150.万化装匠
ひとまず本日の警護依頼が終わった後、控室のほうに来るように呼び出され生き残ったメンバーと、宮司さんやその他を交えて今後の方策を練った。
第三班、第一斑、そして第二班の壊滅。
それはそう簡単には許容できないほどの被害だ。
幸いなことに第一斑の比嘉さん他1名、そして第二班の2名については命は取り留めているため、襲撃者の情報を得ることは出来そうだったが、それでもかなりの危機だという事実は変わらない。
まず第一斑について、注意すべき相手として出てきたの襲撃者は“幽玄童子”と名乗る少女の姿をした鬼と、その襲撃に紛れてこっそりと鳥居を破壊した気配のない鬼が挙げられた。これはおそらく隠重鬼ではないかと推測される。
次に第二班。ここに襲撃をかけてきた中で要注意だったのはその量と動きだった。オレたちのところと同じように大量の漆黒鬼が来たことは勿論、時折交じる焔炎鬼や伸腕鬼。それだけでも十分すぎる脅威だが、そこに目を奪われているといつの間にかこっそり忍び寄っていた隠重鬼によって後ろからグサっとやられるのだ。
確かにオレのところも、危うく涼彦とかがやられるところだったもんなぁ。
運よく生き残った連中はやはり特別ルールの「鬼!」の掛け声でなんとか生き延びただけだった。
鬼らしからぬ組織だった動き。
ちなみに確かかどうかはわからないが、主人公のうち1人が敵の鬼たちの遥か後方に何やら葬式の喪服を来た美人がいたとかなんとか。
さて、問題です。
こいつらが次に狙うのはどこでしょう。
…………はい、オレのところです。
そんな自問自答をしてしまうくらい、明確な事実。
それだけの大量の鬼と“幽玄童子”とかの指揮官クラスの連中が大挙として押し寄せてくる可能性があるのだ。
なにせ4か所の拠点にある封印を解いてしまわない限り、本殿の封印を解けないのだから仕方ない。
まして今日はいよいよ最終日だ。
今日を逃せば鬼たちはその主たる大鬼の復活をまた一年待たなければならなくなる。それだけに襲撃もこれまで以上に苛烈を増していくことは間違いないだろう。
ただ鬼たちとの取り決め上の問題で、最初の数から拠点の防衛人数を増やすことは出来ない。
ならばいっそのこと拠点の防備を捨てて本殿に戦力を集中しては、との意見もあったが、神社の封印そのものはそこそこの鬼であれば解くことが出来る。もし警護がいなければ敵は指揮官ではなく雑魚だけを送って、破壊した後に一斉に本殿に攻撃してくる可能性があった。
拠点の警護で粘るだけ粘って名持ちの鬼を引き寄せておけば、拠点から本殿までは結構な距離があるのでそれだけでいくらか時間が稼げると考えると放棄するのは得策ではなかった。
結局、オレたちは拠点の防衛を続行。
可能な限り粘る。勿論危なくなれば今回の特殊ルールを使って身の安全を考えても構わない。
最悪封印を破られるのは考慮の上で、最終的には本殿の上位者が交じった守備隊と防衛に失敗した拠点の生き残りの混成部隊で防衛する、ということになった。
さて、では決まった作戦を前提とした場合、まず考えなければいけないことがある。
それは戦力の不足。
6日目で攻めてこられた数を超えて来た場合、守るとか守らない以前に最初の襲撃、よくても二度目の襲撃で拠点が落ちる可能性がある。
理由は簡単で単純に戦力が足りない。
一応、煙狼を使役したり、涼彦が従僕を召喚したりで何とか数を増やすことは出来るものの、相手が大群となると抑えきれない。“兵破”で一網打尽にすることは可能なのだが消耗が激しすしぎて乱発が不可能。
ではどうするか。
力技ではあるものの戦力が足りない分を技の破壊力で補う、とすれば難点は霊力の消耗。
逆に言えば霊力だけ何とかなれば、“兵破”と“無限の矢”を使いまくって対処することが出来る。
と、いうわけで。
翌日、七夕の朝からオレは久しぶりに買い物に出かけることとなった。
目的地は勿論、加能屋だ。
霊力が不足するのであればそれを補えばいい。勿論“簒奪帝”で相手から奪うという手もあるけど、それは最後の手段。
まずは回復アイテムを買い込んでおく、というのが強敵との戦いにおけるセオリー。
「あー……そういえば…」
加能屋、で思い出したけど弥生さんに羅腕童子の素材を使った武器を頼んでたっけ。
出来てるとありがたいんだけど、
「まだ早いし無理だろうなぁ……なにせ2週間から1か月って言ってたもんなぁ」
なんかあれからもうかなり経っているイメージがあるんだけども、実際の日数にして10日くらいしか経ってなかったりする。
まぁ早すぎるから今回使うのは諦めよう。
手抜きで早く仕上げて中途半端になったものを渡してもらうよりは、ちゃんと作ったものが欲しいし。
入口のスチールドアに手をかけた。
加能屋の店内を見回しながら一番奥へと進んでいく。
「………あれ?」
いつものカウンターのところに弥生さんがいない。
そこには見たことのない壮年ちょっといった随分体格のいいおっさんがいるだけだ。なんというのか、頑固一徹!って四字熟語が効果音で出てきていても違和感ないくらいの、巌って表現がしっくりと来る泰然とした男性。
……って、アレ?
なんか以前にもこんな表現使ったことがあるような???
おっさんの顔に妙な既視感を覚えて少し考え込むが、思い出せない。
うーん、どっかで見た覚えがあるんだけどなぁ……。
おっさんは何やら帳面のようなものをつけており、こちらに気づいた様子はない。
もしかして弥生さんはお休みか何かかな?
とりあえず聞こうとして近寄っていくと、
「お~。そこにいるのはミッツんじゃ~ん?」
突然レプリカ武器の陳列棚の向こう側にいた人が、ひょぃっと横合いから出てきた。
左右を短く刈り込んで中央部にいくに従って長くしたウルフヘアの髪型の男。年齢的にはオレより少し上といったところ、縁さんと近いかもしれないな。
軽い口調で話しかけてきたその顔には見覚えがあった。
―――序列第3位 “童子突き”
「……“童子突き”、さん?」
「いや~、他人行儀だなぁ~。これから生死をかけた戦いを一緒にする仲だろ~? もっとこう、フレンドリィにしてくんなきゃさぁ!」
先ほど言った、警護終了後の最終日への方策会議。
そこに彼の姿もあったのである。
「それに二つ名で呼ぶとかなんか余所余所し過ぎるじゃん? そこはアレだ、こういざってときに叫べるように、この武倉 槍長もニックネームで呼ぶべきじゃね?」
いや、そもそもフルネーム聞いたのも、一対一で会うのもこれが最初なはずなんですけどね!?
ってか主人公はある程度そうだけど、凄い名前してんな。どんなだけ槍が好きなんだと小一時間聞きたくなる。
「上位者さん相手にそんな無礼な真似できないですよ。
と言いますか、ミッツんって何ですかそれ……」
「…………だからニックネームじゃん?」
「そういうことではなくて!」
「唯一残った拠点のリーダーの名前くらいは、いくら己が鬼との戦い大好きでにゃんこまっしぐらでも、覚えてるもんじゃん、ミスター・三木充?」
名前を憶えてもらえたのは嬉しいんだけど、よもや第三位がこんなに軽い人だとは思わなかった。
当たり前だけど今は槍長さんは槍を持っていない。そのせいもあって、本当にこの人が“童子突き”なのかとちょっと疑いたくなる。
そんな怪訝そうな顔をしていると、
「………三木?」
ぴく、っとカウンターのおっさんが少し眉を動かして帳面から顔をあげた。
「おまえが三木充とかいう奴か?」
「は、はい」
鋭い眼光に射すくめられるように反射的に姿勢を正した。
隣にいる槍長さんは何か面白いことが起こるのだろうかと興味深そうに見ている。
「おまえさんに預かりモンがある」
そう言うなり背後にあった大き目の包みから中身を取り出す。
ゴトリ。
近づいたオレの目の前、カウンターの上にそれを置いた。
「えっと、これは……」
「弥生からだ。なんでも注文を受けていたおまえの新しい武器だそうだが」
「…ッ!!!」
一振りの刀。
鞘に納められたままでも装飾の美しい鍔と紫紺の柄糸が美しい。
何やら説明書みたいなメモ書きとセットになっている。
「おまえさんには礼を言わねばならんな」
「??」
「これは娘にとっては夢への第一歩だ。それだけに己の限界に挑戦する勢いで作った一振り。根を詰め過ぎて、本人は今頃床の中で熟睡中だがな。
名の売れていない娘相手にこれだけの素材、そしてあれだけやる気にさせるだけの信頼を与えたおまえさんがいたからこそ、完成させることができた逸品に違いない。なにせ最近の連中は名の売れている蔵元屋のほうに素材を持っていきやがるからな。
この経験はあの娘を大きく飛躍させるだろう。だから礼を言う」
とりあえずこのおっさんは弥生さんのお父さんだったらしい。
そういえばなんか引退したお父さんがいるとかいないとか言っていた気がするな。
とはいえ、この段階で新しい武器はありがたい。
特殊な素材を使った武器、それも弥生さんが精魂込めて作ったらしいものだ。きっと鬼首大祭での戦いで役に立ってくれるはず。
仲間を守るための力になるに違いない。
「いえ、こっちの方こそこんなに急いで作ってもらって……ありがたいです」
「………………」
何を思ったかおっさんはじっとオレの目を見た。
「良い目をしているな。俗っぽい表現をするのなら……そう、覚悟を決めた目をしている。
わしの好きな“漢の目”だ」
くっくっく、と小さく苦笑しながら続ける。
「わしとしたことが迂闊だった。礼を口にするだけというのは流儀ではない。もっとわかりやすい形で礼を表現してやらねばならない」
「え~? ほらほら。己も“漢の目”をしてるじゃん?」
「黙っていろ。昔はともかく、今のおまえさんの目は好かん。覚悟は見え隠れするが、欲望が大きすぎるわ、ばかたれが」
「うわ、バレちった!」
横から“童子突き”が口を挟むが、あっさりと撃退された。
「おまえさん、素材を出せ。持っているだろう。気配がする」
……いや、気配でわかるもんなんだろうか、それ。
まぁ逆らう必要もあまり感じなかったので、全部ひとまとめにして管理している鬼首神社でゲットした素材のうち、自分の取り分くらいを隠袋から取り出してカウンターに置いた。
「ほぅ、これだけあればそこそこのものが出来るな」
「おやっさ~ん、ねぇ、己にも~」
「少し黙っておれ。おまえさんには“鬼討丸”を鍛えてやっただろうが。
今のおまえさんにあれ以上何もやるつもりはない」
「うわ、ショック!!」
鍛えてやった……?
“童子突き”の人の武器を作ったりする人なのか、この人は。
「あくまでおまえさんの匠は弥生だ。そこをどうこうするような無粋な真似をわしはせん
無論現時点ではわしが作ったもののほうがおまえさんの役には立つだろう。だが遠い目で見ればあの子に作ってもらっておいたほうが、良いものを得るだろうよ。
だからわしがしてやるのはほんのちょっと、職人としてではなく父親としてのささやかな礼に過ぎん」
………もしかして、この人、結構凄い職人さんなんじゃないだろうか。
「えーっと……すみません、弥生さんのお父さん…なんですよね?」
「さっきからそう言っているだろうが……ああ、なんだ、知らないのか。うぅむ、さすがに娘の恩人に名乗らないのは不味いな」
「おやっさ~ん、あんまり名前を露出したくないって隠してたのはおやっさん自身じゃん? 知らないのもしょうがないと思うよ?」
「黙っとれ」
カウンターに置いた素材を回収してから、
「わしは剣崎夜刀。一般には“万化装匠”のほうが知られているがな」
ああ、なるほど、“万化装匠”さんね―――
「―――って、えええぇぇぇぇぇっ!?」
道理で見覚えがあるわけだよ!
この人、序列2位の上位者じゃん!!?
上位者のDVDで見たことあるよ!!
「つまり槍長さんは……」
「そそ、おやっさんに会いにきたんだよん」
槍長さんはオレの驚き具合にニヤニヤしている。
「ほれ、いいからちょっとこっちに来い。体型と肉付きを観て一番必要なものをこしらえてやろう」
夜刀さんに襟首掴まれて、オレはそのまま奥へと引きずりこまれていった。
なんか今回凄くラッキーかも…?
でも、これって、むしろ今回の敵が凄くキツくなるフラグなんじゃ………。
前に主人公属性を奪いまくったことで、身に覚えがありすぎるオレは、ふとそんなことを思った。




