153.鬼を定義するのなら
鬼首大祭。
最終日。
頭の中で確認し、気合を入れて山を見上げる。
「さて……いよいよ、か」
いつも通りの道。
このままいつも通り会場に入り、宴姉の食事を取って拠点防衛に往くだけ。
だが拠点のうち3つが壊滅したことにより、会場の人数は見るからに減っていた。
あくまで拠点防衛用の冒険者向けのため、すでに本殿の防衛に回った主人公たちはここにはいない。
ぶっちゃけると第四班の5人だけ。
これから先の苦難を思って緊張と不安に襲われているのか、進む足も重い。
皆で幕で覆われた会場までやってくると、いつものように宴姉―――宴禍童子が仁王立ちのまま満面の笑顔で待ち受けていた。
「やあやあ、ついに大祭も佳境だ。こんなに人数が減ってしまったのは残念だけど。
さぁ今日も腹を満たして頑張ってもらいたいとこだねぇ。
ああ、そっちの子はいつも通りこっちだよ」
例によってずるずると首根っこ引っ掴まれて連れて行かれる。
そういえば、まだ誤解を解いてないんだよなぁ…。
今日が最終日なんだから、なんとか誤解を解いておきたいところだ。
正直、十中八九敵として向かってくるわけだから、誤解させておいたままのほうがいいんじゃないかというのも浮かんだけど、逆にこっちも微妙に手心加えてしまいそうなので却下。
お互い綺麗さっぱり敵味方のほうが遠慮なくやりあえていいんじゃないかと思う。
裏のテーブル席につきながらそんなことを考えている間に、目の前には料理が置かれていく。
なすの辛子和え。
鯵の冷や汁。
海老団子。
鰈唐揚げ。
高野豆腐のひき肉詰め煮。
などなど。
毎度毎度思うのだけど、毎日違うメニューの料理を作るもんだと思う。
和食主体のメニューだけど結構手間暇かかっているんではないだろうか。これを全部鬼が作ってるとか、世間の鬼のイメージが変わりそうである。
「さぁ、たんと食べな。今日はいよいよ大仕事なんだから、さ」
うーん、どうやって切り出したもんかな。
悩みながらとりあえず冷や汁を啜る。
具は鯵を焼いてほぐした身やきゅうりやミョウガ……で、味噌ベースか。
うん、美味い!…って、呑気に味わってる場合じゃなかった。
覚悟を決めて口を開く。
「あの……」
「ん? なんだい、お代わりならすぐ持ってくるよ」
「ありがとうございま……って、そうではなくて!!」
どうにも調子が狂う。
もっと、こう鬼らしい外見とか態度だったらともかく、同類と見做しているせいかオレに対しては随分と優しい。お蔭でどうにも敵視しづらくて困る。
「……すみません、もっと早く言うべきだったんですが」
だがいつまでもそんなことを言ってはいられない。
もしかしたらここで戦いになるかもしれないが、それも織り込んで続ける。
「オレ、羅腕童子じゃありません」
「………? どういう意味なんだい?」
きょとんとした顔で見返される。
「……羅腕童子と戦いました。そして倒してその力を奪った、ただの人間です。
多分…宴禍さんが感じたのはオレの中の羅腕童子の力なんじゃないかと思います」
「…………」
とん、とん……。
小さな音が響く。
見ると宴禍さんが小さく指先でテーブルを叩く音だった。
「つまり何かい、今になって実は羅の字じゃありませんでした、すみません、って話?」
「………そういうことです」
ふるふると宴禍さんが肩を震わせる。
うっわぁ…やっぱり怒ってるよ。
そりゃそうだよなぁ。
言い出す機会はもっとあったのに最終日になって、だもんなぁ。
「………っく」
「っ!?」
びく、っと思わず震える。
「くははははははははッ!! はははははははッ!!」
それは哄笑だった。
初めて出会ったときに剣を飲み込んだとき以来、ずっと見せていなかった鬼の一面を垣間見せるかのような嗤い。
「はははははッ!! いや! 悪い!! 悪いけども…くははははははっ!!!」
鬼はひとしきり嗤ってから、一度息を整えた。
「なんだなんだ、そんなことで悩んでいたのかい。言っちゃあ悪いけど、それこそ今更じゃない?」
「……は?」
「そんなこと承知の上、ってことさ」
今度はオレが茫然とする番だった。
羅腕童子じゃない、その力を奪っただけの人間ってことがすでにバレてた??
「正しくは半分承知の上で、半分は見当違いってハナシなんだよ」
さっきまでテーブルを叩いていた人差し指を上げて、
「あたいたちにしてみりゃ、あんたは間違いなく羅の字なのさ。勿論、全く同じじゃあない。だけど羅の字を倒して力を奪ったっていうんなら、もうあんたは鬼なんだからね」
「………オレ、紛うことなく人間なんですが…ほら、角とか生えてませんし!」
「そんなちょっと頑張りゃすぐ弄れそうな外見程度のみみっちい話をしてんじゃないんだよ」
いや、ちょっと頑張っても外見を変えたりって出来ないと思うんですが。
「鬼ってなぁ、そもそも普通の生き物じゃないからね。体を構成しているんだって霊力であって、それを還元して肉にしてるだけ。だからこそ同じサイズの普通の動物からしたらありえない身体能力を発揮できるわけなんだが。
例えば人間なら二足歩行して、目がふたつあって、口がひとつあって…って定義できるけど、霊力で肉を構成しているあたいらはそういった外見的な定義づけが出来ない。
低級の連中は小さいし、ちょっと強くなった奴は火を吐いたりもするし、羅の字は腕が何本もあったり伸びたりする。他にも口が複数ある奴もいりゃあ、目が大量にある奴だっている。
でも全部まとめて“鬼”って呼ばれるし、あたいらも同じ種族だってことに異論はないよ。
じゃあ鬼の定義って何ってハナシになる」
頭に甦るのは先日の出来事。
榊さんの喫茶店で言われた問い。
―――鬼の本質。
おそらく今、宴禍さんが言おうとしているのも同じこと。
昼間オレがずっと悩んで答えを探してきた問題だ。
それを彼女は口にする。
「鬼、ってのは想念。
あたいはそう思っている。
霊力ってなぁ無垢で方向づけがされていない無色透明な力。忌々しい陰陽術師が使うのも、あたいら鬼が使うのも使用の方向性が違うだけで同じもの。
それが鬼って形作るために必要なのは核となる想念。羅の字であれ、あたいであれ元となる想念がなけりゃ鬼にもなれりゃしない。想念で望んだように、火を吐きたい奴は吐くし、足を速くしたい奴は速くする、手を伸ばしたい奴は伸ばせるように体を作る。
だから結果、形状がばらばらになる。そう思わない?」
確かに言われてみると納得の理屈ではある。
まさか鬼本人が自分のことをそこまで客観的に分析していたことが予想外ではあるけども。無論、別に宴禍さんがどうこうではなくて、鬼というのはもっと短絡的で欲望に一直線、というイメージがあったのでこんな風に立ち止まって有り様を分析するようには思えなかっただけだが。
「自らが鬼の力を持ちそれを自覚し肯定し、その上でその力の中心に自らの想念…あんたら流に言うと意志かい? そういったものがあればそいつは間違いなく鬼さ。つまり……」
ぴ、っと指差された。
「胸に手を当てて考えてごらんよ。あんたはそうじゃないのかい?」
にやりと鬼が嗤う。
自らが鬼の力を持ちそれを自覚し肯定し―――羅腕童子の力を吸収、そして自らの裡に仕舞い込み必要に応じてそれを鬼の再生力などという形で使う。
その上でその力の中心に自らの想念を置く―――吸収したその力を自分の意志のまま、目的のために使う。
………あー、なるほど。
自信満々に宴禍さんは宣言する。
「あんた、もう十分に鬼だろう?」
く、まさか鬼に言い負かされるとは…。
でも否定できるほどの材料もない。鬼の本質というのが宴禍さんの言う通りの定義なのであれば、まさしくオレは鬼なんだろう。
「だから、羅の字の力を持った鬼である以上、あんたはあたいにとって羅の字なのさ。
ま、そんな小さいことで一生懸命気を遣って、ちゃんと義理が立つようにしたあたり、本当に羅の字っぽい可愛らしさだけども」
……とりあえず姉弟でどんな立ち位置だったのか妙に気になる発言だ。
あんな怖いなりをしておいて、実は羅腕童子は姉に頭の上がらない子だったのだろうか。
「だから、あんたは自分の思い通りに力を振るえばいい。元々、羅の字だけは分霊の中でも特殊だったわけだし、今更の話さ。ただ、あたいらも身内だから手加減しない。多分今日はちょっとした仕掛けがあるから、あんたには厳しいことになるだろうけどね。
情念の結晶みたいな存在の鬼に遺恨なし、ってのもなんかおかしいけども、勝っても負けても恨みっこなし。いいね?」
「……………はい。ありがとうございます宴禍さん」
個人的にあまり鬼は得意じゃない。
こうなる原因となった、オレを殺した羅腕童子も鬼だし、鬼首大祭で戦っている鬼たちも明確な敵だけに油断したらやられるかもしれない怖さがある。
でも、この宴禍さんだけはちょっと毛色が違うせいか、結構好きだ。
話がわかるというのか、ちゃんと最低限道理が通っているというのか、そこまで人が悪くない。いや、鬼が悪くないって言うべきか? まぁどっちでもいいけど。
とにかく彼女に比べたら伊達とか悪辣な主人公のほうが余程タチが悪い。正直どっちが鬼かわからないくらいに。
「ほら、また宴禍さんに戻ってるよ、そうじゃないだろう、羅の字?」
「……い、いや……でも実際、弟ではないわけですし………」
羅腕童子のことを告げる、と決めたときから意図的に前の呼び方に戻そうとしていたのに気付いて指摘される。言い淀んでいると、じっとこちらを見つめてくる。
「ん? んんん?」
「…いえ、ですからオレは……」
「んんんんんん~~????」
「え、宴姉ぇ……」
「はい、よくできました」
迫力に負けました。
くははははは、と楽しそうに宴姉さんは笑う。
本当、敵わないなぁ。
「……ちなみについでにひとつだけ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「さっき言ってた、ちょっとした仕掛け、って……」
「あー、ダメダメ。それは羅の字には教えられないなぁ。まぁあたいとの会話ですでにヒントは出てるからしっかりと考えればわかるかもしれないよ」
ダメ元で聞いてはみたけれど、さすがにそこまで教えてはくれないか。
とはいえ、榊さんのところで聞いた“鬼の本質”っていうものが会話の中で見えたのだから、宴姉とのやり取りはかなり収穫アリだな。
「いい顔になってきたねぇ。やっぱり男はそういう面構えじゃないとつまらないってもんだ」
そういう宴姉は実に楽しそうだ。
「でも今更この流れを止めるのはあんたでも難しいと思うよ。
何せ今夜あんたがもし復活阻止を本気で目指すのであれば相手をしなきゃいけないのは、あたし以外にも“洞見”、“幽玄”、“具眼”に“静穏”まですでに揃い踏み。それどころかあんたが守る拠点が解放されれば“悠揚”がそこに加わって残すは本殿までとなる。
言っちゃあ悪いけども、勝ち目があるとは思えないんじゃない?」
冷酷だが客観的な忠告。
彼女が挙げた“洞見”、“幽玄”、“具眼”、“静穏”、“悠揚”という6つの名。
おそらくそれは“宴禍”と同じく“名持ち”の鬼の名前なのだろう。
つまるところ彼女と同等クラスの鬼がそれだけいるということ。そしてその全てを撃退しなければ鬼首神社を守ることは適わない。
ならば――――、
「阻止してみせますよ。使えるものは―――全て使ってでも、ね」
今出来る限りのことを全て、それこそ使えるものを片っ端から全部使い果たしでもしなければ、これだけの戦力差をひっくり返すことはできないかもしれない。
そして、その全ての中には無論、“簒奪帝”も含まれる。
「さぁて、じゃあそれで無事に話は終わりだね」
ぱん!
満足そうに宴姉が両手を打つと大きな音がした。
にこにことそのまま続ける。
「後はそれぞれが全力を尽くすのみ。とりあえず腹ごしらえをしっかりしておかないと!」
「……………」
…あれ?
なんか妙に嫌な予感がするのはなぜだろうか。
「あたいたちを一人で相手にするってんだから、しっかりそれだけ食べないとねぇ。
少なくとも6倍は必要って計算になるわけだし」
「いや、なんで他の主人公が戦力に入ってないんですか…」
「そこはあれよ、あれ。その場のノリってハナシよ」
ずずぃ、っと。
目の前に膳が積み重ねられた。
単純に数えてみても10膳。
空腹にも関わらず、満腹になった後のことが頭に浮かんでしまう。
そして、おそらくその予想は正しいのだろう。
「さぁ、今日は最後だし文字通り腹がはち切れるまで食べてもらうよ!!
まだまだあるからね!」
………なんか、戦える状態じゃなくされてしまいそうで、思わず背筋が震えた。




