98.姉妹の過去
終電に間に合わず朝の投稿となりました。
お待たせしました。
次から次へと現れる上位者。
オレが知らないうちにうちの学校は人外魔境の巣窟と化していたようだ。
思わず天を仰いでしまったが、そうやって現実逃避をしていても始まらない。
とりあえず咲弥の話を聞く。
彼女の話は要約するとこうだ。
彼女、つまり彼女とその双子の姉は主人公として天小園家という家系に生まれた。
飛鳥市の隣にある天城原市にある鬼首神社総本社の神職を代々戴いており、実際に裏では悪霊退治とかそういったことにも手をだしている。
ちなみに神道的な定義からいくと神霊はいくらでも分けることができ、分霊も本社の神霊と同じ働きをするとされる。この分霊を移すことは勧請といい、オレが羅腕童子と出会った鬼首神社も咲弥の家の神社から勧請された分社だそうだ。
………なんというか、こう、分社の神社に羅腕童子なんてものがいたんだから咲弥のトコの総本社とかも凄いのがいそうだな。
それはともかく、結果として彼女ら姉妹も物心ついてからずっと、普通の子供通り学校に通う傍らその系統の教育を受けてきた。勿論四六時中一緒にいるわけだからたまには意見が合わないこともあったが、姉妹の仲は良くほとんど喧嘩をしたこともないくらいだったようだ。
将来的に姉が社を受け継ぎ、彼女がフリーの祓い師になる。
漠然とそんな風に思い描きながら日々を過ごしていた。
修行の一環として狩場や神霊系イベントなどにもそれなりに参加していた。
聖奈のほうが“慈なる巫”という二つ名を得ているのも、元々傷ついている者を見ていると放っておけない彼女の、これらの活動の際の行動が原因だ。
そんなある日。
事件が起きた。
2年半ほど前のことだ。
鬼首神社に正体不明の一団が侵入してきた。
数は10ほど。全員が熟練した腕前を持っていた。
霊的な存在に対しては十分すぎる以上の備えをしていた鬼首神社も、純粋に人相手となると分が悪くいくつかある結界を突破されてしまう。
最終的に聖奈が守護する本殿、その外陣と呼ばれる部分でようやく食い止めることが出来たものの、宝物殿にあった品々がいくつか持ち出されてしまうなど、大きな被害が出た。
とはいえ、最も大事な本殿の祭壇は守られ、ひとまず平穏を見せたかに見えた。
だがその日から聖奈の様子がおかしくなったらしい。
しばらくの間、時折虚ろな目でぼーっとしていたり少し頭を抑えていたり。
咲弥はこの戦いに参加させてもらえていなかったので具体的には何があったか知らされていないが、父親の話では襲撃者を撃退するために大きな術を使ったのでその後遺症ではないか、ということだった。
そこから半年。
中学卒業を控えた聖奈はそれまでの推薦が決まっていた高校ではなく、突如飛鳥市の高校への進学を口にした。タイミングがいいことに、その直前奪われた宝物のひとつが飛鳥市で見つかっており、宝物の回収を目的としたその申し出は受け入れられた。
いや、宝物回収の話がなくても断ることは出来なかっただろう。
普段あまり自己主張をしない物静かな聖奈が、高校に関しては初めて強く主張をしたことに、父親は相当面食らっていたから。
だがどうも咲弥は腑に落ちなかった。
だから翌年、自らも同じ名目で同じ高校に進学することにした。
入ってみると姉には心酔している男がひとりいることに気づいた。
それが伊達政次。
咲弥は初対面で伊達が、外面はいいが本質的にロクでもない男であることに気づいたものの、自分よりも優秀な姉がどうしてそれに気づかずに心酔しているかがわからない。
だから、こっそり斡旋所とか知り合いを頼って調べたのだ。
時折見せる姉の不自然な言動について。
そして見つけたのが、魔術の魅了。
解除の方法はいくつかあるが、現実的なものは二つ。
魔術そのものを解除するか、術者もしくは魅了を行なった対象を倒すかだ。
「伊達先輩どこかの魔女に師事してた。おかしくない」
……いや、直前まで会っていたせいか魔女って聞くとモーガンさんが真っ先に浮かんで来るな。まぁ魔女と一口に言ってもいくらかいるんだろうし、別の人なんだろうけども。
モーガンさんも自分のことを世界最高の魔女、とか言っていた。それはつまり世界最高じゃない魔女もいるということで、魔女という職?は思ったよりも一般的で数が多いのかもしれない。
「なるほどなぁ、つまりその格好は……」
「ん。破るため、魔術師始めた」
高校に入ってから魅了の魔術を打ち破る術を求めて魔術の技能を上げ始めたのなら、あのレベルも納得いくといえばいく。逆に言えばさっきステータスチェッカーで出ていたレベルのほうは、おそらく巫女として培った技能のほうなんだろう。
巫女としての技能で魅了解けないかな、とか思うけど多分やってみて無理だったから魔術始めているんだろうな。
ただ疑問が残る。
「……あのさ、リアルではどうなの?」
「?」
「いや、主人公なんだから、ゲームをログアウトしたときにお姉さんに聞いてみればいいんでない?」
この世界は彼女らにとってのゲームであるはずだ。
わかりやすくいえば、リアルで双子の姉妹がゲーム中で姉妹プレイをしていました。そのうち姉のキャラが本人ではわからない状態異常を起こしていました。
それならゲームをログアウトするときに姉に話せば済む話ではないだろうか。
「?」
「? え?」
凄く怪訝そうに首をかしげる彼女の反応に、さらにオレまで疑問符を浮かべてしまう。
何かおかしいことを言っただろうか。
そのまま彼女は続ける。
「………もしかして。ミッキーちゃん。世界違う?」
? どういう意味だろうか?
だが咲弥は納得がいったようだ。
「なら長くなるから、今度」
「あ、うん…」
確かに今は時間がない。
まだ話さないといけないことはあるしな。
制氣薬をひと包み飲み干しながら話を続けることにした。
さて、ここから今回のオレとも絡んでくる話になる。
最初咲弥がオレと知り合ったのは偶然。オンラインゲーム部に入ったのは、体術を伸ばせると思ったからだそうだ。魔術の技能が伸びて解除できればよいが、もし不可能だった場合に備え伊達を倒せる技能が欲しかったのだろう。家が古流柔術とか言っていたが、実際は本家のほうにそっちの指南役がいてその基本程度を収めていたため、それに磨きをかけるのが手早いと思ったようだ。
さてそうこうするうちに伊達がオレと揉めているのに気づいたらしい。
気づいてからはなんとかオレにコンタクトを取ろうとしていたのだが、オレのほうが結構避けて(狩りのお誘いとかなんだかんだ理由つけて断ってたり、わざと部活にいく日時ズラしたりしたり)いたため詳しい話はできず。
まぁ一般NPCがいる前で出来る話じゃないから、あんだけ露骨にオレが避けてたらそりゃ話もできないわな…ホント、申し訳ない。もっと話せばよかったよ、うん……。
そして事態が動く。
ここ数日、伊達が手勢を集めているとの話を耳にした咲弥は詳細を調べた。
すると普段自分に心酔する連中を集めた「伊達家」と呼ばれる急襲猟団だけでなく、レアモンスター討伐名目で報酬をエサにした主人公及び重要NPCを引き連れ今日学校で何かをすることがわかった。
…まぁ、伊達政次の郎党だから伊達家でおかしくはないんだろうが…。あんな振る舞いする男がそんな集団率いてるとか伊達政宗の一族が聞いたら怒られそうだな。
さて、虎穴に入らずんば、ということで人払いの結界が敷かれてNPCが下校していく中、こっそりと装備を準備して咲弥は学校に残ったのだ。
校内をうろうろしていると、オレと遭遇。
敵が近くにいたので“硬風”を放ったのを、オレはオレを目標にしたものと誤解し逃げちゃった、と。オレが逃げた後、残った“三日月梟”との戦いになるも相手が接近戦に弱いだろうと油断して詰めてきたところを、投げ飛ばして退避。
そのままオレを追って通用口にいったら結界が張ってあって~、という流れになる。
うおぉぉ……ちょう申し訳ねぇ。
「……ごめん。あと、ありがとう」
「ん」
オレのほうも、とりあえず“逸脱した者”とかエッセとか、そういったイレギュラーなこと以外事情を話す。
月音先輩と仲良くなったこと。
伊達に目を付けられて賭けをしたこと。
対抗戦で勝って月音先輩に手出しさせないようにしたことなどなど。
ひとまずこれで互いの置かれた状況は把握できた。
さて、どうするか。
「あのさ、あう“境界渡し”さんだっけ? その人が結界を張ってるみたいで、出られないんだけどそっちはなんとか出来そう?」
「んー……。多分。“祓え”ば」
そういえば何か結界を杖で叩いたりして色々調べてたな。
まぁそういうことなら話が早い。
「じゃあ一個お願いがあるんだけど」
「?」
「学校から出て、和家綾と龍ヶ谷出雲……“刀閃卿”を探してくれないかな?」
あの二人がどうしているのか。
それが一番の問題だった。
おそらく出雲は綾と一緒だろう。
元々綾の護衛を優先する、ということで日頃別行動だったし、そもそも恋人同士なんだから放課後は一緒にいてもおかしくない。
「…二人、今日来てない」
「うん、それは知ってる。ただ二人一緒に休んでいるのが気になるんだ。もしかしたら何か感づいて学校に来ないようにしているだけかもしれない。
ちょっと事情があって出雲としばらく連絡取ってないんだ。だから多分オレが今ここにいるのも知らないと思う。住所教えるから確認してほしい」
「……でも、一人で残ると危ない、よ?」
「だねぇ。正直咲弥がいてくれたほうが心強いのはあるよ。
ただ伊達はオレが目的だからオレと一緒にいたら間違いなく咲弥も目立つ。ここで二人まとめて御陀仏っていうのが一番困るわけだしね。そう考えたら、オレが暴れてる間に咲弥には脱出してもらって助けを呼ぶのが助かる可能性としては高いんじゃないかな?」
出雲や綾の家までここから1時間。
往復で2時間。
色々と過酷で勝算が少ない話ではあるが、それだけに限定されていればなんとか逃げ回る希望も湧いてくるというものだ。すでに逃げ始めて1時間以上経過しているわけだし。
「…………」
まだ納得いかないのか、難しい顔をしている咲弥の頭にぽん、と手を乗せた。
「まぁ、ほら。女の子の前じゃ男はカッコつけないと、さ」
「………ミッキーちゃん、生意気」
咲弥は小さく微笑んだ。
「…………ッ」
と、そこでオレは気配を感じて表情を険しくした。
周囲を窺う。
が、人影はない。
だが気配は間違いなくなる。
「……???」
もっと感覚を研ぎ澄ませ。
五感を通して得る情報を緻密に細かく逃さず精査しろ。
ただひとつの違和感すら許さぬようにただただ鋭く。
「上か…ッ!」
見上げる。
すると近くにある樹、5メートルほどの高さの太い枝に男がぶら下がっていた。
「“三日月梟”ッ!!」
履いている指の形がモロに出る足袋のようなものがしっかりと食い込むように枝を掴んでいる。三日月刀を手にした男はそのまま足を離して真っ直ぐに落下。
頭上からオレを強襲する。
「咲弥いけッ!!」
躊躇する咲弥の背中を押すように叫びながら、バックステップ。
“三日月梟”はそれに合わせるように樹の幹を蹴った。
だが不意打ちを見破られたショックからだろうか、その斬撃は心なしか鈍い。
咄嗟にしゃがんだオレの頭上を三日月刀が通り過ぎる。
髪が数本ずばっと切られた。
咲弥が駆け出したのを気配で感じながら、オレは手にしたものを投げつける。
「…ッ!?」
飲み終えた制氣薬の包みを丸めただけのもの。
本来であれば警戒するまでもないものだが、日が傾いてきた今でこのタイミングであれば一瞬だけ反応してしまう。
それを見逃さず小太刀を振るう。
ふぁぅんっ!!
と、空を裂く音がした。
呆気なく外れた。
一瞬動きが止まるのを見越した一撃だったが、想定よりもその時間が短かかった。思ったほど硬直せずにあっさりと回避された。
「狙いは良かった。だが……我が二つ名を知っているなら無駄だとわかるだろう」
……あー、そうか。
梟だったな。
もしかして梟みたいに目の感度が常人よりも遥かにいいのだろうか。
なるほど、樹の上から強襲してきたり夜目が効くからこその“三日月梟”というわけだ。
つまりアレだな。
これから暗くなればなるほど勝ち目がない、と。
時間を掛けないようにここで仕留めるしかないが、反面もし能力を奪うことが出来ればこれから2時間逃亡するのに十分なアドバンテージになるかもしれない。
「……あの女魔術師を逃がしたか」
「あんたが狙ってる相手はオレだろう? 本命を前に浮気は勘弁して欲しいね。
それとも一途はいまどき流行らないかな?」
八束さんに聞かれたら笑われそうな軽口を叩きながら挑発する。
意外にも“三日月梟”はあっさりとそれに乗った。
「いかにも。目的はお前だ」
懐から何かを取り出して少し指を動かした後。
ひゅっ、と。
何かを投げてきた。
ぱさり。
オレの足元に落ちたそれはスマートフォンだった。
「出ろ」
“三日月梟”への警戒は解かずに、おそるおそる手に取って通話する。
耳に届いたのは、
「やぁ、ご友人が無残に殺されたのに命惜しさに逃げ出した三木君か」
予想通り最も憎むべき男の声。
何度聞いても虫酸が走る。
「意外と頑張るじゃないか、その検討は評価に値する。重ね重ね部下になってくれなかったのが残念でならない。ああ、これは人類史に残る悲劇かもしれない」
自分に陶酔しているかのような。
そんな口調で急襲猟団の首魁は続ける。
「追い立てるのもそろそろ飽きてきた。“三日月梟”に案内させよう。大人しく虜囚になってついてきたまえ」
「…随分と勝手な話ですね。オレはまだこの通りぴんぴんしてるんですが?」
こっちは仲間を殺されているんだ。
咲弥が脱出して出雲を連れてくるまで、捕まってなんかやるものか。
「それはこれを見て判断したまえよ。ああ、あと言っておくが、気は長くない」
そう言うとスマートフォンに一枚の写真が映し出される。
「………ッ!!」
映し出されたのは見覚えのある部屋。
何度も言ったことがある。
見間違えるはずのない―――
―――血痕に塗れ、荒らされた綾の部屋。
「すでにキミの弱点はボクの手中……もう一度言おうか。気は長くない」
愉悦に塗れたその声に、小太刀を握る力が消えていく。
固めた決意が虚しく溶けていった。




