139.出会いと再会
電車を乗り継ぐこと1時間弱。
ついにやってきました鬼首神社本社!
今はその入口の鳥居の前に立っているわけなんだけど……、
「うおぉぉ……凄ぇぇ……」
月並みな言葉だけどそんな台詞が口から洩れた。
見上げた朱塗りの鳥居は普通の神社のものの倍はあろうかというか大きさだ。それだけでも半端ないというのに境内の広さもその鳥居のサイズに十分見合った広さなのである。
どこからともなく聞こえてくる笛の音、淡く光を放っている灯篭や提灯。
わかりやすくいうとテレビとかで初詣の取材をしちゃうような大きさの神社だ。
鳥居を潜ると参道に出る。
神社に至るまでのその道には露店の出店が並んでおり、ヤキソバ、焼き鳥、イカ焼き、たこ焼きなどなど、様々なお祭り用の食べ物が空腹を刺激する香りを漂わせていた。
勿論、定番の金魚すくい、射的、水飴、スーパーボール掬いなどもあって子供から大人まで多くの人で賑わっている。
「ミッキーちゃん。ちゃんとご飯出る。我慢」
「あいよ……」
生憎と、結構時間が押していたんで泣く泣くスルーしたんだけども。
ああ、焼きもろこしぃぃぃぃ……。
【やれやれ、そのように情けない声を出すでない。
仕事をしっかりとこなしてから祭りを楽しめばよいではないか、何せ祭りは7日もあるのじゃからな】
「……まぁね」
鬼首大祭は7月1日から7日まで行われており、7日の本祭がクライマックスとなっている。それだけあればどこかで出店を楽しむチャンスくらいあるだろう。
【ちなみに、わらわはわた飴がよいぞ】
何気にエッセも楽しみにしてるのね……りょーかい。
しばらく進んでいくと参道の両脇の狛犬が見えてきた。
左右一対に置かれた石の台座にそれぞれ鎮座している。
「おぉ、狛犬だ」
「違う」
おぉぅ。
いきなりばっさり否定された。
さっきオレが見ていた参道の入り口方面からみて右手の狛犬を示しながら、
「こっち、左上座。口を開いてる方が獅子」
そしてさらに逆を示し、
「右下座、こっちが狛犬」
「……どっちも犬なんじゃなかったのか……」
そもそも上座下座とかあるの初めて知ったよ!
このへんはさすが神社のとこの娘だなぁ。
咲弥の案内でしばらく進むと途中で参道から分岐している小道へと入っていった。
しっかりと舗装してある参道と比べると申し訳程度に踏み固められた、としか表現できない完成度だ。小道はすぐに木々の間に消えておりよほど注意深く見ていないと、ここに道があるとか気づかないに違いない。
どうやら依頼を受けた主人公たちの待つ建物はこっちにあるらしい。表向きは普通の祭りなのでそのへんは上手く隠しているんだろうなぁ。
「そういえば前に聞きそびれてたことがあったよね、咲弥」
「……?」
「いや、ほら、伊達に学校で待ち伏せ喰らって、他の主人公から逃げ惑ってたときだよ。咲弥からお姉さんの話聞いて、そのときに直接話せば、とか言ったら“世界違う?”とか言ってたでしょ。
そのことについて聞こうかと思って」
思い出したのだろう。
頭に疑問符を浮かべていた咲弥が納得したような表情になった。
「そのままの意味。あのときはミッキーちゃん、主人公だと思ってたから」
「主人公だと世界が違うとかそういうのがあるの?」
少し考える素振りを見せてから、
「……ん。この世界、主人公になれるの、特定の世界の人間だけじゃない」
……? なんかいまひとつわかりづらい。
つまりはどういうことだ?
「実はよく知らない。でもそういうのがあるの知ってる。
例えばお姉ちゃんと私は同じ世界からこの世界に参加してる。
その世界はこの世界とは色々違う。同じように惑星だけれど水はないし、1日が凄く長い。同じ1日だけど50000時間くらいはある」
ごま…、って、長ぇよっ!?
それって単純計算で2000日以上、つまるところ5年以上になるぞ……。
「じゃあ、1日で何度も寝たり起きたりしてるわけ?」
「違う。正確には時間の滞留が違う。んー…時計の針だけは普通になってるスローモーションな世界にいる、みたいな………だから1日は1日なの。それはこっちと同じ」
????
【別の世界、と言うておるじゃろう。世界が違えば法則も違うものじゃ。そうじゃな……例えば、おぬしのこの世界のことをコンピューターゲームの中の人間に理解させようとしても難しいじゃろう?
今は深く考えずに、咲弥の世界はそういうものだと思ておけばよい。つまりあの娘のリアルな1日はおぬしのこの世界の5年半ほどにもなる、と】
「………あいよ」
そこでようやくわかった。
あのときオレは伊達に誑かされた姉とリアルで話をすれば、と言った。それが無理だと咲弥が考えていた理由。彼女にとって1日だけゲームをしている、というのはこっちの世界で5年半。半日遊ぶだけでも3年近いのだ。
外部から強制的に終了させる方法があればともかく、本人の意思でしかログインやログアウトが出来ないとすれば……。
「つまり、そういうこと?」
「ん。私たちの食事は1日1回。食事をして就寝までの間、およそ10時間だけゲームする時間を確保、設定した。その時間が近づいたら少し前に警告が出て、ログアウトできるようになってる。
だからこっちの世界であと1年くらいはログアウトできない。
だからリアルで、すぐ姉と話すの無理だった」
まぁ1日の長さはともかく、水が存在しないとか想像も出来ない。
あまりぞっとしない話だが、もしかして咲弥はリアルだと人間っぽい姿すらしてないとか……。
余程オレが変な顔をしていたんだろう。
咲弥は小さく笑いながら、
「残念、姿は普通の人型」
ちろっと舌を出された。
ほっと安堵する。
だが話はそこで終わらない。彼女はそっと指を立てて続ける。
「ここからはひとつの噂」
「噂……?」
「ん」
咲弥の世界で流れている、都市伝説とも取れるような噂。
―――“この世界には異世界から参加している主人公が存在する”
「勿論根も葉もない噂だと思ってた。それを覚えてたから、あのときそう言ったの」
でもミッキーちゃんはこの世界の人だったけどね、と彼女は締めくくった。
実際のところ、オレとかこの世界にいる人間、つまりNPC扱いされている存在からすれば、そもそも彼女たち主人公そのものが異世界から参加している来訪者になるわけなので、その噂もあながち間違いじゃない。
さて、ようやく目的地に到着。
朱塗りされた柱と漆喰の壁で出来ているいかにも神社、というような平屋建ての建物。
入口には「鬼首大祭 本鬼祭り参加者様 控室」と書かれている。また入口の近くには篝火が焚かれており、長テーブルで用意された受付があった。
「ここが控室。話は通しておいたから受付して。
私、自分の準備があるからもう行くけど、控室の中で待っていればちゃんと説明あるはず」
「ああ。ありがとね」
いやぁ、テンション上がってきた。
初のイベント参加だもんな。
「ん。たまにはちょっと、恩返し。でも他の人には内緒」
咲弥は人差し指を自分の唇に軽く当て、し~、と秘密を強調した。
そのまま、彼女が踵を返して参道のほうへと戻っていくのを見送ってから、受付の方へ。
受付には名簿的な書類と筆記用具以外に蓋の空いた小さな箱があり、その中にはそれぞれ何かが刺繍された腕章のようなものがたくさん入っていた。
「あー、すみません。依頼を受けた三木充なんですけど…」
「………はい、承っております。こちらを腕にお付けになって中にお入り下さい。7時より主催者側より今年の内容について説明があります」
おそるおそる声をかけると、少し名簿を確認する受付さん。残念ながら男性なので巫女さんではないのが残念だったりそうでなかったり。
名前が確認できたのか、チェックをしてから木箱の中身を出しだしてきた。腕章のように見えたのは、そのまま腕章だったらしい。黒地に白い縁取りがされておりナンバーが刺繍されている。
うむ、なかなか良いデザインだ。
そう思って受け取って腕章を広げて身に着ける。
「……………うん、死にナンバーじゃないだけよしとしよう…」
【肉ナンバーじゃがの】
敢えて言わなかったのに!!?
無慈悲なツッコミに身もだえする。
そう、生憎の29番だ。
鬼のいる山で肉ナンバーとか、一体何のフラグだ。
「………く、ポジティブに行こう、ポジティブに!」
なんとか気分を切り替えて控室の扉を開く。
中は見た目通りの広さだった。
広めの小学校の教室くらいの大きさ、とでも言えばいいのか。そこに長テーブルがいくつも運び込まれ並べられており、それぞれに数脚のパイプ椅子が備え付けられていた。
時刻はすでに6時55分。
結構ギリギリの時間帯だけあって、すでに室内は主人公がたくさんいた。おおよそ20人くらいだろうか。それぞれ自分の得物を手近に置いて、それぞれのやり方で時間を待っている。
会話をしている者、瞑想している者、何かを考えている者、装備を確認している者、様々だ。
これからこのメンツに交じってイベントに参加するんだ。
上位入賞でレアアイテムゲットは譲らないぜ!
どんっ!!
「ごふっ!!?」
意気込んでいたら突然背後に衝撃を感じて息を詰まらせた。
「わぁぁぁ~」
どったーん!
衝撃の直後、背後で倒れる音がする。一部の主人公たちが何の騒ぎかと眉を潜めた。
そちらを振り向くと、女の子が転んでいた。
ちょっとぽっちゃり系の子で美人というよりは可愛い系かな。髪の毛はボブカットで、見たところ年下に見える。
「す、すみません~」
わたわたと謝りながら立ち上がる。
なんというのか、のんびりした口調がこうムードメーカーというかマスコット的な感じだ。
「いや、入口で立ち止まってたオレが悪かったのかも。大丈夫?」
「は、はい、あ、どうも、ありがとうございます~」
ぶつかった拍子に彼女が落としたのだろう武器を拾う。
って、カイザーナックルだッ!?
つまるところ彼女は殴って戦うタイプらしい。
一瞬びっくりしてマジマジと彼女のほうを見てしまう。
「? 何か顔についてますか~?」
「……ッ! な、なんでもない。ごめん」
初対面で顔をガン見とか失礼にも程がある。とりあえず謝っておいてから道を譲った。
「日向~、待ってよ~」
ぶつかってきた女の子の後からもう一人。
同じくらいの年齢に見える男子が現れた。走ってきたのだろうか、しばらく俯いて荒い息をついていたが呼気を整えてから顔を上げた。
「あ、涼彦~」
「あ、じゃないよ! 目的の物が見えたからっていきなり走り出すクセ、直した方がいいっていつも言ってるじゃないか!」
……そりゃ直した方がいい癖だな、確かに。
「えへへ~、またぶつかっちゃった~」
「またぁ!? ああああ、すみません、すみません。本人悪気はないんです!」
日向と呼ばれた少女は誤魔化すように笑ってオレを見た。おそらくよくあることなのだろう、それだけで涼彦君とやらは状況を把握したみたいでぺこぺこと頭を下げてきた。
「彼女にも言ったけど、入口のところにいたのはオレだからさ。そこまで謝らなくてもいいよ」
「いい人だぁ~」
「………本当、すみません」
よく見れば、少年の方も手に錫杖を持っているし小手とか防具をつけている。
「君たちも鬼首大祭参加者?」
「ええ。初めての参加なものでちょっと不安なんですけどね、まだレベルも低いですし。僕、紅林涼彦っていいます」
「紅林日向だよ~。あたしも初めて~」
………兄妹??
「従姉弟なんです」
「ああ、なるほど」
おそらくは顔に出ていたのだろう涼彦がそう補足してくれた。
「日向のほうがお姉さんなんだよ~。びっくりだよねぇ~」
【自分で言うあたり、この娘、大物じゃな】
思わずオレにだけ聞こえるようエッセがツッコんだ。
なるほど、こりゃ大変そうだな。特に涼彦が。
「レベルが低いって言っていいながらイベントに参加するとか、結構度胸があるんだね」
「そう思われちゃいますよねぇ……実は今回、僕たちは日向の師匠が参加するので連れて来られただけなんですよ」
「そうなんだよ~」
へぇ、この中に日向ちゃんの師匠がいるのか。そんなスパルタ教育っぽい師匠ってきっと厳しそうな顔してるんだろうなぁ。
オレの背中に、
「お~、日向たちの近くに三木がいるさ~」
聞き覚えのある声が飛んだ。
声と共に蘇った記憶がぞわり、と寒気を起こした。
「あ、師匠~~」
ぶんぶんと手を振る日向。
振り向くと、すでに控室に来ていたらしい彼女の師匠がいた。
男の生き様は顔に出る、とかなんとか聞いたことがあるが、それを証明するかのような精悍な顔立ちをしたオレよりも10近く年上に思える、道着を着た男。
彼の名は知っている。
比嘉清真。
伊達に待ち伏せされ逃げ惑った高校の中で、オレの肋骨を貫手で物理的に抜き出した主人公。
いかん………早くも逃げたくなってきた。




