117.簒奪帝攻略戦(5) ~刀閃~
囲みを打ち破る。
城壁で、物見塔で、広間で。
城壁のあらゆるところで勝敗が決していく。
更なる進撃のラッパは高らかに鳴り響き。
残るは玉座の君主ただ独り。
だが未だ暴君の威武衰えることを知らず。
ゆえに対するならば相応の力とそれを支える覚悟が肝要か。
見事討ち取らんと名乗りを上げるは王を知る者。
其は友誼に刀を振るう武人なり。
□ ■ □
目の前で長刀が踊る。
翻る度に鬼がその数を減ずる。
斬られ斬られ斬られ斬られて斬られる。
なるほど、“刃姫”の名がついたのも頷ける。夜の闇の中で時折煌めきながら斬線を描くその刃はまるで手足のように自在にクズノハの動きについていく。
むしろその刃の軌跡が彼女自身を覆うアクセサリでもあるかのように見事に調和していた。
古来、洋の東西を問わず舞と武は近しい。
だがここまで舞い踊るように戦うことが出来る腕前の持ち主は一体どれほどいるのだろうか。
その扱いに長けた者として“刀閃卿”の名を有する俺を以てして尚そう思う。
そうこうしているうちに10匹いた鬼たちはその数を半減させた。
容易く蹴散らされているようだが、あの鬼たちもそれほど弱い存在ではない。特殊能力を含めた総合的な戦闘力では完全に負けてはいるものの、単純な能力値のレベルとしては羅腕童子の2枚落ち程度にはなっているのではないだろうか。
おそらくは20レベル弱くらいの術者が1人で1匹使役出来ていれば十分狩場で活躍出来る。そういった相手だ。
それがこんなにもあっさりと倒されていく。
だがそれも納得だ。
鬼の前面には“刃姫”の斬陣、それ以外に背後から時折見え隠れする隠身が鬼を暗殺していっているのだから。上位者が2人本気を出せばどうにかならないはずはない。
事実その戦いの合間を狙って充は目を媒介にした何かをしようとしているが、その直前に隠身の刃に傷つけられて中断させられている。
今、流れは完全にクズノハたちにあった。
「…うかうかしているわけにはいかないな」
彼女らの活躍に内心舌を巻きつつ頼もしく思っていると、突然充の傍に現れた不定形のような狼が鋭く吠えた。
「――――――“宵獄”」
狼がその体を闇に溶け込ませつつ、その闇そのものが固体となって檻を形作る。覆われたその監獄の中にはいつ現れたのか隠身が囚われていた。
正確には隠身がいるのを発見し、そこに先ほどエッセさんが使ったあの術を放ったのか。
みしみしとその檻に圧力がかかっていく。
たんっ!
その圧力で潰される前にクズノハが方向を転換して檻へと間合いを詰めた。
残った1匹の鬼はこれを好機として背後から襲うべく追いかけていく。
長刀が踊ると、隠身を拘束していた闇色の檻が破られる。おそらく準備していたのだろう、檻が壊れた瞬間にその姿がかき消えた。
次に隠身の姿が現れたのは檻を攻撃したクズノハの背中から攻撃しようとしていた鬼のすぐ真横。すれ違いながら首に切れ目を入れる攻撃の直前だった。
さっくり。
鬼の首が落ちた。
互いに有効な攻撃の質を見極めた一連のやり取り。
その様子を見た充はさらにもう1匹、狼を呼び出そうとして霧を放つ。だがその霧はかすかにしか出ず、出たものも像を結ぶことなく風に散った。
霊力切れ。
もし今までのものが魔術だったり神聖祈術だったら、魔力とか祈力とかそういうことになるが霊力が基になっているのは同じだ。ベースとなっている簒奪能力以外に鬼の呼び出しや術を遣い過ぎたゆえの消耗と見るのが妥当だろう。
消耗を自覚したのか、充は何もない腰のあたりから三日月刀を抜いた。
一体どこから取り出したのかわからなかった。隠身の隠蔽系技能に匹敵するかのような装備品遮蔽でも奪って持っているのかもしれない。
その鈍く輝く切っ先には見覚えがあった。
「まずは“三日月梟”が相手か」
それが示す事実は簡単。
ここからは霊力を使わない技能での勝負、直接的な物理戦闘だということ。
つまり、俺の土俵だ。
今からの俺の役割は簡単なこと。
充と戦い物理的な戦闘能力を奪う。
攻撃も防御も。
あの表面に纏わりついた赤黒い装甲を片っぱしから破壊する。
綾と共に充に至るための道を作ることだ。
するすると間合いを詰める。
「…ッ!!?」
力感のない起こりが消えたその動きに面食らったのだろう。
1メートルの距離まで一気に詰めることができた。
ふぉん! ぎぃんっ!!
反った刃同士がぶつかり合う。
さらに打ち合わせつつ分析する。
なるほど、確かに“三日月梟”の技能だ。
通常力任せに刃を打ちつけるようなことはしない。切れ味を追及した武器というのは裏を返せば刃先が鋭くなるように薄くなっているものだからだ。
真正面、まったくの逆から単純にぶつかりあえば運が悪ければ刃が欠けていく。だからある程度の技術者となれば武器の消耗を避けるためにぶつかりながらも力を逃がすようになる。力を入れながら力を流す、というのは矛盾しているようにも聞こえるがそうとしか言えない。
ぶつかりあう角度。
ぶつかる瞬間のズラし。
ぶつかりあった後の捩じり。
もし行うとすれば、そんないくつもの要素を相手に合わせて少しずつ調整できる技量が必要だ。刀で言えばそのために鎬などというものがある。それを有効に使って戦う様から鎬を削る、なんて表現もできたくらいだ。
武器をぶつかり合わせた瞬間、充がそれだけの技量に達していることを理解した。
数日前まで使ったこともないであろう三日月刀のこの熟練度、ここにいたであろう“三日月梟”、そして伊達に勝利した事実、最後に充の簒奪能力。
これだけ揃ってしまえば疑う余地はない。
ぎぃん! ふぉん! ぎゃりんっ!!
さらに数合打ち合いながら、充との相性の悪さに舌打ちする。
簒奪能力そのものに対しては相性は悪くない、むしろ良いと言ってもいい。この手のタイプの相手を倒すのであれば能力を奪わせない、つまり攻撃をされないのがセオリー。つまり攻撃される前に圧倒的な一撃で首を落とすなりなんなりして絶命させる。それが出来れば問題はない。
轟との戦いを経て成長した刀の技能。
もしやろうと思えばおそらく一撃必殺は可能だろう。特に今のように単純戦闘能力しかないような状況であれば尚更。
だが戦闘の目的は充を倒すことじゃない。
あいつの目を覚まさせること、伝えなければいけないことを伝えること。
ゆえに最も有効であるはずのその手段は使うことが出来ない。
だから、充と相性が悪いという表現になるのだ。
ぎンッ!! ブォンッ! しゅおんッ!! ぎゃりりッ!!!
そう考えれば中々難易度が高い。
まず今は夜だ。
夜目の利く“三日月梟”の能力にアドバンテージがある。打ち合った感触からすると筋力などの総合的なステータスも奪っているのか恐ろしい膂力。
おまけに今の充の総合的な攻防は“三日月梟”を超えているように思える。単純な三日月刀の攻撃そのものの鋭さは変わらない。だが攻撃と攻撃の継ぎ目が恐ろしいほどスムーズだ。
例えば大きく力を込めて攻撃するとしよう。確かにそれだけ威力が出るだろうが振った後、体勢が大きく崩れることになる。そのタイミングは相手にとって絶好のタイミング。
だからこそ剣豪同士は起こりを読み心理を読み攻撃を読む。
フェイントや心理的な駆け引き以外に連続攻撃の組み立て含め、いかにこちらの体勢を崩さず相手の体勢を崩すかに力点を置く。
今の充に関して言えばそれがない。
強力な一撃で体勢は崩れる。
だがどんなに体勢が崩れても体勢が崩れていないときと同じように動けるのだ。体勢が崩れていても相手に好機を与えない。
その上―――
ボッ!!!
咄嗟にズラした顔の横を拳が通過していった。
片手で三日月刀を操りつつ間合いが詰まれば拳を放ってくる。
戦いにおいて一般人は刃物を渡されるとそれを使うという考えに囚われる。だからその刃物にだけ気をつけていればいい、というのは有名な話だが今回はそうではないらしい。
おまけにその拳の破壊力ときたら対抗戦のときの石塚以上。
ばぎ…ッ。
が、合わせることに成功しカウンターで伸ばした腕の装甲を峰打ちで割る。
さらにいくつか攻防を経て再び後ろに距離を取る。
距離は3メートルといったところ。
「……………」
感情が昂ぶる。
不謹慎であることは百も承知。
だが嬉しい。
充が強いことが。
その親友の強さが誇らしい。
彼がそのためにどれほどのものを積み上げてきたのか。
その一片を知っているのであれば尚のこと。
「出雲…ッ!」
背後から綾の声が聞こえる。
それは残り時間を知らせる合図。
―――残り1分を切ったのか。
ふッ。
息吹を切って覚悟を落ち着かせる。
「決着をつけるぞ、充」
刀を鞘に納めた。
エッセさんと月音先輩が簒奪能力を封じ、クズノハと隠身が霊力を消耗させ、ようやく辿り着いたこの間合い。
無駄にするわけにはいかない。
居合、と呼ばれる術技がある。
特殊な身体操作で極限まで起こりを殺しながらも最大の速度を出す。
すでに抜刀して襲いかかってくる相手に対して、後から抜いて先に斬る。
100メートル走で相手よりも50メートル後ろからスタートして勝つ、そんな一見して無茶とも無謀とも言える命題を追及した執念の結晶。
そこにはさらなる高みが存在する。
反りの腹を上に向けつつ柄をすこしだけ下に向け、右手を脱力させた。左手は鞘走りのため鍔のあたりに添えられている。
“斬域特化型”
そう名付けた構え。
びり……ッ。
俺と充の間の大気が震える。
充がそのただならぬ緊迫に警戒をを強めた。
今充がいるのはギリギリその斬域の外だが一歩だけ踏み込めば斬れる範囲だ。
離脱したいのかもしれないがもう遅い。
後ろに一歩引くよりも俺が前に一歩出るほうが早いのだから。
この型を発動させるとその刃圏内、つまり間合いの中での斬撃威力、感覚、そして速度が跳ね上がるが反面外からの攻撃には弱くなるという性質を持つ。正面からの攻撃ならば捌けるが例えば横あいや背後からの攻撃に対して見切り能力が著しく減衰するのだ。
そのため一対一、それも横やりが入らないと確信できる状況でのみ使うことが出来る。
もし伊達の罠で転移させられていなければ轟相手にも使えたはずの技。
これまでの動きに満ちた戦いから一気に膠着する。
ジリジリと互いが間合いに鋭敏になる。
がりがりと霊力が削られていくのがわかる。
この構えは取っているだけでも消耗する諸刃の剣。
時間がないのはわかっている。
だからこそこうさせてもらう。
使えるものは何でも使う。
20秒ほどしただろうか。
砂漠で水を求めるかのような、引き絞られた空気の中で勝機を探す俺と充。
頃やよしと見た俺は唐突に一瞬だけ“斬域特化型”を解いた。
放つ。
ふぉんっ。
ごとり。
―――踏み込んで振るった一撃に、充の首が落ちた。
「………ッ!!?」
そんな錯覚に充がびく、っと震えた。
確かに充は強くなった。
武人として一人前にはなっている。
だがそれだけ。
技量があっても経験がない。
なまじ技量があるだけについていけた場の緊迫。だがそれを保持した経験がない彼は明らかに消耗していた。
だからそれを解いた瞬間に迂闊にも一瞬の安堵が浮かんだ。さながら潜っていた人間が呼吸をするために水面に顔を出した刹那のように。
ならばどうする。
そう、そこを狙って水中に引きずり込むのだ。
即座に再び“斬域特化型”を発動。
斬首の意をこの上なく込めた殺気を叩きつけたことで、充は一瞬自らの首が落ちたかのように驚愕し硬直した。
だんっ!!
踏み込み、充を刃圏に納めた。
「…………フっ!!!」
斬域に加速し放つ居合。
技が名は“刀閃”。
斬りあげるように放つその一撃。
音すら許さぬ断ち様。
そこに確かな手ごたえを感じつつ、そのまま刃を返し流れるがままに数閃。
………ぴし。
全てが終わり刀を鞘に納めるまで瞬きほどか。
硬直して出遅れた充は動けていない。
…ばがぁんっ!!!
チン、と鍔が鳴る音と共に充を覆っていた装甲の大半が切れ目に従って割れ砕けた。
本体である充に傷ひとつなく、それでいて完全に装甲を破壊する。
そんな神業めいた芸当に目を見開く充に、
「………ようやく、顔見せたな、親友?」
充は馬鹿みたいにさらに目を見開いた。
エッセさんに恐るべき怪物、なんて言わしめたはずの男が“親友”なんてたった一言になぜか最大の驚きを見せている。
ああ、やっぱりだ。
俺たちを見た瞬間のこいつの反応から予測していた。
だから安心する。
脅威を排除した。
こいつの心の在り様もすっかり確認できた。
俺にしかできない仕事をどうやら全う出来たらしい。
なぁ、充。
綾がすぐにその勘違いを正してくれるさ。
あのときみたいに。
10秒も残っていれば十分過ぎる。




