134.ザコに捕まった!?
ラオグラフィア南門。
城壁に囲まれた街の四方にある出入口のひとつで、オレはジョーを出迎えた。
「ごめーん、待っとったー?」
「ううん、全然……なわけあるかっ!!」
「げふぅっ!?」
待ち合わせの時間を30分ほど過ぎてやってきたジョーが、余りにもお約束すぎるフリをしてきたのでのっかりつつ頭をはたいた。
「遅い!」
「えー、しゃあないやんかぁ。都市間移動便、1本乗り遅れてしもうたんやし。
ちょっとくらいは大目に見てくれてもええんとちゃう?」
使ったことがないのでわからないが、どうやら一度行ったことのある都市間における移動には何か特殊な方法があるらしい。どっかのゲームであった飛行船とかそんな感じのものなのだろうか。
言い訳を述べながらジョーは頭をさする。
よく見てみると何やら装備が一新されている。
凄い装飾のされた拳で握る柄のある刃のついた武器が一対腰についており、鎧そのものも刺々しいというのか獣の牙とか角で飾りがされた肉厚の皮鎧だ。
「……また随分と格好が変わったな」
「あれ? 前に一緒したことあったっけ? まぁええわ。丁度先週、狩猟クエスト“森獣の咆哮”を終えてきたさかい、そこで採れた素材使て鎧一新したんや」
似合う?似合う?と、その場でくるっと廻るジョー。
まぁ水鈴ちゃんみたいな女の子がやってくれたら微笑ましいというのに、男に目の前でやられるとこう無性にツッコミを入れたくなってくるのはなぜなんだろうか。
「……そこはノーコメントで」
「いややなぁ、ミッキーったらそないに遠慮せんでええのに。似合うとったら似合うとるて言うてくれてええんやで?」
「似合ってない」
「酷っ!!?」
ああ、なんかこんなやり取りも懐かしいなぁ。
帰ってきた!って感じだ。
「ま、それはおいといて、今日はどないする?
レベル上げでもええし金稼ぎでもええで。さすがにパワーレベリングはつまらへんから直接的な手出しはせえへんけど、時給的に美味しいとこ案内することくらいはできるで」
「それなんだけどさ、ちょっとジョーを待ってる間に妙なことになってたんだけど。
もしかしたらイベントか何かだったのかもしれないから、教えてくれるか?」
「おう、構わへんよ。言うてみ言うてみ」
くぃくぃ、と得意げに手のひらを動かすジョー。
やり込んでいる先輩プレイヤーの余裕らしい。
微妙にウザいが、ここは我慢だ、我慢。
「手持ち無沙汰だったから、ラオグラフィアの中央広場でのんびりしてたんだよ。
そしたらちょっと妙な人たちが目について、思わず後をついていったんだ。なんか若いっぽい男と、それを追いかける女性の二人組」
「ほほぅ、どないな外見をしとった?」
「男のほうは黒髪で紙袋持ってた。女のほうは両目の色がそれぞれ違う感じで……」
まだ説明の途中だったが、それを聞くなりジョーは苦笑した。
「あー、ついにミッキーも引っかかってもうたかぁ」
「……?」
どうもその口ぶりからするとジョーは知っているようだ。
次の言葉を待つ。
「あれやろ? それを追いかけていったら、なぜか女のほうが路地で待ち構えとって襲いかかられてしもたんやな?」
「………よく知ってるな」
「そりゃそやろ、そのイベントは有名やさかいな」
―――“謎の女通り魔”
オンラインゲーム部ではそんな捻りのないネーミングでそれを呼んでいるらしい。
正式名称は別にあるのかもしれないが、まだ試作の段階でごく限られた人間しかゲームに参加できていない。そのため攻略サイト的なものもなく手探り状態で進めているため、見つかったクエストには適当に名前をつけているとのこと。
「正直うちのメンバーのうち、副部長以外は誰もあのイベントをクリアできとらん。
それくらい難易度の高いやつやな。原因は簡単で、なんでかあの女を倒せへんから。最初のあの女の斬撃も中々キツくて大体レベル20はないと避けられへん上に、“体技”を使い始めたらもうお手あげや。
あれを凌ぎきったのは今のところレベル78の聖騎士職になっとる副部長だけ。ガチガチに防御力特化の防具で被弾覚悟の上で倒される前にやっつけられた感じやな」
「そんなヤバいのか……初見殺しもいいところだ」
「せやな。まだオレもクリアでけへんやつやから、仕方ないと思うで。
倒しても強制イベントみたいで、すぐに女のほうは逃げてまうし何か意味あるのかもしれへんけど、現段階ではわけのわからんクエストになっとる」
そもそも二か月前にオンラインゲーム始めたばかりで、ヴァーチャル装置を使えないときはあまりやらないオレは最後にやった時点では10レベルにもなっていなかった。
最初の攻撃から避けるのに20レベルも必要な相手が入口のクエストとか荷が重過ぎ……、
「………ん?」
今確かジョーは初撃を避けるのに20レベルが必要だと言った。
でも確かオレが攻撃されたときは“体技”使われるまでちゃんと……いや、ちゃんとかどうかはともかく、生き残るくらいには避けたぞ?
「ジョーって今レベルいくつ?」
「30やけど?」
おもむろにステータス画面を開く。
その項目にざっと目を通して目的の箇所を見つける。
そこに表記された自分のレベル数はなぜか25になっていった。
「………あれ?」
さっきの女の攻撃はレベル20ないと避けられないから、それを避けれたオレのレベルが25以上だった、それはわかる。むしろわからないのは、なんで10レベルそこそこだったオレのレベルがいきなりそんな数になっているのかということだ。
一瞬何かゲーム自体が壊れているのかと思ったけども、オンラインゲームなのでもしデータがおかしいのであればこの装置自体ではなくて、運営のサーバのほうがおかしくなっていることになる。つまり確認する術がない。
まぁ考えてもわからないし置いておくか。
「おーい、ミッキー?」
「え? あ、うん。何?」
「何? やあらへんで。いきなり難しい顔して黙ったさかい、びっくりしてたんやないか」
「ちょっと考え事してただけだよ、悪い」
「それやったらええけどな……で、どうするん?」
「んー、とりあえず金稼ぎかな」
少し考えて応える。
もしかしたら今後また対抗戦のときと同じようにヴァーチャルを活かしてリアルのために特訓する必要が出るかもしれない。そのときに備えて薬を買ったり宿に泊まれるくらいの費用は稼いでおきたい。
「あいよ、ミッキーはレベルいくつなん?」
「25」
「うぉっ!? いつの間に…」
「地道にコツコツやる男と呼ばれてないオレを甘く見たらいけないぜ!」
「わぉ、ミッキーがボケた!? つ、ついにいつもボケだった分ツッコミで返すときが……ッ!
うぐ!? 絶好のチャンスだというのにひ、左腕が疼いてまう! ま、まさかツッコミのダークサイドに封じられし中二の魔力が目覚めつつあるいうんか…ッ!!」
「わけわからんし!?」
「げふぅっ!!? こう喉元へのチョップのツッコミがなんか懐かしいのはなんでやろ…?」
ごほごほと咳き込みながらジョーが器用に肩を竦めた。
南門を出入りする旅人が門の脇で騒いでいるオレたちに何事かと視線を向けているのに気づく。
いかんいかん、つい癖でツッコミを入れてしまった。反省しておこう。
「それやったら……ベックス鉱山で採掘しながら狩りするんがええかもな」
「採掘? そんなこともできるのか」
採掘っていうと何か奴隷とか犯罪者とかが鉱山で強制労働されているイメージなんだけど。
「そうそう。10レベルくらいまでやったら近場の草原で狩りしながら植物採取、20レベルまでやったら討伐クエ受けて森で獣狩りするんが一般的なんやけどな。
20超えたら領主から受けられるクエストで、ベックス鉱山にいけるようになるんや。そこにツルハシ持っていって採掘の合間に住み着いとる小悪魔とか、岩像チマチマ倒すんが一番効率ええ」
……10レベルから20レベルオーバーまでの段階の途中経過を全部すっ飛ばしている感じだから、申し訳なさが半端ないな。
「せっかくジョーが勧めてくれたわけだし、そうしようか」
「おぅ。それを知らんかったってことはまだ領主から依頼受けとらへんやろ?
早速受けてきたらどうや」
頷いて中央広場近くにある領主の館のほうへ向かおうとし立ち止まった。
「…? どないしたん? ボサっとしとらへんでさくっといこうや」
「いや、根本的な話で悪いんだけどさ―――」
浮かんだ疑問をそのまま素直に口に出す。
「―――領主って、どうやって会うの?」
呆気にとられたジョーの顔。
一瞬だけ思考停止していた彼がすぐに我を取り戻して、
「いやいや、何言うとるねん。15レベルになって外から戻ってきたらそこで衛視とカチあって一晩ぶち込まれて~、いうイベントあったやろ? そのときに会うてる髭面の中年おじさんやって」
「…………あ、あはははは」
いつの間にか25レベルになってました、とか言っても通用しないんだろうなぁ。
まぁジョーの言ったことが正しければ、これから南門から入ったら「15レベル以上で衛視と喧嘩イベント発生」に合致するはずだ。
問題はいざこざを起こして一晩ぶちこまれ、という点。
時刻は14時。つまり発生させると確実に12時間以上かかる。
「……そういう顔しとるっちゅうことは、これから領主に合わないといけないんやな?」
「さいです。でも一晩ってのがなぁ……」
眠っておけば一瞬で経過するものの、ゲーム内時間は進んでいく。
つまりリアルと同じように眠っている間、ジョーはその時間だけ待ちぼうけになってしまう。
「ええからやっとき。どの道これから領主には会えるようになっとかんと不便なんやし。しゃあないから今日は適当にお使いクエストでも受けて遊んどくわ」
「悪いな」
そのまま別れて南門の中へ。
目の前には真っ直ぐ山猫通りが続いている。
さて、これでイベントが始まるはずなんだが……。
きょろきょろしつつ衛視を探す。なんだかんだでラオグラフィアは衛視が定期的に巡回しており治安もそれなりに良い。数名見つかるがどうにも喧嘩になりそうな雰囲気はない。
こっちから喧嘩を売らないといけないんだろうか。
「ちょっと! ど、ど、どいてくださーいッ!!」
「……え?」
どがんっ!!!
斜め前から猛烈な勢いがぶつかって来た。
なんとか踏ん張ろうとしたけども勢いを殺しきれずにドタっと倒れる。
何かが覆いかぶさる感覚。
がつんっ!!
「……ぁ…っつぅ…ッ」
うぉぉぉ、痛ぇぇぇぇッ!?
石畳に頭を強かに打ち付けて身悶えする。
なんとか痛みが収まってきた頃、薄く瞳を開けると目の前に透き通るような水色が広がっていた。
どうやらそれは倒れたオレにのしかかるように覆い被さっている女性のセミロングの髪の色だったらしい。現実で染めて見ると違和感バリバリになりそう色なんだけども、そこはゲームの中の世界のためか自然な感じだ。
「ご、ごめんなさい。ボク、ちょっと急いでて…ッ」
わたわたと慌てる女性。
いや、女性っていうよりも女の子って感じの子だな。ちょっと気品のある立ち振る舞いと女性らしさがありつつも少し中性的な顔立ちは宝塚の男性役とか合いそうな感じだ。スカートではなくズボン姿なのもそのイメージに拍車をかける。
そして何よりボクっ娘である。
実物初めて見たよッ!!
「ッ!! す、すみません。これで失礼しますッ!」
何かに気づいたのか急に慌て出して、彼女は急いで立ち上がるなり一礼すると猛ダッシュで走り去っていった。走りながらフードを深くかぶり直しているあたりワケありに違いない。
ああ、あんな勢いで走ってたらそりゃぶつかるわな、と妙に納得だ。
またぶつからないように気を付けてね~、と悠長に声をかけて見送っていると、
「そこの貴様! 止まれ!」
「…は?」
いつの間にか衛視さんの二人組がいた。
息が荒いことから今ここにやってきたばかりだということはわかる。
二人組のうち、片方はまだオレとそんなに年が変わらないくらい若い男、もう片方は40過ぎくらいの偏屈そうな禿げ頭の男である。
なんか、禿げを見ると鎮馬を思い出すなぁ……。
おいらは禿げじゃねぇ!剃ってるんだ!とか聞こえてきそうだが。
「貴様、先程の娘の知り合いだな!」
「いや、別に知り合いとかじゃあ……」
「言い訳をするなッ!!」
いや、なんか問答無用なんですけど、何このハゲ。
「言い訳も何も……」
「黙れ! 詰め所まで来てもらおうかッ!」
「ザコさん、そんなにムキにならないで冷静に……」
「うるさい! せっかく手掛かりになりそうなんだ! こいつから事件解決して点数を稼ぐんだよ!」
名前がザコって……まぁ名に違わないクズっぷりだけど。
ザコさんことその衛視はオレを捕まえる気満々のようだ。おそらくこれが衛視とモメるイベントなのだろう。周囲を確認する限り人々は遠巻きに見ているだけなので、今のうちなら逃げることもできるかもしれない。
衛視に大人しく捕まる。
衛視と喧嘩して捕まる。
逃げる。
選べる選択肢はこれくらいだろう。
さすがにザコさんと喧嘩しても負ける気はしないけど、ここは南門のすぐ近く。すぐに応援がやってきて多勢に無勢、それを突破できるとしても下手をすると御尋ね者だ。
「………なんか釈然としないけども」
仕方ないのでとりあえず大人しく捕まることにした。
そのまま衛視の詰め所の地下にある留置所で一晩過ごす羽目になったのだった。




