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中央広場

 まあ、そんなことがありつつも3人は気を取りなして、演説をするために中央広場に移動した。

 この町の中央広場は商業活動の中心地である。町に不釣り合いな4階建ての公使館がどんと中央にそびえ立ち、それらは鉄の柱に大地から出る油、石灰、木の汁などを合わせて作られた強靱なものだ。

 険しい山の国はその名の通り、火山地帯であり、地下にある地面の動きによって地震がよく発生する国である。従来の石で作られた建築物はすぐ倒壊してしまうため、魔物達は多くの場合、木の家に住んできた。壊れてもすぐ直せるようにである。

 しかしこの建物は山が崩れる大地震に耐えられるほどの強度で設計されているため、地震でもびくともしない。実際、5年ほどまえに起きた地震でも郊外の煉瓦マンションは倒壊して多数の魔物が死んでしまったことがあったのだが、この公使館は全くひび1つすらなかった。

 ここに住む者は黒装束に身を包んだ宮廷魔術師達……要は官僚である。

 今もふてぶてしい顔をしながら黒いシルクハットに、黒のスーツを着込んで、個人用の漆黒の馬車に乗り込んでいる。

 こういった公使館が建ち並ぶ周辺にはこの宮廷魔術師達が散財するために、酒場、衣服店、宝石店など、商人達が様々な商業施設で商売している。さらにその商人達が生活するために、郊外からやってくる食料品店、雑貨屋、飯屋などで働く労働者達が道路に思い思い勝手に屋台を作って、結局、昼になると中央広場に街中全ての人間が集まるのである。

 馬車が人混みをかき分けるように走り、毎日一回は肩がぶつかったといって喧嘩が起きる始末である。

 行政が道路の整備や区画の最適化をせず、自由放任にまかせた末路がこの中央広場の惨状といえる。

 しかし逆に言えば、街中の人間が昼になると一挙に中央広場に集中するということであり、ヴェトは丁度良いと、ここで演説をしようと思ったのであった。

 ヴェトは腰にかかえていた木の箱を公使館前の花壇に置く。

 ポッコルがしょってきた立て看板を地面に斧の刃のついていないほうをトンカチのように使って、よっこいしょよっこいしょと地面に突き刺す。

 リルルが『次期世界統一選挙 立候補者ヴェストゴギア3世』と書かかれた紙を釘で打ち付けて、演説の準備をしていた。

 ヴェトは多少不満げな顔で腕を組んでいた。

「しかし本当に木の箱の上に乗って演説するのか? もうちょっとちゃんとしたものは無いのかな……足場を鉄材で作るとか、今西ではやりの【マイク】とか使って大音量をするとか、なんかちゃっちぃんだよなぁ」

 そのセリフを聞くと、トンカチを持っていたリルルの手が止まった。

 こちらを見ずにボソッと独り言を言った。

「誰かさんが私のお金を全部使わなかったら、製鉄所で余り物の鉄材とか、マイクは無くても拡声器くらいは買えたんだけどね……」

「そうなのだそうなのだ」

 立て看板を持つポッコルがうんうんと目を瞑って頷いていた。

「うっ……いつまでも根に持ちやがって……」

 リルルは口をわなわなさせて、首をナナメにして、トンカチでヴェトの頬をぺしぺしと叩いた。

「あの金を稼ぐのにどんだけかかったと思ってんのかなぁ? あぁん? こっちは毎日毎日仕事してさぁ、あれ稼いだわけよ……それをあんたは一日でバクチに使っちゃったわけ。わかる? このトンカチでもう一回あんたの股間ブッ叩いて不能にしちゃおうかしら」

「す、すいません……」

「まあまあ、そんなに気を落とさないほうがいいべ。ヴェトが王様さなったら、リルルさももっと楽な生活できるだよ。王宮で二人っきりだべ」

 アラちゃんがそんなことを言うと、リルルはぽっと顔を赤らめて、顔を伏せた。

「いやだもう、アラちゃんたら」

 そんなリルルの横でヴェトは真顔でアラちゃんに言い返した。

「でもアラちゃん。新しくできた官邸の部屋はそんなに数ないからな、公設秘書としてポッコルとリルルとアラちゃんの3人全員はいるのはきつくないか?」

 ヴェトの足をリルルが踏んづけた。

「いてぇ!」

 ヴェトは踏んづけられた足を持って飛び上がった。

「な、なんだよ?」

「死んじゃえ!」

「な、なんなんだよ……意味がわからねぇ」

 さっきよりさらに機嫌が悪くなったリルルに、訳がわからないと言いたげなヴェトであった。

「それはそうと、ヴェト、ボクはこれからどうしたらいいのだ?」

 ポッコルは花壇の端に腰掛けて、暇そうに足をぶらんぶらんさせている。

 あらかた仕事が終わり後は演説するだけであった。

 ヴェトは広場を見渡したあと、うーんと腕を組んでうなってしまう。

「もう少し人が集まってから演説するけど、特にポッコルにしてもらいたいことが無いんだよなぁ……」

「そうなのか。暇なのだ……暇すぎて死んでしまいそうなのだ」

「じゃあまあ、ポッコルは始まったら警備でもしてくれ。まあ無いと思うけど、演説を妨害する連中が時々いるらしいから」

「それじゃあ悪い奴がでたらこの背中の大斧でブッ倒してやるのだ!」

 ポッコルが背中に背負っている大斧は優にヴェトの背中ほどもある巨大なものだ。こんなもので斬りつけられたら頭からまっぷたつになってしまうだろう。

「俺が良いというまで絶対にその斧は振り回しちゃだめだからな」

「そんなこと解ってるのだ~」

 正拳付きを震うポッコルがいささか不安なヴェトだった。

 どうもやる気を出し過ぎて暴走してしまいそうな感じもする。やる気だけが先行すると大抵失敗してしまうものである。気を休める必要があるとヴェトは思った。

 ヴェトは自分の風呂敷の中から、青い表紙の本を渡した。

「わ~久しぶりのヴェトの本なのだ~」

「それ読んで始まるまで大人しくしてな」

 ポッコルは腰掛けると楽しそうに本をペラペラめくっていった。

 リルルは不可思議な様子でヴェトに声をかける。

「なにあれ?」

「ああ、絵本だよ。絵本。この本の話はなんだっけなぁ……恋愛物だったかな」

「へ~そんなのあるんだ」

「ああ、魔王山では結構ブームだったんだぜ、色によって題材が違っていて他には黄、赤、黒がある。ポッコルが文字読めないってんで、魔王山から持ってきたやつを読み聞かせたのが始まり。最初は赤の童話だったかな。次は黒だったけど、あれは話が地味で面白くないと言ってたっけ……ま、そんなこんなで今ではポッコルも自分で本を読めるくらいになったよ」

「ふ~ん。子供っぽ」

「おいおい、これでもポッコルは俺と同い年なんだぜ。リルルと違って【村の私塾】に行ってなかったから当然だよ」

「読み書き算学ができるのは町人として当然よ。ふん。いつもポッコルの肩持つんだから」

 リルルはぷいっと口をとがらせてそっぽを向く。

 ヴェトはやれやれと頭を掻くと演説の草稿に目を移した。

 リルルはちらっとヴェトの方を見てから、そろりそろりと近づいて、ヴェトのすぐ後ろから顔を出した。

「何読んでるの?」

「演説の内容。ぶつ前に確認中」

「ちょっと見せてよ」

「え? あ、ああ……そういや見せて無かったな。悪い悪い」

 おどけるように首を掻くと、ヴェトはリルルに10枚はある草稿を渡した。

 渡された瞬間に、まずリルルは渋い顔をする。

 そして目線を紙の上に走らせて、紙を一枚一枚めくるたびに、どんどんその顔は険しくなっていった。

「……うーん」

「え? 難しそうな顔してどうしたんだ?」

「いや話が頭にうまく入ってこないっていうか、難解な単語がいっぱい出てきて……でもまあ、お偉いさんの話す内容ってこんなもんだからいいのかしらね……」

 草稿の内容は終始、保護関税についての話だった。

 それが10枚に渡って改行もなくぎっしり詰まっていた。

 ヴェトの知識を最大限使って、話を書いたのであった。

 自分が一生懸命書いたものにケチをつけられたのが、不快に感じたらしくヴェトは口を尖らせてリルルに怒った。

「何だよその歯切れの悪い話し方」

「ぶっちゃけていうと”わかりにくい”の。こんな10ページにも渡って難しい話してもわかんないんじゃない?」

「わかるってば、それはリルルの頭が悪いからだよ」

 いきなり頭が悪いなどと言われたのでリルルがムッとヴェトを睨み付ける。

 ヴェトは慌てて言い繕った。

「わ、悪かったよ」

「別に、否定はしないけどね……確かにこの【経済学】のことって全くわからないから。だけどさ……投票する人のほとんどがこの【経済学】のこと知らないんじゃない」

「ん、だからどうしたんだ?」

「いやだから、こんな難しい話されても、誰も聞いてくれないんじゃないってこと」

「……別に大丈夫じゃないか?」

 ヴェトは飄々としてそんなことを言った。

 リルルは眉をひそめたが、ヴェトは動じなかった。

 ヴェトはこう思ったのだ。

 昨日、リルル達に話した時はみんな、ちゃんと聞いてくれたし納得もしてくれた。だから、町の人たちに同じように話せばきっと解ってくれると。

 リルルもそれ以上の追求はしなかった。

 リルルにとって選挙のことはよくわからなかったし、ヴェトが強く言うなら演説とはそういうものなのだろうと思ったのだ。

 自分は選挙に関しては門外漢である。

 それなら選挙に詳しいヴェトに全部まかせるべきだと思ったのだ。

「そっか。ヴェトがそういうなら大丈夫ね」

 リルルはヴェトに草稿を返すと立ち上がった。

「あ、そうだ。ちょっと借金してる人に会う約束があるから抜けるね。一昨日から返済の件で五月蠅いのよ。ま、心配しないで、演説が始まるお昼頃には返ってくるから。その間は、アラちゃんとポッコルに……ってあれ?」

 いつの間にか、花壇に座っていたポッコルも、ぼぉっと立っていたアラちゃんもいなくなっていた。

 リルルはどうしたことかと首を傾げる。

「飯でも食いに行ったんだろ」

「そう……かしらね」

「ま、俺を襲う連中なんていねぇから。リルルも気にせず席を外していいよ。ほんとは怪力のリルルがいると頼もしいんだけどな」

「か、怪力ってなによ~」

「悪い悪い。じゃな」

「じゃあね」

 リルルはヴェトに手を振って人混みの中に去っていった。

 ヴェトはリルルに手を振り終わると、木箱の上に座って、頬杖をついた。

 そしてうとうとと眠ってしまった。

 昨日夜遅くまで演説原稿を書いていたからだろう。

 眠っていても、ヴェトの手にはその草稿がしっかりと握られていた。

 ただ……後から考えればこのとき演説内容を修正すべきだったのだ。

 油断という油を乗せた熱気船はゆっくりと目には見えない氷山へ突き進んでいた。

 幸せそうに眠るヴェトは、これから怒る悲劇をひとつも知らなかった。



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