13.可能性
なんというタイムオーバー!!
ちょっと日中ゴタゴタしていた更新が遅れました。正月を侮っておりました…申し訳ない。
さて、すこし遅れましたが、正月お祝いということで本日2話の更新となりました。
教室にはいつもと同じくらいの人数が登校してきていた。
もうすこししたら全員揃うだろう、という時間帯。
自分の席に座りながら、あいている親友の席を見る。
もしかして何か事情があって先に来ているかも、と思ったんだろう。綾も見るからに心配そうにしているのがわかる。
懐からスマートフォンを取り出した。
液晶パネルを操作し、ニュースを見る。
いくつかの見出しを流しつつ目的のものを見つけて視聴する。
『昨夜未明、飛鳥市鬼首神社で大規模な地すべりが発生しました。
神社の鳥居から境内まで登る参道の階段を巻き込み麓の道路まで土砂が押し寄せた模様です。幸い通行人のない時間帯の事故だったため犠牲者は無く―――』
映像を切った。
ある意味予想通りだ。
世界の修整力はしっかりと働いている。
何もかもこれで残らない。
あそこで俺たちが行っていた戦いの形跡も、そして俺の大事な親友の死すらも。
死んだのはNPC。
それもなんてことのない一般的な。
そうとわかっていても心のざわつきは止まらない。
時間の単位が違うせいもあって、今の俺はこの龍ヶ谷出雲を16年やっているのだ。
その間、一緒に過ごしてきた俺と綾と充。
それが主人公とNPCの関係性だったとしても、そこに紛れもない友情を感じていた。俺と綾の件で板ばさみになっても尚、間を取り持ってくれるだなんて親友以外に表現できない。
例えそれが和家綾という攻略可能な重要NPCを巡るイベントだったとしても、もし相手が俺でなくても主人公相手なら同じような行動をしていたとしても。
だがどうやら俺が考えていたより、友情とやらは薄っぺらいものだったのかもしれない。
本当に友情を感じていたのなら学校なんて放っておいてでも様子を見に行くだろう。それ以前に充があんなことになった段階で立ち去ったりはしないはずだ。
かといって相手がNPCだ、と割り切っているわけでもない。
なんて中途半端。
なんて醜悪なんだろう。
何を考えても頭に浮かぶのは後悔と自責の念だけ。
果てのないループに流される前に、スマートフォンに指を滑らす。
数えられないほど行った一連の操作。
スマートフォン上にステータス画面が展開される。
この画面は主人公にしか見えないため、教室で誰かに見られても問題ない。NPCに見られても検索サイトのトップページを開いているようにしか見えないから。
自分の名前がまず最初に来る。次にレベル、身長及び体重、そして身体能力の順に表記が続く。
そこに出ている数字はどれも並みのものではないという自信がある。
能力だけではなく、武装、技能、それらを総合的に見ても、おそらく日本に100名前後ほどいる主人公の中でトップ10に入るくらいの上位であることは間違いない。
これだけのものを持っているにも関わらずの失態。
駆け出しの頃には失敗も多かった。正直取り返しのつかない失敗を仕掛けたこともあるし、後々まで尾をひくほどの後悔も味わったことがある。
だが最近はそんなこととは、とんと無縁だった。
単純にレベルが上がった、というだけではない。
レベルが上がるということは主人公としての腕前も上がるということ。
ステータスに反映されない意味でのテクニックや対応の能力も上がっている。さらに装備も充実するのだから、必然的に失敗も少なくなるというものだ。
そういったときにこそ運命の落とし穴が口を開けて待っているとも知らず。
なんて愚かなことだろうか。
ゲームを始めたばかりの頃の目標はどこへ消えたのか。
現在のバージョン39に至るまで数多くの参加者が自らを主役として様々に生き、そして死んでいった。その中で目ざましい活躍をした先達プレイヤーたちの活躍を聞き、いつかそうなってやると胸を躍らせていたあの頃。
刀を武器として選んだものの、その習得難易度の高さに何度挫折しそうになったことか。それでも歯を食いしばって一歩一歩乗り越えてきた日々。
ステータスは上がったものの、為しえたことは未だ彼ら先達の足元にも及ばない自分が、不相応にも慢心から失敗した。
しかも久しぶりの失敗は、それこそ取り返しがつかないほど大きなもの。
なんたる無様。
それでも失敗は取り戻せない。
これはリセットをすれば全てを帳消しにできるゲームではないのだ。
自らの行動の結果は受けなければならない。
時間が来る。
担任が入ってくる気配を感じて俺はスマートフォンの電源を切って懐に入れた。
ホームルームが始まる室内を横目に、亡き友人の机を見る。
今日の授業が終わったら、充の家に行ってみよう。
どんな風に辻褄があわされているかはわからない。
最悪家族もどこかへいってしまっているかもしれない。
それでも自らが起こした行動の結果を確認する。
それが親友だった自分が最低限やらなければいけない義務。
トントン。
担任が出席を取り終わり、出席簿で職員用の机を軽く叩く音をさせる頃には、もう俺の中の決意は出来上がっていた。
「ああ、そうだ。忘れていた」
綾に声をかけようとした俺は、担任が教室から出かけて戻ってきたのを確認して止まる。
「今日来ていない三木なんだが、今日は風邪気味らしくて休むそうだ。
明日には来るらしいから、心配しないようにな。入学式が終わって一ヶ月、五月病なんて言葉もあるが気が緩みがちになる。体調には気をつけるように」
「え……!?!?」
ガラガラ、ピシャ。
それだけを言って出て行く担任の後姿を見たまま、俺は固まった。
「…………」
今度こそ本当の意味で何も考えられなかった。
あまりに予想外の出来事に対して、人はこんなにも反応が鈍くなるんだろうか。
「そっか。風邪かぁ。よかったぁ……。
あ、病気なんだから、あんまりよくないけど。
でも充、大したことなさそうでよかったね、出雲」
「あ、ああ…」
心底ほっと安堵したように笑う綾のセリフにも相槌を打つことくらいしかできない。
先ほどの担任の言葉の意味。
充が死んでいなかった、ということ。
安堵と疑問が頭を満たす。
わかっていることはひとつだけ。
どちらにせよ今日は充の家に行く必要がある、ということのみだった。
1時限目、2時限目…、そして最後の5時限目。
平静を装ってただただ下校時刻を待つ。
一日をこんなに感じたことはあまりない。正直授業も上の空のまま、なんとか一日を乗り切ることには成功できた。
「綾。今日なんだけど、悪いけど先に充のところ行っていいか?
さすがにちょっと心配でさ」
「え…わかったけど、部活はどうするの?」
「なんとか主将に言って上手く休んでくるよ」
「あ、じゃあ私も休むようにするから一緒に行こうよ。充、心配だし」
「いや、それは不味くないか? だってさ―――」
幼馴染だった3人。
しかも普段体調を崩すなんて滅多になく、稀に風邪を引いても登校してこないなんて考えられない(小学校時代には皆勤賞をもらうために、40度の熱があっても登校してきたことがある)充だ。大したことなさそう、といっても綾が心配するのはもっともだと思う。
茶道部と剣道部では俺たちが付きあっているのは知られている話なので、二人とも部活を休んで帰ると、そのために示し合わせて部活をズル休みしたとか要らぬ誤解を受けかねない。
そんなことを言って綾を納得させる。
「むー、ズルいなぁ」
「悪い。今度埋め合わせはするから」
本当は知られては不味いことがあるかもしれないから、とは言えない。
綾と分かれて剣道部に向かう。
向かうのは第二体育館、生徒たちには通称武道館と呼ばれる施設だ。
入学式や卒業式で使われる第一体育館のすぐ裏側に数年前に建てられており、2階建て。第一体育館がバスケ、バレーなどの球技メインの一般的な体育館の地下に筋力トレーニング用のジムなどを併設しているのに対して、武道館は弓道場、柔道場、剣道場、その他武道関連の設備が整った複合的な建物になっている。
剣道部は毎年全国でもいいところに食い込む強豪で、この施設の建設にもOBたちの強い後押しがあったとかなかったとか。
武道館に入って剣道部の部室へと急ぐ。
急いで来たのが良かったのだろう。幸いなことに部室に到着する前に、部活へ急ぐ部長を捕まえることができた。
「おぅ、出雲じゃねぇか」
「お疲れ様です、部長」
剣道部の部長は身長2メートル近いかなり巨漢だ。
彼と副将を団体戦での2枚看板として県大会優勝、個人では部長が全国ベスト8、副将がベスト32まで食い込んでいる。今の剣道部では専ら今年どこまでいけるか、ということと同時三年である主将と副主将が引退する穴をどうやって埋めるのか、が関心事。
とりあえず俺が頑張らないといけないわけだ。
「すみませんが、今日部活を休ませて下さい」
「この大事なときにか…と他の新入部員なら怒鳴るんだが。
稽古をサボりたがるお前でもねぇからなぁ。そんなに大事な用件なのか?」
「はい」
「おし! わかった。その分明日から気合入れていけよ。
お前にゃ皆3人目のポイントゲッターとして期待してるんだからな」
おまけに親分肌なので、こういうときには話が早い。
いかつい顔をしているので誤解を受けやすいが、付き合ってみると評価が全然変わる一人である。顔の詳細に関しては充に言わせると「侠客のコスプレしてもらったら、まるっきりそっちの人にしか見えないよね」らしいので、そこから想像してもらえばありがたい。
無事に話もついたので武道館を後にする。
学校を出て駅への道すがら、すこし考え事にふける。
それというのも充の家にいって具体的にどうするか、というのがすっぽり抜け落ちていたからだ。
担任の発言では「風邪気味だから休む」ということだった。
つまり充自身は家にいる可能性が高い。
常識的に考えてあの状態から生還した、というのは考えづらい。主人公キャラならば蘇生や再生といった癒し系統の技能が実装されているから殆どの事例に対応できるが、NPCは基本的に今の社会の医療に頼らざるを得ない。
つまり身体が真っ二つになっているようなあの状態から、通常の病院で回復させられる可能性はない。
考えられるのは3つ。
何かの幸運で運びこまれたのが現在の水準では有り得ない医療技術のある病院であったという場合。
噂で聞く上位者“医狂”のように、趣味でNPCを治し続けることを日課にしている奴もいるので全く無いわけではないだろう。
問題はその幸運が一般NPCにはまず有り得ない、という点か。
重要NPCであれば、そういった通常起こりえない幸運もあるかもしれないが、そもそも重要NPCは世界にとって代用の効かないNPCである。イベントでもない限りそういった事例が起こるはずもなく、単純に比較するわけにもいかなかった。
それにニュースの報道では地滑りでの犠牲者は0だと言っていた。そもそもあそこであんな怪我をしている人間がいたのが確認されていれば、そっちのほうを優先してニュースに流すだろう。つまり警察機関や救命機関に対してそういった連絡はなかったという証だ。
結果としてこの第1の可能性は消去される。
次に地滑りが起こる以前に通りがかりの主人公に癒してもらった場合。
これならば死傷者が報道されなかった理由にもなる。俺たちが去った後に、たまたま回復系の技能を持った主人公が通りがかるとか、どんな偶然なのかはわからないが、もしそうだとすると無事に充がその後家に帰りついた理由にはなる。
最後が事実そのものが無かったことにされた場合。
何か致命的な歪みのようなものが発生して充があそこにいたとすると、その事実そのものが無かったことにされる可能性もなくはない。ゲームの特性上時間が巻き戻されるとかそういったことは、まず起こりえないため、起こったとすればあの状態から回復させて記憶を消した後に家に戻したとかそういったことだろうか。
この場合は俺が行ったGMコールが一役買っている可能性がある。GMならばそういった致命的な歪みに対応するのも業務だろうから。
現状として考えられるのは3つ。
先ほども言ったが、最初のひとつは可能性としては低いので除外するとして、実質的には2つか。
最後のケースであれば何の問題もない。
単純に見舞いに来た親友として行動し、これまで通りに付き合っていくだけでいい。これが一番ありえそうだと思うし、俺個人としても全く不満のない解決策だ。
2番目だった場合はすこし問題がある。
それは俺が主人公だという充の記憶が残っているということ。
そうなってしまったときにどう説明すればいいのか、なかなか頭が痛い。全てを正直に話してしまう、という手もあるが、そうしてしまうと親友としてこれまで通りに付き合い続けられるのか。
おそらくは無理だろう。
自分たちをNPCとして見下していたのではないか、と考えられても仕方ないし、事実俺も充や知り合い以外に対してはそういった割り切ったところがある。
「どうしたものかな…」
難しい顔をしたまま、俺は駅に着いた。
ここから充の家までは後30分ちょっと。
それまでに、もうすこしいい案が出るといいのだが。
実に悩ましい問題。
だがなんとかなるような気もしていた。
親友が無事であるという事実のほうが何倍も俺の中では勝っていたのだから。
いよいよ出雲と充の対面。
次回は0時更新予定。