第八話 哀しみを消す方法なんてものはない
ようやく退院した俺は、凛と一緒に住む家にいた。
いや、今となっては、住んでいた、という言葉が相応しいか。
親の写真なんてものはない。俺が燃やした。クソ親父なんて昔から喧嘩ばっかりだったしいし。
らしいというのは、俺が覚えていないということだ。
「この力は、一体なんなんだ?」
俺は自分の手を見つめた。ごく普通の手だ。大好きなバスケをして、好きな人と手を繋いできた手だ。それが、いきなり水を射出しやがった。
「……水か」
俺は洗面台の前へ来た。
なんとなく、右手を鏡に向けてかざした。すると……。
どこからか現れたのか全く検討がつかない。水が、鏡から吹き上げてきた。
「どうなってる」
さらに手を適当に振る。ゆっくりと。
手の動きに合わせて、水が動いた。空中で。
水が宙で舞っているのだ。全く持って、信じ難い行為だった。
「知りたいか、その力が」
「なっ!」
急に、後ろから声が響いた。反射的に俺は後ろに振り返った。
男がいる。凛をさらった大男ではない。ましてや性別は男ではない。
長身の女性だった。長い髪を後ろでポニーテール風に一束ねしている。洗面台があるここは明かりが薄いため、少しくらいが女性の姿ははっきりと認識できる。肌の白さからして、温帯地域の人間だろうか?
「誰だよ、あんた?」
「名を名乗るほどでもない、今はまだな」
「この力を知ってるのか?」
俺は聞く。俺の後ろでは、水が舞っているだろう。
長身の女が、不適に笑うのが見えた。
「お前のその力がなんなのか知りたかったら、私についてくることだ」
そう言うと、女は後ろを向いて、走り出した。
「おい、ちょっと待てよ!」
当然、俺は女を追いかけた。家を出て、女は裏山の方角に向かっていた。
裏山に、なんかあるのか?
行ってみないと分からないな。
「くそ!予想以上に速い!」
あの女、どうなってやがる!
いちいち考えていてもしょうがない。
俺は知らなくちゃいけない。この力のこと。凛をさらった大男のこと。そして、凛を救う方法を。
今の俺じゃ、あの男には勝てないだろう。だけど、強くなれば、きっと勝てる!
今は、そう信じるしかない。
「どうした?遅いな!」
そう言いながら、女は空高くジャンプした。
「なっ!」
あれはジャンプなのか?いきなり、住宅地の屋根よりもさらに上を跳んだではないか!
そのまま女は屋根に着地して、屋根から屋根へと飛び移った。
「ちくしょ!」
俺もジャンプした。
―――え?
俺は、宙に浮いていた。いや、違う。あの女のように、高くジャンプしてるんだ!
そして、俺は屋根に着地した。
「なんなんだよ、この力……」
絶句することもままならないまま、女を追うことしか出来なかった。