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保護関税


「申し訳ないんだべが……」

「な、なんでですか? なんでいきなりそんなこと」

 リルルはアラちゃんのシャツを掴んで驚嘆の表情を向ける。

 アラちゃんは申し訳ないと頭を下げた。

「最近、西の安い小麦が来たせいでオラの農場の小麦が全く売れなくなったんだべ、あちらは平原地帯だべさ、大量に安く小麦を作れるんだす。それで全然売れなくなっちまっただ。本当は【小作農】さんの家につけるためにたくさんのランプを買う予定だったんだべが……ほんと申し訳ねぇだ」

「そ、そんな……」

 リルルは力なく床に崩れ落ちた。

「そ、それじゃあこれからどうすれば」

 アラちゃんは慌てて言い繕った。

「……あ……ああ……ああ、あの……」

「ど、どうしたんですか? 変な声を上げて」

「いや、ちょっとここに来る道中で良いこと思いついたんだべ。資金繰りに困っているなら人間圏の銀行からお金を借りて当面しのぐってのはどうだべか?」

 リルルはなんだと肩を落として苦笑いをする。

「人間圏の銀行は魔物になんかお金を貸しません。ただでさえ経営状態が悪化したうちの工場に貸してくれるわけがありません」

 解決策をばっさり切られてしまう。

 それでもアラちゃんは蹄を上げて言った。

「じゃあ最近流行の電球っていうのを作る工場を造ればいいんじゃねぇべか。うちに住んでる甥っ子さも早く電球点けてけ点けてけって毎日騒いでるだーよ。隣のランさんやボーゴさんも同じこと言ってるだ。売り出したら大繁盛間違いなしだべ~」

 アラちゃんはリルルの肩に手を置いて笑ったその瞬間、リルルはアラちゃんの胸ぐらを掴んで上空に持ち上げた。

「どこにそんなお金があるんですか! この工場でいっぱいいっぱいなのに、あんまりふざけないでくださいよ! じゃあアラちゃんがお金貸してくれるっていうんですか? えぇ!」

 アラちゃんは上空に持ち上げられると、足をばたばたさせて、ぶくぶく口から泡を吹き出している。

「す、すまんだべ、すまんだべ、は、早く降ろしてけろ」

「やるにしたって、ランプである程度元手を稼がなければその工場造れませんよ。まあ私もゆくゆくは電球の工場を造ろうと思ってるんですけど、全然お金が貯まらないんです! 部外者だからっていいかげんなこと言わないでください!」

「ごめんだべ、ごめんだべ、ごめんだべ」

 ヴェトは思った。

(リルルって妖精だよな……なんでこんな怪力もってるのこの人)

 茫然とリルルを見るヴェトに目線を合わせたリルルは、口に手を当てて、オホホと笑った。

 その瞬間、アラちゃんがズドンと床に落っこちた。

「う、うぅ……しりが痛いっす……」

 アラちゃんは腰に手を当てながら立ち上がって、机に手をついた。

 そんなとき、また大声が工場内に鳴り響いた。

「うわああああああ、ヴェトいるかなのだ~~~~~~~~~~~~~」

 半べそかいたポッコルが木戸を蹴って入ってきたのだ。

「た、大変なのだ! 1/10じゃ冬が越せないのだ! どうするのだ!」

 今頃気づいたようだった。

 どうしようと混乱した挙げ句、ヴェトに助けを求めに来たのだろう。

「うーん。とりあえず、これ食っておちつけ」

 食べかけのお弁当をポッコルに差し出す。

 ポッコルはぱぁっと目から星を出して輝かせて、スプーンでバクバク弁当を食べて、数瞬後、ぷはーっとゲップした。

「あぁ……それヴェトの」

 とリルルは涙目で言うが、ポッコルはお腹をさすりながらほえ? と頭にハテナマークを点けてリルルを見る。

「まあいいじゃないか。俺はもう腹一杯だよ」

「うぅ……今日はついてない日だわ」

「しかし、みんな困ってるんだな」

 一同床に目を伏せる。

 ポッコルを除いて。

 食べている最中にさっき考えてしまったことを忘れてしまったらしく、ランプを作ってる珍しい工程をおっーという声を出して興味津々に見ていた。

 ヴェトはそんなポッコルに心を和ませつつ、頭の中には1つの光跡を描いていた。

 それはこの事態の解決策。

 ヴェトは皇子時代に学んだ学問をフル動員して1つの解決策を思い描いていたのだ。

 ただ、実現性があまりにも難しいため、なかなか言い出せなかったのである。

 【世界を救う】

 それが今ではないか。

 ヴェトは拳を握り、心の中にため込んでいたものを思いきって口に出していた。

「解決策はある」

 3人は一斉にヴェトを見た。

 そしてヴェトはその解決策を話し始めた。


「保護関税の導入だ」

「保護関税ぇ?」

 アラちゃんは目を瞬かせ、リルルは首を傾げ、ポッコルは不思議そうにほっぺたに人差し指を当ててぽかーんとしていた。

「何なんでしょうかそれは」

「なんなのそれ?」

「食べられるの?」

 ヴェトは皆の反応がある程度想定済みだったので、説得力をもたせるために、胸を張って自信あるそぶりで話を続けた。

 話の最中に、自信の無いそぶりを見せると、人は途端に他人の言葉を信用しなくなる。

 父がそのおどおどした態度で、よく会談相手に馬鹿にされていたのを思い出したのだ。

 人間とは耳ではなく目で相手の話を聞いている。

 祖父がよくヴェトに言っていた言葉だった。

「保護関税というのは、国内製品と競合する外国製品にかける税金のことだ」

「税金ってどういうことなのだ?」

 ポッコルはぽえ~と口を半開きにした。

「3人の窮状の原因は要は西からの輸入品があまりにも安いからだろう。ポッコルは工場で大量生産された家具、リルルは上質なランプ、アラちゃんは大規模農地で作られた小麦という違いはあるが、おおまかにいえば”安い”ことで自分たちの商品が圧迫されているわけだ」

「う~ん……まあ、そうね。同じ値段ならまだ勝負になるかもしれないわ」

 リルルは素直に頷く。

「なら簡単な話だ。”税金で西の商品の値段を上げてしまえばいい”」

 リルルはすぐに眉をひそめた。

 その顔は何を言っているのという表情だった。

「いや、それはだめでしょ……」

「何故?」

「だって保護関税が原因で商品が高くなったらみんな怒るんじゃないの? それで物が買えなくなる魔物も増えるはずだわ」

「いや、そうでもないんだ。実際はみんな喜んで、物も前より買えるようになるんだよ」

「えぇ? なんで? 商品が高くなっちゃうのに?」

 リルルは納得がいかない様子で口を尖らせた。

 ヴェトは人差し指を立てて、続きを話す。

「それは魔物のみんなが商品をどうやって買うのか考えてみたらわかるんだ。例えばポッコルはシュギの木を切ってそれを元に家具を作って、それを市場で売ってそのお金で塩や鉄を買ってるんだろ?」

「そうなのだ。毎日林でいのししに乗りながらおっきな木を切っているのだ! それで市場で塩と鉄を買って林に持って帰っているのだ!」

 ポッコルは空手で木を切る真似をしていた。

 ヴェトはほほえましそうに笑いながら、うんと頷く。

「じゃあ他のみんなはどうか。リルルはランプを売って、アラちゃんは小麦を売って色々な生活に必要なものを買うんだろ」

「そうね」

「あい」

「つまりは自分たちで作った物を売って、それで他のものを買うんだ。だから、自分たちの商品が売れなければ他のものは買えないんだよ。保護関税をかけることによって、確かに商品は高くなる。だけど、その分だけ自分たちで作った物が売れるから、高くなった値段以上の収入が入って、前より商品が買えることになるんだ」

「なるほど。ランプをいっぱい売った分だけ他のものが買えるわけね」

「そうだ。それに商品の値段全てが上がるわけじゃない。塩や鉄なんて毎日生活で使う商品はほとんど東の国だけで取れるものだから、値段が急に上昇したりはしない。毎日使うもので値段が多少上がるのは小麦くらいなもの。でも小麦は最近になって西の小麦が原因で下がったものだ。西の小麦が入ってくる前の水準に戻ったと皆は考えて、保護関税で西の小麦を追い出してもそれほど反発は無いよ」

「でもいつまでも保護関税をかけ続けるわけにはいかないんじゃない? 西からの新製品をはねのけていたらずっと東は田舎町のまんまよ」

「それは大丈夫。自然と自分たちも西の技術に追いつくよ。保護関税をかけてみんなの商品の売れ行きが良くなれば、そのお金を使って、ポッコルが木を切る機械を買ったり、リルルが電球の工場を建てたりできる。そうすれば、この町も自然と競争力がついて西と遜色がない町になるはずだ」

「オ、オラは?」

「小麦はちょっと保護関税がずっと必要かもしれない。どうしても農作物は土地の大きさに依存しちゃうからね。でも絶対アラちゃんの保護関税は解いたりしないよ」

「ほっ……良かっただ」

 アラちゃんは胸をなでおろした。

「す、すごい思いつきなのだ! ヴェトすごいのだ! これで塩と鉄を買って村に帰れるのだ!」

 ポッコルはヴェトの手を掴んでぶるんぶるん振っていた。

 アラちゃんは今一話が理解できなかったのか、そういうものかと両腕(両足?)を組んで解ったフリをしていた。

 その様子を見てヴェトはやったとにこやかな笑いを浮かべたのだが、1人納得の言っていない者に目を向けて苦笑いをしてしまう。

 リルルはふぅと大きなため息をついた。 

「言いたいことはわかったわ。確かにその保護関税は有用だと思うし、うちのランプも売れてポッコルの椅子も売れて、アラちゃんの小麦も売れて、みんな幸せになると思う。だけどね……ずっと疑問に思ってたこと言って良い?」

「どうぞ」

 ヴェトは肩をすくめて挑発にも似た仕草をする。

 それがかんに障ったのか、リルルは声を荒げてヴェトに言い放った。

「中央の役人でもなんでもないただの靴磨きのあんたがそんなこと言っても、保護関税なんてかけらりゃしないわよ?」

「あ……確かに」

 アラちゃんもリルルの言うことに同意する。

 リルルは鋭い眼光をヴェトに向けていた。

 しかし、ヴェトはその眼光をなんでもないと言ったように不敵な笑みを浮かべて返していた。

「靴磨きがどうやってそんな法律作れんの? そんな空理空論述べても誰もあんたの言うことなんか聞きゃしないわよ。わかる?」

 たぶんリルルは、日頃から飯を恵んであげている生活なのに、馬鹿みたいな絵空事を述べるヴェトに腹が立ったのだろう。

 そんなことを言うまえに目の前にある靴磨きの仕事をしろということだ。

 自分の窮状を解決しもしないで、他人に意見が言える立場かと考えたのかもしれない。

 リルルはぷんぷん子供をしかりつけるように怒っていた。

 ヴェトはリルルを軽くいなし、両手を顔まで上げて含み笑いを浮かべた。

「それが作れるんだな。これで」

 ヴェトは数歩前に歩くと、ポケットに入れてしわくちゃになっていたそれを怒るリルルの前で一気に広げた。

 リルルは目の前にでてきたそれに最初視線が合わず、ぼやっと霞がかかったように見えていた。

 しかしだんだんと霧が晴れるようにそれが何なのか解ってくる。上部に勇者の絵が、下部にでかでかと文字しっかりと書かれているのがわかり、その文字を読むとリルルは眉をひそめた。

「世界統一選挙ぉ???」

 ヴェトはもう一度その選挙ポスターを前に突き出す。

 選挙ポスターはリルルの鼻にはらりと当たり、リルルはむずむずと鼻を動かした。

「くしゅん」

 小さなくしゃみをする。

「そう、俺がもう一度選挙で王様になって法律を作ってやる!」

 ヴェトはその意気込みを口に出した。

 ヴェトはそこでオォォと歓声が出ると思っていた。

 目を瞑りその歓声を聞き入ろうと思った。

 しかし一向に声が聞こえてこない。

 どうしたのかとヴェトは片目を開けてみると、目の前のリルルが震えていた。

 おそるおそる選挙ポスターをどけて見ると、その下から現れたリルルは口元に手を当てて、笑うのをこらえていた。

 予想もしないその顔にヴェトは馬鹿みたいに呆けた顔をしてしまった。

「へ、へぁ……くしゅん……あ、はなびずでた」

 リルルはヴェトから選挙ポスターを奪い取ると、チーンと鼻をかんで、ぽいっとゴミ箱にそれを捨ててしまった。

「で、何か言った?」

 半笑いのリルル。

 どうしたことかとヴェトは固まってしまう。

「あんたねぇ……靴磨きが王様になれるわけないでしょ?」

「いやでも俺は魔王の孫だから知名度はある。確かに人気は無いかもしれないが……」

「そういう問題じゃないわ……今のあんたはただの靴磨き、いえ浮浪者だわ。そんなあんたに投票してくれる人がどこにいんの?」

「いやでも……祖父の友人にかけあえば協力してくれると思うし、彼らの領内の人が投票してくれればなんとか……」

「魔王山の人たちはあのホワイト・ライズに全員生き埋めにされちゃったじゃない」

「う……」

 ホワイト・ライズというのは、勇者につき従った戦士の名前である。その剣術は一振りで万人を横薙ぎにするいわれるほどの強さであった。

 ホワイト・ライズは、魔王山攻略後、降伏した魔物達40万匹をその場で生き埋めにした。魔物が極端に人間を恐れるようになったのは、この生き埋め事件の影響が強かった。

 魔王山には旗揚げ時に祖父に付き従ったほとんどのものが屋敷を建てて住んでいた。

 つまり祖父の友人は全滅に近い状態にあるといえる。

「夢みてんじゃないわよ。あんたは、アタシに弁当めぐんでもらってまじめ~に靴磨きしてりゃいいの。私は自分の力で今の窮状をなんとかするわ」

「なんとかできなかったらどうすんだよ」

「そんときは、あんたと一緒に靴磨きでもしようかしらね」

 そしてリルルは自嘲したような笑いを浮かべた。

「あたしやあんたの代わりなんていくらでもいるものだから……それもしょうがないわ」

「でも……リルルをそんな目に遭わせるわけには」

「いいのよ。私がこんな工場を建てられたのも運が良かったから、あなたと一緒に路上で生活するのも悪くないわ」

 リルルはそんな未来を思い描いたのが、ヴェトに空笑いをした。

「でも」

 言い返そうとしたヴェトに、リルルはまた怒った顔に戻った。

「靴磨きにそんなことできるわけないでしょ!」

 ヴェトは拳を握りしめて、わなわなと震えた。

 ぐぅの音もでなかった。

 確かにその通りだったからだ。

 ヴェトはただの靴磨きに過ぎない。誰が彼を支援するのだろうか。川で釣りをしてゴミを拾っているような、ペコペコ頭下げて女に弁当をもらっているような、そんな情けない魔物に誰が投票するというのだろうか。

 確かに、リルルの言うとおりだ。

 ヴェトは何の力もない靴磨きに過ぎない。

 ヴェトは悔しそうにぎゅっと目を瞑った。

 リルルの言うとおり、自分の代わりなんていくらでもいる。

 自分は特別な人間なんかじゃないのか。

 そう、ヴェトの心が折れかけたとき、

 思い出したのだ。

 それを否定する祖父の言葉がヴェトの心の中にあったことを。

『わしが昔大魔王になると言うと誰もかれもが反対した。この山に国を作るなど誰もできないと口を揃えて言っていた。お前は特別な者などではないと言った。しかしわしはそいつらの言葉を聞かずに、試行錯誤と努力の積み重ね。それと少々の運でもって、険しい山の国を作ったのだ。

いいか。ヴェト。よく覚えておけ。

【誰もできないと思ったことを初めに行う者、それを人は豪傑という】

お前も大志を抱き、豪傑になるんじゃ。そうすれば、いずれ大事を為せる者になるだろう』

 ヴェトはそのことを思い出し、目をカッと開かせた。

「それでも俺は、選挙に出て、みんなを助けたいんだ!」

 リルルは自分の言うことを聞かないヴェトにため息をついた。

「はぁ……アラちゃんもそう思うでしょ。ヴェトにそんなことできるわけないって」

 いきなり話を振られたアラちゃんは驚いたが、う……と胃の奥底からうなり声を上げたあと、首を縦に振った。

「ヴェトの気持ちはわかるんだべが……のぉ、やっぱり靴磨きには荷が重いだべ……」

「ね。ヴェト。あんたも真面目に仕事して、そんなこと忘れなさ……」

 ヴェトが二の句を継げようと思ったそのとき、部屋中に大声が鳴り響いた。


「みんな、ひどいのだ!」


 皆が一斉にその声の方に振り向く。

 そこには目尻に涙を浮かべたポッコルが机の上に立っていた。

「ヴェトは一生懸命みんなのために選挙に出ようとしてるのだ。なんで靴磨きだからって受からないと思うのだ? なんで投票しないと思うのだ? そんなの関係ないのだ。良い王様はお金持ちとか良い職業についている人間がなるものじゃないのだ。みんなのことを思ってみんなのために働く人がなるべきなのだ。リルルもアラちゃんも言ってることがおかしいのだ!」

「そうは言ってもね。できることとできないことがあるのよ……わかる?」

「わかんないのだ!」

「ふん。これだからコロボックルは……ガキね」

 ポッコルはリルルに向かってい~っと歯を出した。

 一触即発の空気、アラちゃんは二人の間でオロオロし、ヴェトは突然の自体にぽかんと突っ立ったままだった。

「いいのだ。それならリルルとアラちゃんは勝手にすればいいのだ」

 ポッコルは机からジャンプして降りると、ヴェトの傍まで駆け寄り、袖を引っ張った。

「みんなが助けなくてもボクだけはついていくのだ」

「いやでもポッコル、確かにリルルの言うことも正しい。ポッコルは何を根拠に俺が選挙で勝てるなんて信じてるんだ?」

「そんなの」

 一呼吸あってから、ポッコルは目をしっかりヴェトに合わせて言った。

「トモダチの言うことを信じるのは当然なのだ」

 ヴェトはポッコルに感激してしまった。

 目を瞑り、天を見上げたあと、うんと頷く。

「それじゃ、二人で役場まで立候補しにいくか」

「行くのだ行くのだ」

 ヴェトは木戸を開けて外に出る。

 するとスライムナイトが慌てて隣で立っているのが見えた。

 たぶん、中の騒ぎを聞いていたのだろう。スライムナイトはヴェトとポッコルを見ないようにあちらの方を向いて、口笛を吹いていた。

 ポッコルがヴェトの腕に絡みついて、八重歯を出してにっこり笑っていた。

「ヴェトなら絶対に受かるのだ」

「ありがとう」

 その様子を見ていたスライムナイトの目からほろりと涙が流れているのが見えた。

 ずいぶん涙もろいやつだなとヴェトは思った。

 そんなとき、工場の奥から足音がして、木戸が大きく開かれた。

「ちょっと待てぇ、私も行くわ! うわ、何ひっついてんの!」

 リルルが慌てて飛び出してきて、ヴェトにくっついているポッコルを見て驚く。

「なんだよ俺が選挙に出るの反対じゃなかったのよ」

「べ、別に……あんたたちだけじゃ不安だからあたしもついていくだけよ。立候補するには選挙資金が必要だわ。服だってちゃんとしたものが必要だし、ポスターだって必要よ」

 リルルは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 そしてこう言った。

「ごめん……ね」

 ヴェトはふっと笑った。

「これからがんばろうな!」

 リルルの肩に手をぽんと置く。

 するとリルルは顔を上げて、明るい顔に戻った。

 と、そんなところで、ヴェトの視線に、リルルの後ろに隠れるようにアラちゃんが入った。

「オ、オラも手伝うだよ」

「ありがとう助かります」

「よ~しじゃあ3人力を合わせてヴェトを当選させるのだ!」

 ポッコルが拳を振り上げ、それにつられるように他の3人は空に向かって拳を振り上げた。

 空は雲1つない快晴。

 これから行く町役場への道は人と魔物でごった返していた。



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