきてかなり全力モードということかな。

 ちなみにこれ、一度全開で使うと後の手入れが大変らしい。


 とにもかくにも最大戦力。

 なんとか拠点を守る、もしそれが出来ないとしても一分一秒でも多く稼ぎ出来るだけ多くの鬼をここにひきつけて本殿の負担を少しでも軽くする。

 それが今回の目標だ。


 余談ではあるけど、実は今回必殺武器が2つある。

 ひとつは言わずと知れた、羅腕刀。

 そしてもうひとつ。

 その名も!!


 制氣薬詰めまくり袋!!


 買えるだけ買い込んだ制氣薬をひとつにまとめ、すぐに使えるようにしておいたのだ!

 これでどんなに霊力消耗がキツくてもへっちゃら! 完璧!! 勝つるっ!


 ……おっと、テンションが無闇に上がってしまった。落ち着こう。


 今回は全力全開、文字通り総力戦ってことだけわかってもらえればいいや。


「でも実際のところ、そんなに食べすぎて大丈夫なんですか?

 話を聞いていると冗談抜きで本当に動けなくなりそうな量みたいなんですが」

「それなんだよなぁ。不思議とそこまでじゃないというのか…」


 おそるおそる、といった感じで涼彦が確認した。

 確かに言われる通り、普通であればあれだけ食った後で戦いとかかなり無理っぽい。

 だがなぜか宴姉の料理は別だった。30分もするとはち切れそうだった腹が普通の六分目くらいの体感になってくるのだ。おかげで鬼首大祭の間中、宴禍童子の料理を食べているけど戦いでそれが原因で不覚を取ったことはない。

 詳しい理屈は理屈はわからないが、やっぱりそのへんは鬼が作ったもんだし何か特殊な料理なのかもしれないなぁ。


 ―――ようやく時間になった。


 小さく、それでいて確実に耳に届く音が響く。

 鬼首大祭、その最終日。

 最も過酷になるであろう戦いの始まりを告げる合図だった。 


 オオォォォォォ……。


 遠く唸り声とも吠え声とも取れるような鬼の雄叫びが聞こえる。


「………これは結構な数がいそうだ」


 それでも残響を残すほど強く長く揺らぐ音に、縁さんが困惑が交じった苦笑を浮かべた。

 だがそれはすでに承知の上。

 きっと考えたら絶望するような物量差だろう。

 だから考えない。

 覚悟のままに、目の前の敵をひとつひとつ処分していくだけ。


 その意志を込め、ただ暗闇を睨んでじっと待つ。

 月の光すらおぼろげな森の闇。


「10時、漆黒3、3時、漆黒4、6時、漆黒9」


 棗さんの声が届く。

 こちらの戦力を分散させようとでもいうかのように、まるでばらばらの3方向。


「10時方向は日向とシロ、ワルフが3時方向にいく。6時は任せろ!」


 最も数が少ない10時方向に日向とシロを向かわせ、ワルフで4匹を攪乱させる。物理攻撃が効かないワルフなら4匹くらいはなんとかなるだろう。

 皆に声をかけ、すでに具現化していたワルフにも思念を送り向かわせた。


 最初に鬼たちの姿が見えたのはオレ。

 それも当然。

 今回は霊力に補充のアテがあるから、使いっぱなしだとそれだけで少しずつ消耗していくから控えていた“暗視像ナイトヴィジョン”も最初からフル稼働。

 夜の森もまるで昼間のように明るい。


 鬼たちが森から出てくる前に、ゆっくりと鏑矢を番える。

 そして南から9匹の漆黒鬼が出てきた瞬間、


「一番槍ならぬ一番矢、頂きッ!!」


 放つ。


 ―――ィィィィン…ッ!!!


 飛来した“兵破”が放つ振動波が漆黒鬼たちを打ち払う。

 もがき苦しむ鬼たち。だがオレはさらに矢を番えた。


 二発目。


 多大なダメージを受けてもがき苦しむ鬼たちに向けて、さらに“兵破”を放つ。

 鬼たちは目や鼻、口から夥しい体液をまき散らしそのまま動かなくなった。


「てぇ~いぃ~!!」


 自分の相手が死に絶えたのを確認してから、次に日向とシロが担当している10時方向の鬼たちへと視線を向ける。

 シロが一匹、日向が二匹を受け持っていた。

 例によって防御に徹することで二匹と拮抗する日向と、そして四足獣特有の不規則な動きで避け続けるシロ。ただ日向は防御に力を注いでいるせいで、シロはその牙が鬼の皮膚を浅くしか傷つけられず、攻撃力が圧倒的に足りない。


「1…2…ッ、3…ッ」


 矢を番え狙う。

 幸い漆黒鬼自体が日向やシロよりも大きいため、動きの中でも狙うのに支障はない。


「8時、漆黒2、焔炎3、うち焔炎1は仕留めたでござる。5時、漆黒20、伸腕3」 


 うげぇッ!?

 まだ前のが掃討しきれてないのに、次の攻撃が、しかも合計30近い数が一度にやってくるとかあり得ないだろっ!?


 内心で舌打ちしつつ、すぐに集中を取り戻し矢を放つ。

 発射音はひとつ。

 弓を横倒しにして番えられた3本の矢が放たれた。

 うち2本は軌道が曲がるように作られている“曲ツ矢”。


 ドカカカッ!!!

 

 どれも1匹ずつ漆黒鬼の脳天にヒットし、その体が揺らぐ。

 力を失ってよろめく鬼の胴体に日向が正拳を打ちこみ、喉笛をシロが捨て身の飛び掛かりで引き裂く。


「日向とシロはそいつらを倒したら8時方向へ、縁さんも加勢願います」

「わかった!!」


 とりあえずそっちはそれで保つはず。

 問題は五時方向か。

 制氣薬を二つ、口に放り込んで飲み込みながらそちらの方向へ向き直る。


「ワルフッ!!!」


 別段名前を呼ぶ必要はないんだけど、このほうがなんとなく入り込める感じがするので声をあげ同時に意志を疎通する。

 霊力を注ぎ込まれたワルフの形状が大きく歪んでいく。

 物理攻撃が効かずに戸惑う鬼たちまるで溶けるように地面に拡散し、煙霧の海のように足元へ広がっていった。

 そして次の瞬間、その煙霧から巨大な下顎と上顎が開いた状態で浮き上がるように現れる。

 すでに漆黒鬼たちは口の中。


 ばぐんっっ!!!


 部活棟で数多くの主人公プレイヤーを飲み込んだように、一気にその顎が閉じた。

 ごきごきと咀嚼する音と共に鬼たちが喰われた。

 まぁ正確に言うとオレは・・・喰ってはいない。単にワルフに喰われただけだ。

 主人公プレイヤーたちの際は、“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”でそのまま力とかを奪ったけども、今回は、“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”を使っていない。

 無論、鬼たちから霊力を奪ったほうが補給の意味ではいいんだけど、エッセから副作用を言われているので、羅腕童子と同等以上の鬼が出てきた場合及びピンチ以外では可能な限り控えている。

 前者は羅腕童子以上の再生能力を得るため、そして後者は言わずもがなだ。

 

 そのままワルフに再び狼の姿を取るように言って、涼彦の方へ向かわせる。

 これだけ大量の相手を送り込んできているのだ。

 そろそろ、それを囮に隠重鬼が交じっていてもおかしくない。

 そこまでいったところで煙状になって鳥居や涼彦の周囲をガード。鬼が来たら自動で反撃するように命じてから、オレは5時方向へ。


 木々の間から漆黒鬼の姿を確認して準備、先ほどと同様に“兵破”を放つ。

 同じように走る衝撃波。


「…ッ!!」


 だが結果は別物だった。

 それまでとは違い漆黒鬼たちは殺到するように集団でやってくるのではなく、二つに隊を分けていたのだ。そのため巻き込めたのは先頭集団のみ、後ろの残り10は無傷のまま突っ込んでくる。

 まるでこちらの手を見て戦法を変えたかのような動き。


「ちっ!!」


 舌打ちしながら、さらに“兵破”を一発。

 漆黒鬼の第一陣を全滅させる。

 これで“兵破”用の矢が切れた。

 急いで弓矢を隠袋にしまい代わりに羅腕刀を取り出す。

 そのまま、走り込みながら刃を抜き放った。リーチ差を考慮して柄を伸ばし槍くらいの長さにすることで心もとない霊力がさらに消費されていくのがわかる。

 単騎でツッコんでくるオレに対して、獲物が来たとばかりに雄叫びをあげて10を数える漆黒鬼たちが殺到する。そこに向かって、


「“威圧ブロウビート”ッ!!!」


 ギギンッ!!!


 相手を威する視線を解き放つ。

 思わず立ちすくむ漆黒鬼たちに向かって白刃を振るっていく。


 飛び散る鮮血。

 ただひたすらに急所だけを狙うように羅腕刀を翻す。

 たちまち3匹が首を落とされ物言わぬ躯となって倒れた。


「………うっわ、切れ味が段違いだな」


 予想以上の攻撃力に少し驚く。

 “三日月梟”から奪った三日月刀よりも斬撃という意味では遥かに上だ。喉元を切り裂くように振るったはずの刃があっさりと首を落としたのだから。


「グガァァァッ!!?」


 断末魔の悲鳴にそちらを見ると、涼彦の近くで輪郭のぼんやりとした鬼―――隠重鬼が一匹、喉笛を掻き切られて悶え苦しんで倒れた。いくら気配が消せると言っても消えるわけではない。さすがに触られれば気づくのだから霧状に広がっているワルフにとっては感知は容易い。

 ………あんだけ便利で強いのに、モーガンさんのとこだと番犬レベルの扱いなんだもんなぁ。

 正直モーガンさんの私兵とかがあったらやり合うのは避けたいものである。


 一方、日向のほうは意外にも圧倒していた。

 例によって漆黒鬼2匹を日向が押さえた上で残りの焔炎鬼を縁さんとシロで相手しているのだが、縁さんがあっさりと焔炎鬼を倒してシロの援護に入っている。すぐにその焔炎鬼も倒れて日向の援護に入れるだろう。

 なんか昨日は持っていなかった扇みたいなものを使い、焔炎鬼の吐いた火を操って散らし左の腰にぶら下がっていた縄を使い足元を掬ってトドメを刺しているあたり、やはり武装を全部解禁したおかげかもしれない。


「こりゃオレもリーダーとして頑張らないとな、っと!!」


 再度、“威圧ブロウビート”をまき散らしながら漆黒鬼たちに立ち向かう。

 目の前に残る敵は漆黒鬼が7。

 そのすぐ後ろに伸腕鬼も見え隠れしている。

 先の見えない戦いに身を投じながら思う。



 ―――そろそろ、また制氣薬摂取しないと不味いなぁ。



 戦いは苛烈さを増していくだろうから。



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