129.確認と展望
少し口を噤んで意を決したように彼女は口を開いた。
「わたくしは他の皆さんと共に充さんに立ち向かったあの日。
朝、登校をする際、おそらくは副生徒会長の手の者と思われる集団に襲われました。そのあたりは先程お話しになっていたした綾さんと同じです」
伊達の手勢による襲撃。
幸いなことに綾は隠身さんの護衛、そして偶然知り合いだった葛城さんの助力で事なきを得ることが出来た。ならば月音先輩は……?
言葉として出てきてはいないその疑問に応えるかのように話は続く。
「主人公と思しき複数の集団。今となっては彼らの目的はわかりませんが、おそらくはこの身の確保だったかと推測できます。
多少の心得はありますが、さすがに抗うことは不可能だと思い覚悟した瞬間、“彼女”が現れました」
「彼女……?」
「はい」
たった一言。
「“南”、と。そう名乗っていた銀髪の女性です」
ピキ…ッ。
部屋の空気が死んだ。
その名が出た途端、湧き出した表現しがたく得体の知れない圧力が空間を満たしたのだ。
まるで巨大な生き物が歩いていく足元にいる蟻のような気分。理解を超えた巨大で、それでいて致命的なまでの差がある何かに蹂躙されることを予感し、漠然と恐怖が鼓動を早くする。
【小賢しい真似を…】
原因は唯一人、管理者を名乗る女性。
理由はわからないが、その“南”を名乗る相手と因縁浅からぬ仲なのではないかということは容易に推測できた。
だがそれも一瞬のこと。
すぐに圧力は霧散し、まるで潜水していた海から顔をあげたように皆一斉に荒い呼吸をついた。
【おっと。すまぬな、話も途中じゃと言うのに水を差してしまったようじゃ。許すがよい】
我に返ったエッセの謝罪。
少し待って皆が落ち着いたのを見計らって月音先輩は話を再開した。
「NPC、重要NPC、主人公……そういった世界に形作られた不条理を根こそぎひっくり返すに足るだけの力、それを与えに来たのだと彼女は言っていました。
わたくしの“魂源”から生み出されたその力。それは彼女から与えられたものに他なりません」
………なんだ、それ。
それじゃまるで………。
そして思い出す。
校庭での戦いを。
オレの“簒奪帝”の攻撃を完全に押さえ込んでしまったあのときの月音先輩の能力を。
「気づけば半日が過ぎておりました。“南”さんの話に従い充さんを助けに行くべく、与えられた能力“かぐや姫”を頼りに学校に向かいました。そこから綾さんたちと合流した、というのが大筋の流れとなります。
その上でエッセさんに聞きたいことがあります」
おそらくは他の皆も聞いておきたいはずのこと。
先程のエッセの反応を見た後ならば尚更。
「“南”さんは、充さんとわたくしが知り合いだったことに対して、まさかもうすでに接触済みだったなんて、と言っていました。つまり元々能力を得た充さんにわたくしが接触する予定を持っていたと思われます。
そして充さんは貴女によって“逸脱した者”となり、わたくしと同様に“魂源”をベースとした能力を与えられています。
これを偶然と考えるのは、先程の反応も含めれば余りにも不自然。もしやエッセさんは―――」
【そこまで理解しているのならば改めて聞くまでもあるまい?】
「いいえ、教えてくださいまし。
沈黙こそが金という格言もございましょう。しかし言葉を費やさねば届かぬものもあるかと思います。増して今日はこうして言葉をかわすために設けられた席ではありませんか。
加えて言うのであれば……エッセさんの言い分を聞かずに断定する、そんな振る舞いはわたくしの理想とする淑女ではありません」
【…………ふン。小娘が、吠えるではないか】
エッセは少しだけ楽しそうに言ってから言葉を引き継ぐ。
【先の疑問じゃが……予想の通りじゃ。その女、“南”のことをわらわは知っておる。無論“南”もわらわを知っておる。
わかりやすい表現をすれば、あやつも管理者じゃな】
わぉ。
GMがもう1人いたのか。
【誤解をせぬようもう少し補足しておこう。
管理者はわらわを含めて5人。正確にはもう2人おるんじゃが……連中は自分で動くことが出来ぬ。間違いなく今回の件には絡んでくることはないから気にせんでもよい。
わらわことエッセ以外の4人、それぞれ“東”、“西”、月音の前に姿を現した“南”、そして“北”という名じゃ。意味としては…そうじゃな、日本語で東西南北、方角をそのまま冠しておると思えばよい】
朱雀とか玄武とか何かそんな感じなんだろうか?
でも同じ管理者なのにエッセは方角とか関係ないんだな。
なんでだろうか。
「ちなみに、どんな見た目の人?」
いや、人じゃないけど一応ね。
月音先輩も見てるんだし、外見だけでも聞いておこう。もし何かの拍子でばったり出会ったとしても、わかっていれば警戒することくらいはできる。
【人相を聞いても無意味とまでは言うまいが意味は薄かろうて。そもそもわらわ以外の管理者にとって姿形とは所詮容れ物の形状に過ぎぬ。外見を好きにできる存在であるから、以前そうだったからといって今度も同じ姿で出てくるとは限らぬゆえな】
外見が自由自在とかなんてチートだ。
オレもイケメンになり放題だったらなぁ…!
まぁ、冗談ですけどね。
確かに美形に越したことはないけど家族からもらったこの顔に愛着もあるし誇りもある。
「……その4名が管理者なのは、今のエッセさんの説明でわかりました。
だがなぜこのタイミングで他の管理者が動いたんです?」
【その4名が動き出した理由は簡単、わらわが動いたからじゃ】
出雲の問いに短い返答が届く。
【基本的に連中の目的はわらわと同じ。もしわらわがこの管理者の役割から解放を望めば同じように動く。じゃがそれぞれがそれぞれの思考基準に則って動くがゆえに結果については予想がつかぬ。
例えば今回、わらわは充を選び“逸脱した者”として見出した。いずれ彼がその能力を伸ばしこの世界の構造そのものを毀すことを期待して。
それを知った連中も同様に行動しはじめたのであろう。わらわは一般NPCを特別な存在に仕上げることによって逸脱させた。それに対して“南”は重要NPCを、という風にアプローチを少し変えてはいるかな】
「え、それって……」
【うむ、月音嬢もおぬしと同様“逸脱した者”となっておる可能性が高い】
マジか!?
いや、でもそうなると月音先輩も能力を増強させていけば、最悪家族とか失ってしまうのでは。
そんな悪い想像が頭を過ぎる。
見るからに顔色を変えたオレにエッセは苦笑しながらフォローを入れた。
【その心配は無用じゃ。そもそもあれはおぬしが一般NPCであったがために起こった事態。
元々重要NPCである彼女ならばすでに設定を切り替える必要はあるまい】
その言葉にほっとひと安心。
正直なところ、ここでもまた重要NPCばっかり優遇かー!!?とか言いたい気持ちはあるけども、さすがに月音先輩があんな哀しいようなことになったら困るし。
【じゃが油断は出来ぬ。おそらく他の管理者たち……“東”、“西”、“北”もそれぞれ自らの“逸脱した者”として選んだ者を生み出しておるじゃろうからの】
「? なんでそれがダメなんだ?
そもそもエッセの目的はこの世界の管理者という役目からの解放だろう? そりゃオレが出来れば一番いいだろうけど、可能性という意味ではそれを可能とする“逸脱した者”は複数いたほうがいいんじゃないの?
失敗するかもしれないんだし」
【このたわけッ! 最初から失敗する気でおるやつがどこにおる】
「あたっ」
弱気なことを言ってたらはたかれた。
いつの間にスリッパを手に取ってたんだ、エッセ。
【その弱気を抜きにしても………“逸脱した者”同士が協力しあうことを前提に考えておらぬか? おぬし】
そりゃ勿論。
だって月音先輩ならオレが何かこうしたいと頼んだら協力くらいしてくれるだろうし。
別に伊達との件で恩に着せるようなつもりはないけど、そういった義理を大切にする人なんだってことくらいはわかってる。
【ならばその予測は正しておくがよかろう。
おそらく“逸脱した者”同士でぶつかりあうのは確定的じゃ。おぬしがそれを望もうと望むまいとに関わらず、な】
「ッ!?」
「そんな!」
ぎょっとして月音先輩を見た。
向こうも考えたことは同じだったようで目と目が合う。
【おぬしと月音嬢が、とは言っておらぬ。じゃが他の“逸脱した者”が全て友好的とは限らぬじゃろう? そもそもおぬしの“簒奪帝”の特性を考えれば事を為すためには他の“逸脱した者”とぶつかったほうが良い。例えば月音嬢と戦い“かぐや姫”を奪えば、“逸脱した者”として更なる飛躍を見せるのは間違いない。
それと同じことを考える“逸脱した者”がいないとどうして言える? そして管理者の立場からすれば、蠱毒のように“逸脱した者”同士が殺し合い残った者が事を為すのが一番と考えておっても不思議はない】
マジか……オレみたいな“逸脱した者”とも戦わないといけないかも、って考えるとゾっとしないな。
【とはいえ、“東”や“西”は日本ではなく海外、つまり自らの活動範囲からその資格者を得ておるであろうから、当面ぶつかる心配はないがの。
月音嬢の出会った“南”は管理者の中でも活動地域を特定していない変り種。だからこそこんなに早く“逸脱した者”が出会う羽目になったわけじゃが、あくまでイレギュラーと思えばよい】
「……えっと、もうひとり名前が上がってない管理者さんがいるんですが」
【“北”については……実のところわらわが嫌がることで、面白くなるのであれば何だってする相手じゃからな。なんとも言えん………】
嫌がることで面白ければ、って、そっち系の人かよ!?
せっかく月音先輩から嫌がること平気でやりまくる相手を除外したってのに、また面倒そうな相手が増えるとは………。
【まぁよい。わらわからの回答としてはこのような形じゃな。
月音嬢が“逸脱した者”となったことについて関わってはおらぬ。じゃが他の管理者がそのような発想に至った発端という意味では原因のひとつではあろうよ】
「はい、ありがとうございました」
にっこり笑う月音先輩。
真剣な会話が止まり、室内の雰囲気が少し穏やかになった気がする。
【ひとまずこれで情報は出切ったかの】
他に言っておくべきことがないか確認するかのようにエッセが一同を見回した。
【ならば情報の共有は終わりじゃ。後は今後どうするかじゃが……月音嬢と充に関してはいずれ来るやもしれぬ戦いに備えて“逸脱した者”の能力を磨くことが必要じゃろう。降りかかる火の粉は払わねばなるまい。
それ以前にわらわの目的のためにも“逸脱した者”の強化は必要じゃ。これまで通り充は自分の能力の把握がてら狩場での研鑽を。月音嬢も時間の許す限りは付き合ってもらおう。
巻き込んだのは心苦しいが、こうなった以上そうしてもらねば安全も担保できぬ】
「気になさいませんよう。そもそもこの能力を得たのはわたくし自身がゆえのこと。その責を他に転嫁するつもりなど毛頭ありませんよ?」
【うむ、その覚悟やよし。
そして出雲、綾、咲弥については充たちを手助けしてくれるかどうかという問題がある。無論わらわの目的にそなたらをつき合せるに足る理由はないし、助けになるかもわからぬ。
じゃからここでの話を内密にしてさえくれれば無理に………】
その言葉を出雲が遮った。
「すでに俺は充からエッセさんのことも聞いていましたからね。手助けを確約した以上今更曲げるつもりはありませんよ。そこに月音先輩ひとりが増えても同じことです」
綾が続ける。
「出雲みたいに戦えないし、私が出来ることはそんなに多くないだろうけど。でも私が重要NPC?とかいう存在なんだったら手助け出来ることが0ではないんでしょ? なら幼馴染と素敵な先輩が頑張ってるのを手助けするくらいはしたいな」
そして最後に咲弥が言った。
「お姉ちゃんの借り、まだ全然返せてないから。ミッキーちゃんのために頑張る」
きっとエッセの言ったとおり、この先大変な試練とかヤバい状況が待っているんだろう。
“逸脱した者”との戦いとなれば尚更だ。
でもこの仲間たちとならやっていける。
そう実感させるような安心した雰囲気が室内に溢れていた。
【よかろう。それではこれからも頼むぞ、皆の衆】
そのエッセの言葉で会議は締められた。
ふと頭に閃いた。
「あ、せっかくだから皆で戦車ゲームやんね?」
「それもいいな」
そんなことを出雲に言うと、
「あ、皆さん。よろしければ」
おずおずと月音先輩が何やら箱を取り出した。
A4がギリギリ入るかどうかくらいの小箱。
何かのゲームのようだ。
「一昨日、部活棟を歩いているときに声をかけてくださった“ふぁん”?と名乗る子たちに頂いたものです。なんでも凄く愉しいゲームだそうですので、よろしければ一緒にやってみませんか?」
へぇ、そうなんだ。
まぁ伊達がいなくなって月音先輩に声かけやすくなったせいもあるんだろうな。
そこに書いてあるタイトルを見る。
―――人生カードゲーム。
どこかで知ったタイトルだ。
つまりこれを渡したのは―――
頭を過ぎるのは、オンラインゲーム部に入ることになった日のこと。
―――あ・い・つ・ら・か!?
とりあえずロクでもなさそうなゲームなのは間違いないのだが、問題は素直に信じて目を輝かせている月音先輩にどう説明したものか、ということだった。




