142.禍の宴
鬼首大祭2日目。
初日と同じ控室に集められた主人公たちは、前日に分けられた班ごとに固まって会場のほうへと移動していた。
最初は獣道っぽい感じだったのが少しずつ踏み固められた道となり、途中から小さな鳥居が無数に立っている道へと変化していく。
「お稲荷さんみたい~」
「? お稲荷さん?」
「伏見稲荷です。日向の祖父、といっても僕にとっても祖父なんだけど、その家が京都の深草にあって伏見稲荷神社に何回かいっているんです。そこによく似たたくさんの鳥居の道があるんですよ」
ほー。
京都かぁ…いいなぁ。
小学校の時、修学旅行は東京だったから実は京都行ったことないんだよね。
【確か八ッ橋なる名物があるのじゃったな】
いやいやいや、なんでそこで食べ物!?
まぁ、そろそろエッセが色気より食い気なタイプだってことはわかってきたけどさ。
【失敬な! 色気がないとぬかすかっ!】
そういう意味ではなくて……。
ちなみに京都は八ッ橋以外の和菓子とかも美味しいらしいよ。
【おぉ、楽しみじゃの】
………。
「? みつるおに~さん、ど~したのぉ~?」
「……いや、世の中言わないでおいてあげる優しさってあるんだなぁ、と思ってさ」
まぁ甘いものが好きなあたりは女の子らしいっちゃらしいのか。
進んでいくと突然、注連縄みたいなもので仕切られたエリアが見えてくる。
案内をしてくれた神社の人はその手前で立ち止まった。
「これより先、わたくしどもは入ることが出来ません。
道なりに進んで行きますと開けた場所があり、そこで今回の鬼側のルールが知らされる手筈となっております。その説明が終わりましたら、それぞれの班はこちらの地図を手に警護拠点まで進んで下さい。尚、拠点に時計もございますが警護時間が終了時にこちらからもお知らせ致しますので、それを確認の上お帰り下さい。
ご武運をお祈り致します」
ぺこり、と頭を下げられた。
その横を通り過ぎるように主人公たちは歩き始めた。
山道は続いていく。
オレたち第4班は全部で5人。
メンツとしてはオレ、日向、涼彦、以外に男女がひとりずつ。
とりあえず控室でお互いに一通り自己紹介は済ませてある。
「ほら、肩の力を抜いて。まだ先は長いよ」
「はぁい~」
今日向に声をかけた男性のほうが神崎 縁さん。山伏の心得があって、簡単な術と錫杖を使った戦闘を心得ているらしい。
レベルは22だそうだ。
年齢は八束さんと同じくらいに見えるから、20歳そこそこかな。結構長身なんだけどちゃんと筋肉が鍛えられており線が細い印象はない。丸眼鏡をかけているせいか、落ち着きのある感じだ。
次に女性のほうは、藤原 棗さん。
レベル24。
こっちは黒装束に短い刀、とまんま忍者なイメージの格好をしている。見た目どおり得意なのは索敵や罠の設置、隠密系の技能らしい。ぱっと見た感じ、隠身の同系列でより絡め手のほうを伸ばした印象だろうか。
髪を見事に切りそろえたショートカットのスレンダー美人なんだけども、ちょっと口調が独特なのが人によっては好き嫌いが分かれるかもしれない。
ふと棗さんと目が合った。
「ふふ…いよいよでござるな、充。覚悟は十分でござるか?」
「え、あ、はい。どんなルールが出てくるのかちょっと不安ですけどね」
そう、ござるな口調の人なのである。
ちなみにこの二人は同じ大学に通っているそうで、よくパーティーを組んでいるらしい。縁さんによると、棗さんは大学でもこの口調なので、知らない人にはよく驚かれているようだ。
そりゃそうだろう。
オレも最初に自己紹介したときはびっくりしたし。
ようやく開けた場所に出てきた。
そこには天幕が張ってあり、長テーブルとパイプ椅子が並べられている。
おそらくここがルールの説明会場なのだろう。きょろきょろと周囲を見回すが会場には今のところ誰もいない。
代わりに奥に置かれているテーブルには湯煎された大きな鍋やら皿やらが大漁に並んでいる。全て蓋がされているからわからないが、漂ってくるいい香りと手前に置かれている箸や食器などから、おそらく料理が並べられているんだろうということは想像がついた。
「……なんで料理?」
「きっとぉ、戦う前に腹ごしらえするんだよぅ~」
日向の言うことはわかるが、ここで鬼からルールの説明をしてもらうことになっている。その鬼という言葉と腹ごしらえという言葉があまりに結びつかなくてちょっと呆然となった。
それは他の人たちも同じようで皆周囲を警戒している。
「なんだなんだ、今年の参加者は肝の小さいのが多いね」
突然女性の声がした。
はっと気づくと、まるで空気が浮き上がるように立体感を帯び、料理の手前にひとりの女性が現れた。
鬼の特性のひとつ、名前の由来ともなった“隠”の能力。わかっていても、こうやって突然現れられるとビビるなぁ。
出てきたのは紫紺の髪を腰まで伸ばし、白装束を纏った美人。
身長は150センチちょっとといったところだろうか。小柄で全体として華奢ではあるが弱々しいというイメージはない。
頭の左右から生えている、やや曲がった角がその一因であることは否定しようがない。
全く気配を感じなかったことに動揺していると、
「さて……じゃ、今年のルール説明といこうか」
女性はにやり、と嗤った。
「さぁさぁ、そんなところで馬鹿面さげて突っ立ってないで座りなよ」
警戒しつつも、促され皆近くになったパイプ椅子に適当に腰掛けていく。全員が椅子に座ったのを見てから女性は続けた。
「あたいは宴禍童子。呼ぶときは宴禍で構わないよ。
今年のルール説明と宴を担当することになった。短い付き合いだろうけど、覚えておきたい人は覚えときな」
まるで品定めをするかのように、鬼女がその瞳を走らせる。
ふとオレと目が合うと視線が止まった。
「……?」
だが、それも一瞬のこと。
彼女の振る舞いがよほど癇に障っただろうか。参加者のうち第三班にいる男が突然立ち上がって、
「何を言ってるんだ! 俺たちゃあ依頼で警護に来たんだ! 宴なんかに用はないぞ!」
そう叫んだ。
ぎゅるっ。
ぞっとした。
首だけが不自然なまでに廻って、宴禍さんがそっちを見る。
その顔は無表情で目を見開いていた。
静かで平穏で、底のない殺意と共に。
「へぇ……なるほど。宴なんかに用はない、宴なんかに用はない、宴なんかに用はない。
あ~あ。あたいの前でそういうこと言っちゃうんだ」
ゆら…っ。
「……?」
主人公たちのうち数人がざわめく。まるで目の前の宴禍さんが消えでもしたかのようにきょろきょろとあたりを見回している。
だが理由はすぐにわかった。
瞬きした瞬間、まるで陽炎が消えるように一瞬でオレの視界から彼女の姿が消えたから。
「……嘘だろ…ッ」
思わず息を飲んだ。
鬼に属する存在であれば、一度見失ったが最後“隠”の効果により姿を見ることが出来なくなる、というのは調べたから知っている。
だが今オレは別に見失ったりしていない。
ただ瞬きしただけだ。
にも関わらず姿が消える。
さっき騒いでいた人と同じように、おそらくはそこにいるのに見えなくなっているだけだというのは予想できる。現に比嘉さんをはじめとする3人ほどの主人公はまったく揺らぐことなく同じ場所を見ているのだから。
だが瞬きひとつで、見失った、と同じように発動する“隠”の能力に背筋が震えるのは止められない。
勿論、さっき発言した男もそれは例外ではない。
見失ったことに半ば恐慌しオロオロと狼狽している。
彼の背後に、鬼女は再び姿を見せた。
「ひぃ…ッ」
「ホント、昔っから力のない奴に限って大言壮語を吐く。見合った力もない、自分と相手の差すら見抜けない。そのくせ、さっき宴なんか要らない、って言っただろう?」
気づいて腰を抜かし尻餅をつく男。
目の前に立つ鬼女の手には、それまで彼が持っていた剣が握られていた。
「あたいに言わせりゃ、要らないのは宴じゃなく……お前さ」
彼女は、人差し指と親指で摘むように剣の柄の端を持ち、そのまま―――
―――ごくり、と呑み込んだ。
「生憎、ここでの殺しはご法度だ。約定だからね、殺さないでいてやる。だがあんまり聞き分けのないことばかり喚くなら、後で“喰い”に行くよ?」
それだけを言って、彼女はゆっくりと料理の前へと戻っていく。
途中何やらもごもごと小さく口を動かし、
ばき…っ、ごき、めきめき…ばぎんっ!!
ごりッ、ごりごりごり…っ。
金属が折れ砕けているような音をさせ、少し咀嚼して、ぷ!と何かを噴き出した。
転がったのは手のひらサイズの金属の塊。
金属の破片みたいなものが、恐ろしい力で圧縮されて妙な形に固まったもの。
「あ゛~、不味い。最悪の味だね。
でも安心するといいよ! あたいの作った料理はこんな剣の、クズみたいな味と違ってご馳走だからさ!」
鬼は満面の笑みを浮かべた。
ぱちん、と指を鳴らすと料理にかかっていた蓋が取り外される。
白いご飯、お吸い物、ちりめん山椒、とろろ、焼きつくね、甘辛く煮付けた厚揚げ、さばの味噌煮などなど、普通に美味そうな料理の数々が用意されていた。
「今年のルールは簡単だ。
いつも通りあたしらから4つの社を守ってもらう。だけど今年はあたしらもちょいとばかり本気でいくから、手ごわくなるよ。代わりにひとつだけ特典を用意した。
ここであたしの料理を食べた人間に限り、本当に危なくなったときに“鬼”って叫べば襲われなくなる。ただし叫んだ瞬間から動けなくなるよ。動けないのは不安だろうけど、そこも救済策がある。
叫んで動けなくなった場合は、叫んでいない相手に触ってもらえば元通りになれるのさ。
勿論、そんな特典要らないって人はここであたいの料理を食べなくても構わないよ? その場合はさっきの馬鹿みたいに余計なこと言わずに、他の皆が食べ終わるまで隅っこで大人しくするのをお勧めするけど」
氷おにですか、ありがとうございました。
まぁ冗談はともかく冷静に考えれば確かに便利だ。
少なくとも命の危険を回避するにはこの上ない。
「食事時間は30分。好きにやりな。ああ、でもひとつだけ。
美味しそうに楽しそうに食べてくれると、あたいも鬼じゃないから手心加えちゃうかもしれないよ?」
「いや、あんた、鬼だろ!?」
冗談めかして言う宴禍に思わずツッコんでしまってから我に返る。
うあああ、やっちまったぁぁぁぁ…。
「へぇ、なかなかいいツッコミするじゃない。あんたはこの宴禍が直々に給仕してやろう。
さ、こっちに来な」
「いえ、そんなお手間を取らせることは…」
「いいから来い」
「………はい」
「別に取って喰いやしないよ。さっきも言ったけど約定があるからね」
不安そうに涼彦たちに見送られつつ、迫力に押されたまま天幕の裏手のほうへ呼び出された。
宴禍さんの言ったことに嘘はなかったようで、裏手にもちゃんとテーブルと椅子が置かれている。
「ほら、そこに座って」
「あ、はい…?」
そして座るなり、
「おかえりっ!!!」
「おぉぅ!? な、何!?」
背後から抱きつかれた。
わたわたしながら立ち上がろうとするも、万力のような力で締め上げられるかのようにホールドされており逃げられない!
「ちゃんと帰ってきて、お姉ちゃんは嬉しいよ! やっぱりなんだかんだ言っても男なんだな。ちゃんと身内の大事には駆けつけるんだ」
「……へ?」
さっきまでの怖いイメージはどこへやら、満面の笑みを浮かべている。
わかりやすいほど嬉しそうだ。
「さすがに、あんな遠くの神社に封じられてるから無理だと思っていた羅の字も戻ってきたことだし!
こりゃいよいよ今年は勝てる見込みが出てきたよ! なんてったって、連中も中にお前がこっそり隠れてるだなんて想像もしてないだろうし!」
「えっと……誰かと勘違いしてませんか?」
ちょっと力が弱まってきたのでなんとか振りほどこうとするけど、背中に当たる柔らかい感触にもうちょっとこのままでもいいかなぁ、とか一瞬思った弱いオレである。
「何を言ってるんだ。お前、羅腕童子だろ?
あたいがお前を見間違えるわけないじゃないか!」
「……ッ!?」
ようやく合点が言った。
オレを羅腕童子と勘違いしているらしい。
しかし腑に落ちない。どう見てもオレと外見が似てないのに。
だが何か彼女にはわかる要素があるらしい。
そして、もしオレが羅腕童子を倒してしまってることを気づかれたらどうなるのだろうか。
その想像にぶるっと総毛だった。
「よしよし、久しぶりに姉ちゃんの手料理持ってきてやるからな。」
………不味い。
脳裏にさっきの光景が蘇る。
彼女が本気でオレを殺そうと思えば造作もないだろう。
「あ、あの宴禍さ―――っ」
「なんだ、他人行儀な。そこは宴姉だろう?」
「いや、そうじゃなくてオレ……」
「宴姉」
「…………宴姉」
「ふふっ、ついに羅の字に宴姉って呼ばせられた!」
手を放して飛び上がって喜ぶ宴姉。
やっぱり羅腕童子は呼んでなかったのか……確かにあの怖い外見で、そんなアットホームなことされてても困るんだけども。
【やれやれ……前途は多難じゃな】
喜びつつ料理を取りに行った宴姉の後ろ姿に、本当のことを言えずにいるオレを見てエッセが深くため息をついた。




