107.墜ちる匹夫の勇
リアル事情のため更新遅れました。
楽しみにしてくださった皆様すみません。
ガンッ!!!
屋上へと続く扉を蹴り飛ばす。
綺麗な足型をつけて扉は吹っ飛んで倒れた。
屋上に出て見回す。
だがそこに伊達の姿は無かった。
術者を倒してから5階もチェックしたが誰もいなかったのだ。
そのうえで屋上にいないとなれば……。
とりあえず周囲を見回そうと思い、屋上の周囲を囲っているフェンスに近づいた。
瞬間、視界の隅に光る軌跡が映り込んだ。
遅れてくる衝撃。
「……ぐ…ッ!!」
被っていた“簒奪帝”の装甲ごと右の肩口が持っていかれる。
ずぞん、と抉られたように肩から先の腕ごと消滅する。
腕が無くなった痛みに顔を顰めつつも、体から噴き出す赤黒い液体で傷口を止め鬼の再生能力を動かせる。
覚えがある。
むしろ忘れるはずがない一撃。
そう、全ての引き金となった“与一の毀矢”だ。
飛んできた方角は校舎のほう。そちらを見るが伊達の影はない。建物隠れているのだろうか、と思い燻し出す方法を考えていると、耳に空気を劈く音が届き反射的に飛び退いた。
その残影を打ち抜くかのように飛んできた矢が、直前にオレがいた空間をごっそりと消滅させる。
二射目。
相手は弓矢使い。
矢が尽きるまで遠距離から攻撃されることは覚悟していたので、二射されたことそのものは想定内。
だが問題は、それは校舎へ視線を向けているオレの背後から飛んできているということだ。
右腕を再生しながらそちらを見る。
武道場のある方角だ。一射の後そこまで普通に移動したとは考えにくい。
“境界渡し”が用いていたような移動の魔方陣の利用、もしくは射手が複数居るのだと考えるほうが自然だ。
……ュン…ッ。
暗闇を切り裂く音はさらに続く。
次の攻撃は頭上。
頭を狙撃するかのように降ってきた矢を紙一重でバックステップして避けた。
が、今度の矢は通常弾だったようでそのまま屋上の床にざっくりと刺さる。
ほぼ同時に今度は左右から。
思わずしゃがみこんで回避すると、頭上で、避けるのが少し遅れた赤黒い残滓ごと左右からきた矢がごっそりと消滅をまき散らす。
「…………さすが上位者、かな」
戦い方が上手い。
どこからか狙撃しつつ通常の矢と与一の毀矢を折り交ぜている。避ける瞬間にどちらか確認するのが難しい現状では、とりあえず全部避けるしかない。
おそらくは一番最初に放った“与一の毀矢”が、纏っていた“簒奪帝”と、通常攻撃無効になっているはずのオレの体に傷をつけたことを確認して、効果有りと見たのだろう。
どうも“与一の毀矢”は通常攻撃ではなく、魔術などの特殊攻撃に分類されるらしい。
しかもその強度は煙狼が無効及び吸収出来る範囲を超えているようだ。つまるところ、これまでの主人公たちの攻撃を避けずに受けていたような、余裕のある戦い方は出来ない、ということ。
ヒュヒュン…ッ。
さらに三射。
それぞれ右、左、右斜め前方から。思わず飛び退いて避けると、うち1本が屋上に上がってきたペントハウスの壁に普通に突き刺さり、残り2本がフェンスにぶつかって消滅。
後に残されたのはぽっかり穴が空いて虫食い状態になったフェンスだけだ。
このままでは埒があかない
まずどこから狙撃しているのかを突き止めなければならない。
そのためには矢がどっちから飛んできているのかを確認しなければならないのだが、こんな風に前後左右から飛んできていると、伊達がどちらにいるのか限定するのは難しい。
「…………?」
ふと、先ほど床とペントハウスに刺さった矢を見る。
先端が鈍く銀に光る黒塗りの矢だ。
だがそれよりも矢の形そのものに違和感を覚えた。
床に刺さっているほうは真っ直ぐだが、壁に突き刺さっている方は注意しないとわかりにくいが、明らかに矢自体が曲がっている。羽の向きも微妙に角度を変えてある。こんなものでは真っ直ぐ飛ばないはずだ。
つまり、それぞれ矢の軌道を変わる。
「……ぐっ!!」
思考の瞬間も攻撃は止むことがない。
ガリガリと赤黒い防護を削られ浅い手傷を負いつつ回避。
おそらく通常射撃の中に“与一の毀矢”を混ぜている理由は、回避に専念させるために脅威となる攻撃があると認識させることと、混ぜている曲がる矢の存在を秘匿するためだろう。
例えば3発ほど飛んできたとして、うち1発が普通にどこかに刺さって通常の矢だとわかったとしても、回避している方からすれば“与一の毀矢”でなくてほっと安堵するだけに留まる。
つまりわざわざ連続して放たれる攻撃の最中に、矢のわずかな曲がりを気にしようという意識は少なくなるはずだ。
だがわかってしまえば理屈は単純。
曲がっていると思われる矢ではなく、真っ直ぐに飛んだと思われる矢の軌道を終えばいい。
それは―――
「―――校庭…ッ!」
回避しながらそのまま屋上のフェンスを蹴り上がって飛び降りる。
弓使い相手にはまず間合いを潰すことから始めなければならない。
今のオレならば5階程度の落下には耐、矢を放った直後であれば次の攻撃がこないと判断しての一手。
だが結果だけを言ってしまえばそれは悪手だった。
「っ!?」
沸き上がる圧力。
空中に踊る体が、爆ぜた。
□ ■ □
命中。
もとい、命中も何もない。
必要なのは消費する霊力と“視る”ことのみ。
それだけで“無限の矢”は発動するのだから。
部活棟の屋上から跳躍してこちらに直接向かってこようとした三木は、空中で体を爆発させそのまま落下した。何やら赤黒い流体じみたものを鎧のように体に纏っているせいなのだろう、爆発の衝撃が爆炎のような黒い霧を生み出してしまい、そのまま黒い塊として落下。
どれほどのダメージを与えたのかは不明だ。
「あの様子なら……仕掛けに気づいたようだね」
正直なところ、いくらレベルが低いとはいえ主人公の集団を打ち破ってここまで来たこと自体が信じられないが、こうなっているということは事実。
元々、ボクが校庭の隅で準備を終えるまでの時間稼ぎをさせた側面があったとはいえ、部活棟ではそれぞれ階によって直接戦闘及や術式戦闘に長けた者がいたはずだ。にも関わらず屋上に来た三木は特段消耗した様子もない。
校庭の隅。
用具入れとして利用されているプレハブの建物が背後にある。
万が一のためにここに道具を準備しておいたのが幸いした。
他にも念のためいくつか準備をしておいた地点はあるものの、地形条件的にはここが一番良い。
今のうちに現状を冷静に確認する。
仕留めたはずの三木充。
それが突如異様な液体とも気体ともつかない赤黒いものを噴き出した。長く主人公であったボクの目から見ても、それは異様な光景だった。
何が起こっているのか、どんな理屈なのかはわからない。
だが全身を貫く悪寒には覚えがあった。
そう、それはあの魔女モーガンを相手にしているときに感じるヒリつき。
歴戦の上位者としての勘が最大限の対応をすべきだとせっつく感覚。
本音を言えば面白くなかったが、それに従い危険を乗り越えてここに居る。自らの不快ひとつでそれを無視するほど愚かにはなれない。
“三日月梟”と“屍齧り”に場を任せ地上階へ。
レアモンスターである敵が捕獲された、ということですでに帰ってしまった有力な主人公が数人いたものの、まだそれなりの数が残っていた主人公たちに自分が上にいったと告げるようにすると同時に迎撃を命じて外に出た。
全力で校庭を横断。
プレハブの前までやってくると仕込んでおいた道具を準備。
あとは隠れたまま、部活棟から三木が出るのを待つ。
予定通り現れた敵に、用意してあった“弓”と“矢”を手にする。
弓は“雷上動” 使用条件:腕力10、技巧34、弓術41、狙撃38
矢は“曲ツ矢” 使用条件:腕力10、技巧38、弓術43、狙撃39
“水破” 使用条件:腕力10、技巧20、弓術45
“兵破” 使用条件:腕力10、技巧38、弓術30、狙撃30
まずは“曲ツ矢”。
これは通常通りのものと曲げて加工されたもので構成される。正確には曲げて加工されたものが曲がっている角度によって3種類あるため、合計4種か。
例えば曲がっている方向を左にして撃てば左に曲がり、逆に右にすれば右に曲がる。
ただし通常の弓よりも空気抵抗が増えるため、普通に撃った場合曲がる分以上に射程距離は減る。これを解消するために重力と空気抵抗の軽減の術式を埋め込んでいる。
それを2本番えた。
ボクの武器である“雷上動”は通常の弓と違い、縦以外に水平に寝かせて打つ構造になっている。水平に寝かせて使う場合、弓の側面に少しだけ立ててある複数の出っ張りにそれぞれ矢を固定し放射状に番えて放つ。結果同時に3射まで放てる構造になっていた。
つまるところ一矢の威力を追求するのであれば通常の和弓のように使い、多人数を相手にする場合など速射性を求める際は水平に寝かせることになる。
引き絞る。
番えた矢は、正面に真っ直ぐ飛ぶタイプ、そして右手側に左の大きく曲がるタイプ。
同時に闇夜を見通す“暗視像”と“与一の毀し矢”を発動。
「―――死ね」
ひゅ……ッ。
破壊を付与された矢が空を切って進む。
まず着弾したのは正面に飛んだ矢。
屋上に現れた三木の右面にヒットし腕を消滅させる。
惜しい。
思わず舌打ち。
距離が長かった影響で時間差でもう1本の矢が三木の後方から襲う。
ギリギリのタイミングでしゃがんで避けられた。
まるで動物みたいな奴だ。
生き汚い。
だがこちらの意図通り複数の方角から射撃が来ることに面食らっている様子が見受けられる。
この機を逃すなど愚策だろう。
さらに攻撃を続ける。
“与一の毀矢”の中に通常の矢を交ぜつつ一気呵成に。
本来、“与一の毀矢”はそれなりの消費のある技能ではあるが、実はこの“雷上動”は持ち主の繋がりからこじつけて設定してあるのか、同じ源氏側の武技については消耗を半分にしてくれるという利点がある。
ゆえに心置きなく追撃することが出来るというわけだ。
なかなかの回避をしつつも、さすがにどこから来るかわからない攻撃に三木の動きは鈍い。
さらに今は夜。
深い闇もこちらの味方をしている。
だが敵もさる者。
ボクと月音くぅぅん、という特別の間柄を邪魔するのだからそのへんの路傍の石であるはずがない。二人の想いを成就させるための妨害こそが愛を燃え上がらせるというのであれば、当然突破する障害が大きくもなろう。
つまりこの場合、あの蠢く虫ケラの如き三木が思いの外、敵として強いということがボクの想いの特別さを証明させることになるわけなんだが……まぁ、いい。とりあえず話を戻そう。
手傷を負いつつもこちらの意図に気づいたらしい。
ボクのいる場所がおそらく校庭だろうと当たりをつけて、矢を避けながらそのままフェンスに足をかけてる。
素晴らしい。
だがそれは悪手。
その光景を視界に収めながら隻なる魔眼“傲慢なる門”を起動。
使うのは勿論“無限の矢”。
空中に跳躍した三木の体を中心に射撃。
無色透明の力の塊で構成された矢はほとんどタイムラグなしでその体を爆発させた。
完璧。
そう完璧。
完璧すぎる。
ここまではまったくの作戦通りじゃないか。
やはり勝利を掴むために必要なのは緻密な策と綿密な準備。あらゆるシュミレーションとその結果を覆るだけの備えだけ。
敵より数を多く揃えることが出来れば、それだけで勝利はぐっと近づくように、純粋に有効な戦力を備えておくことさえ忘れなければ必然的に勝利は転がり込む。
匹夫の勇など卑しい才能のない者たちがすること。
つまり―――
「―――匹夫の勇では、ボクを倒せない」
かなりのダメージを与えたようだが、まだ仕留めるには至らなかったらしい。
黒い残滓が晴れた墜落地点には立ち上がる三木の姿があった。
身に纏っていた何かが剥ぎ取られた後に露出してきた生身は損傷が著しい。最初の一撃で欠損した右腕以外にも、左脇腹、右胸などから痛々しく血が流れている。
だが、再び体から赤黒い気流が噴出し固形となって体を覆う。
理屈はわからないが、あれがおそらく奴の“天賦能力”。
しかし相手が悪かった。
あれはおそらく十分な脅威なのだろう。
触れるだけでも危険なのだろう。
だが―――
―――そもそも触れる必要がない。
すでに準備は出来ている。
まるでハリウッド映画のコマンドーが体に弾丸ベルトを巻きつけるように、肩口から腰に巻きつけたベルトを確認すれば、そこには10個を超える魔水晶。
近づかせる気すらない。
こちらにゆっくりと体勢を向けた三木を見ながら、ボクは次なる一矢を放った。
さぁ勝利を掴みにいこう。
すでに熟した果実のように、あとは落ちるを手にするのみ。




