【第1章その7】
ニッキーと別れたエンドーは数分後、学生たちのウニの目撃情報をもとに、陸上部のクレープ屋の近くにあった訓練場とは別の訓練場Aに来ていた。
エンドーが訓練場Aに入ると、訓練場Dのときと同じく、何人かの学生が訓練場の端に並んだレト線機器に向かって増幅器を扱う訓練をしていた。
エンドーが学生たちに目をやると、その中にトーナメント出場者が二人居るのが分かった。
一人はモック・デロン、もう一人はゲンタ・セイブで、どちらも15年生の男子学生だ。
モックは相手の攻撃の光を見ただけでその威力を正確に判断できる能力を鍛えた学生で、その能力による最適な防御行動及びその後の反撃を得意とするらしい。増幅器は読者の世界で言う機関拳銃のような中型の射撃タイプと、ナイフ型の格闘タイプを併用するようだ。サバイバル部という部活に所属していて、危険動物が居る場所で生活して自分を鍛えたりする、ストイックな人物のようだ。ちなみにサバイバル部は活動の危険性が問題視され廃部寸前らしい。
ゲンタは大柄で鍛えられた体が特徴の学生だ。体の鍛え具合はある程度レト念にも影響するため、ゲンタは体を鍛えるというアプローチで強力なレト念を扱うようになった。
増幅器は手に装着するグローブ型の格闘タイプのものを使い、相手に直接殴りかかるだけでなく、地面や床などにレト念を送り込み、ある程度離れた相手の足元から攻撃を放つという珍しい攻撃も扱うようだ。また、複数の増幅器を同時に扱うことはかなり難しいとされている中、両手に装着して使うこともできるらしい。
エンドーは訝しんだ。
「(ウニさんの目撃情報を元にあちこち回ってきたが、見事に追いつけないな……それに、行く先々にトーナメント出場者が居るが……まさか、出場者に何かしようとしているのか? だとすると、今日見ていないトーナメント出場者がまだ1人残っている。ワレオ・ナカムラさんだ)」
エンドーは今朝、シャロン学長から、キララの代わりにワレオが明日のトーナメントに出場するという話を聞き、ワレオの情報も提供してもらっていた。
「(ダメもとで、次は先回りを狙ってみるか。ワレオさんにも会ってみたいしな)」
エンドーは訓練場Aを出てすぐ、レト板でワレオに通話要求を送る。
するとすぐに応答があった。
「はい、どなたでしょう?」
「突然申し訳ない、ダイダンエン所属のエンドーという者です。そちらはワレオさんで合ってるかな?」
「はい、そうです」
「よかった。実は、レトフェスのトーナメントに関することで、会って少し話を聞きたいんだが、今どこで何をしてるんだ?」
「学園の西の端の、部室とかになってるプレハブ小屋が並ぶ通りで、一応、訓練をしてますが……」
「(なんであんなところに?)分かった、今から向かってもいいか?」
「はい、えっと、もっと分かりやすい場所で待ち合わせしなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だ! そこで訓練を続けててくれ。しばらく経っても俺が来なかったら、この件は忘れてくれ」
「分かりました……」
「では、失礼する」
通話を終えたエンドーは、急いで学園の西の端に向かった。
数分後、エンドーが学園の西の端に着くと、数十メートルほど離れた小屋の前に、ワレオらしき人影が居るのが見えた。
エンドーは物陰からしばらく様子を見る。
ワレオは先端にナイフ型の増幅器を付けた大型の射撃タイプ増幅器を使っていて、ナイフ部分にレト念をまとわせようとしているようだ。
そう、ナイフ部分にレト念をまとわせるだけで悪戦苦闘していた。ナイフ部分が一瞬だけ光るものの、振りかざしている最中に光が消えてしまっている。それを何度も繰り返していた。
「(格闘タイプの攻撃は会得が難しいとはいえ、あんな調子じゃトーナメントで活躍するなんて夢のまた夢だろうな。キララさんは何故彼を推薦したんだ? よほど彼が射撃に優れているのか? それとも仲が悪くて、彼に恥をかかせようとしているのか?)」
エンドーはそんなことを考えながら、ワレオが居る小屋の周辺を見渡してみる。すると、小屋の近くの林に「自分だったらここに隠れる」と思えるような草むらを発見した。
エンドーはその草むらに近づいていく。といっても、小屋の前の道からそれて、林になっている場所から回り込み、音を出さないように慎重に近づいていく。
すると、居た。黒いショートヘアで下に青いジャージを履いた人物が、草むらにしゃがんで隠れ、双眼鏡を使って小屋の方を見ていた。
エンドーは音を立てないようにゆっくりとその怪しい人物に後ろから近づき、声をかける。
「おい、そこでなにしてる」
「ひゃっ!?」
驚いて振り向いた人物は、やはりウニだった。
「あ、あの、道に迷っちゃって……」
苦しい言い訳をするウニに対して、反笑いでエンドーが続ける。
「そんなわけないだろう。なんで彼を監視してるんだ? ウニさん」
「……」
ウニは少し焦ったような様子で黙り込んでいる。
「自己紹介がまだだったな。俺はダイダンエンのエンドーだ」
「知ってるよ」
「知ってるなら話は早い。トーナメント参加者の周りをうろついてるようだが、なにか悪さをしようとしてるのか?」
「こ、これは単なる敵情視察だよ!」
「それにしても妙に手慣れているというか、怪しすぎるというか……とにかく、風紀と安全を守る立場からすると、見逃せない雰囲気だな」
「見逃せないって、あ、あたしをどうする気!?」
「今のところはなにも。この場での注意だけだな。だが……単刀直入に言うと、ある件に関する、君に対する疑いが濃くなった」
「え!? キララちゃんに毒を飲ませたのはあたしじゃないよ!」
「おや? 俺はまだなにも言っていないが?」
「あっ……う、噂で聞いたの!」
「キララさんが毒を飲まされたことを、誰に聞いたんだ?」
「えっと……」
「言えないみたいだな。はあ……君がトーナメント優勝のためにまず一番厄介で身近なキララさんに毒を飲ませて、そして他の出場者にも、なにか仕掛けようとしてるんじゃないのか?」
「違う! あたしはなにもしてない」
「本当か? 今認めれば、後遺症の残らない毒を飲ませただけということで、そこまで大した罰は受けないだろう。だが今否定して、もし後で改めて君が犯人ということになったら、鳥かごでの刑が重くなるぞ?」
エンドーは厳しい口調と表情で詰め寄る。
「あたしはなにも知らないよ。証拠もないでしょ? もう話はいいかな?」
ウニは立ち上がると同時に走り出し、エンドーが先ほど居た方向に逃げ出してしまった。
「あっ! おい!」
エンドーはつい引き留めるような声をかけたが、確かに証拠は無いし、ワレオにも話を聞きたかったので、ウニを追いかける気にはなれなかった。
「(なかなかの身のこなしだ、俺の追跡も意図的に避けていたかも知れないし、ただ者じゃないな……明らかに何かを隠している態度も気になる。しかし、キララさんの件への関与を否定する態度は嘘に感じられなかった……)」
エンドーは少し困ったような表情をしながら、ワレオの居る方へと向かった。
エンドーがワレオの居る小屋の方へ向かうと、それに気づいたワレオが声をかけてきた。
「こんにちは。エンドーさんですか?」
「ああ、そうだ。突然すまない、ワレオさん。今ちょっと話を聞いてもいいか?」
「はい、大丈夫です。さっき、あっちで誰かと話をしていましたか?」
「ん、そうだな……実は、トーナメント出場者のウニ・バースさんが、他の出場者の周りをうろついてるみたいでね、さっき、あそこで隠れて君のことを監視してたから注意したんだ」
「ええ!? おれなんかを監視してどうするんだろう……」
「俺にも分からない。彼女の言う通り、単なる敵情視察だったのかも知れないが、念のため気を付けておいてくれ」
「分かりました」
「ちなみに、ウニさんとは知り合いなのか?」
「いえ、学年も違うし、話したこともないと思います。今朝掲示板とかにあったトーナメント戦の情報を見て初めて知りましたよ。他も、知らない名前ばかりでした。あ、あの……おれ、ああいうのに出る人たちとは程遠い存在だと思うんですよね」
「そうなのか……では、キララさんと君はどんな関係なんだ?」
「同じ授業に出ることは多かったけど、それ以外特に一緒に行動した記憶はないですね。どうして俺をトーナメントに出そうとしたのかも分かりません。まあ、推薦されたからには、できるだけ頑張るつもりですけど」
「なるほど。突然なんだが、おとといの昼はどこで食事したか覚えてるか?」
「購買部で買った弁当を、そこの小屋で食べたような……」
「そこの住人と知り合いなのか?」
「ああ、はい。実は画面ゲームでよく一緒に遊んだりするんです。今日は居ないみたいですけど」
「そうなのか! ……いろいろありがとう。訓練の邪魔しちゃ悪いし、そろそろ失礼するよ。もしまた連絡したときは応答してくれると助かる」
「はい。お疲れさまですー」
エンドーは元来た道の方に戻っていった。ワレオは少し考え込む。
「(純レト念のことは警備員や学園のお偉いさんには言わない方がいいってハンキさんが言ってたけど、今みたいな感じで大丈夫だったかな?)」
この後エンドーは、学園をパトロールしながら、しっかり話が聞けていなかったトーナメント出場者やその友人と話をしたりした。
しかし、リンタロー、キャメシマ、ナナノ、ゲンタ、モックは全員おとといの昼はキララと同じ食堂に行っていないようで、捜査に目立った進展はなかった。
また、念のためトーナメント会場のアリーナにある、出場者控え室を調べにも行った。
そこには、ロッカーやイス、テーブル等の備品があり、どれも最近新調されたように綺麗だった。特に印象的だったのが、壁に設置された大きな画面だ。
これはおそらく、アリーナ内に設置された大型レト線カメラからの映像を映し、競技エリアでの対戦の様子を見るためのものだ。
「(おお、これは。前よりも立派な感じになってるな。きっと高かったんじゃないか?)」
控え室にある備品は、レトフェスの出資団体の1つであるモエルンダ財閥製のものばかりだった。学園側が付き合いがてら、勧められるまま購入したのかも知れない。
エンドーはロッカーを全て開けるなどして部屋をくまなく調べたが、怪しいものは見つからなかった。
ちなみに、ワレオをトーナメントに出場させた理由をレト板のメッセージでキララに尋ねると、最近の戦闘訓練で思わぬ抵抗を見せられたことで彼を気に入ったからといった返事が届いた。
「(へえ。やっぱり、よほど射撃の威力自体には優れるということか?)」
夕方、エンドーはシャロン学長に、ウニが怪しい上に明らかに何かを隠している態度だが、毒を飲ませたことを否定する態度は嘘っぽくなかったことや、レトフェスが終わるまではウニを警戒するように職員たちに伝えておいてほしいことなどを報告し、その日の業務を終えた。
次の日、レトフェス2日目の昼、もうすぐ学生たちによるトーナメント戦が開催される学園内のアリーナ周辺は、多くの客で賑わっていた。
ワレオがトーナメントに出るということで一応トーナメントを見に来たハンキは、出場者以外の学生や一般客は入れない競技フロアや1階席エリアに続く入り口に向かい、職員の身分証を見せて入場していく。
そして出場者用控え室や職員用控え室の前を通り過ぎ、1階席エリアに出る。上の方の階は外部からの客や学生たちで賑わっていた。
1階席エリアにはVIP席と職員席があり、そこから少し階段を下りた中央部が競技エリアになっていた。
ガラガラに空いている職員席に座るハンキ。職員たちはそれぞれレトフェスで忙しく、ベテラン教師陣もVIP席の近くでバリア役兼観戦をするので、職員席は空いていることをハンキは予想していたわけだ。
「(一応見に来たけど、ワレオくんはすぐに負けるだろうな)」
ハンキは座ってそんなことを考えながら、少し離れたVIP席の方を見る。
VIP席には世間的には有名なのであろう人物たちが座っていたが、世間に疎いハンキには学長と副学長以外は誰だか分からなかった。実戦用と思われる大型の射撃タイプ増幅器を持った警備員らしき護衛を周りにはべらせている者も居る。おそらく、レトフェスに駆り出された警備員ではなく、個人的に雇っている警備員だろう。
しばらくすると、アリーナ内にいくつか配置された大型レト線スピーカーから、放送部の女子学生の声が流れてくる。
「皆さん、レトフェスへようこそ! いよいよ目玉イベント、選ばれし学生たちによるトーナメント戦です! まずは今年の出場者8人に出てきてもらいましょう!」
スピーカーから軽快な音楽が流れ始める。オージャトイ地域で流行っている男性アイドルグループの曲のイントロだったような気もする。
程なくして、先ほどハンキが通ってきた通路の方から、8人の学生が、1列になって競技エリアの中央に向かって歩いてきた。周りに向かって手を振っている学生も居る。ワレオは手を振ったりはしていないが、特に緊張した様子もなく、興味深そうに周りを見ながら普通に歩いていた。
また、出場者たちは増幅器を持っていないようだ。過去に開会式でテンションが上がって攻撃を振り回し合った学生が居たからとか、器用な人物だと持続系や時間差系の攻撃を競技エリアに仕込んでおく可能性があるからとか……ともかく、対戦時以外で増幅器を持って競技エリアに立ち入ることはあまりよしとされていない結果だろう。
客席では、出場者と同じ部活の学生たちを中心にあちこちが大盛り上がりしていた。ハンキは自分の学生時代の青春のなさ具合を思い出して嫌な気持ちになった。
出場者たちが競技エリアの中央に着いて並ぶと、再びスピーカーから声が流れ、学生の紹介を始めていった。




