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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.2.02 千殺弓
112/252

110.かぐや姫

 ―――伊達先輩に動きあり。


 その一報がもたらされたのは翌日の夕方に差し掛かろうという頃だった。

 前日に話し合った通り、隠身ちゃんと葉子さんとの3人で向かう。

 やはり葉子さんの予想通り場所は学校だった。


 電車に乗って最寄駅へ。


 何事もなく駅に降り立ったものの、学校のほうへと歩いていくと徐々に嫌な感覚がしてきた。何か本能的にこっちに向かうことを拒絶したくなるような、言葉にし難い生理的な嫌悪。


「……気を確かに」


 少し私が気分悪そうにしていると葉子さんが声をかけてくれた。


「おそらく人払いの作用でしょう。通常、主人公プレイヤーの戦闘エリアにNPCが入らないよう、一般の人々が“近寄らなく”なるように結界が張られるものです。

 今回は狩場ではありませんから、あくまで人為的なものでしょうけれど」


 昨日詳しく聞いたものの、こうやって実際に体感してみると納得する。

 理屈じゃないのだ。

 気がむいたから、というのと同レベルの次元で本人が自覚していないところで近寄らせない。そんなことが出来るだなんて。


 さらに進んでいく。


 最早通りには人影がまったくない。

 不安のあまり無言になりながら二人についていった。


 学校まで後すこし、といったところで。

 立ち塞がるように現れた人影があった。

 黒い衣で頭から爪先まで全身を覆い、その上で髑髏を模したようなマスクで顔を隠している人。

 その周囲には昨日と同じく手にそれぞれ武器を持った人たちがいる。この人たちも伊達先輩の仲間なのだろうか?

 それを肯定するかのように葉子さんと隠身さんがしまってあった武器を手にする。

 一触即発の空気。

 私は邪魔にならないように後ろにいる。


「やれやれ…。こんなところであたるとはお互いにツイていませんねぇ…」


 髑髏のマスクさんが心底残念そうに声をかけてきた。


「ひひっ、俺の仕事ぁ、ここを誰も通さないことなんでさぁ」

「貴様が退けば、アタシが無駄に戦うこともないんだけど?」

「そうしたいのもヤマヤマなんですがねェ。

 それじゃせっかく声かけてくだすった政次さんに申し訳がないんで」


 彼以外は誰も喋らない。

 ただ俯いているだけだ。

 もし昨日と同じような襲撃だというのなら、葉子さんは同じように撃退しているはず。にも関わらず、まるで何かを探るかのように慎重に距離を図っている。

 その様子はどう見ても“境界渡し”さんと対峙しているときよりも警戒していた。

 もっと序列が上の、つまりさらに危険な人なのかもしれない。


「まったく…“千殺弓”も面倒なことを」


 葉子さんはゆっくりと長刀を構えた。


「確かに普段なら…アンタら逆上位者アビスランカーとやり合うのは正直御免だね。だけど、今日はそうもいかない事情があるのさ。

 “千殺弓”を殴り倒すのを邪魔するのなら、相手になろうじゃないか」


 その言葉―――逆上位者アビスランカーというのが何を意味するのかはわからない。ただそれを口にした途端、葉子と隠身ちゃんの警戒度が天井知らずに上がっていく。


「こりゃ残念だ」


 髑髏の男が軽く手を挙げる。

 その手には不気味に脈動する小さな紫の魔方陣。

 まるで呼応するかのように武装した男たちが動きだした。

 武器を振るって襲いかかる男たちに対して、葉子さんの体が躍った。

 躍動、といっていい流麗な動き出しから放たれる攻撃は鋭く取り抜けていく。刃を返した一撃に鈍い衝撃が走り攻撃をくらった男がぐらっと倒れそうになる。


 だが倒れない。


 驚きに目を見開く葉子さんに迫る武器。

 ぬるりと不気味な液体にまみれている。


「ああ、言い忘れましたがね。そいつらは特別製でして。

 本当大変でしたわ。何せ実体のないモノを斬るのが得意な“刃姫”さんが参戦してきてると知らされたのが昨日だったんで。なまじっかな動く死体じゃああっさりと倒されちまうかもしれねぇってんでしょ。

 そこから大急ぎで変えたんですわ」


 その言葉を耳にしつつも“刃姫”は攻撃を掻い潜っていく。

 避けざまにさらに一閃。

 男のうち一人が少したたらを踏んだ。


「昨日までのなら、その一撃で倒せたんでしょうが……今日は操る魂の密度を150倍ほどあげておきましたんで。こういうとき雇い主が裕福だと素材に恵まれて助かりますわ。報酬で誘った重要NPCさんたちの魂と体もごっそり利用できた寸法でさぁ。

 わかりやすくいうと……倒すならあと149発は必要でしょうなぁ…ああ、あとそいつらの得物にはもれなく毒を塗ってたりも―――」

「―――だかラ、どうシた?」

「っ!?」


 いつの間にか。

 その言葉がぴったりくるかのように、私のすぐ前にいた隠身ちゃんがいつの間にか武装した男たちと葉子さんが戦っているゾーンを越えて、髑髏の男の背後にいた。

 素人の私にもわかるほどの必殺の間合い。

 まるで予備動作を感じさせない素早さで、抜身の刃をそのまま胴体に突き出す。


 どっ。


 胸元に突き刺さった。


「不意打ちとは無作法な」


 かのように見えた瞬間。

 ぐるん、と男の顔が180度回転して背後の隠身ちゃんを見た。明らかに人体の構造を無視したその動きに警戒が呼び起こされたのか、瞬時にバックステップで距離を取る隠身ちゃん。

 同時に握っていた短刀が引き抜かれるが、その刀身には血がついていなかった。


「手応えが違うので驚いたんじゃないのかな?」


 再び姿を消した隠身ちゃんに構うことなく、男は言葉を続けた。見えなくてもどこかにいる、それを確信しているかのように。


「生憎と、この体も使い捨てでしてねぇ。言ってしまえば、そっちの亡者どもと同じ。

 実体がないと攻撃できない序列第7位さんじゃ相手になりませんわ」


 どこからか投げつけられた苦無が3本ほど頭に突き刺さるが、髑髏の男の言葉を肯定するかのように貫通して路面に落ちた。その切れ目から見える衣の中身は空洞。


「人の話を聞かない上位者ランカーさんたちですなぁ。いい加減理解してくれませんかねぇ、時間稼ぎを止める術がないってことを」


 飛び交う攻撃と回避。

 数の不利をものともしない勢いで葉子さんは男たちと渡り合っているものの、どちらかというと押されている。

 相手の言うことが正しければ、こちらの攻撃はあと149発しないと倒せない、つまりほとんど通じないにも関わらず向こうが持っている刃物は毒が塗ってあることもあり一撃でももらえば不味い。

 そんなハンデを背負った状況では押されるのも仕方ない。

 なんとかしたいが、私が加勢したところでお荷物にしかならない。ただ見ているしか出来ない。

 髑髏の男はそんな私に気づいたのか、


「おっと、一緒に来たってところを見ると、そちらのお嬢さんがうちの雇い主が狙っていた和家綾さんですかね」


 横あいから振り抜かれる隠身ちゃんの白刃に胴体を斬られつつ、会釈をした。


「俺ぁ、逆序列6位“死の弄り手”。

 11位の“屍齧り”みたいな小者とは違う歷とした死人研究家でさぁ」


 その自己紹介に顔を歪めた。

 どう好意的に見てもまともな名ではない。


「ああ、本名は勘弁してくだせぇ。何せ、逆上位者アビスランカーってやつぁ、人様の恨みをこれ以上ねぇってくらい買ってますんでね。ああ、同情はいりません。好きでやってますんで」


 わからないなりにもわかったこと。

 人の恨みを買うことを好きでやっている、と豪語するこの人たちがまともではないということ。

 そしておそらく、彼らの雇い主という伊達先輩も話で聞いている以上に―――。


 ふぉんっ!!!


 目の前で奮戦する葉子さん。

 だが敵の数を減らすことが出来ない。

 そこに隠身ちゃんが割り込む。

 一向にダメージを与えられないので、とりあえず敵の数を減らずことを優先するのかもしれない。男たちの注意をわざと引くように動いて回避し、葉子さんが攻撃する隙を作り出す。

 その見事な連携プレーの前に、それまで以上のペースで攻撃がヒットしていく。


 だが。

 何度打っても。

 何度打っても。


 なかなか敵は倒れない。


 じりじりと焦りが広がっていくのがわかる。

 髑髏の人はこれを時間稼ぎと言った。それはつまりこのまま時間を稼がせては私たちにとって不味いことがあるからではないのか。

 それを別にしても、このまま戦い続けたとして本当に一撃ももらわずに終わらせることが出来るのか。もし一撃をもらってしまったら。


 それでも私に出来るのは自らの無力に拳を握ることだけ。


 せめて何か武術でもやっていれば手助けできたかもしれないのに。

 生半可な腕前で割り込むのは無理だと思っていても、そんなことを考えてしまう。


 確かに充や出雲には会いたい。

 言いたいこともいっぱいある。

 でもそのために葉子さんたちに犠牲が出るのもイヤだ。

 我侭だとわかっていても、それが嘘偽りのない事実。



 ―――ならば、問いましょう



「え?」


 女性の声が聞こえた。

 思わず周囲を見回すが私にしか聞こえていないようだ。


 ―――其は、さかしまにならぬ刻の友。春に立ち消え冬に喜び舞う逆理の体現。傍らに寄り添うことなき者なし。万物に等しく優しく、等しく厳しい、時に救いとなり、時に絶望となる


 まるで謳うように。

 まるで諭すように。

 どこかで聞いた覚えのある声が続ける。


 ―――彼の名はなんぞ?


 問いかける。

 唐突過ぎて本当なら、どうして何の目的で、と聞き返すところだろう。だがなぜか私はこれに応えるべきだと確信していた。

 そう、それは―――


「―――死」


 呟いた瞬間。

 手の中に何かが握られていた。

 間髪おかずそれが輝く。

 強く強く強く―――


「っ!?」

「こレ、何ダッ!?」

「綾さん!?」


 光はまるでレーザーのようにいくつもの光の帯となって収束、葉子さんと戦っていた男たち、そして髑髏の男に向かう。

 そのまま、まるでバターを切るかのように、そのまま光は貫通した。


 ぼしゅっ!!


 最初に光を受けた男は一気に黒い煙のようになって拡散した。

 霧散、という言葉がぴったりなくらいあっさりと。

 それに続くように他の男たちも次から次へと消えていく。


 ぼしゅっ! ばしゅっ!! ぼしゅっ!……


 最後に残ったのは髑髏の男だけだった。

 彼も光に貫かれた胸元を押さえて苦しそうに背筋を曲げている。


「…浄化の光……この感触は仏系か…………お前さん、一体何者……ッ」


 ぼしゅんっっ!!!


 そこまでが精一杯だったのか、言葉の途中で男は消え去った。残された衣と髑髏のマスクがゆらゆらと漂いながら路面に落ちる。

 突然のことに驚いた葉子さんと隠身ちゃんがこちらを見ているのがわかるが、それは私も同じこと。

 まさに一瞬。

 それだけで状況を逆転してしまったことに驚きを隠せない。


「一体、貴方は……」


 先ほどまで耳に聞こえていた声に問いかける。

 それに応えてくれたのは―――


「問い、そして応える者。天に輝く月の如く、受けた答えを返し与える」


 先ほど髑髏の人がいた場所よりもさらに先。

 そこにある十字路から現れた女性だった。静かにゆっくりとこちらのほうへ歩いてくる。葉子さんと隠身ちゃんは油断なく様子を窺っているのには気づいているようだけれど、全く気にした様子もなく。

 その口から続く言葉が紡がれる。



 ―――かぐや姫プリンツェッセン・モーント



「それがわたしの能力らしいです。……われながらちょっと恥ずかしい説明なのですけれど」


 小さく困った微笑みを浮かべる彼女の揺れる金の髪。

 その声に聞き覚えがあるのは当然のこと。

 現れた私と同じ高校の制服を着込んだ女性には見覚えがある。


「…………月音先輩?」


 月音・ブリュンヒルデ・フォン・アーベントロート。

 うちの学校の生徒会長その人であったのだから。


「ええ、ごきげんよう。和家さん」

「あ、はい。こんばんは!」


 どこで名前を知っていたのかわからないが、挨拶をされたので慌ててこちらもお辞儀した。月音先輩の肩に乗っていた仔猫も器用にお辞儀をしてくれた。

 場違いな感想だとわかっていても凄く可愛い。

 その様子から私の知り合いと判断した上位者ランカーの二人は一般人にもわかるくらいに警戒のレベルを落とした。


「あの、月音先輩は……」

「今の様子から勝手に推測させてもらってもよろしいのなら……貴方と同じ目的地かと思いますよ?」


 この人はどこまで知っているのだろうか。

 でも少なくとも敵ではないようだ。

 どことなく以前見た月音先輩とは雰囲気が違うのは、普段学校で見せている会長の姿よりも今の方が


「では参りましょう。お話は道すがらにでも」

「は、はい!」


 予想外の出会い。 


 思わず手の中に握られていた物を、さらにぎゅっと力を込めて握り締めた。 

 それは入れ子状に重ねられた5枚の容器の形をしていた。



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