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リルルの工場


 ランプ商工会は町の西側の端にある。これはどの都市ではどこも同じなのだが、町の郊外に住む人間というのは低所得者であることが多い、ここもそのご多分に漏れず、人間が作った安普請の煉瓦アパートがひしめきあっている。

 人間が作ったと言ってもそこに人間が住んでいるのではない。

 ここに住むものはほとんどが魔物である。

 それには識字率が関与している。多くの場合文字が読めない魔物達は基本的に肉体労働でしか稼げない。そのため、どうしても低賃金になってしまうのだ。

 また学校を出たとしても、そう職があるわけではない。人間の方でもついこの前まで【金融危機】があったらしく、雇い先が無い状態にある。

 人間の方もこの金融危機が何故起こったのかわかっておらず、対応策が取れない状態にあった。

 ヴェトは歩きながらへっと笑った。

 ヴェトは金融危機の原因を知っていたからだ。

 全ては人間達の自業自得だということを。

 そして、人間は魔物を地獄の釜に入れることによって、その金融危機という飢えを解消しようとしていることも。

 ランプ商工会の横には、スライムナイトが死んだ目をしょぼんと落ち込ませていた。本来なら気高き護衛役であるはずの彼を横目に見ながら、ランプ商工会の木戸を叩いた。

「あ~今忙しいから適当に入って」

 ヴェトはリルルの言葉に甘えて、木戸を手で押して中に入ると、そこは絶賛フル回転中であった。

 雑多な魔物達が机に向かって、ランプ作りに熱を上げている。

 机の右側から順に鉄の取っ手、ランプの底部、防熱ガラスが重ねて積み上げられ、魔物達はそれを手にとっててきぱきとくみ上げている。

 机は円形をなして配置されている。それは中央部にある工作機械が原因だろう。

 この工場には、工作機械が1つしかない。

 精製された器具を効率的に配し、くみ上げるには、その工作機械から皆等距離でなければならないのだ。

 仮に一番奥の方に工作機械を配置し、普通の教室のように2列に机を配置したとしたら、人の行き来が邪魔になって工作機械に列をなしてしまうだろう。

 そしてこの工作機械はいわゆる【蒸気機関】といわれるものを動力にしている。

 この蒸気機関というのは便利なのだがくせもので、息もできなくなるほどの黒煙をそこら中にまき散らす代物である。

 電気でうごく物はこういった黒煙を吹かない。ただ、あまりにも高価で魔物の手に届くものではないのだ。

 ただ工場内に黒煙はない。工作機械の上に煙突を取り付けて、もくもくと石炭を燃やした煙は外に排出しているのだ。

 そしてこの工作機械は何をするのかというと、いわゆる”穴開け”だ。尖った部分は螺旋状になっており、金属に先が入り込むと、金属を巻きつけて穴を開けるのだ。

 動かないよう両脇をハンドルでぎゅうぎゅうに固定された鉄の棒に、魔物達は尖った部分を当てる。そして魔物がその尖った部分を引くとぽっかりと歪み1つ無いきれいな穴が開くのだ。

 人力で穴開けを行っていた時代はこれに10分。この機械を使えばほんの数秒で穴を開けることができる。

 人間が作った機械だが、よくできていると毎度のことながら感心する。

 その分、値を張るのが玉に瑕だが。

 さて、そんなせわしなく動く工場の中で、リルルはというと、割烹着の背中から出ている羽をパタパタ動かして、蒸し暑い工場内を冷やしながら、皆と一緒にランプを作っていた。

 ヴェトはリルルの後ろに立って声をかけた。

「よく俺だとわかったな」

「こんな忙しい時間に来るのはあんたみたいな暇人しかいないわよ」

 リルルはこっちを向かず、黙々と作業に打ち込んでいる。ガラス部分に取っ手を取り付けるためのねじ穴を、くるくるとハンドルを回しながら開けている。穴はおそらく部屋の真ん中にある機械で開けたのだろう。

 ヴェトは一生懸命仕事をしているリルルの顔をのぞき込んだ。

 目の前に顔が来てもリルルは無視。

 ヴェトは笑いながらぷにっとリルルの頬を人差し指で突いた。

「無視すんなよ~」

 とヴェトが言った瞬間、背中の羽がキンと固くなった。

「ニードルウィンド」

 その魔法の言葉とともに羽が羽ばたき、ヴェトの体はトゲのような風によって鉄棒が入っている棚に吹き飛ばした。

 カラララという音とともに鉄棒の山がヴェトに降ってきた。

「うぉおおおおおおおおおおおお潰れるぅううううううううううううう」

 頭から鉄棒の山に埋もれるヴェト。

 数秒すると、ヴェトが頬をぴくぴくしながら鉄棒の山から顔を出した。

「ひ、ひどいじゃん!」

 その声を聞いたリルルは、顔を上げ、ヴェトの方を向くと、クワッと鬼のような表情を向けて、ヴェトを罵倒した。

「作業中に触るんじゃないわよ! 不良品ができちゃうでしょ! 弁当はそこに置いてあるから! あんたみたいな怠け者はとっとと食べて出てきなさいよ!」

 リルルは銀色の長い髪を赤い頭巾の中に束ね、長時間の作業で充血した大きい目を向けてそんなこと言った。

 工場内の魔物達がびっくりしたような目を俺たちに向ける。

 ヴェトは苦笑いしながら、鉄棒の中からはい出ると、リルルの事務机から風呂敷に包まれた弁当を取って部屋の隅っこに三角座りした。

 そして蓋を開けると光り輝くような弁当の中身が現れた。

 まず小麦を蒸して、中に鶏肉を詰めたものがある。豆を発酵させ、塩で漬け込んでできた汁に、これをつけて食べるのである。また米と言われる手間はかかるが栄養豊富な南方の穀物に卵と海苔を盛っている。

 味が薄いがまあまあいける。

 野菜も凝っている。ニンジンを切って暴れ牛鳥のアラちゃんの顔を作っていたし、ドレッシングもごまをあえたもので香ばしい香りが匂い立っている。

(いつも思うが手間がかかっているな)

 ヴェトはおぉ……と手を震わせた後、3回床に頭をたたき付けて、泣きそうな声でありがてぇありがてぇと言い、木のスプーンで一気に飯をかき込んだ。

「なにやってんのよ」

 リルルは作業しながら呆れた顔を向けていた。

「ひもじい農民ごっこ」

「バッッッッッッッッカじゃないの」

「バカじゃないよ~」

「ああもうどうでもいいわ。ちゃんと噛んで食べなさいよ」

 リルルはふんと言って、小声でこう言っていた。

(せっかく朝から丹精こめて作ったんだからちゃんと味わって食べなさいよね)

 ヴェトの長い耳がぴくっとその言葉に反応した。

 ヴェトの耳はかなり良い。1km先でさえずる小鳥の声が聞こえるほどである。

 ヴェトはにやっと笑うとリルルをからかおうと思った。

「こんなに毎日おいしいお弁当を作れるなんて、良いお嫁さんになるなリルルは」

「なっ……べ、別にあんたのために作ってあげてるんじゃないからねっ これは残り物なのっ」

 これを残り物というにはあまりにも無理があるだろうと、アラちゃんの顔をしたニンジンを口に頬張りながらヴェトは思った。

「もぐもぐ……ま、俺が出世したらリルルに恩返しするからな」

 その言葉を聞くと、リルルは片目を半分瞑って眉をしかめた。

「はぁ? お礼って……私はあんたが好……ちがっ……ひ、ひもじそうですごく憐れだから同情してお弁当を恵んであげてるのよ。恩返しなんて当てにしてないわよ!」

「俺は世界を救う男になるから、その時まで待っててくれや」

 その答えは予想していなかったのだろう。

 リルルは数瞬固まったあと、間があってから口を開いた。

「……まっとうに職にもつけない男が?」

「本当だっつーの」

 リルルはその答えに肩をすくめる。

「はいはい」

 リルルはもう相手をしても無駄だというようにランプを作る作業にもう一度取りかかった。

 ヴェトは納得がいかなかったのか、ジト目でリルルを見返したが、リルルはヴェトを全く相手にせず黙々と作業を続けている。

 ヴェトはふんと鼻で息をすると、口につっこんでいた箸を手に持って食事の続きを始めていた。

 ヴェトは思った。

(リルルも俺を靴磨きだと馬鹿にしてる連中と変わらないんだな)

 と。

 チリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

 その時、お昼休み休憩のベルが工場内に鳴り響いた。

 魔物達は思い思いに背伸びしたり、首を回したりしながら起きあがり、ぞろぞろと昼食を食べに外に出て行った。

 リルルはというと、まだランプを作っている。

「おい、ベル鳴ったぞ」

「バーカ、ここの工場長なんだから最後まで仕事しないといけないの。そうじゃなきゃみんな真面目にやらないでしょ」

 リルルは机に向かって一心不乱に作業を続けていた。

 ヴェトは大変だなと思った。

 毎日油まみれになりながら、みんなのために色々な交渉をしたり、率先して仕事したり、とても水辺の上で飛び回る妖精とは思えない。

 10年前だったらもっとリルルも気楽な生活をできたのかもしれないと思い、少し胸が痛くなった。

 ヴェトはまたリルルの後ろに立った。

「なに? また邪魔する気?」

「仕事終わったか?」

「え、もうちょっと……うん。これで終わり」

 ヴェトはリルルの肩に手を置いた。

 そしてぐにぐにと力を加えて揉みしだいた。

「へ?」

 リルルは驚いて後ろを振り返る。

「疲れてるだろ。めちゃくちゃ凝ってるぞ」

「う……うん」

「じゃあ続けるぞ」

 リルルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「あ、あの……もう少しで来客が来るの、だからこういう恥ずかしいことは……」

「いいじゃないか。別にお礼だよお礼。あっ俺が世界救ったらもっとすげぇお礼してやるからな」

「………………バカッ」

 しばし、気まずい無言が続く、何か話題が無いかとヴェトは頭に思いついた言葉をそのまま言ってしまった。

「そーいや、あくせく働いてるけど、工場の売り上げどうなんだ」

「あんまりよくないわね……」

「そ、そうなのか……」

 言ってしまってからヴェトは後悔して暗い顔になる。

「やっぱり人間圏のランプには価格でかなわないのよ。魔物ってほとんど文字が読めないから、作業効率が悪いの。図面も読めないからいちいち私が教えなきゃいけないし……だからあんまり出来がよくないのよね。最近は西との貿易が活性化して、人間圏の上質で安価なランプが大量に流入してきて、全然売れなくって……」

「でも、ほら、リルルはガラス細工に工夫をしているとか言ってたじゃないか。それで高級路線に行けば」

「高級路線なんて、買うのはほんの一部だけよ。それじゃ売り上げには繋がらないのよ。みんな安い物買っちゃうのよね。まあ、ていうかね。そもそも出来の方も西には勝てないってのもあるしね……」

 はぁっとリルルは大きなため息をついた。

「はっきりいって、今度契約の不履行があったら、うちは破産するかもしれない」

「そんな……」

 ヴェトが驚いた表情を見せると、リルルの羽がピシッと力強く羽ばたいた。

「大丈夫よ。私がなんとかしてみせる。みんなを昔みたいにするわけにはいかないわ」

 リルルははっはっはっと腰に手を当てて笑う。

 昔というのはあの戦後の大飢饉のことだろう。

 あのときはそれは酷かった。俺もあのときばかりは死にかけた。

 俺はなんとか親切な人に拾われて生き延びることができたが、残った兄達は全てその時に病死してしまった。

 リルルはひとしきり笑った後、ふぅとため息をついて机に頬杖をついた。

「でもなんなんだろう、最近どんどん便利になっているのに、魔物達は元気が無いわ。どうしてなんでしょうね……」

 ヴェトは昔祖父に教わったことを思い出した。

 それは【経済学】の本を読んでいた時のことだったか、その本に祖父のやっていた鎖国政策を非難するような記述があったのを見つけたのだ。

 小さいヴェトは不思議な顔をして頭に重い本を載せながら祖父の部屋に入っていった。

 祖父は机で何か仕事をしているようだった。

 おそらくその時は災害のすぐ後だったので、その事故処理だったのだろう。

 父はまともに災害対策を行えておらず、ほとんど祖父が代わりにやっていた。

 その時、羽ペンを置いて祖父は何故、我々が人間圏と交流を持たないでいるのか、自由な貿易をしないでいるのかを、ヴェトを膝に載せて本を一緒に読みながら優しく教えていた。

 その時、話の根幹となるこの言葉を祖父は言っていた。

「時に【自由貿易】は弊害となる……か」

「え? 何?」

 リルルが一体なんだろうと驚いた顔をヴェトに向けたそんなとき。

 木戸が開いて、ズドンズドンと床がきしむような巨体が工場の中に入ってきた。

「あいや、これはおじゃまだったべか?」

 フホーと大きな鼻息をしたそれは、背中は羽毛で覆われ、頭に牛を思わせる角を生やしている。玄関一杯に広がった巨体には土塊のついたシャツ。腹は筋肉と脂肪でぽっこりと膨れあがり、まるで猛牛と駝鳥を合わせたような生き物。

 そう、それはリルルの家によく来る暴れ牛鳥のアラちゃんである。

 本名はアラドキンス・リンデゲルウスという長ったらしい名前なのだが、普段ぼぉっとしてる様相、癒し系の仕草からそんな愛称でいわれている。

「あ、ああいや別にいいんですよ。ランプの大量買い付けの件でしたよね?」

 ヴェトを払いのけると、慌てて立ち上がってリルルはアラちゃんに右手を差し出した。

 アラちゃんは無骨な顔をにっこりと笑顔に変えて、ひづめのついた手(いや、前足か?)を差し出す。ちなみにアラちゃんは直立2足歩行である。

 握手をしたあと、アラちゃんは少し浮かない顔に変わった。

「その件なんだべが、注文できなくなりまひて、今日はおことわりするために来た次第なんだべ」

「えっ……」

 リルルは地獄の釜の底をみたように、顔を暗くした。



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