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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.3.01 取り戻した日常
133/252

131.鬼首

 音が、響く。

 遠く遠くに響き渡るかのように。


 一体何の音だろうか。

 雷鳴にも似ている。

 悲鳴にも似ている。


 どこかで聞いたことのある音に刺激を受けたのか。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと瞼を持ち上げる。


 ―――“それ・・”は目を覚ました。

 

 そのカタチはとても歪。 

 生にも似ている。

 死にも似ている。


 その在り方は唯純粋。

 暴虐を悦び。

 破壊をを嬉しむ。


 呪いを浴びながら悪意で口を漱ぎ罪科で喉を潤す。

 ただひたすらに。

 いくら飲んでも足りない。。

 どれほど呑んでも満たされない。


 いつからだろうか。

 なぜだろうか。

 思い出そうにも霞がかったように曖昧。


 まるで霧がかかったかのような思考に“それ・・”は呻いた。

 その呻きは洞窟から噴き出す風にも似た空虚な震え。


 閃くのは唯ひとつ。

 そう、“あいつ・・・”のことだけだ。

 比べればこの世の全ては些事に過ぎぬ。


 くっきりと浮かぶ“あいつ・・・”の姿。

 どれほど憎んでも憎み足りない。


 理由?


 角を折られたからだろうか?

 それは重要なことだ。

 鬼にとって角は力と共に誇りの象徴でもある。

 それを折られたのであれば恨みに思うのは当然だ。


 郎党を奪われたからだろうか?

 鬼は強きに流れるもの。

 で、あるのならば敗北した自らよりも“あいつ・・・”に手勢が従ってしまったのもそれは仕方のないことだ。

 だがそれも考え方によっては許せないのかもしれない。


 “あいつ・・・”が自由であったからか?

 戦いという戦いを望み、死線という死線に臨む種族でありながら、その欲望は果てしなかった。

 勝敗にすら拘泥せず己の矜持と意志にのみ従い在るがままでありながら勝利は常にその頭上にこそ輝いていた。


 それが、ただの人間に敗れたからだろうか?

 例えどのような理由が在ろうと絶対たる強者であるはずの自分を退けた相手が、無能で虚弱な人間風情に負けたのだなど、どうして認められよう。

 それを認めることは自らの存在を肯定できなくなるに等しい。


 その全てが理由であり、正確にはどれでもない。


 それらを踏まえて出る結論。

 それはただ単純に“それ・・”が“あいつ・・・”のようになれなかったということに尽きる。


 ―――なぜ自分はああではないのか。


 ただそれだけ。

 その真実に至るためだけに“それ・・・”はここに在る。


 いつか“あいつ・・・”を超えるため。


 その想念だけが渦のように巻いているのを感じる。


 ああ………。


 身じろぎした。


 すぅ。

 はぁ。

 すぅ。

 はぁ。


 酷く息苦しい。

 息をする必要などない身が感じるこれはなんなのか。

 “それ・・・”はいつも・・・のようにそう考えた。


 そう。

 いつも・・・だ。


 1度でもなく2度でもなく。

 10度でもなく20度でもなく。

 100度でもなく200度でもなく。

 それ以上。


 乾く。

 喉が乾く。

 乾きながら飲んでいた何かが喉を通っていかない。


 苦しい。

 その苦痛が唇を震わせる。

 たちまちそれは呪いの形を成した。


 欲しい。

 その渇望を視線で放つ。

 たちまちそれは汚泥の形を成した。


 憎い。

 その憎悪が髪を蠢かせる。

 たちまちそれは寂滅の形を成した。


 狂おしい。 

 その狂気が舌で濁る。

 たちまちそれはの黄昏の形を成した。


 ひとつ動くたび。

 ひとつ動くたび。


 あらゆる負の形となって溢れていく。


 そのあふれでる場所に小さき者たちが居た。

 丁度いい、とばかりに“それ・・・”はその行き場のないモノをぶつけることにした。


 ぶつけるたびに小さき者たちは歓喜する。

 ぶつけるたびに小さき者たちは疾く動く。

 ぶつけるたびに命が消える。

 ぶつけるたびに苦痛が増える。

 ぶつけるたびに生が果てる。

 ぶつけるたびに死が充満する。


 そして気づく。

 ああ、音はここに在ったのだと。

 その苦痛と戦いの歓声こそが彼のために用意された供物。

 “それ・・・”を呼び起こしたあの雷鳴。


 さぁ。

 もっと。

 もっともっと。


 贖ってもらわねばならぬ。

 “それ・・・”が眠るこの地にやってきた新参者たちに。

 眠りについたままの“それ・・・”を目覚めさせようとしたその愚者たちに。

 そして“それ・・・”を負かしたまま行方をくらました仇敵に。


 そう、小さき者たちが枯れ果てるまで。

 そう、小さき者たちが踊り死ぬまで。


 さぁ謳おう。

 戦の歌を。


 生と死が交差する領域を経た果て。

 同じように産む・・ために。



 ―――“それ・・”はゆっくりと微睡みながら口ずさんだ。







「………? 何か聞こえませんでした?」


 呟くように言って祭員は怪訝そうな顔をしたまま耳を澄ませる。

 ざわざわと木々の葉が風に揺れる。

 最初はその音かと思ったが、明らかに質の違う声のようなもの。

 時折聞こえてくる太鼓の音とかけ声は祭りのリハーサルだろうが、それとも違う。

 一体何なのだろうか、と不安が表情に見え隠れする。

 その言葉に斎主はふと準備をする手を止めた。


「ふむ、お前は初めてであったな」


 彼にとってはいつものこと。

 毎年のことなのだから今更驚くべきことでもないのだが、今年から祭員として動いてもらっている目の前の男には異様なのだろう。

 一般人の耳にはまず入ることのないそれ・・が聞こえた。

 それは祭員にとって神職としての適正が十分なことの証左でもあるのだが、それを実感する余裕はないらしい。

 斎主はゆっくりと落ち着かせるように続けた。


「おかしいかもしれんが、うちの神事の時期はいつもこうなのだよ。

 祭りの準備で太鼓やかけ声が響くとこのような祭神の声が応える。

 声は徐々に高まり御祭おんまつりの最終日、つまり七夕の夜に最も大きくなる。つまり、この声こそが順調に準備が進んでいることを教えてくれているのだ。何、聞こえるのは呻く声のみで意味のあるような言葉は出てこないから安心していいぞ」


 その言葉を聞いても若い男の表情は晴れない。

 それも当然なのだろう。

 事実、斎主である宮司とて昔は不気味で仕方なかった。

 否。

 今でもどこか空恐ろしくはある。

 だがそれでも毎年毎年同じように声があがっては何事もなく祭りは終わるのだ。恐ろしいことに人間とは慣れの生き物だから、最初感じていた恐ろしさも今ではほんの少しになっていた。


「はぁ…そんなもんですかねぇ」

「神職に就くのならば畏れを忘れてはならない。

 そういったことから考えればその感性を大事にするとよい。さすればいずれ立派な宮司になれよう」

「……どもっス。まぁ…俺は宮司のとこの娘さんみたいに凄い才能があるわけでもないですし、おっかなびっくりしているほうがらしいんじゃないか、って自分でも思いますけどね」


 その一言を聞くなり宮司は満更でもなさそうに頭を掻いた。

 娘に対しての父親の親馬鹿ぶりは古今東西問わず健在らしい。いつか自分も娘が出来たらこんな反応をするんだろうかとふと考える男の目の前で、宮司は苦笑する。


「いやいや、そんな大したものではないよ。上の娘ときたら親の心配も知らないで、どこの馬の骨とも知らん男に誑かされそうになっていたんだからね。まったく恥ずかしい話だが」


 その話は聞いたことがあった。

 確か宮司には娘が二人いるはずだ。

 そして、そのいずれもが自分よりも遥かに才能に恵まれていることを若い男は知っている。


「でもちゃんと目を覚まして戻ってらっしゃったんでしょう?

 みんな言ってますよ。あれから宮司の表情が明るくなったって」

「いやはや、これは恥ずかしいところを見られてしまったな。

 これ以上恥をさらす前に話題を変えてもらいたいところだ」


 はっはっは、と笑って誤魔化す宮司。

 この人当たりのいい宮司の長所は喜怒哀楽がわかりやすいところだ。さばさばとした性格で良くも悪くも裏表がないので信用できる。祭員も彼のそういったところは嫌いではなかった。


「祭具の準備はもうすぐ終わりますが、あと何か仕事残っていましたか?」


 初めての参加となるため、まだ全体の段取りに不安があるのだろう。

 祭員はてきぱきと今の仕事を終えるなり宮司に確認を求めた。


「神社のほうで初日に必要なのはこれくらいだろう。あとは町内会のほうに実行委員との打ち合わせなど対外的な実務くらいしか思い当たらんなぁ」


 そう言いながら、これからの予定を反芻する宮司は思わず顔を顰めた。

 昨年は境内の一般解放区域に出店するテキ屋同士が揉めていたのを思い出したのだ。なんとか揉め事を収めることには成功したものの、前後のドタバタした苦労を思い出すと今年は御免被りたい。

 二の舞にならないように各方面との連絡の再確認をしておかねば。

 そう気合を入れ直した。


「うむ、準備はこれくらいで大丈夫だろう。どの道、夜になれば色々と忙しくなるのだ。今のうち休憩を取っておくといい」


 宮司の勧めもあり、祭員は社務所へ戻ることにした。

 やる気はまだまだ溢れているが、まだ初日。

 ずっと気を張っていては7日間も保たないだろうということはさすがにわかるのだ。

 増してや終盤になればなるほど準備も大変になるのだから、今のうちにのんびり昼寝でもしておこうか、そんなことを考えていた男の脳裏に浮かぶものがあった。


「おっと、いけないいけない」


 ひとつやらなければいけないことを忘れていたのだ。

 幸いなことにまだ間に合う。このタイミングで思い出せた自分に対して褒めてやりたい気持ちになりながら、社務所の奥にまわり設置されていたパソコンを起動する。

 起動した画面を見ながら操作することしばし。

 浮かんできたのは斡旋所ギルドの依頼者用のページである。


「えぇと……あった。これだ、これ」


 開いたウィンドウを下にスクロールさせていきながら目的のものを探し当てた。


 『鬼首神社警護』

  推奨技能:特になし

  期限:7月1日~7月7日

  報酬(P):1日毎に100

  評価・貢献ポイント:70

  鬼首神社において警備の仕事をやってもらいたい。例年七夕祭りまでの間、魔物が発生しやすいため戦闘が予想される。尚、戦った相手の戦利品は自由にしてよい。


 神社がお願いして出してもらった依頼。

 今夜から依頼がスタートするため、午後4時に受付を止めてもらう必要がある。依頼を出すときに伝えておいたので問題はないと思うが、ちゃんと設定されているか確認しなければならない。


「よし、問題なし」


 斡旋所ギルドの職員と言えども人の子。ミスをすることはある。

 ただ今回はしっかり今日の午後4時で締め切られるようになっているようだ。

 報酬などの内容が間違っていないか依頼を出した翌日くらいに確認したのだが、つい受付終了について確認するのを忘れていたので、ひと安心した。

 一応昨日までで最低募集人数は集まっており、隣の飛鳥市などにあるいくつかの分社とこちらの総本社にそれぞれ人員の配分も済ませてある。

 つまり今度こそ本当に仕事が片付いた、と言える。


「……でも、楽しみだなぁ」


 パソコンの電源を落としながら祭員は今夜からはじまる祭りに思いを馳せた。

 主人公プレイヤーという存在と初めて対面するのだ。

 これが楽しみでないわけがない。

 学校で習った通りの存在であればさぞや凄い連中なのだろう。

 超常の力を有する者。

 人の枠を超える英雄。

 出来ればお近づきになりたい、というのは大それた望みだろうか。

 祭りが終わったら声をかけてみるのもいいかもしれない。



 ―――……オ……ォ…ォォォォン。



「………ひッ」


 地の底から響くような声に総毛立つ。

 宮司は大丈夫だと言っていたが、それでも恐ろしいものは恐ろしい。

 柄にもなく浮かれていたことを戒められたような気がして、思わず祭員の男は身を竦ませた。


「何度聞いてもこれが祭神の声だとは信じられな……」



 ―――オォォォ……来イ……我ガ分霊……ソノママ…近クニ、来ルガイイ……



「……え?」


 思わず目を見開いた。

 今までの呻き声と明らかに違う。

 意味のある言葉を喋らないはずの声が放った遠い誰かに囁くような台詞。

 そのまま黙って耳をそばだてる。

 だがしばらく待ってみてもそれっきり声は聞こえない。


「…………空耳、かな?」


 神経質になっていたのだろう。

 怖い怖いと思っていれば枯れ薄ですら幽霊に見えてしまうもの。

 宮司を目指すならもっと泰然としていないとな。

 そう思いながら祭員は社務所に併設されている休憩室に向かった。



 空耳だというその勘違いさえなければ結果は違っただろうに。

 普段の祭りの呻き声と違う、その違和感。

 だがこの時点ではそれは余りにも些細すぎたがゆえに誰も動くことが出来なかった。



 鬼首おにこべ神社総本社。

 天城原あまぎはら市に位置するそこで、異変は密かに進行していく。





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