145.分霊呼ぶ声
急にもたらされた第3班の壊滅の報。
それはつまり鬼の封印がひとつ、解けたことを意味した。
「……不味いですね」
ぱっと見た限り、班は戦力がある程度平等になるように作られているはずだった。つまりそのうち1つが壊滅したということは、相手がどの班でも可能とする鬼の戦力がある、ということを示している。
さらに悪いことがある。
襲撃してくる鬼の数だ。
戦力を均等に配分した、ということは4つの拠点にある程度同じ数の襲撃があると思われる。第三班が壊滅して、その分の鬼がいなくなればいいがそうではなかった場合、その鬼が残っている拠点への襲撃に加わってくる可能性がある。
「大丈夫だ、充君。確かに状況は悪くなっているが、そこまで思い悩むにはまだ早い」
「いや、でも……ッ」
「説明が悪かったかもしれないな。大丈夫だと言ったのは精神論とか意気込み、そういったことではないんだ。そもそもこの鬼首大祭はかなり長く行われている。
全ての正確な記述はないが回数にして1000回近くあっただろう。その祭りの中で、拠点が一度も壊されなかったと思うかい?」
「……こうなったときも想定されてる、と?」
「そういうことだ」
縁さんはいつの間にか近くに来ていた棗さんに視線を送る。
彼女が近くに敵はいない、と軽く手を振ると再び会話に戻った。
「封は4つ。そこに鬼のバラバラにされた体があり、それぞれの拠点に座しているが、それとは別に本社に鬼の首そのものが安置されている。
例え4つの拠点が全て落とされ解放されたとしても、本社の守りが健在である限り完全に鬼が蘇ることは不可能だ。そして全ての封印を解かなければ本社も落とせない。つまるところ、最終的に鬼が向かってくる場所は決まっている。
それを基に、昔拠点が破壊されたときからひとつの取り決めがある。
保険として本社に上位者を駐留させる、というね」
上位者。
主人公の中で、実績、実力を評価された者たち。
「勿論、“万化装匠”あたりはこういう荒事には不向きだし、そうでなくても上位者のうち、たまたま手が空いていた者に依頼されるという話だからそこまで数は多くないだろうが……ここ数年、必ず参加している上位者がいる。
おそらく彼は参加しているだろうね」
「彼…?」
ゆっくりとその男の名が告げられる。
「そう、序列第3位 “童子突き”だ」
なるほど。
言われてみれば納得。
上位者紹介のDVDであれだけ鬼退治が得意とか、大規模イベントでも鬼系ボスの討伐率高いとか言われてた人だ。
謂わばドストライクなこのイベントに参加していないはずがない。
「だから、今やらなければいけないのは……」
「……不安になることではなくて、目の前の自分が警護する拠点をしっかりと守る」
「そういうことさ」
先の不安に足を止めるよりも、目の前のことをひとつひとつしっかりとやっていく。
現実的に考えれば他に出来ることはない、か…。
「それに、もう時間もなさそうだからね」
その言葉を示すかのように、社から終了の合図が届いた。
これで5日目も終わり、残りはあと2日。
【正念場、じゃな】
まさしくその通り。
出来たら温存しておきたかったけど、リスク承知で“簒奪帝”を使うことを考慮に入れておいたほうがいいかもしれない。
とりあえず今日の分の警護は終わったので山を下りながら、スマートフォンで戦果を確認する。
5日目までの累計戦果は以下の通りだ。
小鬼(赤)× 32
小鬼(青)× 13
小鬼(黄)× 6
小鬼(黒)× 44
赤銅鬼 × 45
漆黒鬼 × 12
合計:152匹
戦利品(最終日に配分予定)
鬼の涙 × 11
鬼の爪 × 18
黒鬼の爪 × 9
黒鬼の角 × 3
………いやぁ、改めて数字で見ると結構な数だよなぁ。
今のところ、うちの班は上手いこと機能している。前衛と後衛、索敵のバランスもいいし、3日目以降はこっそり棗さんが罠を設置したり、陰陽術師だった涼彦が式神を召喚したりと対応して徐々に質と数を増す鬼たちに対抗できている。
一見、何の問題もなさそうだ。
だけど、さっきの話を聞いたオレにはひとつのひっかかりがあった。
できれば解消しておきたい。
大分麓近くまで来て控室が見えてきた。
普段はこのあたりで解散しているのだが、
「あ、ちょっと控室に寄っていきたいんで、抜けてもいいですか?」
班の皆にそう言って外れる。
「はぁ~い~。また明日~」
「おつかれさまでした」
「うむ、また明日を楽しみにしているでござるよ」
それぞれが帰途に就く中、
「……もしよければ………いや、何かあればいつでも言ってくれ」
最後に縁さんが夜の闇に消えていった。
【よいのか?
せめてあの縁とうやらにはついてきてもらったほうが、よかったのではないのかの?】
「……多分、縁さんもそう言おうと思ったんだろうけど。
そこはほら、オレがリーダーなんだから、これはオレの仕事だと思うんだ」
ゆっくりと控室に近づいて扉をノックする。
二、三度叩いて待っていると、中から神社の祭員っぽい人が出てきた。
意外と若い。
「はい、何か御用でしょうか?」
おそらくオレの姿から依頼に参加した主人公であることはわかるのだろう。少し驚いたものの特に取り乱すことなく聞いてきた。
「いえ……ちょっと第三班が壊滅したと聞いたんですが」
「ああ、その話ですか……ええ、残念ながら事実です」
「その件について詳しいことを聞きたいんですが、よろしいでしょうか?」
少し考えた後、
「短い時間でよければ、どうぞ」
そう言って控室の中に通してくれた。
控室の中は初日とは違い、椅子は折りたたまれ机などもほとんど片づけられていて、空いたスペースが木箱などの荷物置きに使われていた。
残っているスペースに置いてあったパイプ椅子が勧められた。
「ども」
「それで、詳しいことというのは?」
時間がないのは確かなのだろう。
祭員の男性は単刀直入に問うてくる。
確かにもう11時過ぎてるしな。
「ちょっと漠然とした話で申し訳ないんですが……壊滅した理由を知りたいんです。
初日の分け方を見るに、大体班の総合的な力量は同じくらいになるように、バランスを考えて分けられていたはずです。その上で、第三班は壊滅している。
つまり明日以降、他の班だって同じようになる可能性がある。それくらいのことがあったんではないかと思いまして」
「心配されるのはごもっともです。
ただ今回についてはこちらも知っていることが余り多くありません」
「可能であれば、第三班の人に話を聞くとかは……」
「無理ですね」
すぱっと断られた。
そのまま、
「今貴方が言った通り、“壊滅”したのです。
生き残りは誰もいません」
そう続けた。
壊滅、という言葉を聞いたときその可能性を思いつかなかったかと言われれば嘘になる。だから予想はしていた。
だが、そうだとするのなら別の疑問が生じる。
控室にわざわざ聞きに来たのはそれを確認するためだ。
「………本当に? こう言ってはなんですが、今回の特殊ルールはいざというときに鬼から攻撃を受けないように出来るものだったはずです。
一撃で仕留められるくらい、よほど力量の差がある相手でなければ全滅するとは……」
鬼!と叫ぶことで攻撃されないようになる。であれば、拠点が破壊されようとも警護が終わるまで生き残っているはずだ。それすらない、ということは相応の理由があるに違いない。
「社の神体が破壊された合図がありまして……うちの調査員が―――ああ、鬼たちとの約束でうちの神社の者たちは具体的に妨害しない限り危害は加えられないようになってるんです―――事実確認に向かったところ、警護していた皆さんの遺体が確認されました。
ですから全滅したのは間違いありません。
争った跡もありましたが、そもそも鬼の襲撃を何度も受けていたはずですから、どの痕跡が彼らを壊滅させた戦闘なのか、ということはまだわかっていません」
……こりゃ、一撃で倒すくらい強いのが出てきた、って線が濃厚なのかねぇ。
可能性として思いつくのは宴姉さんだ。
縁さんクラスがいるようなパーティーに対して全滅させられるくらいの鬼、となれば最低でも羅腕童子並みの力が欲しい。あっという間に全滅させるというのなら、さらにもっと。
今のところそれが可能じゃないかと思えるのは、宴姉さん―――つまり宴禍童子くらいしか知らない。
もしこの推測が当たっているというのであれば、“簒奪帝”の温存とかなんとか言っていられない。
「遺体の外傷に関して……何かわかることありませんでした?」
「どうでしょう……ああ、でも確か調査員が少し気になることを言っていましたよ。どれも傷がまるが抉られていたのが致命傷なのですが、鬼というより肉食獣に食いちぎられたみたいだった、と」
はい、やった相手の正体が宴姉さんからさらに別の何かという可能性が出てきましたね!
くそう! せっかく予測したのに!
とはいえ、お社を破壊しているところから全くの無関係の相手、ということはない。獣ってのがピンとこないが、もしかしたら鬼が使役してるとか仲間とかいうオチかもしれない。
「……守り切れるんですかねぇ」
「わかりません。そもそも今年の鬼首祭りはイレギュラーが多すぎますし……」
ぼつりと祭員が漏らしたその一言を聞き逃さなかった。
「イレギュラー?」
一瞬、しまったという顔をした祭員。
だが言ってしまった言葉は今更取り消せない。
少しの間黙るが、オレの熱心な視線に観念したのか口を開いた。
「神社に眠っている鬼、地脈から力を吸い上げている本体のほうなんですが……どうも今年は活動が活発なようなんですよ、例年と比べて」
「……それって、結構問題なんじゃないですか?」
「まぁ……毎年多少の揺らぎはあるものですから一概にどうこう、と言うわけでもないのですが……通常、大祭の間は“声”がします。神主としての素養がある者であれば聞こえる、鬼の声です。
例年は最終日に向かって徐々に声が大きくなっていく……しかし今年に限っては声が大きくなるペースが通常よりも遥かに早くなっているのです」
……とりあえず敢えて言おう。
どう見ても復活フラグ立ってませんか、それ!?
よし、依頼を棄権しておうちに帰ろう!
【……それが出来るくらい賢い生き方ができるようなら、ここにおらぬじゃろう。おぬしは】
一応言ってみただけ!
「それを神社の皆さんは……?」
「ご存じのはずです。ただ幸いなことに、今年の巫女役はお二人。咲弥様以外に聖奈様もご参加されておりますから、いつもより少し強めに儀式を行って抑えにかかっています。
ですからおそらく杞憂で済むでしょうね」
ははは、と若い祭員は笑ったが、さすがに一緒になって笑顔になる余裕はなかった。
「ちなみに、その“声”って今はどうなっているんでしょうか?」
「どう、とは?」
「なんて言えばいいのか…聞いたことないんで的外れだったら申し訳ないんですけど。こう、凄く怒ってるとか、復活はもう少しだーと叫んでいるとか」
【復活までのカウントダウンをする鬼とか随分、良心的じゃな】
いや、あくまで喩えだよ、喩え!!
「さすがにそこまでは……。
でも、何か分霊が近くに来るとかなんとか…一度だけそんなことも言ってましたかね」
うーん?
分霊とかいうのがその獣のことなんだろうか。
でも最近何やら似たような言葉をどっかで聞いたような……。
『さすがに、あんな遠くの神社に封じられてるから無理だと思っていた羅の字も戻ってきたことだし!
こりゃいよいよ今年は勝てる見込みが出てきたよ! なんてったって、連中も中にお前がこっそり隠れてるだなんて想像もしてないだろうし!』
そう、確か宴姉さんがそんなことをオレに言っていたような……って。
………あれ?
もしかして、その鬼が言ってる分霊って、もしかしなくてもオレの…こと??
仮にそうだとすれば、オレがここにいたせいで何か不味いことが起こりそうになってる?
冷や汗が流れた。
「ちなみに今の話はオフレコでお願いしますよ。せっかく今年から大祭に参加させてもらったのに、こんなこと言ったのがバレたら来年参加できなくなっちゃいますんで」
「え、ええ……」
生返事を返しながら思わず自分の手を確認する。
まるでそこに羅腕童子から奪った力があるとでもいうかのように睨む。
胸に満ちる予感。
絶対この予感は当たる確信があった。
きっと何か悪いことが起こる、と。
その上でどうするのか。
頭の中で必死に考えながら帰途についた。




