118.簒奪帝攻略戦(6) ~絆~
落城の刻。
迎え撃つ簒奪の王は討ち取られる。
それは紛うことなき戦の終結。
勝ち鬨が無情の戦場に響き渡ることだろう。
暴君は躯を以て皆に勝敗を示す。
ゆえに落ちた御首は清め整えられる。
新たな時代の到来を告げるために。
その役割は彼女のもの。
かつて暴君が想い焦がれた黒髪の乙女の手で為される。
□ ■ □
夜の闇の中、煌めいてはぶつかる刃。
火花を散らすほど苛烈に繰り広げられる剣戟。
時計で時間を確認していた私は思わず声をかけた。
「出雲…ッ!」
それは合図。
エッセさんから教えられた制限時間が丁度残り1分になったことを教えるもの。
それを聞くなり、出雲は向かい合ったまま居合の構えを取った。
以前見せてもらったことがあるときとどこか違うその佇まい。これが主人公としての出雲なのだ、と強く認識した。
そんな出雲と充が向かい合い、互いだけを警戒している。
2人の間だけ世界が密度を高めて歪んでいくような、空間が苦しくて軋みをあげて悶えているようなそんな緊張感。
後ろで見ている私がそう感じるほどなのだから、当事者である出雲たちの精神的なプレッシャーはどれほどのものだろうか。
時計の秒針が動いて行く。
カチ…カチ…と無情にも先へ先へ。
減っていく刻。
焦りだけがいたずらに増えていく。
私は戦いに縁がなかったのだから尚のこと。
出雲にも、充にも、そのどちらにも傷ついて欲しくない。
万が一何か間違いがあれば…、そんな想像に背筋が冷たくなる。互いに真剣を用いている以上、それはあり得る話だろうから。なんとか気持ちを落ち着けようとするがそれが中々難しい。
ぞわり。
突如、空気が揺れた。
刹那のタイミングで包んでいた雰囲気が何度か変化したように思える。
硬直した充と動き出した出雲を見ればどちらが機先を制したのかは一目瞭然。
だが私の目では全部を把握することなどできない。
出雲の刀が何度か閃いたように見えたものの、気がついたときには鞘に納められていた。
…ばがぁんっ!!!
まるで時代劇の斬り合いの直後のように、1テンポ遅れて割れ砕ける音が響いた。。
すでにところどころ砕けたりしていた充の纏う赤黒い鎧のようなもの。
それが完全に割れて落ちた。
「………ようやく、顔見せたな、親友?」
出雲のその台詞に充は驚いたように目を見開いている。ようやくはっきり見ることが出来た充の顔は、いつもと何ひとつ変わっていない。
さぁ、私も私のやるべきことをしなくちゃ。
出来ることは多くない。
むしろひとつしかないかもしれない。
私には月音先輩みたいな特殊な能力も、出雲や葉子さん、隠身ちゃんのように武器を持って戦う技量もないのだから。
出来ることがあるとすれば、ぶつけることくらい。
充に伝えたいことがある。それを全て届けることしかできない。
全力で走り出した。
もう時間がないから。
でもどうすればいいだろう?
皆が作ってくれた10秒という時間。
文字通り身を削る想いが込められている。
だがこの絆を伝えきるにはとても短い。
勿論不安もある。
本当に絆なんてあるのだろうか。
私や出雲がそう思っているだけで本当に今の充がそれを感じてくれるかどうかはわからない。
幼馴染。
ずっと一緒だった。
それだけの絆はあるとわかっていても不安は止められない。
でも不安だからといって何もしないのはあり得ない。
充が心から愛し合う人を作っていればこの役割はその人に任せるべきだけど、今に関しては不満かもしれないけれど私たちに任せてもらおう。
余計なお世話かもしれない。
お節介かもしれない。
それでもやる。
単なる私たちの我儘かもしれないけれど―――それでも充は充でいて欲しい。
近づいていくと充がよく見える。
よく見るとボロボロだ。
服はいたるところが破けたりしているし、治りかけの裂傷や打撲、火傷もある。
何より気になったのはその眼差し。
ああ、もう本当に。
男の子ってなんて馬鹿なんだろう。
湧いてきた感情にあれだけあった不安や恐れは吹き飛んだ。
本当、どれだけ馬鹿なの。
でもそれは同時に何も変わっていない、あの頃と同じ充だという証。
呆れると同時にとても嬉しかった。
うん、言ってあげよう。
もしそれが届かなくても構わない。
目の前であんな戦いをしていた充だから、もし失敗してしまったら殺されてしまうかもしれないけれど。それは凄く嫌だし怖いけれど、なけなしの勇気を振り絞って進むしかない。
走る。
時間がとても長く感じられる。
一歩また一歩。
そしてようやく―――
「充ッ!!」
―――辿り着いた。
目前までやってきた私に充が視線を向ける。
少し我に返ったのかな?
でもまだ少し動揺しているみたい。
右手を思いっきり振り上げる。
はたかれる、と思ったのか充がそちらを少し振り向いた。ボクシングをやっていたせいか反射的に構えを取ろうとする。
でも左手も思いっきり振り上げている。
「…ッ!!?」
何かに気づいた充の驚きはさらに大きくなった。それだけじゃなくて取りかけていたガードすら投げ出した。
エッセさんから手のつけられない怪物になる、とまで言われていたけれど、今目の前にいるのはただの普通の男の子にしか見えないほどに戸惑っている。
ぱんっ!!!
両手で充の頬を軽く叩くように挟んだ。
「言ったでしょ?」
千でも二千でもかけてあげたい言葉は出てくる。
でもそんな時間はない。
だからたったひとつだけ。
失われていないと信じたい絆。
なぞろうとするそれは、とても遠い遠い記憶。
私たち3人はずっと一緒だった。
幼馴染、という言葉がこれくらいしっくりくる関係もないように思う。
それでも何事もなくずっと仲が良かったかというとそうでもない。やっぱりそこは子供同士、喧嘩をすることもあれば仲違いすることだってあった。
小学校にあがった後のこと。
3年生になっていた。
クラス分け。
私と出雲は1組で同じクラスだったけれど、充だけ3組に入ることになりバラバラになってしまった。
それで何が変わるというわけではない。
というより変わらないことが裏目に出たというべきなのだろう。
半年後。
充は入院した。
原因は簡単。
イジメである。
エスカレートするイジメで大怪我をしたのだ。
何も知らなかった私たちはびっくりした。
子供なりにどうしてそうなったのか調べることにした。今思えば子供になにが出来るのかと思う。でも当時はそれだけ必至だった。正直調査としても結構的外れなこともしたように思うけれど、最終的に同じピアノ教室に通っていた3組の子から話を聞くことが出来た。
イジメの理由。
それはクラスのガキ大将との対立だった。
小学校低学年くらいの男の子というのは割と実力主義なところがある。1、2年で見知らぬ者同士が同じクラスになってまずするのは取っ組み合いである。数か月するうちにそれぞれの実力が把握できある程度のクラスの立ち位置が出来上がる。
クラス替えはあったものの、3組は半分以上前のメンバーが残っていた。その中にそれまでクラスで一番体格がよくて強かった男の子も含まれていた。ちなみに思い出すだけで腹が立つので名前は出さない。
彼らにとって別のクラスから入ってきた子たちは異分子だ。どうにかしようとするのもわからなくはない。まず仲間に引き入れようとした。
別に無理に喧嘩をしたいわけでもなし、多少居心地が悪い扱いをされながらもほとんどの子たちはそれに従った。当初は充も当たり障りなくやっていたみたいだった。
これだけで済んでいればあんな風にはならなかっただろう。
ただ、そのガキ大将のその後のやり方が不味かった。
別のクラスに対抗意識を持ち出したのだ。当時から目立っていた、ある意味1組のリーダー的な感じの出雲が邪魔だったのだろう、まずその標的となったのが1組だった。
クラス内で出雲のあることないことを言いふらした。必然的に一緒にいた私も色々と言われていたように思う。それに充が噛みついた。
「出雲はそんな奴じゃないし、綾はそんな子じゃないよ!」
そう庇ったのが勘に触ったらしい。そこから充が以前私たちと同じクラスで仲良しだった、ということも判明しより一層目の敵にされた。
自分の組に自分より他の組のリーダーのほうを優先する奴がいる。
それがどうも許せないようで、最初は事あるごとに充に出雲の悪口を言わせようとした。徐々にそれがエスカレートし教科書とか靴隠してこい、と命令されたのも知っている。
その全てに充は反対した。
そしてよくあるイジメのセオリー通り、従わない充そのものが標的となっていく。
物を隠されたりは日常茶飯事。
傘で小突かれたり用水路に落とされたり、自分がイジメの標的にならないようにしたいクラスメイトすら一緒になってイジメた。
毎日のようにクラスでプロレス技をかけられたり生傷の絶えない日々。相手のガキ大将が狡賢くて上手く子供同士のじゃれあいに見えるようにしていたことから教師も気づかなかったらしい。
それでも頑なに折れない充に対してさらにその行動は度を超えていく。
最終的にジャングルジムから投げ落とされて大怪我したことから、ついに発覚。
事実を知ったとき、私と出雲は憤慨した。
どうして相談してくれなかったのかと。
クラスが替わっても友達であることは変わらないのに。
同時に哀しくもなった。
確かにこの頃休みの日に遊びに誘っても充は来なかった。おかしいと思う要素はあったのに、まったくわかってあげられていなかったことに。子供が何を、と笑うかもしれない。でもそのときの私たちにとって、それは凄くショックなことだった。
私と出雲はお見舞いにいった。
でも充はそれでも本当のことを話そうとしない。
目を逸らして隠すばかりの充。
ぱんっ!
思わずその顔を両手で掴んでこっちを向かせた。恥ずかしながら今では荒事はさっぱりなのだけど当時はまだやんちゃな女の子で、口より先に手が出るタイプだったのだ。男の子たちと一緒に木のぼりしたり駆け回っていたりしていたお転婆っぷりは今思うと苦笑しそうになる。
そしてあのとき言った一言を思い出す。
残り5秒ほど。
さぁ同じ言葉を、今の充にも送ろう。
高校生になった充の頬をあのときと同じように掴みながら告げる。
「私は充のコト、勝手に決めない。だから教えて?」
別に深い意味があったわけじゃない言葉。
ただ文字通りの意味しかない。
何を考えているのか何をしたいのか、本人以外にはわからない。勝手にそれを推測したりしても勘違いするかもしれない。
だから善いことも悪いことも、どんなことでも構わないから。
純粋に充の気持ちだけを教えてほしい。
そう思ったからそのままのことしか言えなかっただけ。
ひと滴。
まるで線を引くように。
充の目から涙が零れ落ちた。
ゆっくりとその口が開く。
そう、急がなくていいの。
どうしてこうなったのか、何があったのか。
貴方のペースで、貴方の言葉で。
全部聞かせて欲しい。
「……オレは…………」
言の葉を紡ごうとした充が一瞬びくんと電撃にでも撃たれたかのように震える。
足もとを見ると何か奇怪な記号の陣が浮かび上がり淡く輝いている。
その中心に充がいた。
ざざざざざざ―――ッ
その背から赤く脈動する闇の底のような漆黒の激流が吹き上がった。出雲の攻撃で割れ砕けて地面に落ちた装甲の破片も霧のように実体を無くした塊のようになって、そこに合流する。
宙でぎゅるぎゅると揺れる赤黒い球体。
見ているだけで背筋が冷たくなるような不気味なその光景を見て驚く私の耳に声が届く。
―――タイムアップ、じゃ
長い長い5分が、終わった。




