催事惑星
催事惑星と呼ばれる私有星があった。最もこれは通称で正式にはα-タレイア星系第七惑星という。その名の通りこの星では年中、何かしらのイベントが開かれる。これは121才の惑星所有者、ユウマ・サバエ氏がイベント好きであることが起因である。
サバエ氏は隠居ではなく現役の惑星所有者であった。彼は80才になったその日から、自分の誕生日に、自分を祝うイベントを開かせていた。主催者は彼の血縁者の一人から選び、全星をあげてのイベントを企画する。サバエ氏の気に入るようなイベントを主催した者に、所有権を譲るというのだ。それが慣例になり、誕生祭は星で最大規模の祭りとなった。
が、今までサバエ氏の気に入るようなイベントを主催した者はまだいない。
今年の誕生祭は例年とは違う趣向だった。緑色の合成樹脂の棒を繁華街のあちらこちらに立て、その棒に立体映像の小型映写機を取りつけているのだ。棒の下の空間で像が結ばれ、幻想的な雰囲気をかもしだしている。実は、緑色の棒はタケという植物を、立体映像は、タンザクという紙に願いを書いたものを模したものである。
これがタナバタという人類発祥地の地球、その中の日本という国で一般的に行われた祭りに由来していることを知っている者は少なかった。タケと紙が手に入らないので、本家と多少違ってしまうのは仕方あるまい。
「これはおじい様の郷愁に訴えようということだ」
光の芸術を楽しもうと牛歩で進む観光客たちの間で、そう呟いた男がいた。彼の名前はノブ・サバエという。老サバエ氏の孫にあたる男で、去年、誕生祭を主催した。金をかけた豪華なイベントだった。何百人という著名人を集めたりもした。
ノブは自分こそがこの星を継ぐに相応しいと思っていた。ノブだけではない。親戚中がそう思っていた。そう思わなかったのは、当の老サバエ氏ぐらいなものだ。
去年の誕生祭では、間違いなくノブの手に星の所有権が相続されるだろうと噂されていた。なのにこともあろうに、それをあの老いぼれは、ひとつ足りないものがあると言って、一蹴した。そのうえ、今年の子供騙しのようなイベントに心を動かされはじめているようだ……そんな趣旨の光速通信が、260億キロメートル離れた星で学問に励むノブに届いた。それで学校を自主休講にし、デートをすっぽかして両親の住む催事惑星に戻ってきたのだ。おかげで3日間の誕生祭の最終日には、何とかこの星の地をふんでいた。
自分が手に入れられなかった所有権が他人にとられるとあってはたまらない。しかも今年の主催者は、老サバエ氏の曾孫にあたる16才の小娘というではないか! 親戚が多いために顔を覚えていないのが余計に憎悪をつのらせる。
今年の誕生祭は感傷に訴えたものでしかない。とノブは思う。老サバエ氏は幼少の頃を地球の日本で過ごしていた。今回のイベントは、老サバエ氏の誕生日がタナバタと一致するということをふまえた、単なるとりいりなのだ。
「そんなものでこの星の所有権をとられてたまるか!」
その時ノブは、周囲の笑い声で我に返った。そして、自分が思わず独り言を言って腕をふり上げていたことに気づく。ノブはふり上げた腕をすっと下ろすと、何食わぬ顔でまた歩き始めた。
そのノブの横を、避けるでもなくぶつかるでもなくごく自然に通り抜けていく少女がいた。顔には喜びの色がありありと見えるその少女は、まるで春風のようだ。周りの人は目を細めずにはいられない。怒りに燃えるノブも例外ではない。少女は心底祭り好きなのであろう。それが側にいるだけで感じとれるのだ。だから、なごやかな気持ちにさせられる。
やがて少女は、何事もなかったように人ごみにまぎれていった。
ノブはセントラル・タワーの上層直通エレベーターに乗っていた。セントラル・タワーは、下層は星の統轄機関、上層はサバエ一家の居住エリアにあてられたこの星の中心で、老サバエ氏もここにいる。上層直通のエレベーターに乗るには、声紋、網膜などによる個体識別システムを通過しなければならない。
エレベーターがとまり、ノブは最上階の老サバエ氏の部屋に向かった。部屋の重々しい扉を開けると、そこでは老サバエ氏が窓から下を見下ろしていた。
「ノブ、おまえの言いたい事はわかっている。しかしな、わしはどうあってもその子に所有権を譲りたい。彼女はお前に足りなかったものを持っている」
ノブの後ろで扉が開く音がした。ふりかえったノブは、そこにあの春風の少女の姿を認めた。予感はしていた。もしかしたらあの子が、と。
「おまえも気づいたろう。その子は自分でイベントを企画するだけでなく、運営もしている。そして、観光客たちの反応を見るために、自らこの星を歩き回っていた。その姿勢がこの星の所有者として欲しいものなのだ」
去年ノブは、上から祭りの様子を眺めているだけだった。
「そして、この子の祭りには、笑いがある」
ノブは自分の負けを認めた。確かに、ノブはその笑いを目撃したのだ。自分に足りなかったものは、『笑い』だったのだ。
了