114.簒奪帝攻略戦(2)
―――“九連雷吼”
現れた九つの雷球。
その前兆が見える前にすでにオレは対応を始めていた。
ぎゅらりッ!!
視界が歪む。
隻眼条件を満たし“傲慢なる門”を解放。
“無限の矢”の連続使用で雷球そのものを攻撃する。
ばぢ! ばぢばぢんっ!! ばぢぢっ!
中からの圧力で破裂するように不安定になった雷球が揺らめいて消えていく。だがいくら視線だけで発動するとはいえかすかなタイムラグはある。
生じた雷球のうち3つが破壊しきれないうちに弾けた。
それに気づく瞬間には体は動き出している。
再び疾る電光。
3発のうち1発が完全にオレを貫く軌道で飛んでくるが、先んじて動き出していたため当たらない。当たったのはその場に残されていた残滓、身に纏っていた“簒奪帝”の一部だけだ。
たった一発。
にも関わらずその雷は完全に赤黒い装甲を貫通してしまっていた。その威力に怯える前に別の感情が沸き上がっていく。
―――欲しい。
それは渇望だ。
無い者から有る者へ。
もっともその思考を否定する要素は何もない。
欲しいのなら奪う。
簒奪することこそがオレの本性なのだから。
その欲求に“簒奪帝”が連動して発現した。
噴き出して体を覆い尽くすと、その片回りの部分から先端が手の形をした触手が飛び出す。伸びてエッセとオレの間の距離を一気に詰めていく。
―――“閃焔”
その指先が触れるかどうかといった距離まで詰まった刹那。
まるでそこにあった火種に触れたように、指先から紅蓮の焔があがりそのまま一気に触手の根元まで燃え上がらせた。膨大なその熱が体に到達する前に体からその触手を切り離す。
切り離された手は灰すら残さずに燃え散らされた。
ごぼ…ごぼぼぼぼぼ…ッ。
霊力を喰らってどんどんその圧力を高めていく“簒奪帝”。理由は簡単なこと。
エッセに魅せられている。
たったの一言で主人公たちを蹂躙したオレを圧倒しているその事実に。
放たれる技の威力に。
それでいて疲弊した様子も見せない。
ああ、奪いたい。
奪いたい。
奪いたい奪いたい奪いたい―――ッ!!
膨れ上がるその想いが際限なく喰われていく。
もうそれだけでいい。
他の何もかも不要だ。
煙狼ワルフを体から突撃させ、それとわずかな時間差でオレも走り出す。
エッセまでの距離はおよそ10メートル。
何をどうするにしてもまずは一度触れることが出来なければジリ貧になっていくだけ。
「燃えた触手を切り離したのは良い判断じゃ。“閃焔”で燃え広がる焔は一般的な手段で消火することは不可能であるからの。だが逆に発動の際にしくじって自らが巻き込まれた場合はそれが欠点にもなる。
もしおぬしがこれを使うとすれば、燃える範囲の指定は細心の注意を払って指定せねばならぬぞ?」
解説するように彼女は言う。
なんて都合のいい。
まるでオレが奪った後のために解説でもしてくれているかのような。
そんなことを思いつつ向かってくるオレと一匹を前に、次の攻撃が飛ぶ。
―――“宵獄”
ぐんにゃり、と夜の闇がまるで浮き上がった絵の具のように色を凝縮させ実体化。そのまま広がると毛布が覆い被さるかのように檻のようにワルフを包みこんだ。
べきッ! ぐしゃ…ッ!
物理攻撃が無効であるはずのワルフがその中で握り潰されるかのように、一息で包む闇ごと握り拳ほどの大きさになり消滅する。
「夜の闇という概念をそのまま加工、それを用いて敵の行動を制限するのがこの“宵獄”じゃ。概念系であるがゆえに単純物理で破壊できる牢獄ではないし、それゆえ物理攻撃が効かぬ敵、例えば霊体なども束縛することができる。
ちと力を喰うがそこからさらに牢獄のサイズを収縮することで見てのとおり攻撃にさえ使える優れモノじゃな。使える時間帯の制限があるものの、切り札としても十分使える代物じゃろう?」
間合いを詰める。
距離は残り3メートル。
一息で詰められる間合いにまで近寄ることが出来た。
触れるだけならすぐに出来そうに思えるがあの身に纏っている雷の鎧が邪魔だ。鎧そのものからさっきの“雷吼”とかいう雷が出てきているのだ。触れるだけで感電するような可能性だって捨て切れない。
奪うこと以外には最早何も考えられなくなりつつあることに疑問すら抱けない頭は、こと奪うために必要な思考の回転だけは維持してくれている。
ごぼんっ!! ごぼごぼんっ!!
オレの両肩から赤黒い触手が生える。
足を止めつつ先ほどと同様に、今度は2本その擬似的な手を大きく弧を描くように外回りに伸ばす。
―――“二連雷吼”
2つの雷球。
たったそれだけの数、その気があれば“無限の矢”で破壊することも出来る。だがそれをしない。
発動した雷が“簒奪帝”の手に殺到する。
即座にその手を切り離すと雷撃はその腕を消滅させて貫通、そのまま真っ直ぐ明後日の方向に真っ直ぐ飛んでいく。触れるだけで伝わる電撃すらオレの本体まで届かない。
残り1メートル。
あとは手を伸ばすだけだ。
だがもう一手。
我慢を重ねて取っておいた力を解き放つ。
ぎゅらり。
“無限の矢”がエッセの鎧を破裂させた。
ばぢぢんっ!!!
一瞬だけ雷の鎧に穴が開く。
爆散させるつもりだったのだが余程高い防御能力を持っているのか出来たのはそれだけ。だがそれで十分、むしろ十分すぎる。
「おおぉぉぉぉぉぉぉ―――ッ!!!」
叫ぶ。
左手をそこに突っ込んだ。
―――触れた。
「…………ッ!!!?」
識った瞬間、思わず我を失いそうになった。
ほんの少し触れた。
ただそれだけでわかってしまったのだ。
エッセという存在のスケールを。
例えるのであれば商業都市のような。
無数の店と無数の品がそこに在った。
例えるのであれば巨大な図書館のような。
万を遥かに超える蔵書がそこに在った。
脳裏に浮かんだいくつものそんな光景は、完全には理解しきれないオレの限界なのだろうか。
たった一度の接触。
それだけでエッセが使っていた“鎧化”や“雷吼”はもとより、“閃焔”や“宵獄”、そして霊力を含めたそれ以外すらもオレの中に奪うことが出来た。
どれもこれも恐ろしいくらいの威力とそれに見合った消耗。
もしどれかひとつを自由自在に使えれば上位主人公であったとしても害せることが出来る、そんな威力の技。
だが少しも奪えた気がしない。
それはそうだろう。
海から柄杓でひと掬い水を取ったからといってそれで海を奪ったなどという実感を持てるだろうか。
まして目の前にいる女は汲めども汲めども枯れることのない知識の泉。
例えば“鎧化”を奪えばもう彼女は鎧を維持できなくなるはずだ。だがそうならない。それは彼女が一人でありとあらゆる“鎧化”を持っているからだ。
全く同じものが1000個ある品のうち1つを奪われたところで、残りの999個の好きなものを使えばいいだけの話。
どれだけ奪っても奪い尽くせる気がしない。
その事実にオレの裡の暴君が悦びに打ち震える。
奪っても奪っても奪っても奪っても奪っても―――さらにその先がある。
ずっと奪い尽くせる相手。
ああ、なんていい女なんだろうか、と。
ばぢんっ!!
雷の鎧が再生する。
再生した鎧が手に触れる前に出来る限り奪いたい。
ゆえに能力はギリギリまで緩めない。
「そんなに欲しければくれてやろう」
「………ッ!!?」
もうひとつ奪えた。
だがこれは―――!?
冷や汗を流しながら手を引き一歩後ろに下がる。
気づかぬうちに片膝をついていた。
それを見たエッセは雷の鎧を消してゆっくりとオレを見下ろす。
「何、案ずることはない。欲しがっていたようなのでな、奪いやすいように一番表層に出しておいてやっただけのことじゃ」
ずぐん…っ。
奪ったものが大きすぎる。
大きな獲物を丸呑みしてしまった蛇が動けなくなるように内部から湧き出している“簒奪帝”の動きが一気に鈍化した。
「それの名は“天震轟災”。
文字通り災害としか呼べぬ御業と称された破壊の力よ」
動きを鈍らせたオレの前に彼女の手が突き出される。
「では始めるとしよう」
何かの合図だとでも言うかのように彼女は宣言した。
―――“竜雷吼”
顕現するは雷で出来た竜。
ワルフがオレの体から現れるのとそっくりに、エッセの体から抜け出したその雷光竜は一度天に向かって飛んだ後、その鎌首をもたげた。西洋のドラゴンというよりは東洋の龍に近い蛇に手足が生えたような神秘的なフォルム。
体長はおよそ10メートルといったところか。
見蕩れてしまっていたがすぐに我に帰った。
不味い…ッ!!
ぎゅらり。
真っ直ぐオレに目掛けて降ってくる竜に向け、放つ。
ぎゅらり。 ぎゅらり! ぎゅらり!!
可能な限りの“無限の矢”を連射で。
だがいくつも体を抉って弱めることには成功するものの、それだけで竜を止めることは適わない。
最後の瞬間を見切って体を投げ出す。
どごぉぉぉぉぉぉんっ!!!!!
竜が到達するなり巨大な爆発が起こった。
「………がぁぁぁっぁッ!!?」
本日何度目かわからない天地がわからなくなる感覚。
飛ばされながら背中や肩、頭など何箇所も不規則に打ち付けられて痛みを覚える。
そんな随分と長い前後不覚が終わった瞬間、触れる感触だけを頼りに即座に立ち上がった。
どうやら校庭の端まで飛ばされてしまっていたらしい。
見ると15メートルほど先、つまり先ほどまでオレがいた場所に半径5メートルほどの大穴が空いていた。校庭のど真ん中にぽっかりと開いたそれは底が見えないほど深い。
それをもたらした雷竜の破壊力に背筋が凍る、とまではいかないにせよ警戒が強まる。
自分の体を見れば全身に打撲やら出血もちらほらあるがなんとか五体満足ではあるようだ。
“簒奪帝”が鈍ったとはいっても、鎧として纏っていたものはそのままだったのは助かった。
“無限の矢”で威力を殺しギリギリで避けてこの破壊力。まともに直撃を食らっていたら骨も残るか怪しいものだ。
奪いたい。
だがまだ生きている。
だからまだ奪い続けられる。
奪いたい。
彼女を探す。
探しても見つからないような至上の彼女を。
奇跡のような彼女を。
「…………生憎と、ここからは彼女らの領分じゃな」
いた。
正門にほど近いそこにエッセはいた。
「………………ぁ…」
そして見た。
見てしまった。
そこにいる彼女たちの姿を。
何人かいるうちの幼馴染たちの姿を。
その瞳は今のオレを見据えている。
どれくらい呆然としていただろうか。
ああ…。
もう誤魔化せない。
この姿を見られたから、じゃない。
元気な幼馴染の姿を見て自覚したのだ。
この、最低な自分自身を。
全てそのせいにしていた最悪な自分。
ただの口実にしていただけではないのか。
餓えも乾きも何もかも元からそこにあっただけ。
だからもうユメは見ない。
忘れているのであれば忘れたままで居てくれればいい。
忘れていないだなんてそんな奇跡があったとしても目を瞑ろう。
槍毛長よりも、羅腕童子よりも、そしてあの伊達よりも。
この世界のどんな醜悪な魔物よりも醜悪な心根の自分にはそれが相応しい。
奪いすぎて鈍った“簒奪帝”。
だがまだそれを一部なりとも活性化する方法はあることを理解している。
自分の能力なのだから、わからないはずがない。
「…………ああ、持って行け。オレは…もう―――」
―――奪うだけの生き物でいい。
自らの“魂源”が簒奪なのだと知った後、心のどこかでそれを受け入れたくない気持ちがあった。余分なものを全部取ってしまって残るのが他者から奪いたいという事実だけだなんて、そんな自分を認めたくなかった。
だが、今はそれをを無条件で肯定する。
残った意識領域を白紙にして、ただ簒奪するだけの意識に塗り替え―――。
ああ、なんてくだらないことで悩んでいたのだろう。
そう思えるようになる。
さぁ奪おう。
奪ってしまえばもう全てオレのものなのだから。




