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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.3.02 七夕の大祭
154/252

152.嵐の前の茶会

 同刻。

 天城原あまぎはら市の繁華街。

 「Green Cafe」と書かれた看板を掲げた喫茶店。

 その窓際の席に二人の男性の姿があった。

 店内はその店名の通り、観葉植物など緑が数多くあり内装にそれに合わせたカントリー調のもので構成されている。明るい雰囲気も手伝って客の半分以上は女性だ。


 男のうち片方は多少大人びているものの高校生。

 制服を着ているし、足元に剣道の道具を入れた袋一式を置いており、そこに高校名が刺繍されているから間違いない。

 対する相手は初老に達しようという年の頃。老成の円熟した落ち着いた雰囲気からは優雅さが感じられた。

 ぱっと見たところ、祖父と孫ほどにも年の離れた二人。

 だが顔も似ていないし、その会話をしている態度や口調からは対等な関係のようにも見えた。

 店内の女性客は、容姿の整っている男子高校生と、そこらの男では出せない滲み出るような深みを持った老人に興味を持ってはいるものの、なんとなく話しかけられずにいる。


「まさかこの街で出雲様に声をかけられるとは思いませんでしたな」

「今日は近くの高校で練習試合があったもので」


 龍ヶ谷出雲、そして榊。


 序列第四位の上位者ランカーと、酒呑童子。

 見る者、特に識者の主人公プレイヤーが見れば大慌てしそうな組み合わせだ。


「それで……なんで榊さんはここにいるんだい?」

「暇なときは他の喫茶店を覗くのが趣味でして。やはり同業者を見ることは色々と刺激を受けることが多いものですからな」

「……質問を間違えた。申し訳ない」


 繁華街にいた質問、ではないんだ、と続ける。


「…どうして天城原市にいるのか、って聞けばよかった」

「答える以前に出雲様には予想がついているのではありませんかな?」


 それこそ予想通り。

 つまり、出雲が考えていた理由を肯定している答えが返ってきた。


「いつも思うんだけど……榊さんは俺を買いかぶり過ぎてやしないかい?」

「とんでもありません。正当な評価をしているだけですよ。

 そもそも私が真の意味で一目置いている御仁はたったの二人しかおりません。そのうちのお一方に対してまっとうに評価するのは当然でしょう」


 それはたった二人。

 かつて榊をして敗北を喫した相手。

 人ならぬ身では逸話しか残らないはるか昔の話。


「私を討った者と、私の角を折った者。

 それ以上に私が敬意を払う相手はこの世に存在しませんな」

「討ち切れてなかったから、榊さんがここにいるんだと思うだが?」

「それでも敗北は敗北でしょう」


 昔を懐かしむかのように榊は頷いた。

 目の前の男が出雲という生を受ける前のこと。

 この世界の流儀でいえば前世、とでも言うのだろうか。

 その頃のことを懐かしむかのように。


 敗北は敗北。


 起こったことを全てを是とする。

 それがこの榊という男だった。

 その器こそがかつて多大な鬼を纏めていたのだということは間違いない。いつの時代も強者であった出雲をして、真正面からでの戦いでは打ち取れないと判断したほどに。


「……例によって酔わせて勝ったのに、か?」

「それでも、敗北は敗北です」


 再度、榊は繰り返した。

 正々堂々、という意味でみれば確かに異論はあるだろう。

 だがそれを蒸し返してどうなるものでもないし、そもそも当の討たれた本人が意に介していないのだからそれ以上追求したところで仕方ない。

 ただそれでも見る人によっては納得のいかない勝ち方ではある。

 そこから今のこの状況に繋がっている以上、出雲にとって鬼首神社で起こることは割と人事ではなかった。


「むしろ手法に関しては感激しておりますよ。

 当時はそうとはわかりませんでしたが、かの有名な逸話と同じ手法ですからな。それだけの評価を頂いていたと思えば光栄の極みでしょう」

「……単に芸がないだけかもしれないがな」


 榊は小さく苦笑し、話題を戻す。

 何度してもこの話題は堂々巡りにしかならない。


「今回の件に関しては出雲様も予測しておりますように、身内の不始末の結果を見届けにきただけです。 それに関してこちらから手を出そうとはしませんのでご安心下さい」

「山ひとつ消されると、信用するのも大変なんだが」


 出雲がスマートフォンを操作して数日前のニュースを見る。

 ニュースでは小規模な断層のズレが起こり、地震と同時に緩んでいた地盤が崩落。ほど近い山の上半分が無くなっている様子が中継されていた。

 だが見る人が見れば、これが何によって引き起こされたのかは一目瞭然だった。

 そしてそれはおそらく目の前の榊によるものではないか、と推測している。


「ご容赦下さい。

 何せ生やす・・・のは久方振りでしたので、中々加減が難しかったのですよ」


 あっさりと肯定が返ってくる。


「それをぶつけられた相手が気の毒だな」

「そう思う間もなかったかと思いますので、なんとも…」


 その戦いの決着を思い出したのか、一瞬榊は薄く嗤った。


「おそらく榊さんは鬼首神社の封印が解かれた際にしか動かない、っていうのは予想していたから、その通りだとわかった以上そこまで心配はしていないんだが……」

「何かご懸念でも?」

「今、鬼首大祭に充が参加している」


 ほぅ、と榊は小さく表情を変えた。

 その名に聞き覚えがあったからだ。


「それで巻き込まれるのを恐れた、と…。素晴らしい友情ですな」

「馬鹿言ってろ」


 そう言う出雲の表情は榊にはとても新鮮なものだった。

 かつて彼を倒しにきたときの出雲は多くの部下を引き連れたリーダーではあったが、今のような親しみやすさはなかった。

 それはおそらく今回の生で得たものなのだろう。


「残念ですが、最早あの女の復活は避けられますまい。今年の特別ルールを承知した段階から全ての流れが宴禍童子の掌の上ですからな。

 いくら三木様といえども、たったおひとりでここまで決まった流れを変えるのは至難の業かと思われます」


 別段過小評価しているつもりはない。

 彼は見ているのだから。

 三木充が羅腕童子を喰った・・・ところを。

 だから巻き込まれても生き残れないとは思わない。己の生存だけに優先順位を切り替えれば、切り抜けることくらいは出来るだろう。

 ただここまで入念にお膳立てされた舞台で、今から入ってきた役者が全てを塗り替えるには時間が足りないと言うだけの話。


「それほどご心配ならば、出雲様がご参加されては如何ですかな?」

「……出来たら苦労はしない」


 そうはできない事情がある。

 勿論、出雲が参加すれば全てはひっくり返る。

 すでに60レベルを超えている彼が戦うというのであれば、おそらく単体で封印が解けないように警護することも可能だろう。羅腕童子を苦も無く圧倒した時点の倍以上のレベルがある今であれば、あながち不可能なことではない。

 だが今回どころかほとぼりが冷めるまで、当面出雲は表に出ることが出来ないのだ。それは序列一位の轟と戦ったためであり、轟とぶつけることで敗北させようという伊達の策略を真っ向から打ち破った代償でもある。


「榊さんがこうして準備していること自体、もうある程度確信しているんだろうな」


 止められない流れ、と先ほど鬼は言った。

 つまり可能性としてはほぼ間違いないと思っているのだ。


「月日は人だけではなく鬼をも成長させるのでしょう。

 中々どうして、今回の宴禍童子は見事な立ち回りをしています。とはいえそれだけでは勝敗の天秤は完全には傾かなかったでしょうが……」


 つまりはそういうことだ。

 宴禍童子をはじめとする封じられた鬼の分霊たちは、羅腕童子よりも明らかに強いとはいえ所詮そのレベル。一般の上位者プレイヤーからすれば恐るべき相手ではあるが、榊のような“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”として謳われるほどの最強ランクの鬼の強さにまでは到達していない。


 三木充―――彼がその能力である“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”を全開にすれば勝てない相手ではないはずだ。事実、羅腕童子を圧倒するだけの力を持つ序列四位の“千殺弓”伊達政次に対して未熟なまま、勝利をもぎ取っているのだから。

 一度相対したからこそ、そのときの親友の強さについて出雲は確信がある。

 そのあとの“医狂クレイジー・リペア”に運び込まれたときの状態を考慮すれば、リスクを度外視したなら、の話だが。


 だがその彼が参加していて尚、流れを変えることができない。

 プラスアルファの存在。

 つまりは鬼たちに手を貸している何者かを榊は匂わせた。


逆上位者アビスランカー、か…」


 間違いなく奴らが関わっている。

 上位者ランカーと同等以上の力を持つ者でなければ、プラスアルファにならないのだから。

 そうかといって今参加している上位者ランカーである、鬼退治大好きな“童子突き”武倉槍長や、鬼首神社の巫女である“なるかんなぎ”天小園聖奈が鬼と協力するはずもない。

 ならば自ずと相手は限られる。


 上位者ランカー逆上位者アビスランカー神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム……。


 あれだけのことがあったというのに、復帰して最初に受けた依頼で、いきなりそんなものがごっそり関わってくるあたり、親友の悪運の強さに出雲は顔を顰めた。


 とはいえ、これは当然の結果なのかもしれない。

 充は伊達との戦いで多数の主人公プレイヤーからその能力を奪った。

 つまり今の彼は複数の主人公プレイヤーの集合体でもある。それだけ様々な恩恵、そして副作用を強く受ける。

 なにせ、主人公プレイヤーたちが活躍できるのは事件が起こっているとき、つまり逆説的に言えば主人公プレイヤーのために事件が起こる。

 それを考慮すれば、今の鬼首神社の騒動に巻き込まれることすら主人公プレイヤー補正ではないかと思ってしまう。


「それがわかって尚今回は静観するのですかな?」

「………ああ」


 今回自身が手を出すことはない、と再度出雲は言う。


「ちょっと確認したいこともあるからな。それに―――」


 脳裏に浮かんだのは轟の台詞。

 表に出ることの出来ない現在、その真偽を確認しておく必要があった。

 刀閃卿は小さく笑って静かに続けた。


「―――確かに流れを変えることはできないだろうが、充ならそれを飲み干すくらいはやると思うからな」


 予感。

 なんだかんだと言いながらも、たった二か月弱で上位者ランカーである伊達を打ち破るまでに至っているのだ。

 なぜだかわからないが今回もそうなる予感が出雲にはあった。


「そうですか。無論こちらもお会いすることがありましたら、出来る限りのことをするとお約束しておきましょう」

「感謝する、榊さん」




 ゆっくりと珈琲を飲み終えて、男たちは店を後にした。



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