第十話 俺の修行は移動から
「よし、ではさっそく修行をはじめよう」
「や、あの、せめて携帯とかとってきたら駄目かな?」
「お前、まだ瞬間移動の技を身につけていないのか?」
「瞬間移動?神の冠はそんな能力もあるのか?」
俺がそう聞くと、千夜さんは自分の知恵を自慢したげに頷いた。
「瞬間移動はスキルを取得すれば誰にでも扱える技だ。じゃあ、瞬間移動から学ぶことにするか?」
「ああ!」
俺は拳を片方の手の平にぶつける。
「さっそくだが、そこに胡坐をかいて座れ」
「座ってどうすんだよ?」
「いいから座れ」
千夜の事亜に従い、俺はその場に胡坐をかきながら座る。
「技を使うためには、何事にも心を無心にする必要がある。といいたいところだが、無心とは序に過ぎない」
千夜さんは指をパチンと鳴らした。
「力を自在に操れるのは、自分の心を操れる者だけだ」
「自分の心を操れる?」
「そう。お前が神の冠を所有しているわけではない。神の冠がお前を所有しているのだ。神の冠は感情を持っている。神の冠は、継承者が一番強く思う気持ちに傾いて能力を開花される」
「えっと、どういうこと?」
莫迦の俺には全くわからない。
「お前が軽い気分で水を飲みたいと思う。だが、それと同時にもっと力強く思っていることがあった。その内容は妹を救いたい。この条件で神の冠が発動する力は、力強く思っているほうの『妹を救いたい』だ」
「ああ、よおく理解できた。だったら、今は瞬間移動したいって思えばいいのか?」
「いいや、少し違う。自分の携帯を今すぐ取りにいきたいと願うんだ」
「今すぐ取りにいきたい、か……」
俺は千夜に言われたように試みてみる。
瞑想……と言っていたけど、瞑想ってのは無心だろ?
まあ、やってみるしかないか。
俺は眼を瞑った。もちろん、視界は真っ暗闇。何も聞こえない、何も見えない、何も感じない。
ああ、そういうことか。なんとなく分かってきた気がする。
……今、俺がしたいこと。それは、携帯を取りにいきたい。携帯がおいてあるのはリビング。俺はリビングに行きたい!
その刹那。俺は浮遊感を感じた。目をあける。
「な、んだ?」
そこに映るのは、俺と凛がずっと過ごしてきた一軒屋のリビングだった。
「やった……やった!」
俺は初めて自分自身の力で神の冠の能力を使用することが出来た。
いや、違うな。神の冠が俺の願いを聞き届けてくれたんだ。凛を誘拐されたときに無我夢中で能力を使ったとき。あれは俺の力じゃない。神の冠が目覚めて、ただ起きたての運動をしただけなんだ。