143.初のリーダー
風が吹く度に木々が擦れる音が夜色の世界に吸い込まれていく。
オレたちの他に人の気配のしない静粛な山中。
ようやく見えた星空を見上げて、思わず呻いた。
「げふ……もう食えない」
満腹の腹を擦りつつ山道を歩いていく。同じ坂道なのに食べる前と比べて、今はその勾配が大分キツく感じる。
「みつるに~さん、たくさん食べたもんねぇ~」
「……裏にたくさん料理運ばれてましたけど…もしかして全部食べました?」
感心している日向と心配そうに見ている涼彦。
その言葉通り、二人は多少食べはしたものの一人前にも満たない量で箸を置いていたのを知っている。
いや、オレだってわかってたんだよ?
動くことを考えたら余り腹に物を入れないほうがいいってことは。
ただ、宴姉が強引な勧めを断れなかったヘタレなだけです、うん。
食べた片っ端から追加の料理を持ってこられてしまって、終了するタイミングを逃したというのか。
わんこそばじゃあるまいし、本当許して欲しい。
美味くて止まらなかった、というのも相まって本当にもう一口も入らなくなるくらいまで、しっかり食べてしまった。
ま、過ぎたことは仕方ない、として。
まだ明日以降もあるんだしちょっと対策考えないとなぁ…。
そもそも羅腕童子と勘違いされているのをなんとかしないといけないんだけど。こういうのは早く誤解を解いておかないと、後になればなるほどこじれてくるものだし。
「元気出して~。師匠もたくさん食べてたから大丈夫だよぅ~」
「あれ? そうなのか」
こう、なんか比嘉さんは常に戦いに備えてるイメージがあったんだけど。そんな満腹で戦えるものか!!的な。
それとも意外とそういうところは緩いんだろうか。
「あの人は常在戦陣がモットーだし……人生、酔っ払ったり満腹になったり当然するだろうに、そうなっただけで戦えなくなるなんてダメ、みたいな感じです」
涼彦の補足に思わず納得した。
なるほど、確かに比嘉さんが考えそうなことだ。
ちょっと思考のレベルが違っただけで、常に戦いに備えてる、っていう印象は間違いじゃなかったな。どんな状況になっても、戦いの場に立てばそれがそのときのベストコンディションだ!という心構えに違いない。
10分ほど歩くと小さなお社が見えてきた。
朱塗りの小さな鳥居のある、本当に小さな社だ。
どうやら地図によると、あれが今回オレたち第4班が警護することになる拠点のようだ。
宴禍姉さんの話通り、社の目の前の鳥居の足にはお札のようなものがベタベタと沢山張られていた。これを破られない限りは社の中のご神体は安全なんだろう。
「さて……じゃあ戦い方とか打合せしときましょう」
そう言ってぐるっとメンバーを見回す。
オレと日向は前衛、涼彦が後衛なのは間違いない。棗さんは隠密能力と索敵能力の高さを活かして独立した遊撃役なのも妥当。
問題は山伏の縁さんだ。一応錫杖を使った戦いが出来るので前衛と後衛の両方いけると思うんだけども、どっちにしたもんかな。戦闘の経験を考えると縁さんの前衛の能力は捨てがたいけども、後衛のほうが薄いし………。
【ひとりで悩んでおらんで、皆に聞いてみたらどうじゃ?】
それもそうだ。
「何か役割分担の案あります?」
「ない、そういうのはリーダーのキミに任せるよ」
「…へ?」
なんか、いきなりリーダー扱いされてる!?
年齢的にいって、てっきり縁さんあたりがリーダーになると思ってたのに。
「何を意外そうな顔をしているんだい? 当然だろう。
昨日も修練場で見せてもらったけれど、まだまだ実力の底の見えないその腕前。
そして何より主催者推薦枠で入ってきてるくらいの人物だ。リーダーを任せるに足ると思うのだけど」
「……主催者推薦枠?」
「あれ? 知らなかったのかい? 例年29番は空きナンバーなんだよ。
ただ通常の依頼募集以外で、急に参加することが決まった人にそれを使ってもらっているみたいだね。
ちなみに参加するようになって、もう4年目になるけどその間ずっと空いていたよ」
……アレか!?
29(ニク)ナンバーは縁起が悪いから普段欠番なのか!?
そしてよりにもよって、初めて参加したイベントでそんなナンバーもらう羽目になる、って運が悪いにも程があるよね!!?
「あたしもみつるに~さんがリ~ダ~がいいぃ~」
「ボクも異存なしで」
「無論、拙者も同様でござる」
そしてこの完全包囲網である。
昔小学校で清掃委員とか押し付けられたときのことがちょっと頭を過ぎったりしたが、ぶんぶんと頭を振ってシャンとする。
「……はぁ。そういうことなら精一杯やらせてもらいます」
実際のところ、パーティーを組んだ経験は咲弥や鎮馬たちとしかないわけだし、考えようによっては今後の集団戦におけるノウハウを学ぶチャンスでもある。
一度くらいリーダーをやっておいて損はない。
相談の結果、棗さんに周囲を警戒、接近してくる敵を探査して知らせてもらい、数が少ない場合は日向メインで、多い場合はオレと日向の両方で迎え撃つ。
ちなみに日向がメインなのは、いざとなったときオレは離れていても射撃で援護が可能なためだ。
涼彦と縁さんは社の鳥居付近で温存していてもらって、前衛が危うくなりそうなら援護なり何なりでフォローしてもらう。縁さんについては最悪鳥居まで敵の突破を許した際、その接近戦技能を活かして最終防衛ラインも担ってもらいたいところだ。
「…ということで。十分かどうかわかりませんけど、不味いところは適宜修正していきます」
一通り決定してから、そう言って纏める。
縁さんの話によれば毎年初日に近いほど弱い鬼が襲ってきて、最終日にいくに連れて強い鬼になるらしい。とりあえず2日目の今日なら、まだ手探りでフォーメーションを修正していくには丁度いい。
「ところでぇ、みつるに~さん、おなかは平気ぃ~?」
「あれ、そういえば……」
「あたしもぉ~、なんかすっきりしてるぅ~」
ふと日向にそう聞かれて気づいたけど、意外とお腹は平気だった。
まだ食事が終わって30分も経っていないにも関わらず。
通常あれだけ食べたら、1時間かそこらは横になっていたいと思うくらい腹がぱんぱんになるはずがいつの間にかすっきりしている。空腹、とまではいかないが、もう1回軽く食事が出来そうなくらいには。
やっぱり鬼の料理って普通と違うのかな?
乾いた鈴の音。
社の賽銭箱の上にあった鈴が勝手に鳴った。
どうやらこれが開始の合図らしい。
さぁ、気合を入れよう!!
【入れ込み過ぎて、空回りせんようにな。ちゃんと電車で決めたこと、忘れるでないぞ?】
か、空回りとかイヤなことを……。
言われなくても覚えてるってば。
鬼の再生能力奪取、そして“簒奪帝”の発動に関する制限の2点、ばっちり肝に銘じてあるからさ。
「11時の方向。小さい反応が2つ」
3分ほどすると、どこからか棗さんの声が届いた。
11時…確か北北西か。皆にも聞こえているようで即座にそれぞれが構えを取る。
「日向、右斜め前から来るぞ!」
「はぁ~い」
ガサゴソッ!!!
木々の間から茂みを掻き分けて進み出てくる影が2つ。
それぞれ肌の色が赤と青をした小柄な鬼。身長的には150センチもない日向よりも、さらに10センチは低い。だがぽっこりと出ている腹以外は全身が異様なまでに筋肉質で、額にある小さな角と相まってそれなりの脅威に見える。
……なんかアレだな、どっかで見覚えがあると思ったら、オンラインゲームやってたときのゴブリンにちょっと似てるんだ、こいつら。
迎え撃つように待ち受けていた日向へと襲い掛かった。
「てぇ~ぃ~」
のんびりな声。
だが同時に繰り出される左正拳はその声にまったく似合わない速度。
どずむっ!!
日向の一撃を食らった赤の小鬼は白目を向いて前に蹲るように丸まりながら倒れた。だがその隙を突いて左の横合いから、青小鬼が殴りかかろうとする。
慌てることなく、対する日向は少し振り向くように体勢を変えて、今度は右の拳を突き出した。
ごき…っ、ごきっ!!
放った拳が殴りかかろうとしていた小鬼の拳と正面衝突した。
骨が砕ける何度聞いても嫌な音が響き、小鬼の指がぐしゃぐしゃに折れ曲がり変なところから折れた骨が突き出ている。
「えぇ~ぃ~」
どずっ!!!
返しの拳で同じく一撃。
それで青い小鬼も沈んだ。
「……え、エグい…」
何気ないようにやっているが、冷静に見ると結構怖い光景だ。何が怖いってやってる日向本人はのんびりやってるのに、相手が一方的に痛んでいくあたりが。
確かに比嘉さんの弟子というだけのことはある。
まだ拳の鍛え方が足りないためか、得物を手につけているという差異はあるものの、戦い方としてはよく似ている。
来た攻撃を迎え撃ち、確実に破壊していく戦い方。
修練場で巻き藁を叩いていたのを見たけど、あれはちょっと手加減してたのかもしれない。
うぅ……またあばら骨を抜き出されたときの痛みを思い出しそうだ。
倒された小鬼たちは霞のように消えた。
残念ながらドロップアイテムはないようだ。
「みつるに~さん~、倒したよぉ~」
「お、おつかれさま。……日向ちゃん、強いんだねぇ」
「えへへ~」
日向は得意満面、といった感じでぴょんぴょん跳ねている。
いざとなったら弓で援護くらいは考えていたんだけども、その必要もないようだ。
ふと涼彦を見ると、視線があって苦笑を返される。おそらくオレだけじゃなくて、日向の戦いかたを初めて見た人間はみんな同じようにびっくりしてるんだろう。
とはいえ、リーダーなんだから驚いているばかりでもいられない。
「ちなみに日向ちゃん…レベルいくつ?」
「? 16だよぉ~? 涼彦と一緒だよぅ~」
そこそこあるな……。
一応さっき出てきた小鬼たちについて、斡旋所のデータベースで確認しておく。
“小鬼” 適正レベル:7~12
鬼属の中で最も弱い個体。天狗における鴉のように、強大な鬼から漏れ出る鬼気から生じ使い魔のような下僕となっていることが多い。
肌の色によって攻撃力や防御力などの能力が異なり、例えば赤であれば攻撃力、青であれば防御力、と言ったように特徴がある。稀に黒い肌をしたものもおり、その個体は全能力値が通常の小鬼たちよりも高い。一説によれば小鬼から鬼にランクアップする前の個体であるともされている。
黒い個体とかはともかく、ノーマルで考えれば槍毛長と同じくらいの強さなわけか。
確かに初歩の敵だな、うん。多数に囲まれたりしなければ、たとえ黒い肌の奴相手であっても日向が不覚を取ったりはしないだろう。
「とりあえず敵の強さは問題なさそうですから、普通に倒すのではなくて、ちょっと色々試しながらいきたいと思います。声かけますので、縁さんたちも協力御願いします」
「はは、了解した。日向ちゃんに任せていたら、出番が無くなってしまいそうだ」
5分ほどすると次の襲撃。
基本的に数分間隔で鬼たちはやってくるらしい。波状攻撃のようにも見えるが、それぞれの襲撃の合間に数分とはいえタイムラグがあるのはありがたい。
河童の軟膏や術で回復したり、作戦の微調整などをする余裕ができる。
そのまま小鬼たちを倒しながら警護を続けていく。
幸いなことに多少の強さの違いはあれば、教えてもらった情報通り小鬼しか出てこなかったので、わざと前衛を突破された状況を想定して動いたり、全体を見回して射撃で援護してみたり、一通りの確認をしていく。
結果わかったことがある。
残念ながら、技能としては有るものの射撃の精度としては伊達ほどには上手くないようだ。普通に動いている相手には問題なく当てられるのだけど、接近戦を始めて敵味方が入り乱れると難しい。
“無限の矢”なら視線を媒介にするから即座に発動するため、問題ないんだけど、普通に矢を当てようとすると動きを予測しないといけないしなぁ。
そう考えると、性格はアレだったけど、伊達はさすが上位者だったのだなと思わなくもない。
そんなこんなで無事に3時間が経過し、本日のお仕事は終了。
幸いなことに、誰も“鬼”を使うことなく終わることが出来た。
誰も犠牲者が出なかったことに安堵しつつ、リーダーとしての重責から解放されたオレは帰るなりベッドに倒れこんで爆睡したのだった。
□ ■ □
ちなみに戦果は以下の通り。
小鬼(赤)× 21
小鬼(青)× 10
小鬼(黄)× 4
小鬼(黒)× 2
鬼の涙 × 11(配分は最終日までのものと合算後の予定)




