【第1章その9】
アリーナのスピーカーから、次の対戦の組み合わせが発表される。
「さて、次は必然的にこの2人になります。次の対戦は、ウニ・バース 対 ワレオ・ナカムラ!」
「(あの青ジャージの人が相手か。少しでも頑張れ、ワレオくん!)」
ワレオとウニが競技フロアに入ってきて、所定の位置に立つと、マカリー先生が合図を出す。
「ウニ・バース 対 ワレオ・ナカムラ、戦闘開始!」
開始直後、ワレオは射撃準備の体勢を取ったまま、少し様子を見ているようだ。
ウニの方は、剣型の増幅器にオレンジ色の光をまとわせて、ワレオの方に走り始める。
「えっ」
何かに気付き、声が出るハンキ。
「そこまで!」
マカリー先生が対戦を突然止めた。
「(だよな、あれってやっぱり……)」
マカリー先生はVIP席の周りに居る教師陣のところに走っていく。
客席がざわめき始める。
ワレオは訳が分からない様子で呆然と立っていた。
教師陣が何やら話すと、すぐにマカリー先生を含む何人かの教師がウニの方に向かい、ウニの増幅器を受け取ると、レト念をまとわせたりして何やら話し始めた。
そして、教師陣は様々な方向に散らばって走っていく。ウニの増幅器はマカリー先生が持っているようだ。
しばらくすると、スピーカーから声が流れ始める。
「なんということでしょう! たった今こちらに届いた情報によると、ウニ・バースは実戦用の増幅器を持ち込んだため失格となり、ワレオ・ナカムラの勝利となります!」
会場のあちこちから驚いたような声が上がる。
増幅器が訓練用か実戦用かは、攻撃やバリアを見ただけでは分からない場合がほとんどで、使う側が出力を手加減すれば尚更分かりづらくなる。しかし、レト念と親和性高い人や優秀な人が近くで見れば、見ただけでどちらか分かる場合もある。
「(まさかの展開になったな。ワレオくんが準決勝進出とは!)」
しばらくするとVIP席から、高級そうなスーツを着た中年の男が、護衛らしき4人の男を連れて競技エリアに飛び出してきて、ウニに近づいて大声で怒鳴り始めた。
「息子と当たる可能性もあったのによくもこんな危険な真似を! 学長から聞いたぞ、優勝候補だったキララさんに毒を盛ったのもお前だろう!」
ウニは驚き、怯えたような表情をしていた。
「こいつをダイダンエンに連れていって自宅や所持品なんかも調べろ!」
リンタローの父親らしき男がそう言うと、護衛のうち3人がウニを無理やり連れて、出入り口に向かって歩き始めてしまった。
突然で無理やりな連れて行かれ方に見えるが、すぐに止めに入る者は1人も居なかった。
レト念学園があるワラシアン地域やその周辺地域で犯罪や危険行為を起こすと、基本的にはダイダンエン本部や支部に連れていかれて取り調べを受けることになるので、連れて行かれること自体はおかしくないこと、そして、モエルンダ財閥の権力や影響力の大きさを恐れてのことだろう。
「(なんか、あの学生が不憫に思えてきた。そもそも、上手く手加減するとしても、実戦用の増幅器が誰にもバレないことに賭けるようなマネを優等生がするのは不自然なような……)」
ハンキは今のウニの姿と、学生時代にいたずらやサボりがバレて冷たい目線を向けられながら先生に怒られていた自分が重なり、なんとなく助けたいと思った。
思わず席を立ちあがったが、一歩踏み出すかどうかを悩んでいた。
時は少し遡り十数分前。
学園のとあるベンチで、エンドーは座って考えごとをしていた。
「(もし犯人が見つからなかったら、日を改めて、人員を増やして大掛かりな捜査をするか、または再発防止のための対策を考えることになるかな)」
エンドーは、キララが毒を盛られた事件の捜査に行き詰まっていた。
「(経験上、捜査が上手くいかないときって、権力者が犯人だったりするんだよな。一応、今年のトーナメント出場者にもほぼ権力者みたいのが居るが……)」
リンタロー・モエルンダ。モエルンダ財閥の現トップであるモリゾー・モエルンダの息子だ。
「(ん? 待てよ、シャロン学長はレトフェスの出資者たちに、トーナメントを延期しないように言われたって言ってたな。モエルンダ財閥も出資団体の1つらしいが……まさか、キララさんを排除した状態でトーナメントをやらせることで、リンタローさんを難なく優勝させようとしてるんじゃ!?)」
モエルンダ財閥を怪しく思い始めるエンドー。
「(そういえばいつか、俺も半ば飾りとして参加させられたダイダンエンのPRイベントに、モリゾーさんも来てたな。あのときはどんな印象を受けたんだったか……)」
エンドーは印象的な記憶、特に人と話していたときの記憶をかなり鮮明に思い浮かべることができるという特技を持っていた。
何年も前にモリゾーと話をしたときの記憶を思い浮かべていく。
「!!!」
記憶の中のモリゾーを見て、エンドーに衝撃が走った。
正確には、当時モリゾーに付いて回っていた秘書を見て驚いた。
化粧や髪型、身に着けているものの雰囲気はかなり違うが、あれはマカリー先生だ。
「(彼女はモエルンダ財閥が学園に送り込んだスパイか!?)」
続けて、マカリー先生の事務室で事情聴取をしたときの記憶を思い浮かべる。
「(キララさんはマカリー先生に呼ばれて、あの事務室で長時間話していた。毒を飲ませるチャンスとしては、そのときが一番怪しい。キララさんは出されたものを飲み食いしていないと言っていたが、なにか方法は……)」
ふと、事務室の棚の上にあった四角い箱のようなものが気になる。
「(加湿器!? これで毒を充満させた部屋に長時間居たからキララさんはレト念が放てなくなったのか? 前例は知らないが、ありえない話ではない)」
エンドーはレト板でキララに通話要求を送る。
程なくして、キララが応答した。
「はい、なんでしょう。エンドーさん」
おそらくトーナメント戦真っ最中のアリーナに居るのだろう。キララの声以外にも、賑やかな声が聞こえてくる。
「キララさん、突然すまない! 急なんだが質問に答えて欲しい。君は、3日前にマカリー先生と事務室で長時間話していたと言っていたよな?」
「はい、そうですが」
「そのときに、部屋の加湿器は動いていたか?」
「動いていたと思います……え!? まさか!」
「いや! 気にしないでくれ! 君は何もするなよ! じゃあまた後で!」
通話を終了するエンドー。
「(やはり、マカリー先生がモエルンダ財閥のスパイで、リンタローさんを優勝させるための細工をしてるんだろうか……部屋に毒を充満させたとすれば、本人も無事では済まないはず。耐毒薬なんてのもあるが、あんなものの効果はたかが知れている。マカリー先生に会いに行って、増幅器が問題なく使えるか試してみよう。教師陣のメイン戦力の1人だし、きっと今はアリーナに居るよな?)」
ここで、エンドーが更にあることを思い出す。
「出場者用控え室の備品はモエルンダ財閥製のものばかりだった。嫌な予感がする。アリーナに急ごう)」
エンドーは立ち上がり、学園のアリーナへと急いだ。
数分後、アリーナに到着するエンドー。
競技フロアや1階席エリアに続く入り口に向かうと、そこに居た職員がエンドーに気付く。
「エンドーさん! お疲れ様です」
「こんにちは。ちょっと通らせてもらうよ」
一応ダイダンエンの身分証を見せながら、中へ入っていくエンドー。
1階席エリアに出ると、アリーナ内のスピーカーから女子学生の声が聞こえてくる。
「なんということでしょう! たった今こちらに届いた情報によると、ウニ・バースは実戦用の増幅器を持ち込んだため失格となり、ワレオ・ナカムラの勝利となります!」
「(なんだって!? ウニさんが実戦用の増幅器を持ち込んだ!?)」
競技フロアのウニを見てみると、ウニは何も持たずに教師陣の方を見ながら、非常に驚いたような表情をしている。
「(あの表情、身に覚えがないのか? だとすると別人の仕業か? まさか、財閥で用意したマスターキーでも使ってウニさんのロッカーの中身を入れ替えたか!?)」
するとVIP席からモリゾー・モエルンダが、護衛に雇ったダイダンエンの社員らしき4人の男を連れて競技エリアに飛び出し、ウニに向かって大声で怒鳴り始めた。
「息子と当たる可能性もあったのによくもこんな危険な真似を! 学長から聞いたぞ、優勝候補だったキララさんに毒を盛ったのもお前だろう! こいつをダイダンエンに連れていって自宅や所持品なんかも調べろ!」
モリゾーがそう言うと、護衛のうち3人がウニを無理やり連れて、出入り口に向かって歩き始めてしまった。
「(まずい! あんな無茶をするなんて、彼らは既にモリゾーさんに飼い慣らされてるようだな。本部に連れて行くようなことを言っていたが、俺の推理が正しければ、それは建前で、最悪、全ての罪をウニさんになすりつけて、事故や自殺に見せかけて消すなんてこともありえるな……)」
恐ろしい可能性に冷や汗を流すエンドー。
「(ここで騒ぎ立てても、俺が取り押さえられるかもな……外までこっそり追った方が良さそうだ。だが、万が一戦闘になったら、1人で3人を相手にウニさんを守り切れるか? 協力者が欲しい)」
エンドーは少し周りを見渡すと、自分の運の良さを確信した。
職員席で立ちあがる男、ハンキ・ライト。己の妙なプライド以外に守るものが無い彼なら、モエルンダ財閥など恐れずに手を貸してくれるだろう。
エンドーはハンキに近づいて肩を叩く。
「ハンキ、俺だ。エンドーだ」
「うええ!? 何か用!?」
エンドーはハンキに顔を近づけて、少し小声で続ける。
「今連れていかれた彼女、ウニさんを一緒に追って欲しい。このままだと、彼女の身が危ないかも知れない」
「わ、分かった」
エンドーがハンキの背中を手のひらで押し、少し姿勢を下げ、早歩きでさり気なくウニが連れていかれている方へ向かう。
VIP席周辺や上の階の客席は今の一連の出来事で騒然としていた。
エンドーが少し小声でハンキに話しかける。
「キララさんというとんでもなく強いらしい学生が、トーナメントに出る予定だったのは知ってるか?」
「知ってる」とハンキも頷きながら少し小声で答えた。
「実はキララさんはチンモクサソリの毒を盛られたんだ」
「さっき、あのVIP席の人が、それがウニさん? の仕業だって……」
「いや、おそらくモエルンダ財閥が、身内のリンタローさんを優勝させるため、キララさんに毒を盛った後、ウニさんに罪をなすりつけようとしてるんだと俺は考えてる」
「ええ~なんてこと! でも、どうしてそう思う?」
「何年も前、マカリー先生とそっくりの女が財閥の秘書をやっていたのを見たことがある。そして最近、マカリー先生がキララさんに毒を盛っていそうなタイミングがあった。控え室のロッカーもモエルンダ財閥製だから、マスターキーを用意してウニさんの増幅器をすり替えたのかも知れない」
「そういえば、あの人は最初審判をやるとき、控え室の方から出てきてた!」
「フッ、依然として怪しいわけだな」
2人はウニたちより少し遅れてアリーナから出ていく。
エンドーとハンキがアリーナを出て周りを見渡すと、少し遠くにウニを連れた男3人が見えた。人通りの無い、林になっている場所に入っていったようだ。
「普通の道で行けよ……じゃあハンキ、まず俺があいつらに話しかけにいく。お前は近くの草むらかなんかに隠れて、様子を窺ってくれ。危ないと思ったら援護するんだ。ちゃんと俺とウニさんを守ってくれよ」
「はい、善処します……」
2人は走って林に入り、エンドーだけはそのままウニたちが居る方に向かっていく。
「おい、ちょっと待ってくれ!」
エンドーが声をかけると、4人が振り向き、男の1人が口を開く。
「誰だ? え、エンドーさん!?」
「その危険な学生は俺がダイダンエンに連れて行く。あなたたちは、モリゾーさんのところに戻ってくれ。他にも危険が残ってるかも知れない」
「いやいや、エンドーさんの手を煩わせるわけにはいきませんよ」
「いや、俺に任せてほしい。彼女にいろいろ聞きたいこともあるのでね。学長の了承も得ている」
しばしの沈黙のあと、エンドーと向かい合っていた男2人が突然増幅器を構え、エンドーに攻撃し始める。
緑と黄色の強力なバリアが張られ、エンドーの身を守る。
エンドーは手をかけていた小型の射撃タイプ増幅器を抜いて右前に飛び込みながら、すかさず斜め上に向かって射撃をし、2人を倒した。
残りの男1人がウニを人質に取りそうな動きを見せたが、横から緑色の射撃が飛んできて大きく怯む。そこにエンドーが射撃を叩き込み、その1人も倒れた。
うつ伏せに倒れたエンドーと、怯えた様子のウニ。
エンドーが立ち上がりながら口を開く。
「ひとまず、もう大丈夫そうだな。ケガはないか? ウニさん」
「うん……えっ、どういうこと?」
訳が分からない様子のウニ。
「事情を説明しないとな。それにしても、遠隔であれほどのバリアを張れるとは、助かったよありがとう!」
エンドーが周りを見回しながら話しかけると、近くの草むらからハンキが歩いてきた。
「ハンキちゃん……!」
ウニが感極まったような声を出す。
「へっ?」
話したことのない相手に突然名前を呼ばれて、ハンキも訳が分からない様子だった。




