133.好奇心、色々殺す
放課後。
おっかなびっくりしながらオンラインゲーム部へと向かう。
「ふふふ……」
「な、何がおかしい!」
不敵な声が響く。
「これが笑わずにいられるかッ!! かかったな、このアホがッ!」
「ま、まさかっ!?」
「そう、これこそが伝説のコンボ!! “転生チート”ッ!」
「40過ぎまで引きこもりで異世界召喚を諦めなかった者だけが得ることのできる夢の……ッ」
「そう、その条件を満たした上で100面ダイスで99を出した者だけが転生召喚されるのだッ!!」
……うん、今日もゲーム部は平常運転のようだ。
通りがかっただけでわかる。
っていうか、結構難易度高いな、その転生チート。40過ぎまで引きこもりとか、100分の1の賭けに失敗したらその後の人生ヤバすぎるだろ。
月音先輩の持ってきていた人生カードゲームにはなかったから、何か追加ルールとか加えているに違いない。どこまでいくんだろうなぁ……。
「おっと、いかんいかん」
遠い目をしそうになるのを誤魔化すように頭を振って階段へと向かう。
伊達との戦いで結構盛大に破損させたはずなんだけど、今日こうして歩いてみると部活棟は以前とほとんど見分けがつかないくらい。出雲が話していた“修復屋”とやらの腕前のほどもわかろうというものだ。
そんなことを考えながらきょろきょろしているうちに到着。
二、三回深呼吸をしてから意を決して扉を開いていく。
ガララ……ッ。
中には見覚えのある先輩部員たちの姿。
「どもー。1年の三木充、部活に参上しました~」
ここで名前を名乗りつつアピール。
やっぱり記憶がないのかオレが入ってくるなり一体誰なんだ的視線を向けていた先輩たちも「ああ、そんなやついたな」的な反応になる。
どうもオンラインゲーム部に存在していた、という事実はちゃんと残っているようだ。残念ながらそれ以上、例えばどんな会話してたとか、親しくなっていた、とかそういった部分はリセットされている。
部室の中にはいつも通り大きな黒い塊がふたつ。
オンラインゲーム用のヴァーチャルリアリティの装置だ。
そっと触れてみると、ひたりと冷たい機械の感覚が伝わってくる。
「お、なんや、もう来とるんか」
「…? 誰なん?」
「や、ミッキーちゃん」
聞きなれた声に振り向くと、ジョーと水鈴ちゃん、そして咲弥が来ていた。
その発言を聞く限り、残念ながら水鈴ちゃんは重要NPCではなかったらしい、残念。
「これ、ミッキーちゃん。忘れたの?」
「ぇ…えぇ?」
咲弥……フォローしてくれようとしているのはわかるんだが、これ扱いってのはどうなのよ。ひとまずジョーに対するものと同じように水鈴ちゃんとも実は初めてじゃないんだぜ的な感じで挨拶。
「しかし、こうやってみとったら一年が全員揃うの大分久しぶりちゃうか」
「そういうたらそうやねぇ」
「ミッキーちゃん、先週休んでたから、ね」
我ながら先週休んでた、の一言で片付けられることにびっくりする。
あれだけ色々ヤバい橋渡っておいて一週間未満だもんなぁ。
「確かになんや先週はヴァーチャルマシンの使用回数が1回多かった気が……あれはミッキーが休んどったからやな。せっかくやし、ミッキー、一緒にオンラインゲームしよやないか」
「え、あ、うん」
ちら、っと咲弥を見る。
「祭りはここを5時半過ぎに出れば間に合うから。
大丈夫。時間になったら知らせる」
オッケーとサムズアップをする咲弥。
こちらも負けじとサムズアップをしてから、
「よし、んじゃやりますか」
ジョーとオレは装置の中に入り着替え始めた。
■ □ ■
低い駆動音。
懐かしさと期待に胸を高鳴らせながらその瞬間を待つ。
唐突に開ける視界。
予測していたので厳密な意味で唐突かどうかはわからないが、とにかく目の前に景色が広がっていた。
中核都市ラオグラフィア。
その繁華街にある宿屋だ。
粗末なベッドとテーブルくらいしかない簡素な部屋ではあるが、窓を開けてみるとそこから見える中世風の街並みがゲームの中だということを教えてくれていた。
「えーっと、確かアレだ。最後に入ったのって先々週に佐々木先輩と城壁の外で、ボクシングのスパーリングしたときだったな」
対抗戦に備えてのスパーリング。
ゲーム中であれば回復アイテムさえ十分に持っている限り怪我の心配なく思う存分戦えるため、結構な地獄特訓になっていたのはいい思い出だ。
ピコーン。
フレンドからのメッセージが入る。
どうやらジョーは別の街にいるらしく移動するのに少し時間がかかるので、1時間くらいは適当にぶらついていてほしいとのこと。
「オッケーオッケー、っと。
1時間くらいなら大した時間じゃないし、適当に街中をぶらつきますかねぇ」
部屋を出て廊下を通り下り階段へ。
よくあるゲームの宿屋のように、ここも1階が食堂、2階が客室になっている。まぁ現実世界でもホテルの中にレストランがあることが多し、無駄な設備を省いたビジネスホテルとかだってチェーン店のカフェを併設させていたりもするので、やっぱり宿泊施設に食事処は必要なんだろう。
腹が減っては戦が出来ぬ、というのは古今東西はおろか現実仮想問わず変わらない真理。
「ああ、おはよう。ミツル。今日はおでかけかい?」
「おはようございます。ちょっと知り合いと待ち合わせなんですよ」
宿屋の主人と適当に会話してから外に出る。
余談ではあるが、このゲームではなんと味覚がちゃんと表現されている。オンラインゲーム部の先輩なんかには盛大なサーバ容量の無駄遣いとか言われているものの、個人的には結構ありがたい。やっぱり見知らぬ土地にいったらその土地の名産食べたりしないと旅してる感じしないじゃない?
それを求めるなら現実でやれ、とかツッコまれそうではあるが。
宿を出るとそこは目抜き通り。
通称山猫通りと呼ばれている石畳で綺麗に舗装された道だ。山猫に関しては出現してはリンクしまくったヤな思い出があるので、最初聞いたときは思わず顔を顰めたのも今はいい思い出。
道幅は8メートルくらいあって馬車がすれ違えるくらいの大きさだ。時折売りに来たのか農作物を満載にした農夫さんが操る荷馬車や、隊商と思しき幌馬車の列などが通っていく。
ここ、ラオグラフィアはゲームをスタートしてすぐのプロトス村の次の集落、という位置づけではあるが、およそそのサイズは集落とは言い難い。
人口が1万を超える立派な都市だ。
未実装なのかそれとも仕様なのかわからない一部入れないゾーンはあるものの、およそこの巨大都市の半分以上は歩き回ることが出来る。
初めて来たときはここまで細部に渡って作りこんでるとかハンパない、と思った覚えがある。
「しっかし賑やかだわ…」
商人の威勢のいい声が耳に届く。
太陽の高さからすると丁度正午くらいなのかな?
通りを進んでいくと、交差するように路地や小さい道がいくつもあるのも目に入る。さすがに目抜き通り以外の道は石畳で舗装とまではいかないようで、単に土が踏み固められただけのものだ。町の噂で聞く王都なんかだと全部石で舗装されて挙句歩道とか横断歩道とかまであるらしいんだけど、地方の都市ではそこまで出来ないんだろう。
王都に行くためには、別の地方の中核都市である海運都市アクアネイビスを経て行くことになるみたいなので、その威容を目にする日は大分先なのが残念だけども。
山猫通りを街の中心部のほうへ進んでいくと広場に突き当たる。
真ん中に噴水がある円形上の広場。
ロータリー的なその場所の中心部は馬車の乗り入れが禁止されているため露店や大道芸など多くの人々が雑多におり賑やかさはピカイチだ。賑やかなのが好きなオレはここで露店を冷かしながら巡っていくのが結構楽しい。
「ん……?」
ふと気づく。
景色の中に感じる違和感と妙な気配。
買ったばかりの林檎を齧りながら注意深く見ていると、どうやらそれは雑踏の中に混じっている二人組が原因らしかった。
「いや、でも……二人組というのとはちょっと違うかな」
なんと表現すればいいのか、一人が歩いていて、もう一人がその後をつけている感じだ。
先を歩いているのは童顔っぽい青年。丸坊主に近い短い黒髪で、紙袋にパンとか果物といった食料品を入れて大事そうに抱えている。おそらく先を急いでいるのだろう、自分の後ろに誰かがついてきていることにまったく気づいていない。
対してそれを追っている尾行者は女性。
体のラインが出そうなパンツルックの上から外套を羽織っているが、最大の特徴は右目が蒼、左目が紅、と色の違う目だろう。うなじから先を三つ編み状にした髪の毛をさらに持ち上げて頭頂部の方で結い上げている。
「…………」
しゃり、と齧る度に口の中に広がる甘い果汁。
まぁせっかくなので後を追ってみますか。
もしかしたら何かのイベントなのかもしれないし、そもそもゲームの中なんだから好奇心で多少無茶をしても問題ない。むしろゲームを楽しむためにはそのほうが正しい有り様だろう。ジョーとの待ち合わせ時間までまだ時間もあるし。
そんなオレの思惑など露ほども知らない青年は広場から山猫通りへ。期せずしてさっき来た道を戻っていく羽目になった。
少し歩いたあたりで路地へと入っていき、その後を女性もついていく。
「ゲーム的にはアレだよな。
人気のないところに入ったあたりで襲われて悲鳴が!とかなるパターンだよね」
何か探偵物のドラマの主役になった気分で楽しくなってきた。
わくわくしながら路地へ。
しばらくは真っ直ぐ進んでいたが、出てきた三叉路を一番右に進んだあたりから路地が入り組み出す。これ、イベント終わったときに自分で戻れるんだろうか?
何度も続く曲がり角にうんざりしながら曲がると―――
ふぉぉんっ!!
―――銀閃が流れた。
「お、おぉぉぉぉっ!!?」
バックステップするも、前髪がちょっと持っていかれた。
見ると、オレが後をつけていた女性のほうが敵意に満ちた眼差しで銀のサーベルを手にしている。
「ちょ、待っ…ッ」
すっかり平常モードでのんびりしていたせいか、心構えがまったく戦闘用になっていない。体は慌てふためき頭は混乱しながら、さらに振るわれる刃を避ける。
見切っているつもりだが避けきれず、いくつか薄く傷を追う。
埒があかず痺れを切らしたのか、女性が一瞬動きを止める。
よ、よかった……なんとか会話に持ち込んで……。
そんな風に考えるオレの前で彼女は呟く。
「“体技”……“走脚”」
「………え?」
ぞわり、と背筋を虫が這いずるような。
勘なんてものが実装されているのかわからないが、そうとしか言えないそんな嫌な感覚を覚える。
次の瞬間、女性の顔が掻き消えた。
気づいたときにはもう遅い。
疾風のような速度で足元の土を蹴って殺到した彼女は刃を一閃させている。
視界が消失する。
ごとり……。
何かが地面に落ちる音がした。
………。
……。
…。
「―――いやいやいや、おかしいでしょ!?」
次に視界が開けた瞬間、思わずツッコんでみた。
周囲を見るにどうやらここは神殿らしい。足元には半径1メートルほどの二重の円があり、近くにいたここを管理していると思える神官がオレのツッコミにびっくりしていた。
足元に広がる円………降臨の文様。
オレの記憶に間違いがなければ、ここはラオグラフィアに来てまず設定した復活ポイント。
つまり………。
「……い、一撃で死んだってこと?」
わけもわからないまま殺されてしまったことにガックリしつつ、それと反比例するかのようにあのイベントの先が気になる。適正レベルが足りなかったのか、それともイベントの進め方が何かおかしかったのかはわからないが。
「とりあえずジョーに聞いてみるか」
ひとまず友人と合流すべく降臨の文様を後にした。




