第9話:競合比較:マツキチの資産価値と都会のインセンティブ
直感的に「静だ」と理解した。
まあ、こんな世界にいるのだから当然だが、呆気に取られるほどの異様な容姿が、これまで見せられた歪んだ怨念とイメージが一致したからだ。
ギラギラと下品にきらめく大量の安っぽいアクセサリー(なんて言うのか知らない)が、頭、耳、首、手首をゴテゴテに飾っている。茶色く染められた髪はくるくると細かくカールし、ところどころにカラフルな色が挟まっている。
着ているのは、紫色の蝶が大量に描かれた振り袖で、ラメがギラギラと光っている。それを大胆に胸元を開けて着崩している。ただし、顔を始め、見えている肌は全て漆黒のような黒だ。ファッションの奇抜さも相まって何ともグロい。
(……成人式?)
ゲイである悠斗は女性のファッションに全く興味がない。この派手派手しさは、毎年ニュースで見かける成人式の女性を連想させた。趣味が悪いとしか言いようがないが、個人の趣味に口を出すほど愚かでもない。
「どう、驚いたでしょ?」
静は真っ黒な顔で、どうだと言わんばかりに自信満々だ。
「ああ、七五三かと思った」
「はあっ!? 静は15だぞっ!」
悠斗の小馬鹿にしたような口調に、安っぽいメッキの髪飾りがジャラジャラと音を立てる。
「くっくく、本当に煽り耐性がないのな」
自分を鼓舞する意味も込めてゆっくりと笑う。
これまで延々と見せられた光景で折れかけた心を奮い立たせ、静に負けないように、悠斗は気合を入れる。
(ここからが正念場だ……!)
「うち、これ似合ってるでしょ? 木山拓海さまも、こういう派手なおなごが好きだって言ってたもん!」
「お前、それ、テレビの情報信じて数カ月遅れのファッションしてる田舎者特有のダセー思考だぞ」
「だ、だせぇ?」
ジャラン、っと音を立て、静がたじろぐ。
「大体、そんな着物どこで手に入れたんだよ。こんな田舎町じゃ手に入らねーだろよ。通販か? いや、クソババアは通販なんかしねーな……」
「するわよ?」
「すんのかよ!」
「でも、ここは静の中だから、どんな格好でも出来る」
ジャラっと音がした瞬間、目の前にいた静が神社で死んだ時の姿に変わる。
「ほら、こんな風に」
血の滴るナタを振り上げて悠斗に近付いてくる。
「やっと六代目で終わる決心がついたのか」
恐怖を押し殺し、不敵な態度で一歩も退かずにいると、静はあっさりとナタを下ろした。
「殺さないわよ。七代目が生まれるまでは」
そしてまた、悪趣味な着物姿に戻った。
冷静なふりをしつつ、悠斗はドッと疲労感を覚える。まるで終わりの見えない綱渡りだ。
「じゃあ、どこが『だせぇ』のか、教えなさいよ」
「いや、そもそもその考えがだせーんだよ。──あ、そっか! お前こんなところに閉じこもってるから友達いねーもんな」
ふんふん、と悠斗が頷くと静が焦る。
「友達なんか関係ないでしょー、それに友達ならいたよ。ユイに、マチに、コウジローにヤスケに……」
「全員150年前だろうが。それにファッションセンス磨くのに、田舎モン同士でどうすんだよ。やっぱ都会に出るのが一番だぞ」
「都会……は、無理」
静の黒い顔がこころなしかしょぼんとする。見てくれはともかく、こうしていると実年齢以上に幼く感じる。それとも、イマドキの女子高生がマセてるだけか。
「お前、呪いでこの町に縛られてんだっけ」
「……『黒いの』が出れないの。少なくとも七代祟り殺すまでは無理」
『黒いの』それがあの不穏な気配の呼び名か。
確か真名には、呼ぶだけで相手を縛ったり契約したりできるとか……悪魔の話だっけ? まあ、いいや、無事戻れたら調べてみよう。
「そっかー、残念だな。楽しいのに」
「むう……」
「そういや、マツキチだっけ? あいつ、そんなに良い男か?」
「マツキチさんを悪く言うなっ」
「呪い殺したヤツが言うなよ」
「静は一途なんだ。この人と決めた人と添い遂げたかっただけ……」
「相手はそう思ってなかったから大惨事じゃねーかよ。……いいか、静、150年生きていようがお前の世界は狭い。この町の中だけだ。世の中はうーんと広いんだぞ。テレビ見てんならわかるだろ。マツキチよりイケメンも、優しい男もいっぱいいるぞ」
(まあ、それを捕まえられるかどうかは別の話だがな)
「そ、そんなの……」
「そういや、お前、木山拓海好きなのか? 俺、生で見たことあるぜ。大学の近くでロケやっててさー」
「えっ、生の拓海さまっ?」
「都内にいると普通に芸能人いるぜ? コンサートもライブもあるし。こんな田舎町とは全然違うぜ。楽しいぞ」
「はわわ……」
「生で『はわわ』聞いたの初めてだわ……」
ぴょこん、と肩が跳ねたのを見て、悠斗はお守りを握りしめる。
「芸能人だけじゃないぞ。テレビなんかじゃわかんねー最新のファッションとか、映画も公開初日からやるし、ああそうだ。ネイルサロンもある」
「ふわ……」
「デートスポットもよりどりみどりだぞ。水族館にプラネタリウムに遊園地に、美術館に博物館。スカイツリーとかすげー高いとこにあって、夜景とかすげーし。ランチもディナーもオシャレなカフェも、トレンドのスイーツだって、素敵なカレシとラブラブで楽しめるぞ」
「で、デート……!」
「この町なんか行くとこねーじゃん。お前、県庁所在地すら行けねーんだろ? 不便じゃね?」
「…………うん」
素直に頷いた静に、悠斗は突破口を見出す。
「俺さ、お前の過去見て、一番腹たったのどこかわかるか? マツキチにフラれたとこじゃねーぞ」
「うん? ……んんー? ……マツキチさんが嫌がってるのに、付きまとったことかい?」
「迷惑だってわかってたのかよ。いや、そこじゃなくてだな。……お前が自殺したところだよ。いくら恨んだからって、呪いを掛けるために死ぬなんて馬鹿なこと……」
「静は自殺なんかしとらんよ!」
静が力強く反論する。
「は? 自殺しただろ。ナタで、ざっくりと」
「してねえ! 手が滑っただけだっ!」
「はあああ~~?」
「どうして悪くない静が死ななくちゃなんない? それならマツキチさんと女をぶっ殺してやるよ」
ふんす、と見えない鼻の穴から息を吹き出して、静が憤る。
「結果的には呪い殺してっけどな……じゃあ、なんで神社であんなことしてたんだ?」
「頭に血が上って、本当に殺してやろうと思ったよ。だけど、近所の人がいたから怒られるかと思って。夜の神社は人がいないから、行っただけ」
「なんだ、事故か……」
(いや待て。……静が死ぬ前から、あの気配はしていた)
証拠はないが、静を殺したのはあの気配、──この町に古くから棲むという怪異、『黒いの』じゃないのか。




