103.赤毛の刃閃
と、いうわけで一挙二話更新です。
明日アップできないかもしれないので、先にあげておきます。
通いなれたはずの通学路も独りだと少し静か過ぎる。
いつも賑やかだったせいかな?
そんなことを思うくらい、独りで帰るのが久しぶりだったことに驚く。
そのへんは事実なので仕方ない。
むしろ今悩まないといけないのは別のことだった。
「おかしいなぁ……」
思わず天を仰ぎながら首を傾げる私。
今は丁度部活帰り。
一緒に通っている幼馴染、龍ケ谷出雲。
それが今日に限って先に帰ってしまっていた。
いつも通り校門で待っていても中々現れないので武道場のほうに行ってみたところ、今日は部活はおやすみになっていたらしい。
携帯から掛けてみたけれど応答なし。一応留守番電話に吹き込んでおいたけれど、今のところ返信はなかった。
留守番電話といえば、もうひとりの幼馴染のことも気になる。
対抗戦ことボクシングの大会に出た後、顔を見れていないのだ。
心配で見に行こうとも思ったけれど、家がどこなのかも知らないし、携帯にかけても電波の届かないところ、というアナウンスしか返ってこない。
よほどの怪我なのだろうか?
悩みながら自転車を漕いでいく。
ふと腕時計を確認しようとして、
「あ………うっかりしてた」
学校に腕時計を忘れてきたことに気づく。
うちの茶道部では着物の場合は別として腕時計を外すように強制されてはいない。ただ家がお茶をやっている関係で着物を着ることも多く、なんとなく腕時計を外すようにしていた。
かといって、すでに電車に乗って帰ってきたわけだから、今更学校に戻るのも大変だし、そんなことをしていたら門限に間に合わなくなってしまう。
どの道明日も部活はあるんだから、そのときに取りに行けば済む話。
そう割り切ることにする。
そうこうするうちに、あと2,3分で家につくところまで帰ってきた。
…?
妙な気配を感じて振り向く。
いつも通い慣れた通学路。
時計がないので正確な日時はわからないが、多分時刻は6時半くらい。まだまだ明るい時間帯。
特におかしな点はない。
気を取り直して前を向く。
「っ!!?」
思わずブレーキ。
いつの間にかすぐ目の前に、男の人がいたのだ。
フルブレーキをかけてなんとかギリギリ止まることが出来た。
ちなみにうちの近くの道は4メートルくらいある道路ではあるのだけれど、周囲が林や畑、水田なせいもあって、歩道はない。そのため歩行者も普通に道の真ん中を歩いている。
「す、すみません。大丈夫ですか?」
自転車を降りて、慌てて腰を抜かすように尻餅をついた人に近づく。
相手の人がにやりと笑ったように見えた―――
―――その瞬間。
猛烈な勢いで私は襟首をつかまれて後ろに引っ張られる。
そのまま後ろに1メートルほど下がって尻餅をついた。
「痛っぁ…」
思わず呟きつつお尻を摩る。
一体何が起こったのかと見ると、私がいた場所に黒装束の小柄な人がいる。
その人が両手に刃物を持って立っていた。
その刃物には別の刃物が当たっている。
わかりやすく言えば、さっきぶつかりそうになった男の人と、もうひとり、どこからか現れた男性。その合計二人が刃物を真っ直ぐ振り下ろそうとしたのを、それぞれの手に握った刃で受け止めたように見える。
「…………っ」
刃物を見たのは始めてじゃない。
出雲の家にあった日本刀を見せてもらったこともあるし、彼が居合刀を振るのも見たことがある。
だが、それと違い目の前で抜身の刃を持った人間同士が向き合うのはまるでテレビのロケのように現実感がなかった。
「危なイ、危ナい。油断大敵」
黒ずくめの小柄な人がそう呟くと、目の前の二人の男性が唐突に崩れ落ちた。
「え? え?」
小柄な人が何かやったようには見えない。
倒れた男たちはぴくりとも動かないが、かすかに呼吸はしているようなので生きてはいるみたい。
「え、っと……」
かける言葉に戸惑っているうちに、小柄な人が消える。
まるで風景に溶け込むように。
慌てて目を凝らしてみるが影も形もない。
「え? え? えええ?」
混乱の極致とはこのことかも。
立ち上がって小柄な人がいたあたりに立ってみるが、やはり影も形もない。
「と、とりあえず救急車を……」
この男性たちが一体何者なのかわからないが、とりあえず人を呼ぶしかない。そう思って携帯を取り出そうとした―――
―――が、隣の林からさらに5人ほど男性が現れたのに気づいて硬直した。
それぞれが手に何かを持っている。
ボウガンみたいなものを持っている人もいれば、六尺棒みたいな大物を持っている人もいるし、あとはよくわからない武器を持っている人もいた。確か出雲の家にあった日本の武術武器、とかいうタイトルの本を見たときに見かけたことはあるのだけれど、詳細までは覚えていない。
「大丈夫。隠身、綾守ル」
「っ!!?」
突然耳元で誰かが囁いて振り返るがやはり誰もいない。
おろおろしている間に、男たちは取り囲むようにじりじりと私の周囲に近寄ってきた。
「い、一体、何ですかッ! 近づかないで下さい!!」
意味はわからないなりに、とりあえず武器を手にしているのは只事じゃないと判断。とりあえず大声を挙げて牽制してみるが、男たちは動じた様子もない。
まるで打ち合わせ済みであるかのように一糸乱れることなく散開し取り囲むように間合いを潰そうとする。ただの物取りや通り魔のようには見えない。
出雲から最低限の護身術くらいは習っているが、それはあくまで最低限のもの。
電車の中での痴漢レベルには使えるけれど、こんな凶器を持った複数相手をどうこうできるほどのものじゃない。そういう危ない場合は護身術を使えるからといって立ち向かうよりも、逃げるべきだという彼の言葉はしっかりと覚えている。
でも足が動かない。
逃げないといけないのはわかっているけれど、動転しているのか足がぴくりとも動かない。
男のうちひとりがにやりとして手を伸ばそうとしてきた瞬間、
がきぃんっ!!
突然男が防御したと思ったら、弾かれるように下がる。
そしていつの間にか、私とその男の間の空間に先程の小柄な人物がいた。
「く…っ、まさか上位者が警護についてるたぁな…」
「お前、順位31位。勝てル、なイ。諦メろ」
ゆらりゆらりと微かに揺れつつ小柄な人物は両手にそれぞれ握っている短刀もゆらめかす。まるで生き物が脈動しているかのように。
「そういうわけには…いかねぇ…っ!!」
31位?とか呼ばれた男の掛け声を合図として、男たちが一斉に襲いかかる。
だが一斉にかかる、といってもわずかなタイムラグはある。小柄な人物は瞬時にその場から掻き消え、男たちのうち、私から一定の範囲内に入った相手にだけ、目の前に現れて攻撃を加え、そしてまた消える。
まるで何かの手品でも見ているかのようだった。
現れては消える人影、そのひとつの人影に邪魔されて進めない武器を持った男たち。
現実感に乏しい光景。
ただ、その小柄な人物が私を守ってくれているのは間違いないようだ。
ならばこの場から迂闊に動かないほうがいいのかもしれない。私の周囲を守ってくれている、ということは私が動けばその分だけ守る範囲が歪むかもしれないから。
1度、2度、3度…。
何度突っ込んできても男たちは弾き返される。
どういう理屈か六尺棒などの大物で攻撃しても跳ね返されているのだ。通常は武器の質量が破壊力に匹敵する、とか聞いたことがあるから、短刀で弾けるはずはない。
でもそれが目の前で事実としてあるのだから認めないわけにもいかなかった。
素人の私が見ても圧倒的。
そう言って間違いのないだけの力量差が感じられた。
と、そこで突然異変が起きた。
「え……?」
私の足元。
アスファルトの上に、まるで夜中に蛍光塗料が塗られた場所を見ているかのように、光を放つ円形の不思議な模様が浮かびあがってきた。それは鈍い音を立てて少しずつ光を強めていく。
「そレ、駄目ダッ!」
小柄な人影が思わず警告をあげる。
何か危ないものなのかもしれない、そう思って逃げようとするものの、動けない。
単純に動揺して動けなかったのとは違う。足の底が地面に張り付いてしまったかのようにぴくりとも動けない。
光がどんどん強くなっていく。
「……っ!!?」
何が起こるのかわからないが、まずいことが起きるのではないかとは感じて、思わず目を瞑る。
そしてその光が頂点に達しようとし―――
「はぁぁぁぁぁ………ッ!!!」
―――裂帛の気合があがったのと同時に、消えた。
瞼越しに感じていた光が無くなったのを感じて恐る恐る目を開ける。
そこにはひとりの女性。
その人に見覚えがあった。
うちのお茶の教室に来ている祖母の生徒さん。
細身で長身のスラっとしたとても素敵な女性で、とても凛々しく密かに憧れているお姉さん。
ジーンズとシャツというラフな出で立ちながらも、ポニーテールをしている髪型が活動的な彼女によく似合っている。
―――葛城 葉子さん
彼女は長刀を手にしている。
その切っ先は先ほどまで私を取り囲んでいた変な模様が描かれたアスファルトを削って、模様の一部を消してしまっていた。
「綾さん、ご無事でしたか?」
ほっとしたような表情で葉子さんが優しく話しかけてくれた。
「え、あ、はい……」
どうして葉子さんがここにいるのだろう。
そんな疑問が頭を過ぎったけれど、それを口に出す前に、
「まだご帰宅されていないということで駅までお迎えにあがろうかと」
ああ、そうだった。
今日は火曜日。
普段葉子さんは一人暮らし、ということで祖母がいつも火曜の夕方にやっている教室の後、食事までしていくように勧めている。おそらく帰りが遅いのを心配していたうちの家族に気を遣って、葉子さんが迎えに来てくれたのだろう。
「しかし間に合って良かった」
赤毛を揺らしながら微笑む葉子さん。
そして徐ろに振り返った。
「あんたら……」
そこにはさっきの男たちがいた。
無論小柄な人物はすでにどこかに消えていなくなってしまっていたけれど。
彼らを睨みつける葉子さんの目は鋭く怒気をはらんでいた。
「アタシの先生のお孫さんに手を出すたぁいい度胸じゃないか……」
静かな口調。
にも関わらず、男たちは震え上がる。
しゅぁ、ん……。
気づいたら葉子さんが男たちの目の前、その長刀を振り切った状態で止まっていた。
目を見開いて硬直している男たち。
少しすると、ようやく時間を思い出したかのようにばたばたと倒れ始めた。
「安心しな。霊体以外斬っちゃいないよ。半日もすりゃ目を覚ますだろうさ」
ぽん、と自らの肩に長刀を乗せて腰に手を当てて仁王立ちする。
「だからさっさと消えてくれない? それとも、ここで始めたいわけ?
アタシと隠身、上位者二人を相手にするつもりっていうんなら止めないけど?」
どうやらさっきの小柄な人が言っていた、隠身というのは名前のようだった。ただ上位者という言葉についてはよくわからない。
葉子さんが林に向けてそう言い放つと、先ほどまで誰もいないように思えた林の中から、ぬるり、と表現したいような動きで出てきた人物がいた。
革製の黒のロングコートのようなものを羽織った、かなり細身の男性。
彼を葉子さんはきっと睨みつけた。
「………」
沈黙すること数瞬。
先に口を開いたのは男の方だった。
「…あー今ここで君たちとやりあうつもりはない全然ない毛頭ない皆無的にないそもそも召喚転移系術式しか対抗手段がない今では実体のないものを斬ることに卓越した刃姫にはさっきの転移魔方陣のようにあっさりと物理的に破壊されてしまうだろうしかといって隠身の動きを察知術式なしで判断するのも難しいんだが察知術式は有限だしかといってここで虎の子の異界召喚を使うほど伊達に色々と報酬をもらっているわけではないつまり一言で言えば―――」
一気にまくし立てて、
「―――割に合わん帰る」
男は踵を返して去っていった。
しばらくその様子を警戒するように見送ってから葉子さんは誰ともなく話しかける。
「聞いてるんだろ、隠身。お嬢を守ってくれたことには礼を言うよ」
「大しタことじャあなィ」
すると、話しかけた葉子さんの前に現れた隠身?さん。
何度見ても種も仕掛けもわからない。
「でも、あんだけ他人に興味のなかったアンタがどういう風の吹き回しだい?」
「警護を“刀閃卿”に頼まレた。あと、うちの弟子兼友人の充にとっテも大事な人だカラ」
「なるほどねぇ……」
それから少し困った顔をしながら葉子さんは私のほうにやってきた。
「そちらの、隠身?さん?、とお知り合いだったのですか…?」
「えぇ、まぁ……。綾さん。とりあえずそのへんも含めて事情を説明したいので、一度戻りませんか?」
「あ、はい」
頷いてから周囲に倒れている男性たちを見て、どうしようか視線で問いかけた。
「大丈夫です。アタシのほうで人を呼んでおきましたから。
気にしないで帰って大丈夫ですよ」
にっこりと微笑んで私の自転車を持ってきてくれた。
気づくとやっぱり隠身さんはいなくなっていた。多分どこか近くにはいるのに見えないだけかもしれないけれど。
突然の出来事が終わって帰路につくと、今更のように胸がどきどきしてきた。
事情って何だろう?
隠身さんって何者だろう?
襲ってきた男性たちは何が目的だったのだろう?
そして何より、どうして隠身さんから充の名前が出てきたのか?
とめどなく疑問が湧き出てくる。
それを早く解消するために自然と足が早くなっていった。
そう、このとき私は何も知らなかった。
主人公のことも、世界のことも、出雲や充が直面しているピンチについても。
―――葉子さんが、序列第9位の“刃姫”クズノハであることも。
まだ、何も知らなかったのだ。




