149.鬼気迫る
「……は?」
思わず口をついて出たのは、思考が硬直したのを如実に示すかのような声。
「第一班が守っている拠点壊滅……?」
そんな馬鹿な、と続けそうになって慌てて口を噤んだ。
わざわざ神社側がそんな嘘をつく理由がない。
「残念ながら事実のようだよ」
縁さんがスマートフォンをタッチしていく。
確かに第一班の5人のうち、4人は日向や鈴彦と同レベル、つまるところ20に満たない腕前でしかなさそうだった。
だがそれでも向こうには比嘉さんがいるはずだ。
以前、戦ったオレには彼がどれくらいの実力を持っているのか身に染みている。物理攻撃が無効な煙狼ワルフを使い、尚且つ逃走に徹してなんとか生き残ったという相手。
にも関わらず、拠点を守りきれなかった。
その事実だけが重くのしかかる。
「一応一班のメンバーのうち、2人は生き残っているようだ。
うち1人が日向ちゃんの師匠だ。そのまま明日の本殿防衛に入るんじゃないだろうか」
それは朗報だった。
どんな襲撃かわからないが、少なくとも比嘉さんクラスならばなんとか生き残ることは出来るということだから。
これで残っているのは第二班、そしてオレたち第四班だけ。
守るべき封印のうち、実に2つが壊されている計算となった。
状況が悪化の一途を辿っているのは間違いない。
「敵襲でござる。3時方向、漆黒2、焔鬼1」
ざわ、っと周囲の木々が揺れる音に混じって棗さんの警告が届く。
さすがに5日も一緒に戦っていると慣れたもので、皆がしっかりと警戒の態勢を取る。
日向とオレは3時方向、つまり東側からやってきた方向に注意を払い、涼彦はいつでも援護を出来るように前衛に注意し、縁さんが他から社に近づく者がいないかどうか守りに入る。
がさがささっ!!
下草を踏みつけながら、警告通り3匹の鬼がやってきた。
うち2匹は昨日見慣れた漆黒鬼、ただし金棒を持っておりその分だけ脅威も増している。
残る1匹は薄い朱の肌と顔にさらに濃い紅の模様を持つ鬼、焔炎鬼だ。
“焔炎鬼”
適正レベル:24
ドロップアイテム:焔の粉(85%)、焔炎の角(1%)
薄い朱の肌をした鬼。身体能力としては漆黒鬼と同じく一般的な鬼と同等クラスだが、体の中に炎の因子を持っており、火を吐くことが可能。同時に火属性の攻撃に対して若干の耐性を持つ。
彼がドロップするアイテムは火属性を帯び、ごく稀に落とすその角は武具に属性を付与する優秀な素材として人気が高い。
たまに金棒を持つ個体がいるが、その場合の適正レベルは+5。
出し惜しみをしている暇はない。
鬼たちがこちらに向かってくる間に、警告された後すぐに狙いを付けられるよう準備していたオレの矢が飛ぶ。
ジャッ!!!
放った矢は過たず、焔炎鬼の頭を消し飛ばした。
いや、ホント、“与一の毀し矢”って便利だわ。伊達の持っていた雷上動を使っているお陰で放つ消耗が抑えられることもあり、破壊力とコストのバランスが半端なく良い。
今日は漆黒鬼が襲撃のメインで時折、こういった火を吐く焔炎鬼のような特殊な能力を持った鬼たちが混じっている。一芸とはいえ、普通の鬼にはない特殊な攻撃で漆黒鬼との戦いの間に横合いから攻撃されてはたまらない。
だからそういった個体を優先的に“与一の毀し矢”で狙うようにしていた。
残るは金棒を持つ漆黒鬼のみ。
繰り出される金棒を日向は一生懸命避けていく。
レベル的には結構キツい相手のはずだが、それでも二対を相手に少しの間避け続けることは可能らしい。
理由はふたつ。
まずひとつ。金棒持ち、といえば聞こえはいいが最大の攻撃が丸わかりなのだ。刃物を持った人間が刃物での攻撃に固執するように、両手両足で攻撃されるのと比較すれば、リーチが長い分間合いも遠いので避ける分には難しくない。
とはいえ逆に攻撃する分には金棒を掻い潜って接近しなければならないので、全体として見たときにキツい相手であることは変わらないが。
もうひとつの理由は日向自身にある。
彼女が伸ばしている技能は師匠である比嘉から習ったのと同じもの。
休憩時間の間に話を聞いてみると、空手みたいな感じなのだが、それがどうにも伸ばしにくい技能なのだ。
他の技能が10の経験で1レベル上がるところを、20の経験あないと1上がらないというのが適切か。
オレがやっていた拳闘と比較すると明らかに伸びが悪い。
考えてみれば拳闘とか実際の強さはともかく、専門のジムで練習して一年もすれば素質のある奴はプロになって試合をしたりしている。
早い話が促成栽培に近い。
反対に柔道などもそうだけど、一部の武術は独り立ちの免許皆伝、というレベルまで結構長い。
多分ルールのある戦いとない戦いでは想定しなきゃならない状況の数が違いすぎるとか、教える期間が長いほうが月謝を取れて助かるものと、さっさとプロになって稼いでジムに貢献してほしいものの違いとか、色々理由はあるんだろうけども。
だから同じレベルであっても、日向はより多くの修練を積んでいることになる。
そのせいか、明らかに強い。
オレの拳闘のレベルが日向と全く同じであったのならば、おそらく勝てない。
相手の金棒に頼った攻撃の単調さ、そして実際のレベル以上にある日向の強さ。
この二つが格上の相手であってもなんとかなっている理由だ。
なんとか日向がいなしている間に、涼彦から援護の術が飛ぶ。見るからに彼女の動きが早くなり、漆黒鬼を逆に押し返し出した。
同時にオレは弓をしまい、三日月刀を抜いてもう1匹の漆黒鬼に襲い掛かった。
2対1から、2対2に。
ごしゃ!!
日向の蹴り。
具体的に言うと男性諸氏にとって筆舌に尽くしがたい部位に対して、いや、面倒なのでもう端的に言っちゃうと、金的蹴りが鬼にヒットした。
「~~ガァァッ!!?」
……うわぁ、見ている方が痛そうだわ。
絶対この痛みは女性にはわかんないだろうなぁ。
思わず呻く漆黒鬼に日向が正拳を多段で放っていく。
ずぞんっ!!
その鬼が沈んだのと、オレが三日月刀でもう一匹の首を切り飛ばしたのは同時だった。
なんだかんだ言っても、ここ数日オレも体が軽い。奪った技能が馴染んできたのか、かなり動けるようになっていたので、漆黒鬼程度なら普通に三日月刀でも倒せていた。
「ふぅ……」
「やったぁ~」
昨日より敵は強いが、思ったより悪くない。
オレが使う“与一の毀し矢”が増えた分だけ消耗が激しいが、このペースであればなんとか霊力は保つだろう。
そう考えていたオレを嘲笑うかのように、もうしばらく警護を続けた後にそれは起こった。
「7時方向、漆黒9、焔鬼1、伸鬼2」
「マジっ!?」
いつも通りの淡々とした棗さんの警告。
だがその総数がなんと10を越えている。
1回の襲撃では精々3,4匹で、それが少し間を空けて襲ってきていたそれまではとは明らかに違っていた。
縁さんが小さく呟いた。
「他が壊滅したことで、こっちに鬼が廻ってきたのかもしれない」
全員に緊張が走る。
だが敵にそんなことは関係ない。
オレが元の位置に戻って、三日月刀から弓に装備を変更すると、すぐに森の方から複数の気配が近づいてきた。
オオオォォォォォォォ……ッ!!!
小さな軍勢のように、一気に漆黒の鬼たちが雪崩を打って向かってきた。
飲み込まれる、そう思った瞬間覚悟が決まる。
消耗を気にしている場合ではない。これを乗り切らなければそもそも次などありはしないのだから。
おもむろに隠袋から一本の矢を取り出す。
山鳥の羽で矧がれている鏑矢。
番え。
引き絞り。
放った。
その一矢はどの漆黒鬼にも命中することなく、彼らの中心の空間まで飛んだ。
ビ…イィィィィィィィン!!!
耳障りな音と共に空中で静止。
そして、弦の響きにも似た振動が矢から放たれた。
かつてワルフを吹き飛ばすため、伊達が放った一撃。
―――“兵破”
周囲の漆黒鬼が苦悶の声をあげ、のた打ち回り動きが鈍る。
「日向!」
「はぁ~ぃ~」
その瞬間を逃さぬように声をかけ、日向を相手に向かわせた。
満足に反応できないうちに数を減らす必要がある。
さらにオレは矢を番える。
今のでごっそりと霊力を消耗したが、まだ終わりじゃない。
狙いは焔炎鬼だ。こいつさえ排除できれば………ッ!!
ヒュカッ!!!
音もなくその頭を消し飛ばす。
倒れる焔炎鬼を見ながらも、背後にいた二体の鬼―――黄色い体皮に灰色の螺旋模様が描かれた腕の、伸腕鬼という名の鬼が戦意を失うことなく前に出てくる。
“伸腕鬼”
適正レベル:24
ドロップアイテム:鬼の軟骨(20%)
体が黄色をしている特徴的な鬼。通常の漆黒鬼よりも1ランク上の腕力と、そしてその剛腕を伸縮させて相手を攻撃する。
伸縮速度はそれほど速くないため遠距離であれば見切ることも可能だが、接近戦の中で少しずつ伸ばされると間合いを狂わされるため、未熟な前衛職には厳しい相手だ。
尚、この種の鬼は己の腕力に自信を持っているため、金棒を持っていることがほとんどない。
どう見ても羅腕童子の下位互換にしか見えないが、かといって油断できる相手でもない。
ギュアッ!!!
3匹目の漆黒鬼に止めを刺している日向を無視して、伸腕鬼がその腕を文字通り数メートルも伸ばし社のほうへと拳を投げた。
がんっ!!!
「生憎、そうはいかないよ」
縁さんが杓杖でそれを弾く。
その活躍を横目にしながら、オレはそのまま最後の力を振り絞る。
ぼふんっ!!!
オレの周囲に煙が噴き出す。
それがまるで意志を持っているかのように集まり、ひとつの像を結んでいく。
現れたのは煙狼。
ガリガリと削れていく霊力を自覚しながらも、勝機に戦意は高まっていく。
「ワルフ!!!」
オレがかけた声とそれが意味するものを読み取って、ワルフが伸腕鬼に向かった。
飛び掛ってくる煙狼に向かって、豪腕を振り回すも全く手ごたえなくすり抜けていく。為す術もなく、伸腕鬼の一匹が喉笛を噛み切られた。
さらにワルフはもう一匹に殺到する。なんとか迎え撃とうとする鬼だが、唯一ワルフに効果がありそうな炎を吐く鬼はすでに葬ってあるのだ。
後は一方的に蹂躙するのみ。
よし、これで―――
勝利を確信した瞬間、
「“鬼”!!」
縁さんの声に驚き振り向いた。
見るといつの間にか社の前に鬼が一匹立っていた。
まるで幽霊のように輪郭がゆらめき下半身が半透明になっている黒い鬼。
何があったのかはわからないが縁さんは体勢を崩し片ひざをついた状態で硬直している。宴姉が言っていた通り、「鬼!」と叫んだ人間にはルール上攻撃できないのだろう。攻撃しようとしていた黒い鬼は諦めて、次に涼彦に狙いを定め、爪を振り上げた。
「ひ……ッ」
不味い…ッ。
爪が振り下ろされ、
「“鬼”ッ!」
ドォッ!!!
涼彦が目を瞑って必死にそう叫んだのと、黒い鬼が爆ぜたのは同時だった。
「え…? え…? え…?」
何が起こったかわからない涼彦を尻目に、オレは片方の目を手で覆って“無限の矢”を発動させた状態でほっと息を吐いた。
漆黒鬼たちのほうを見ると、日向とワルフによって半分ほどが減っている。そのまま見守っているうちに最後の一匹も倒され無事に戦闘が終了した。
ぼふ、っとワルフを一度消す。
宴姉の言葉を思い出し、縁さんと涼彦にそっと近づいて肩に手を触れる。するとまるで金縛りが解けでもしたかのように、二人は自由を取り戻した。
「足を引っ張ってしまったね。すまない」
「あ、あ、ありがとうございます!」
バツが悪そうな縁さんと、ちょっと涙ながらにお礼を言う涼彦。
話を聞いてみると、どうやらさっきの影みたいな鬼はいきなり背後に現れたんだそうだ。攻撃を受けそうになって縁さんが思わず特殊ルールを使って身を守ろうとしたらしい。
とりあえず気になったので、スマートフォンを使って斡旋所のデータベースにアクセスする。
検索するとすぐに正体がわかった。
“隠重鬼”
適正レベル:18
ドロップアイテム:隠皮(20%)
鬼属が生来持つ“隠”能力に長けた鬼。そのために存在性が薄くなり肉体としての実体が希薄なため、身体能力自体は漆黒鬼に劣る。
ただしその“隠”能力の高さゆえ、20レベル前後の感知もしくは探査系の技能を持たない相手にとっては恐るべき暗殺者となる。その場合の適正レベルは+7。
……うわぁ、鬼の特殊能力に特化した個体か。
なんてこっそり忍びよって背後から刺す奴なんだ、こいつ。
「あ、あの!」
「ん?」
「ちょっと聞いてもいいでしょうか? あのぼやっとした犬みたいなのと、さっきの黒い鬼を弾けさせたのは一体……?」
ちょっと申し訳なさそうに涼彦が聞いてきた。
まぁそりゃ気になるよね。
「煙狼ワルフっていうんだ。わかりやすくいうと使い魔みたいなものかな。
黒い鬼を弾けさせたのはちょっとした切り札でね。消耗が激しいから咄嗟にくらいしか使えないんだけど、間に合ってよかったよ」
軽くだけ説明して適当に誤魔化す。
ゆっくりと周囲の気配を探る。
とりあえずオレのわかる範囲ではもう鬼はいないらしい。
「しかし……大群だったね」
「ええ。正直次に同じようなのが着たら、危ないです」
さっきの“無限の矢”で正真正銘すっからかんだ。
もし次が来たら………“簒奪帝”で相手から霊力を奪わない限り出来ることが著しく制限される。
正直なところ、エッセから言われたこともあり“簒奪帝”はあまり使いたくない。
だがそれでも仲間を死なせるよりはマシだ。
使用することでどれほど代償があるとしても、あとはオレの覚悟次第なんだろう。
なんとしてでも守り抜く。
そう決意して、次を待つ。
だが残り30分の間。
襲撃はまったくなかった。
終了の知らせが響く。
「………あれ?」
拍子抜けしてしまい思わず脱力した。
なぜ襲撃がなかったのか。
考えても答えは出ない。
その答えが出たのは山を降りて解散する直前。
―――終了間際、第二班の拠点が壊滅したと知らされたときだった。
わかれば簡単なこと。
ひと当てして結果失敗したオレたちの班より、組し易い他の班に戦力を集中させたのだ。
そしてそれは、とりもなおさず明日の襲撃の苛烈さを物語ってもいた。
□ ■ □
本日までの戦果
小鬼(赤)× 32
小鬼(青)× 13
小鬼(黄)× 6
小鬼(黒)× 44
赤銅鬼 × 45
漆黒鬼 × 58
焔炎鬼 × 13
伸腕鬼 × 6
隠重鬼 × 1
合計:218匹
戦利品(最終日に配分予定)
鬼の涙 × 11
鬼の爪 × 18
黒鬼の爪 × 11
黒鬼の角 × 24
焔の粉 × 10
焔炎の角 × 1
鬼の軟骨 × 1
隠皮 × 1




