135.領主様はおつかれ様
鉄。
それはとても固い。
ありていに言えばとっても強固だ。
「……とりあえず素手でどうにかできるものじゃないのは間違いなさそうだなぁ」
冷たい石畳に胡坐をかいたまま、目の前の鉄格子を睨んで嘆息する。
とっ捕まったオレはそのまま中心部にある領主の城に連れていかれ、そのまま地下牢に押し込まれていた。目の前には外へと続く廊下と地下牢を隔てるゴッツい錠のついた扉つき鉄格子、ご丁寧に窓にも同じ鉄格子がついている有様だ。
「わかりやす過ぎるくらいわかりやすい展開なのはいいんだけど……何の装備もなしに脱獄とかは難しいかもなぁ」
捕まったときに武器とか鎧とか装備一式含め物品は全て取り上げられている。今は鎧の下に衝撃吸収用に着込んでいた厚手の服だけといった格好だ。ちゃんと一連のイベントが終わったら装備を返してくれるといいんだけども………。
ああ、そうそう。ちゃんとセオリーに従って一応窓の格子が緩まないかとか、近くに居眠りしている衛視がいてその腰に鍵の束があったりしないか調べてみるけど、そんなことはなかったぜ!
【何のセオリーじゃ、何の】
おぉぅ、なんかツッコミが適度に返ってくるのってやっぱりいいよねぇ……。
いや、お約束かな~、って。
正直そこまで期待してたわけじゃないよ!?
実のところ、鉄格子を掴んでガシャガシャ激しく揺らしつつ「出せ~オレは無実だ~」とかもやってみたかったんだけど、ますます白い目で見られてしまいそうなので我慢しておく。
【……結構、余裕じゃの?】
「まぁね」
現実で突然捕まって牢屋入りしてしまった、とかならきっともっと焦るんだろうけど。
予めイベントだとわかっているのでそのへんは気楽でいられる。
………
……
…
さて、どれくらい経った頃か。
そんな感じでのんびりしているうちに眠ってしまったらしい。
足音が近づいてくるのに気づいて目を覚ます。
「出ろ」
がしゃ、と開錠されて鉄格子が開く。
やってきた衛視に連いてくるよう促されて後に続く。
いくつかの扉を経て外に出る。そのまま別の建物に連れてこられた。
そこはさっきまでいた実務主義一辺倒だった殺風景な内装とは違い、高そうな絨毯が敷かれていたり壁に絵画がかけられていたり随分と華やかだ。
「今回の件に対して、領主様がお会いになられる。本来であればこのような些事に関わるような暇はないお方だ。くれぐれも失礼のないようにな」
先を歩く衛視に釘を刺される。
些事かもしれないけど、何も悪いことしてないのに捕まえたことに対して責任者が会ってお詫びってのは当たり前だと思うんだけどなぁ。まぁこの場合、責任者ってのは衛視のトップくらいで十分だから領主様直々ってのは確かに異例か。
途中何度か巡回中の衛視や騎士っぽい外見の奴とすれ違ってから、ようやく執務室と書かれた扉の前に到着。
ノックをすると秘書らしき女性が顔を出し用件を確認、少ししてからようやく入室が許可された。
一枚板を使ったと思われる重々しい扉を潜り抜けた先、そこにあった執務室。
ゆっくりとその室内に視線を走らせた。
異世界にマホガニーがあるかどうかはともかく、それくらい立派な木材を使ったデスクが正面に鎮座している。その赤みをもった美しい光沢を見せる机上にある未決ボックスに決済を待っているらしい書類が積み上げられており、立派な髭を蓄えた男性がそれらをひとつひとつ確認しサインをしては既決ボックスへ入れていく。
漠然としていた領主の仕事イメージにあまりにも合致しすぎて怖いくらいだ。
……まぁ、オレが思い浮かべていたのってどちらかというと領主、というよりもドラマとかで見た課長とか部長といった中間管理職のイメージなんだろうけども。
「ああ、ご苦労。彼を置いて下がってくれ」
領主の言葉に衛視は一礼して退室する。
デスクの手前、入口に近い位置にソファとローテーブル、所謂ソファセットが設置されている。秘書に促されるままそこに腰かけた。
うわ!
予想以上にふかふかだった!?
そんなちょっとした感動はさておき、ようやく領主は仕事を切り上げて対面のソファまでやってきた。心なしかどこか疲れている様子に見える。
「……すまない。本来であればこちらから出向くのが筋というものなんだが、この通り時間に余裕が無くてね。非礼を詫びよう」
「あー、いえ、そこまでしてもらわなくても……」
いきなり頭を下げた領主にあたふたしながら返答する。
相手の企業のお偉いさんから頭を下げられた新卒社員の気分ってこんな感じなのかなぁ。
「今回の件は身内のどたばたに君を巻き込んだ形になってしまったからな。領主以前にひとりの親としてその事実については頭を下げねば気がすまんよ。
さて、自己紹介が遅れて申し訳なかった。領主のハインリヒだ。」
「身内……?」
「確かミツル君と言ったね。君が衛視……そう、ザコ君に捕まる直前に女性と会わなかったかい?」
ああ、そういやそうだったな。
世にも珍しいボクっ娘という貴重な出会いだ。
そしてザコの名前に捕まった屈辱が蘇ってちょっとイラっともした。
あんなどう考えても対して重要じゃなさそうな名前をした奴に捕まるなんて……ッ!!
【……などと思いつつ、元一般NPCだった充としては、ちょっとだけ妙な連帯感を覚えておるのじゃった……と】
おぉぃ、勝手なナレーションすんなぁ!?
ってか、なんでバレてんのよ!?
「その女性が私の娘、アティーナだ。もう16にもなるというのにお転婆が抜けなくてな。
よく館を抜け出して、その度に気づいた衛視たちと君が見たような大捕り物を演じる羽目になっているわけだ。ちなみに君で104人目だ」
「多いよっ!!?」
思わず素の口調でツッコミ入れてしまい、横に立っていた秘書の人にジロリと睨まれる。
アラサーっぽいとはいえ秘書さんもクールビューティ系の中々の美人なので、そんな人に睨まれるのはご褒美って人もいるかもしれないが、生憎とそういう趣味はないので許してください、マジで。
「コホン………もうちょっと抜け出せないようにする方法はないんでしょうか」
「そう思うのも無理はない。様々な試みをしたんだが一時的に抑えることはできても、最終的には突破されてしまうのだよ……我が娘ながら恐ろしい娘に育ったものだ」
ふむふむ……。
というか、ジョーの話が確かであれば、あの娘の捕り物に巻き込まれることがこの領主と知り合うためのきっかけであり、どこぞの狩場に入るために必要なイベントなんだから無くなったら困るか。
「実は恥ずかしながら娘の脱走の手引きをしたのではないか、と誤解されて捕まったのは君が初めてではない。だから、というわけではないがそれに対してどう償えばいいのか、ということについてもいくつか案があるのだが、まずはこれを受け取ってくれ。なに、迷惑料代わりだ」
お。
秘書さんが何か革袋を持ってきてくれた。
ちらっと確認したところ中には金貨が入っているようだ。
「………見たところ、君は戦いの心得がありそうだね?」
「え、あ、はい。まぁそれなりには」
「ならば話が早い。このラオグラフィアはこの地方随一の都市だ。物、金、人、様々なものが大量に集まる場所だ。だが繁栄の分だけ影も濃くなるものだ。
人が集まりその数だけ欲望がぶつかり合えばそれだけ揉め事も多くなる。それを解決するのが領主の大きな仕事のひとつのわけなのだが……それを手伝ってくれる人員を常に募集している。
君をそこにスカウトしたい」
「…………」
「無論強制ではない。スカウトというのも適切ではないな。
こちらの名簿に名前を連ねてもらう。その名簿の人員には揉め事や事件が起こった際に、依頼という形で声をかけさせてもらう。報酬、内容、それらを比較して受けるかどうかは自由だ。
最初は難易度の低いものからになるが、数をこなして実績を出していけば相応のものを受けることができるようになる。少し下世話な話だが、町場の依頼斡旋所で依頼を受けるよりも割りよく金銭を稼げることは保証しよう」
この世界でのクエストはいくつか種類がある。
まず街中で困ってる人から直接頼まれごとをする場合、一番最初の村で村長から受けたゴブリン退治のやつがこれに当たる。
次に冒険者組合に加盟している宿屋とか斡旋所で受ける依頼。
これも結局困ってる人がいてその人が依頼しているのに代わりはないのだけど、前述のものが特定の条件を満たしたプレイヤーだけが受けられるものであるのに対して、レベルだけ満たしていれば自由に受けられたり何度も受けられたりするものがある。
こっちのほうが少しビジネスライク、って言えばいいのかな。
今回の領主の申し出は前者の形式ではあるけれども、条件的には後者に近い。
「断る理由がありません。ありがたく受けさせてもらいます」
「そうか! それはよかった。ではこれを受け取ってもらいたい」
渡されたのは実った小麦と盾が象られた木製の印章。
「これがうちで登録している者……通称“英雄隊”の証明になる印章だ。
私に用がある際もこれを見せれば門前払いにはならないだろう」
「だからといって悪用した場合、それ相応の罰則が適用されますのでお忘れなく」
釘を刺すことも忘れないあたり、さすが秘書さんはいい仕事してるなぁ。
印章を受け取って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
さすがに領主は忙しいのだろう。
そこまで話すと秘書に促されハインリヒさんはデスクに戻って仕事を再開する。当然、オレも急かされるように執務室を後にした。
「さて………これで完了だな」
テンプレ的というのか王道的というのか、ありがちな会話の展開ではあったけども。
領主の娘、ってことは今後のイベントにも関わってきそうだよなぁ。
【てんぷれ、というのはよくわからぬが王道というものはいつの世も廃れぬからこそ王道。
それだけ皆に支持される展開だということじゃろう】
「………うぐ」
エッセのぐうの音も出ない正論のツッコミに苦笑していると、ふとポーンという音が響いた。外部からのメッセージが届いたというお知らせ音だ。送ってきたのが誰かは見るまでもなく予想がついている。
オレは館を出てログアウトした。
□ ■ □
視界が暗転する代わりに聞きなれた低い駆動音が響く。
意識が切り替わるようにゆっくりと視界が開けていった。
「ふぅ……」
「おぅ。無事終わったみたいやな」
装置から出ると、ジョーがかき氷をシャリシャリと食べつつ飄々と話しかけてきた。
ちなみにシロップはブルーハワイアンである。
「今日は待たせっぱなしで悪かった」
「ええよええよ、たまにはそういうこともあるて」
ジョーが格好よくサムズアップしてニヒルに笑う。
………いや、ブルーハワイアンのせいで唇が真っ青なのでカッコついてないぞ。
「ミッキーちゃん。時間」
「あいよ。知らせてくれてありがとな」
時計を見れば時刻は5時20分を過ぎていた。
そろそろ出ないと間に合わない。
部長や他の部員に挨拶して荷物をまとめるとしよう。
「? なんや、咲弥とミッキー、揃って下校なんか……ははぁん…」
「………?」
「もしかして、デートとかしよるんか!?」
びし!
かき氷を食べていたプラスチックのスプーンを突き付けながら、犯人はあんただ!的な勢いでジョーが告げる。
「いやいやいや、なんでそうなるのよ。そもそも―――」
「そ。ミッキーちゃんとでーと。じゃあね」
「―――おぉぉい!!?」
「……へ? あ、え…おぅ」
反論しようとしたオレの腕を取った咲弥に引きずられるように部室を出る。
ツッコミを待っていたんだろうジョーは、意外な展開に驚いたのだろうか。
呆気に取られたまま見送った。
「行こ」
「ああ……って、そうじゃなくて!」
あのままだと完全に誤解を招く。
そもそもなんで咲弥はデートだって肯定したんだろうか。
は! もしかして実は伊達との戦いで咲弥への好感度が結構上がっていて、内心で実はオレとデートしたかったとか!?
オレの腕を引っ張って歩いていく咲弥を見る。
改めて言うのもなんだけど大層可愛い女の子だ。ちょっとマイペースなところはあるけどもそれを差し引いてみてもお釣りが来るくらいに。そもそも主人公なんだから美形なのは当然ではあるんだけどさ。
そんな彼女に「なんでデートだなんて言ったんだよ」「デートじゃ…ダメ?」くらいの勢いで想われてるとしたらそりゃもう男冥利に尽きるというものだ。
ヤバい、ちょっとドキドキしてきた。
よし聞いてみよう。
「なんでデートだなんて言ったんだよ」
「あそこで反論してると間に合わなくなる。明日ゆっくり弁解すればいい」
一刀両断である。
はい、現実は無常でした。
確かにおっしゃる通りですよ、ええ。
淡い期待を抱いたオレがアホでしたよ……。
そうやってガックリ落ち込んだオレは、部室を出る直前から咲弥の耳が赤くなってるような些細な変化に気づくわけもないのだった




