表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.3.01 取り戻した日常
127/252

125.終わらない朧月夜

 モーガンさんに度数の強い酒に摩り替えられた女性陣が結構暴走気味になってしまってから、 そこから先はまさに地獄絵図だった。

 ご丁寧なことに隠身さんが飲んでいたソフトドリンクまですり替えされており、フードを外した彼女が女の子で二度びっくり。


 冷静になって考えてみると女性比率が高く、さらには全員が方向性の違いこそあれ目を見張るくらいには魅力的、と傍から見れば羨ましい光景ではあるものの、当事者になってみると暴走する相手を宥めすかして落ち着けるのはかなり荷が重かった。

 モーガンさんがオレをからかって他の女性陣が反応してなぜかオレに話題が集中砲火するという恐ろしい時間を乗り切ること2時間弱。

 ちょっと自分がイジられキャラ属性ついてきて固定されてしまうんじゃないかという絶望が頭をよぎった頃、午後7時くらいでようやくその役目から解放された。

 幸いなことに明日は土曜日で休みなので、改めて昼から時間を取って現状の確認やオレがどうしてああなってしまったのか、出雲たちのほうはどうしていたのか含めて集まって話をする、ということで今日は一旦解散になったのだ。


「…み、みんな、今日は色々ありがとう」

「照れながら言うあたりが充らしいよね」

「だな。しかも台詞が噛み噛みだ」

「こちらこそ。こういった集まりには縁がありませんでしたから、わたくしとしても愉しい時間でした」

「隠身、満腹にナったゾ」

「ミッキーちゃんのカムバック、とても嬉しかったから問題なし」


 隠身さんはいつの間にか消えており、モーガンさんと八束さんはそれぞれ帰路に、月音先輩はいつぞやの爺やさんの車のお迎えで、出雲が綾を家まで届けることになったので、必然的にオレは残った咲弥を駅まで送っていくことになった。


「しばらくはこの国にいるから、また虐めに来てみるのもいいかもねぇ。何せ、充はアタシのモノなんだからそれくらいはしても罰は当たらないと思わないかい?」

「いや、確かに色々助けてもらったので恩義は凄くありますし、いくらでも恩返しはしたいところなんですけど、モノ扱いはちょっと…」

「あら、生意気になったものだねぇ」

「………そんな愉しそうな顔で言っても説得力ない台詞だな。

 それはそれとして充、また落ち着いたら顔を出せよ。前にも言ったが変な遠慮はするんじゃないぜ?

 もし頼るのが心苦しいってんなら、お前がいつかオレの立場になったときに若い奴に同じことしてやりゃいいだけの話だからな」

「………ども」


 それぞれマンションを後にする。

 外に出ると辺りは当然のことながら真っ暗だった。月のある夜だけども、どうやら曇っているせいで月明かりがあまりないらしい。

 ただ暑さのキツかった日中と違い、夜はいくらか過ごしやすいのがありがたいかな。

 まぁもうすぐ7月だ。

 これから一層暑さを増していけば夜でも寝苦しいくらいになってくるんだろうけども。

 まだ体はボロボロで一向に意のままにならないが、食事を取ったためか歩く速度がゆっくりであればなんとかギリギリ隠し切れる程度の痛みになっていた。


「ミッキーちゃん」

「? どうした?」


 結構歩いたところで咲弥から声をかけられて、視線を見上げていた星が瞬く夜空から隣にいる咲弥に落とした。


「ありがとう」

「………ああ。どういたしまして」


 一瞬投げかけられた礼が何を指してのことか分からず少し間を置いてから答えた。

 彼女からお礼を言われるような心当たりがひとつ思い出せたからだ。

 とはいえ一応確認しておこう。


「お姉さんのことだろ?」

「ん」


 姉。

 “なるかんなぎ”こと天小園あまこぞの聖奈せいな

 その夜、伊達に操られて部活棟の地下にいた女性だ。

 あの伊達との戦いの日、追われているオレを助けてくれた咲弥にした約束が頭を過ぎる。


「一応伊達の魅了っぽいのは解除して無傷で行動不能にしておいたんだけど、その後どうなったのか知らないんだよなぁ。その様子だと無事に会えたんだ?」

「ん、ミッキーちゃんのお陰。本人から聞いた」


 再び頷いた咲弥を見て安堵する。

 どうやらオレのやったことは無駄にならずに済んだらしい。あれで間違いなかったとは思うものの、今思うと、あのときのオレはかなり頭がイカれてた状態だった自覚があるので手落ちがなかったかちょっと心配だったのだ。

 本人から聞いた、ってことは魅了されていたときの記憶はあるのかな?


「お姉ちゃん、今実家に缶詰。心配かけたから、いっぱい怒られてる」

「はは、そりゃいい。それだけ気にしてくれる家族がいるのは幸せなことだし、せいぜい怒られればいいんじゃないかな」


 怒るのはそれだけ心配していたということ。オレは親になったことがないから親の気持ちが全部わかるとは言わないけれど、想像することは出来る。

 伊達に魅了されてそれまでと行動基準が変わっておかしくなっていた娘のことに薄々気づいていたのであれば、かなり頭を悩ませていただろうことは間違いない。

 心配してくれる家族、か……。

 じくりと胸の奥に言いようのない痛みが、かすかではあるが明確に広がる。


「? 大丈夫?」

「…いや、別になんでもないから」


 少し感傷的になっていたのを気づいたのか、咲弥が少し怪訝そうにこちらを見てきた。慌てて取り繕うように表情を戻す。

 余計なことだ。

 咲弥の問題が解決してめでたいっていう会話をしている最中にシラけさせるのは御免だ。


「全部ミッキーちゃんが頑張ってくれたから、だから、ありがとう。

 少し先になるけど、落ち着いたらお姉ちゃんもお礼言いに来ると思う」

「いいって。たまたまそうするだけの余裕があったからやっただけで、大したことじゃないんだし」

「でもそうやってミッキーちゃん頑張ってくれたのに、私は頼まれたこと、できなかった。“刀閃卿”連れてこれなかった……ごめんなさい」


 しょんぼりとする咲弥。

 あれ? あのときに出雲たちが来たのは咲弥が呼んでくれたんじゃなかったのか。そういえば確かに咲弥はいなかったか。


「だから、借りひとつ、ね」

「なんども言うけど、そんな大層なことじゃ……」

「借り、ひとつ」

「…………あー、えっと」

「借り、ひとつ」

「いやいや、またこのパターン……ッ!?」

「貸し、ひとつ」

「なんでそこで逆転ッ!!?」


 思わぬオチに反射的にツッコミを入れてしまう。

 してやったりと笑う咲弥だが、姉に関する心配ごとがなくなったせいだろう、心なしか少しだけ表情が豊かになったような気がする。もしかすると姉のことが解決するまで使命感的なものの重圧から、無意識に幾分か感情を抑えていたのかもしれない。


「借りっぱなしは気持ち悪いもの。無理にでも返すから」

「はいはい、まぁそういうことなら困ったときは頼らせてもらうよ。あとあんまり深刻に考えすぎなくていいからな?

 ほら、この通りオレは無事だし結果オーライかもしれないけど万事上手く行ったんだ。主人公プレイヤーたってなんでもできる万能のスーパーヒーローってわけじゃないんだからさ、これ以上を望むのは欲張りすぎってもんだよ」


 すると少し嬉しそうにしながら、咲弥がちょっとオレの脇腹を小突いた。


「ぃぃぃぃいぃぃ……~ッ」

「本当に無事?」

「ぃぃぃ痛くないったらない~~ッと思いたい~ッ」


 悪戯っ子な顔をして問う咲弥に全力で堪えて答える。

 男の子はこういうときツラい。


 そうこうしている間に最寄駅に到着。

 改札まで見送る。


「あ、そだ。よかったら7月の1日から一週間、空けておいて」

「? 藪から棒だな」

「多分ミッキーちゃんのためになると思うから。詳しい話は明日、ね」


 咲弥が改札を通ってホームへ行くのを見送り踵を返した。

 今日が6月28日。

 えぇと、確か6月は31日がないはずだから日曜日が30日となり最終日のはずだ。

 つまり7月1日から一週間、ということは丁度月曜日から日曜日ってことになる。随分とまぁ急な話だけどもわざわざ期間を言及したってことは何かあるんだろうな。

 オレのためになる、ってあたりが気になるけどここで想像しても仕方ないか。明日になればわかるんだし大人しく待つとしますかねぇ。

 期待半分、怖さ半分の感情を持て余しつつそのまま出雲のマンションへと戻っていく。



 ■ □ ■



 夜風を楽しみながらようやくマンションが見えてきた。

 戻ってきてみればまだマンションは無人のようで、窓からの見える部屋の明かりがついていない。

 どうやらまだ出雲は戻ってきていないらしい。

 出がけに鍵はもらっているので問題はないけどね。

 あー、でもどうせならいない間に片付けくらいやっておこうかな。居候なんだしそれくらいはしておかないと、単なる無駄飯ぐらいになってしまうので肩身が狭い。

 別にそんなこと出雲は気にしないだろうが、それでも出来るだけ負い目は無くしたいのが人情だ。

 我ながら貧乏性ってやつかな、と思わず苦笑。


 そんなことを思いつつエレベーターに乗った。

 後はそのまま特に考えずに出雲の部屋の階のボタンを押すだけ。


「……………」


 にも関わらず一瞬迷って、最上階を押した。

 スムーズな駆動音と振動。

 同時に起こる体が持ち上がる感覚がエレベーターが上がっていくのを実感させる。


 何かに気づいたわけじゃない。

 理由らしい理由もない。

 強いて言うのなら予感。

 予感と言うことすら曖昧かもしれないくらいあやふやなもの。


 エレベーターが止まる。

 ゆっくりと足を踏み出す。

 目指すは階段。

 さらに上へと一歩一歩と歩を進めていく。

 上り階段を進んでいく際の自重に完治していない体が悲鳴をあげているが無視する。昼間は思わず叫び出してしまいそうになるくらいの痛みも、別の目的に向かっている今は気にならない。

 


 予感が強くなる。

 最早確信に近いのかもしれない。



 そう、あの夜・・・と同じように理由のない行動だから。



 だからきっと結果も同じ。



 屋上に出た。

 その刹那。


 鳴る。



 キィィィ……ン。



 聞いたことのある音と共に視界を淡い光が包む。

 反射的に身をこわばらせるとズキリと痛みが走った。

 音の発生源ははっきりしている。


 左腕。

 だから何が起こるのかもはっきりしていた。


 光が収まった屋上。

 朧月を背後に佇んでいるのはひとりの女性。

 光沢のある不思議な素材で出来た布をいくつも織り成して作られた何かの儀式の衣のような衣装、手足の動きを追うように金属の軌跡を見せる腕輪。

 そして何よりその銀に揺らめく髪と眼差しが印象的な美貌。


 忘れもしない。

 忘れるはずがない。


「………っ」


 思わず唾を飲み込んだ。

 自分の頬を抓ってちゃんと現実かどうか確かめたくなるのをなんとか堪えた。だが呼びかけようにも驚きで唇が震えて声にならない。

 もどかしい。

 そう思えば思うほど舌がもつれそうだ。

 目の前の美女はそんなオレを楽しそうに見ながら待っている。


 すこしの間。


 ようやく落ち着いたオレはゆっくりと呼びかけた。



「……エッセ?」



『うむ、こうしてのんびり話すのは久しぶりじゃの、充』



 オレの運命を変えた管理者の女性は、その美しい表情に微笑を浮かべた。

 思わずドキっとしてしまうような優しい笑み。


「…エッセ!!」


 感極まってしまって思わず抱きつこうとする。

 が、オレはすっかり忘れていた。

 完全に失念していたと言っていい。

 自分の体の今の状態を。

 もっとわかりやすく言うのであれば無理の効かない体だということを。


 ずるッ、


「お…おぉっぉぉっ!!?」


 ぺたーん!!!


 止まった状態から急加速して勢いよく踏み出そうとした足が、激痛と共にバランスを崩し顔から地面にダイブ。文字通り体を投げ出す羽目になった。


「おおおぉぉぉぉぉ…ッ」


 強打した顔面を押さえて転げまわる。

 今、ぶつかった瞬間星が見えた!!

 いつぞや喰らった石塚のパンチよりはマシだけども!


『………何をやっとるんじゃ、おぬし』


 呆れたようなエッセの声が痛い。

 うーん、何か最近格好悪い展開ばかりだなぁ。


「うぅ……」


 慌てて体を起こして見上げる。

 再び痛みが体を襲うが、まるでこれが夢ですぐに彼女が消えてしまうんじゃないか、という恐怖に突き動かされたかのように可能な限り俊敏に。


 だがどうやら杞憂だったらしく、エッセはそこに同じように佇んでいた。

 安堵しながら立ち上がる。


「と、とりあえず――――」


 聞きたいことや言いたいことは山ほどあった。

 でもまずは冷静に。

 どんなに話したいことがあるにせよ、まず最初に口にすべきなのは決まっている。

 落ち着くために少しだけ深呼吸。

 セリフを噛んだら格好つかないしね。


 そして口を開く。

 可能な限り一杯の喜びをのせて。



「おかえり、エッセ」


『うむ、戻ったぞ、充』



 まだ今日という1日は終わらない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ