【第1章その4】
「キララ・マクハリ 対 ワレオ・ナカムラ、戦闘開始!」
オシテー先生が戦闘開始の合図を出した。
開始直後、キララの前面を覆うように、赤透明のレト念の壁が現れる。
そしてキララはその壁と共にワレオに向かい素早く一直線に走り始めた。
ほんの数秒で二人の距離が詰まる。ワレオはキララが突っ込んでくるギリギリのところで、左半身に黄色いバリアを張りながら右に飛びのく。
キララとワレオが交差し、弾けるような音と共にワレオのバリアが破壊されるが、バリアと回避の合わせ技のおかげで軽いダメージで済んだワレオ。
ワレオは手を地面につき、体勢を立て直す。キララの方を見ると、彼女は振り向き、次の攻撃の構えを見せていた。
卓越した才能による、「強力なバリアと攻撃を一体化させた壁」を張った状態での突進。剣型の増幅器を使ってはいるが、これがキララの得意技だ。
ほとんどの学生はキララのバリアに対抗できず、突進を避け続けようにも、増幅用カートリッジや本人の消耗ですぐにジリ貧になってしまうのだ。
キララが再び突進し始める。ワレオはキララに向かって数発射撃を放つが、相手は避けるそぶりすら見せない。
射撃は簡単に防がれ、キララがそのまま突っ込んでくる。
ワレオはギリギリのところで、左半身にバリアを張りながら右に飛びのく。先ほどと同じ光景が繰り返される。
このままではワレオがジリ貧になるのは明白だった。
「(なんとかして背後から攻撃するか? 攻撃を避けた直後がチャンスだけど、こっちが体勢を立て直している間に彼女も体勢を立て直してしまう・・・)」
一応攻略法を考えるワレオ。しかし、今の自分に可能な良い方法は思い浮かばなかった。
ワレオはできる限り早く射撃を試みるが、素早く振り向き突進を再開したキララに防がれてしまう。
同じような二人の交差が更に繰り返される。
「ぐっ……」
攻撃をいなしきれず、消耗するワレオ。毎度ほぼ全力の動きで回避しているため、本人のスタミナがもちそうにない。
また、バリアで攻撃を防ぐことは比較的カートリッジの消耗が少ないとはいえ、射撃で攻撃を行うことも加味すると、そろそろカートリッジの交換が必要になりそうだ。
「(他におれにできること……)」
ワレオの頭に、使わないと決めていたはずの純レト念のことが思い浮かぶ。
「(でも、増幅器より威力の低いあれを使ったところで何になるんだ? ……いや、まだ試してないことがある!!)」
負けるつもりでいながらも、実際に窮地に立つと何故か抵抗しようとしてしまう。なぜならそっちの方が面白いと思ったから。
ワレオは増幅器を構え、再びこちらに向かって走り出してくるキララにしっかりと狙いを定める。
そして、増幅器による射撃を行うと同時に、全力で純レト念による射撃のイメージをした。
キララに向かって連続射撃が放たれる。
純レト念よりも強力な増幅器の射撃の黄色い光にかき消されて、青い光は見えない。しかし、ワレオには純レト念を使った手ごたえがあった。
キララのレト念の壁に連続射撃が全弾命中する。すると壁が割れ、キララは少し体勢を崩した。
キララは驚いた表情をしたが、すぐに壁を張り直し、突進を始める。
ワレオは再びキララに向かって先ほどと同じ射撃を試みる。すると青い射撃が放たれ、壁に簡単に防がれる。増幅用カートリッジのレト念が切れていたようだ。
キララの突進をもろに食らい、ワレオは弾き飛ばされた。
「うわっ!!」
衝撃で倒れっぱなしになるワレオ。
「そこまで! 勝者キララ・マクハリ!」
オシテー先生が戦闘終了の合図を出す。
弾き飛ばされたワレオだが、使われた増幅器は所詮訓練用。倒れたところに追い討ちでもされない限り気絶などはしない。ワレオはすぐに落ち着きを取り戻し、起き上がろうとする。
すると、オシテー先生に力強く増幅器を取り上げられてしまう。
「あっ、ちょっと! ……なんですか」
驚いた顔でオシテー先生を見上げるワレオ。
オシテー先生は訝しむような表情でワレオの増幅器を観察した後、カートリッジを交換し、誰も居ないところに向けて一発射撃をする。
その後、オシテー先生が口を開く。
「実戦用かと疑ったんだが、ちゃんと訓練用みたいだな。どうやってキララのバリアに対抗したんだ?」
「えっと、つい最近、射撃を鍛える訓練を自主的にやってまして……」
「……言っちゃ悪いがレト念関連科目ではロクにやる気を見せないお前が? 急に?」
「そ、そう言われましても」
「それに、お前が最後にキララの突進を食らう直前、青い光が見えた気がしたんだが」
「先生、おれが人間じゃないって言うんですか? きっと気のせいですよ」
学生たちの間で少し笑いが起こった。学生たちはワレオがキララのバリアを割ったことに気を取られて、その後の青い光には気づかなかったようだ。
「……疑って悪かった。今回の戦いぶりは加点対象にしておく」
そう言ってオシテー先生はワレオに増幅器を返した。
「ありがとうございます」
せっかくの加点が純レト念でうやむやになるのも嫌なので、ワレオはこの日の授業の残りは純レト念を使わずに済ませた。
数時間後、ハンキの小屋で、ハンキとワレオはライトニングボックスで遊んでいた。
ワレオが話を振る。
「ハンキさん、突然なんですけど、増幅器のレト念と純レト念を同時に使ったことってありますか?」
「低学年時代に1回だけやろうとしたことがある。同時には使えなかった。それからは試してない。増幅器嫌いだし、なるべく触る時間は減らしたいね」
「そうですか……実はおれ、今日の授業で増幅器による攻撃と純レト念による攻撃を同時に放ったんです。そしたらバリアが得意な優等生のバリアを割ることができたんですよ。その後負けましたけど……」
「ええ!? すごいね! ワレオくんは増幅器を構えたポーズでの純レト念が得意だから、そういうところが影響してるのかな。でも、私はあんまり興味ないかな」
「ははは……それから、全然関係ない話なんですけど、もうすぐレトフェスですね」
レトフェスとは、レト念学園で年に一度、2日間開催される学園祭だ。
学園外からも多くの客が来て、学園のスポンサー企業が出資してたりもする、かなり気合の入ったイベントだ。
学園外のお客からは入場料を取っていて、有料の出し物も多数あり、なかなかの経済効果があるらしい。
レトフェスの2日目には例年、学園から選ばれた優秀な学生8人が訓練用の増幅器を使って戦うトーナメント戦があり、そちらもかなりの人気を誇っている。
トーナメントの優勝者にはかなりの箔が付き、好きな就職先を選べると言っても過言ではない。それほど注目されるイベントだった。
「へへっ、その話も興味ないけどね」
ハンキが笑いながら茶化す。
「はははっ、そうですよね。でも、さっき話したバリアが得意なキララっていう女の子は、おれと同じ14年生なのに、今年のトーナメント出場者で、しかも優勝候補だって言われてるんですよ」
就職に大きく影響する場合があることから、就職活動が本格化する時期の15年生が主なトーナメント出場者となるが、戦闘訓練での戦績次第では13~14年生の学生も出場することがあるのだ。
「ふーん。15年生じゃないのに選ばれるってことは、随分強いんだねえ」
数日後、レトフェスの開催前日の朝、キララ・マクハリは訓練場に居た。
「(もうトーナメントは明後日か、優勝できる自信はあったけど、少し不安になってきたな。ワレオにも真っ向勝負でバリアを割られちゃったし)」
操るレト念を少しでも鍛えようと、自主訓練を始めようとするキララ。威力測定器に向かって、剣型の増幅器を構え、いつものように「壁」を作ろうとする。
「(……あれ!? どういうこと!?)」
キララは驚きと不安の表情を浮かべる。なんと、レト念が全く放てなくなっていたのだ。
その後、単純な斬撃やバリアを使おうとしても、全く放つことができない。
増幅器に問題がある可能性を考えて、貸し出し用の増幅器をいくつか使ってみたが、結果は同じだった。
「(そんな……どういうこと?)」
不安と焦りに満ちた表情のまま、キララはひとまず、学園内にある診療所「夕暮れ院」へ向かった。
十数分後、夕暮れ院で診察用のレト線機器での検査を受けたキララは、担当してくれた女性医師から診察の結果を聞いていた。
「特殊なレト念が体を回っていて、レト念が増幅できなくなっていますね。いわゆる、チンモクサソリの毒が体を回っています。あまり考えたくない話ですが、毒を飲まされた可能性が高いですね」
チンモクサソリとは、この世界の危険動物の一種で、人間より一回り小さいぐらいの巨大なサソリだ。
放つ攻撃は危険動物の中では貧弱な部類だが、尻尾に見える腹部の先端(便宜上尻尾と呼ぶ)で作られる特殊なレト念を体内の水分と混ぜ毒液を作り、尻尾を直接相手に刺したり、個体によっては尻尾から射撃をしたりして、外敵や捕食対象に毒を回らせる。
毒が回った動物は、レト念が増幅できなくなり、戦えなくなってしまう。チンモクサソリはそこをレト念をまとったハサミなどで一方的に攻撃するといった戦い方をするのだ。
このように、一部のレト念は水に混ぜ、物理的に運用することができる。
そのため、優秀な学生やレト念行使者がチンモクサソリを狩って「毒液」を手に入れ、誰かに飲ませるといったことは十分考えられる話だった。
医師が説明を続ける。
「前例から考えて後遺症は出ないと思いますが、しっかり毒が回ってしまっていて、4日間から7日間程度は戦えないと思います」
「そんな……」
トーナメントで戦えないという事実にキララは唖然とした。
数時間後、ハンキとワレオはいつもの小屋の裏で訓練をしていた。
「増幅器と純レト念を同時に使うワレオくんの技、なかなか凄いな……見た感じだと、威力が少し上がっていて、特にバリアを割るのに長けてる」
「おお! すごいです! おれ、もっとこの技を磨いて強くなれるかも知れませんよ! ハンキさんのおかげです!」
「……」
増幅器が絡んでいるからか、ハンキは不満そうだった。
そんなとき、ワレオのレト板が振動する。誰かから通話要求が届いたようだ。
「通話? うわあ…… ちょっと失礼します」
そう言った後、ワレオは通話に出る。通話の相手はオシテー先生だった。
「はい、ワレオです」
「オシテーだ。今、学園に居るか?」
「はい、居ます」
「すまないが俺の事務室に来れるか? かなり大事な話がある」
「分かりました、今から向かいます」
「分かった、待ってるぞ」
通話を終了するワレオ。
「すみませんハンキさん、先生から呼び出しがあったので行ってきます……」
ワレオはとても不安そうな表情だった。
「あ、ああ、行ってらっしゃい」
ハンキに見送られ、ワレオはオシテー先生の事務室へと向かった。
数分後、オシテー先生の事務室のドアの前にワレオは立っていた。
「(この前の戦闘訓練で純レト念を使ったのが問題になったんじゃ……)」
不安を募らせるワレオだったが、意を決してドアをノックする。
「はーい。どうぞー」
中からオシテー先生の声が聞こえ、ワレオはドアを開ける。
「失礼します。ワレオです」
「おお、とりあえずそこに座ってくれ」
テーブルを挟み、オシテー先生と向かい合って座るワレオ。
オシテー先生が口を開く。
「ちょっと驚く話なんだが、キララ・マクハリが明後日のトーナメントに出られなくなった」
「ええ!? どうしてですか?」
「詳しいことは言えん。とにかく出られなくなった。それで、俺はキララを不憫に思って、トーナメントが延期にならなかった場合に代わりに出場させたい学生は居ないか聞いてみたんだ。そうしたらワレオ・ナカムラ、お前を推薦した」
「……えっ!?」
「驚くのも無理はない。だが、学長もキララの推薦に任せるという意見に同意してくれた。どうだ? トーナメントに出るか? まあ、延期になって予定通りキララが出るかも知れないけどな」
「うっ……トーナメントは明後日だから、早く決めないといけませんよね」
「ああ、今決めてほしい。レトフェス自体は基本的に全員参加なんだから、スケジュール的には問題ないだろう?」
「わ、分かりました。トーナメントが延期にならなかったら、おれが出ます。どうなっても知りませんよ……」
トーナメントに出場することは、ほとんどの学生にとってはとても名誉なことだ。そして、キララの推薦を無下にするのも気が引けてしまい、提案を受け入れてしまうワレオ。
「よし、分かった。手続きは俺に任せてくれ。当日はアリーナ1階の出場者控え室に早めに来るんだぞ」
オシテー先生との話を終え、事務室から出るワレオ。
「(とんでもないことになっちゃったぞ……)」
ワレオはひとまず、トーナメントに出る可能性がある旨を家族やハンキにメッセージで知らせた。




