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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.3.02 七夕の大祭
150/252

148.幽玄なる戦場

 押し寄せる影。

 それはまるで雲霞の如く。

 一体何匹目か。

 全部でどれくらいになるのだろう。

 だがそれは考えない。


 頭にあるのは、研ぎ澄ました戦意のみであるべきだ。


 ゆらり。


 一歩踏み出して半身になる。

 ただそれだけで相手の攻撃は横を擦り抜けていく。

 触れたのは掌。


 瞬時に全身が連動する。

 胸を開き体を逆に振ることによって生み出される空間。

 掌は相手に触れたまま動いていないにも関わらず、むしろ、動いていないように見えるからこそ体が開いた分の距離を加速していた。

 まるで魚が瞬時に身を翻すように。

 全身が同時に動き生んだ勢いを、最後の刹那で関節を固めて押し出す。


 ズムッ!!!


 掌がめり込む錯覚。

 実際にめり込んだのはそこから生み出される衝撃。


 ばきばきばき……ッ。


 肋骨が砕けていく手ごたえ。

 単純に折れたのみならず、砕け肋骨が衝撃のまま内臓に刺さってぐしゃぐしゃになったのだろう。口から血を吹きながら、そのまま影はその場に崩れ落ちた。


 だが影はまだ続く。

 今度は二匹だ。


 ごぅんっ!!!


 まず一匹がその丸太のような腕で金棒を振るいながら襲い掛かってきた。

 先ほどと同様に半身にしながら相手から見て左へ進み、上から振り下ろされたそれを避ける。

 同時に左手で金棒を振るう腕を引いて呼び込み、すれ違い様に外から回るように右の猿臂を叩き込む。


 ごしゃッ。


 後ろの脇腹に肘がぶつかる衝撃。

 視界の端に他の影の動きを入れると、こちらが余りに密着しているため、後続の影は攻撃を躊躇しているのがわかる。


 まず歩法と捌きで常に襲い掛かってくる敵の方向性を制限する。

 圧倒的に数で負けている相手に一度主導権を向こうに渡してしまえば、古来の合戦さながら蹂躙されるのを待つばかりになるだけだ。

 終始、思考と行動の先手を打ち制御する。

 それが師と実戦から学んだ多対一の原則だ。


 一瞬で他からの追撃がないのを確認してから意識は目の前の相手に戻る。

 肘を喰らった相手の体勢が低くなるのを見た瞬間、即座に体が反応していた。


 ぞぶ…っ。


 伸ばした左の指先に伝わる表面が柔らかく芯のやや硬い感触。

 いつもの・・・・感触だ。


 ぐり…ッ。


 眼窩に突っ込んだ指を容赦なく抉る。

 相手が絶叫する。

 だがそれは致命的だ。

 その一瞬で相手の喉を貫手が貫く。


 ズゥゥ…ン。


 文字通り喉に穴を開けられた影が体液をまき散らしながら沈んだ。

 だが相手もさるもの。

 目の前で仲間がそのように倒されているのを見ても戦意を枯らすことがない。むしろその巨体が倒れる影を利用し、飛び掛かるように襲い掛かってきた。


 体軸をブラさぬよう少し横に移動しながら、先ほどと同様に通過していく金棒。そして同じようにその金棒を握る腕に手を伸ばす。


 ぞぶり…ッ!!


 相手の右腕。その二の腕に右手が突き刺さる。

 貫手で筋肉を貫くように差し込み骨を掴み、左手で同じ右腕の手首を掴む。


 そのまま、投げた。


 ドォンッ!!!


 頭から落とされた影―――漆黒鬼が目を白黒させて悶える。


 べぎゃっ!!!


 喉を踏む。

 いっそ踏みぬけろとばかりの勢いで。

 そのまま頭を割られ首を砕かれた鬼はびくんびくんと痙攣している。

 鬼の中には明らかに急所が無いものもいるが、このレベルであれば急所はほとんど人間のそれに等しい。結果、手応え、という意味では少し物足りないが効率よく倒していける。


 そこでようやく敵の攻撃が途切れた。

 自分―――比嘉ヒガ清真セイシンはゆっくりと辺りを見る。


 周囲は正に死屍累々、といったところか。

 先ほどから倒した鬼たちが辺りに倒れている。数分すれば消えていくのだが、それでもこれだけ残っているあたり、相手はかなりの数なのだろう。


 鬼首大祭6日目。


 すでに時間は9時を回っている。

 昨日までと比べ、明らかに鬼たちの質と数が多い。武器を手にした漆黒鬼が一兵卒として群れ、時折妙な特殊能力、例えば火を吐いたり、爪が伸びたり、そんなものを持った鬼が交じっている。


 これまでと同じとタカを括っていると不味いことになる。

 否、すでに不味いことになっていた。

 自分と一緒に警護しているはずの第一斑は、その油断が元ですでに3人が死亡していたのだから。

 残ったのは自分ともうひとりの若い鎖鎌使いだけ。しかもその鎖鎌使いも死ぬ寸前のところを今回の特殊ルールでようやく命を拾ったところだ。

 正直なところ、自分と比較して鎖鎌使いはあまりにも未熟に過ぎた。力量的に危険と判断し、今は他の社のほうへ現在の事態を報告させに行っている。

 だからこそ、今社の前に立ちふさがり単独で警護する羽目になっている。


 もっとも悪いことだけではない。

 仲間がいなければ同士討ちの危険もないし、人目を気にして控えている殺傷性の高い技を使うことも出来る。すでにひとりで30を超える敵を倒しているが、この後に出てくる鬼たちもこのレベルであれば今日のところは守りきることも可能だった。

 とはいえ―――、


「―――物足りなそうな顔、じゃな?」


 カッカッカ、と暗闇から嗤う声がする。


「しかしおかしいのう。“洞見”からの情報ではここには10の指に入る上位者ランカーはおらぬ、とのことじゃったが………はて、あやつも耄碌しおったのか」


 心底愉しそうな響き。

 酷薄にも聞こえるが、どこか無邪気にも聞こえる。


「……た~やが?」


 誰何の声に対して、ゆっくりと森の闇からひとりの鬼が進み出てきた。


 ―――子供?


 まずその一言が頭に浮かんだ。

 愛くるしい外見をした少女。

 朝顔の描かれた浴衣を着つけた彼女の年の頃は、10歳そこそこといったところ。

 弟子の日向よりも少し若いだろう。

 だがおかっぱにしている黒髪の間から伸びているのは紛れもなく角。

 それも昨日今日生えたようなものではなく、年月を思わせる厚みを持っている。


「……おぉ、誰だ、と聞いたのか。

 すまぬな、聞きなれぬ言葉だったので反応が遅れてしもうたわ。許せ、ニンゲンよ」


 ……こいつもか。

 仕方ない、普通に話すとしよう。


 新手の鬼の言葉の少し後に周囲にあった鬼たちの遺体が消えた。

 基本的に鬼たちを含む魑魅魍魎の類は地脈や他から放出された霊力を使って具現化し構成されている。ゆえに倒され時間が経過すると、その構成力の衰えと同時に消え去るのだ。

 初めて知ったときは架空の世界でありながら、中々良く出来ていると思ったのを覚えている。


「しかし殺りも殺ったり、と言ったところじゃのう。本当におぬし、ニンゲンか? わしらの血でも入っとりゃせんか?

 しかも倒した後に物足りなそうな戦意の残り香のする顔をしおって……思わず胸がトキめくではないか。これでおぬしが鬼の縁の者であったなら、抱いてほしいと思うくらいじゃ」

「生憎、そのへんは間に合ってるさ~」

「おぉ! これは手厳しいのう」


 カッカッカ、と再び嗤いが木霊する。


「おぉ、名乗るのが遅れてしもうたわい。なに、おぬしの手際が中々好みであったせいじゃから勘弁するがよかろう。

 わしの名は“幽玄童子”。今襲ってきた鬼たちの頭目のひとりじゃと思うてくれればよい」


 にか、と少女らしい朗らかな笑みと共に名乗りをあげた。


「で、おぬしはなんという名前じゃ?」

「?」

「なんじゃ、“すぐに死ぬからおぬしは名乗らぬでもよい”とでも言うかと思うたか?

 それではつまらんじゃろうに。むしろ今からの楽しい時間を満喫するためにも名くらいは知っておかねばなるまい」


 文字通り人を食ったような言い回し。

 だが確かにそれもわからないではない。


「唐手使い、比嘉清真」


 短く名乗る。

 それに満足したように鬼はゆっくりと歩を進め出した。


「では参るぞ、清真よ。存分に殺しあいし合おうではないか」


 ドッ。


「…ッ!!?」


 刹那。

 そう、10メートルはあろうかという間合いが文字通り一瞬で潰された。

 余りの速さに一拍遅れて、踏み出した足に蹴り上げられた土が舞う。その速度は単純計算して、どう低く見積もっても漆黒鬼の倍以上はあるだろう。 


 だがただそれだけ・・・・だ。


 そっと体を半分ズラし避けながら、足を軽く引っかけると同時に肘を真下に落とす。


「…おぉッ!!?」


 だんっ!!!


 体勢を崩したところに胸元に肘を落とされ、そのまま幽玄童子は背中から地面に打ちつけられた。当然踏み込んだ勢いもあるので、そのまま転がるように滑り抜けていく。

 だが数メートルいったところで、ぴょん、と何事もなかったかのように起き上がった。

 それどころか目を輝かせている。


 あれだけの動きをしたというのに浴衣に乱れはひとつもない。

 おそらくあの衣服まで鬼の一部なのだろう。


「今のをあっさりといなすとはのう……というか、明らかにそちらのほうが速度が遅いというのに、攻撃は速い。なるほど、上物じゃなぁ」


 鬼の動きは身体能力が高いがゆえに、それに頼りっきりになっているところがある。

 どんなに力や速度があったとしても動きが大きく、行動の起こりがこれだけ見やすければ絶望的な差がない限りいくらでも対処にしようがある。


 だがちょっとした誤算もあった。


 相手が小柄過ぎる。

 今の一撃で肘は水月を狙ったのだが、相手があまりに小さすぎて胸に当たってしまった。ちゃんと急所に当たっていればもう少しはダメージが入ったかもしれない。


 再度、幽玄童子こちらに突撃してくる。

 今度はこちらを掴もうと手を伸ばしてきた。

 その手を手刀で横合いから打ち払い、そのまま弧を描くようにして戻し貫手に変えて喉を狙う。

 驚異的な反応速度で避けようとする幽玄童子に対し、そのまま貫手の親指を横に広げる。


 シュッ!!


 かすかに擦れるような音。

 少し驚いた顔をした幽玄童子は自らタンッ、と間合いを取る。

 その離脱もまた速い。

 こちらに向かってくる分には対処の仕様もあるが、さすがに純粋に間合いを離されることだけをされると追撃は難しいか。


「怖い怖い……おぬし、本当に鬼なのではないかのう?」


 その頬には小さな切り傷が出来ていた。

 右貫手で喉を狙い、それを左に避けようとしたので親指を少し離し頸動脈を引っかけてやろうかと思ったのだが、それもすんでのところで避けられた。

 だが無理な体勢で避けたため、少しズレた顔に貫手が掠ったのだろう。


 だが、その言葉とは裏腹に、少女の顔にはますます喜悦の色が浮かんでいた。


「なるほどのう。おぬしの強さはその体軸か。

 強さを活かすのではなく弱さを殺す……わしと違い最短を往き、そして無駄がない。流水のように淀みなく次の動きに繋げる。よくぞまぁ、そこまで練り上げたものじゃ」

「………」


 さすが“名持ち”だ。

 そこらへんの鬼どもと違い、腕力一辺倒の化け物ではないらしい。


 この世界ゲームで古流唐手の使い手を選んだ理由。

 それはこの技術体系と理念にあった。


 別に数多ある技能スキルの中で、これが最強というつもりはない。

 ただ狂気なまでに人体破壊にかけた執念、そしてその狂気が到達したその技術を初めて知ったとき、心打たれたのだ。


「しかし、おぬし、もうちょっとこう手加減とかしようとは思わぬのかのう…?

 ほれ、わしはこの通り可愛いが年端もいかぬ女の子なのじゃぞ?」


 鬼は、ぴろっと浴衣の裾を持ち上げてひらひらさせる。

 カカカ、と嗤いながら投げられたその言葉に、


「手加減をしたらワ……怒るタイプだろう」


 また沖縄の言葉が出てしまいそうになって、言い直した。


「うむ! 怒るのう! 間違いなく!!」


 幽玄童子はそう力いっぱい言い、 



「ではこちらも少しばかり、死にもの狂いでやるとしようかのう」



 そう宣言した。

 ゆらり、とその背後が陽炎のように揺らめいた。

 揺らめきが揺らぎとなり、そして徐々に輪郭を整えていく。


 次の刹那―――


 ドドォ……ォォンッ!!


「……ッ!!?」


 背後にあった社の方から音がした。

 思わず振り向くと、鳥居が崩れ落ち社がひしゃげている。

 まるで何か強大な力で押しつぶされたかのように。


「おっと、時間か。すまんのう。

 わしとしては水いらずで殺りあいたかったのじゃが……それは次の機会じゃな」


 すぅ、と社の周囲に影が浮かびあがる。

 そこに居たのは別の鬼どもだった。目の前の幽玄童子のような名持ちではない。だがこの気配からいって通常よりも“隠”能力に特化した個体なのだろう。

 しまった………つまるところこの幽玄童子は囮だったということか。


「そう気落ちすることはない。

 元々はわしが勝てそうな相手であれば、わしが直接手を下すはずじゃったからのう」


 幽玄童子の背後に現出しかけていた“何か”はすでに散っていた。

 どうやら今日のところはここで仕切り直しらしい。


「とはいえ、おぬしもこのままでは納得すまい? わしもあれだけ簡単にあしらわれたままじゃというのは不完全燃焼過ぎてのう。いくらここで撤退せねばならぬとはいえ口惜しい。

 じゃから次にやり合えるとすれば……本殿じゃな。そこで続きをやりたいのじゃが構わんか?」

「……受けた」


 警護は失敗。

 だがまだ出来ることはある。

 そして、幽玄童子だけではなく、自分も内心この鬼との決着を望んでいることを自覚した。


 満足したのだろう。

 鬼は嗤う。


「それはよかった。

 言うておくが、わしのデートをすっぽかしたりしたら酷いことになるから気を付けるのじゃぞ?」


 嗤いながら―――大きく跳躍して、夜の森に消えた。



 第一斑・拠点警護:失敗。



 その報が入った頃、事態は大きく動こうとしていた。


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