132.イベント戦へご招待
自転車を漕ぎながら空を仰ぎ見る。
思わず声が洩れる。
「いやっふー!! これだよ、これ!!」
テンションはいきなりMAXだ。
「? 充、どうしたの?」
「……大丈夫か?」
はっはっは。
一緒に駅に向かって自転車を漕いでいる幼馴染たちの目に奇異にうつっても気にしない気にしない。
いや、ちょっとは気になるけども。
「これを喜ばずして何を喜びますか! いつも通りまた通学できるとか!」
そう。
対抗戦からまるっと一週間。
途中てんやわんやで色々とあったけども何とか無事に登校できるようになったのだ。
「ホントありがとな、出雲」
「礼には及ばん。それに情報に関しては月音先輩が助力してくれたおかげで生徒会経由で収集できたからな。礼を言うのなら彼女にだろう」
入院している間にオレの扱いが学校ではどうなっているのか、それを調べておいてくれたのだ。
どうやらオレのデータはちゃんと残っているらしく普通通りに学校生活を送ることに関しては問題ないらしい。ただ住所などの個人情報の一部が空欄になっていて、おそらく再度登録し直す必要があるだろうとのことだ。学校的にはデータの不備的なミスとして扱うらしい。
「都合がいいといえばそうなんだけど、この場合はその都合の良さに感謝だよなぁ…」
ちなみに一般NPCに該当している人物はオレに対する詳細な情報を失っているらしい。これは教師も生徒も違いはない。例えばジョーの場合、同じクラスにそんな名前の奴がいたという一般的なことは認識しているんだけど、そこから先の友人だったこととか個人的な付き合いに関しては無かったものになっているようだ。
綾と出雲の言動からもわかるように重要NPC以上、つまり重要NPCと主人公に関しては特に問題ないらしい。
とまぁ、結局エッセの言っていた通りだったという話。
「でも……残念だったね。せっかくオンラインゲーム部の人たちとも仲良くなってたのに」
気遣うように綾が慰めてくれる。
そこなんだよなぁ。
データ上の籍はちゃんとオンラインゲーム部にあるんだし部活に参加するのは問題なさそうなんだけど、おそらく咲弥以外はほぼ一般NPCなのでなんか関係がぎくしゃくしそう。
とはいえ、
「それならそれで、もう一度仲良くなればいいんじゃないかな、と。そりゃ残念だけど、二度と学校に通えないような事態になることを思えば、面倒だけどまたやり直すチャンスがあるわけだし」
せっかくできた気の合う友人をこんなことで失うのは馬鹿げている。別に何か喧嘩別れして二度と顔向け出来ないとかそういうわけじゃないんだし、もう一度仲良くなって友人になればいいんだ。
悩んだ結果そんな結論になった。
そんな他愛の無い会話をさせつつ駅に到着。
自転車を駅に置いて電車通勤を経て高校の正門まで通学路を歩く。
「あー、あと聞きにくいんだけど……」
「どうしたの?」
「……校庭とか部活棟とかどうなった?」
ずっと気になっていたのだ。
そりゃもう破壊の限りを尽くしたオレが言うのも今更なんですけどね。
「ああ、そういうことか………そう心配するな、何も問題はない…問題は、ない…」
「そこで言葉を濁すのやめて!? っていうかなんで視線逸らしたぁぁぁ!?」
「ははは、冗談だ」
そんな出雲んジョークは要らぬ。
「“修復屋”のほうも呼んでおいたし校庭と部活棟について大雑把な直しはできているはずだ。瑣末なことについては充も主人公になっていることだから多少強引でも勝手に上手くいくことだろう」
「“修復屋”? 何それ? 初耳なんだけど」
また新しい単語が出てきた。
「そういえばまだ充は利用できなかったな。“修復屋”というのはつまるところ壊れた物を直してくれる専門家だ。今回で言えば壊れた部活棟を直したり、校庭のえぐれた土を埋め戻したり」
「へぇ……」
「やり方は“修復屋”によって様々だ。
何か式神のような疲労のない存在を使役して直させる者もいれば、一定時間まで経過した物体の対流時間に干渉して時間そのものを戻ることで復元したりする猛者もいると聞く。
無論“修復屋”使用の内容としてはあくまで修復してもらう、という一点だけだから、それがどのように達成されているのか詮索はマナー違反だがな」
なんか便利そうだな。
うっかり壊しちゃっても頼めば戻せるかも、というのはありがたい。
「結局のところレベルやランクが上がってくればそれだけ依頼時における周囲の物損も増えてくる。主人公自体の能力もあがるから余派も増えるのでな。
通常主人公特権として世界が都合良く隠蔽してくれるので問題ないが、それでもいくらかは影響が出る。だから大事にしたくない場合に、出来るだけなんとかするために斡旋所が専属で“修復屋”を用意して一定以上のランクがあれば使用できるようにしているんだ」
そういえばオレが死んだときの神社の破壊については崖崩れとかになってたもんなぁ。“修復屋”に頼まないとあんな風にニュース沙汰になっちゃうかもしれない。
「勿論費用はかかるんだが斡旋所の補助が入っているからそこまででもない。フリーの“修復屋”の4分の1以下だ」
「………ちなみにそのランクはいくつ要るん?」
「ランクは3級以上だな」
うぐぐ、オレはまだ8級だ。
そう考えると先は長いなぁ……。
あれ? でも“修復屋”を頼むのに費用がかかるってことは……。
「……あー、ってことは、また出雲に金を出してもらってた?」
「気にするな。ただ今後のことを考えておくと充も早いところランクを上げておくべきだとは思うぞ。見たところ、お前の全力戦闘はどう考えても余波を残すだろうからな」
「……かもね」
一応昨夜それまでの入院費とか含めた借金は全部返したんだが、まさかそれ以外のところでも費用をかけさせていたとは……友情とはかくもありがたいものなんだろうか。
心の中でひっそりと出雲を拝んでおく。
なむなむ。
さて、正門が見えてきたな。
今日も1日気合いれるとしますか!
そんなことを思って近づいていくと正門付近にふと見知った顔がいるのに気づいた。
「おはよー、ミッキーちゃん」
紛うことなき天小園咲弥である。
「おはよう、偶然だね」
「偶然じゃない。待ってた」
おぉぅ、わざわざ正門で待っていてくれたのか。
ちょっと性格は個性的だけど咲弥は咲弥で十分過ぎるほど可愛いので、そんな娘がオレを正門で待っていてくれたとか胸が熱くなるな。思わず「待ったー?」「ううん、全然」的な会話をして周りを困らせたくなってしまうくらいには。
「今日から一週間のこと、連絡してなかったから」
デスヨネー。
単なる事務連絡でした。
そういえば一週間空けといてくれとか言われてたっけか。
詳しい話は土曜日で、とか言いつつすっかり人生カードゲームに夢中で忘れてました的なオチだ。まぁオレもド忘れしていたので人のことを言えた義理でもない。
「一週間? 何かあるのか?」
「いや、大したことじゃないんだけども。何か咲弥が空けといてくれ、って言ってたから何かあるのかな、ってくらいしか知らない」
「……ああ、今日から7月か………まさか…」
少し考えてから、何かに気づいたような出雲。
「はい、これ」
ぺらり、と一枚の紙を渡された。
何かの案内パンフレットみたいだな。
すぐに目を通す。
なになに……。
天城原市、鬼首神社総本社の大祭のお知らせ、か…。
「って、鬼首神社ッ!!?」
聞き覚えのあるその名前。
それもそのはず。
オレがエッセと出会う切っ掛けとなった羅腕童子の眠っていた神社だ。
殺されたイヤな思い出がよみがえる。
「今夜から、お祭り。そこでは一般向け以外に儀式があるの。
夜7時から10時まで。神社の奥の山に出てくる鬼を退治するイベント戦。
一番退治出来た人が、ご褒美もらえる」
「へぇ……」
うん? なんかこんな依頼どっかで見たことあったような。確か斡旋所で河童の軟膏探す依頼を見つけたときに一緒に出てたな、うん。
あれはイベント戦闘だったのか。
「ちなみにご褒美って何?」
「ご褒美、宝具。わかりやすく言うと凄いアイテム。撃破数トップ3にだけ授与。
売ったらきっとウハウハしちゃう値段」
「おぉ!」
ウハウハ、って……。
まぁツッコミはさておき、幸い借金は返せたけどお金はあって困るもんじゃない。
いつまでも出雲のところにいるわけにもいかないだろうから、ひとり立ちのときのために貯金はあったらあっただけ良い。
「普通は依頼受けて参加する。参加者、ランク7以上が条件だけど。
ミッキーちゃんにはお礼しないといけないから、特別招待枠作れるよ」
いきなりの特別扱い!
これがまさか主人公特権か!?
……と思ったけど、依頼ってことは他の参加者も主人公だから関係ないか。
咲弥から聞いていた話では、この神社が彼女の実家。その彼女に貸しがあるからこその特別扱いだから並みの主人公であっても受けれない破格の扱い。
個人的にはイベント戦とかやったことないので面白いかもしれないなぁ。
「出雲はどう思う?」
「確かにそんな時期だったか…。ランク的には足りないとはいえ、充の戦闘能力はハマれば上位者に匹敵するからな。敵の強さ的には問題ないだろう」
「……羅腕童子みたいなの出てこない?」
「さすがにあのクラスはな。適正レベル的には10から20前後の鬼が主体だ」
ふむふむ。
そのレベルの敵なら、“簒奪帝”を使わなくても大丈夫そうだな。純粋に刀とか杖術使って戦っても倒せるレベルだ。前にエッセが言っていた通り、奪ったままで馴染んでいない技能を体に馴染ませるチャンスなのかもしれない。
ちょっと急すぎるのが残念ではあるけども。
あと一週間かそこら後だったら、剣崎さんに頼んでおいた武器が出来ていたかもしれないのに。
頼んだときは二週間から一ヶ月とか言っていたんで、さすがに数日しかしていない今日ではまだ出来てはいないだろう。
「まぁせっかくだし参加しようかな」
「じゃあ放課後。部室で待ってる」
「あいよ」
そうこうしながら教室へ向かう。
ざわざわしている廊下を歩くことすら楽しくて仕方がない。
「……もうちょっとテンションを落としたほうがいいぞ」
「あれ? そんな態度に出てる?」
どうも周囲の視線が痛い。
あれだな! スキップしてたのがまずかったんだな!
仕方ないので大人しく歩く。
そしてようやくついた教室、自分の席へと進んでいくうちに目的の人物がすでに教室にいることにに気づく。
ゆっくり緊張しながら近づいていく。
さぁ大事な第一声。
まずは元気よく。
「よ!」
平静を装って声を出すのは結構大変だった。
「ん? 自分、確か先週の通学路で……あれ、誰やったっけ?」
首を傾げるジョー。
「クラスメイトだよ、クラスメイトの三木充。忘れるなんて酷いなぁ」
「おぉ、そうやったそうやった。でもあんまり話したことないやろ?
急に話しかけてくるからびっくりしたわ」
「いや!? 同じオンラインゲーム部だし!?」
「うっそぉ…!? マジすまん……」
「確かにあんまり話したことないし、入学して三ヶ月くらいだから仕方ないけどもさ……ま、席も近いことだし今後はよろしくな」
「おぅ、よろしく頼むでミッキー!」
「何、その呼び方!?」
「三木充やからミッキーやん! 丸塚丈一や、ジョー呼んでくれ」
ジョーと初対面だったときを思い出しなぞるように会話をしてから、握手をかわす。
これが第一歩。
あとはゆっくりまた同じように仲良くなっていけばいい。
……さてさて、ちゃんとできるかなぁ?
席につくと丁度チャイムが鳴った。




