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第6話:市場調査:怨霊のニーズとコンプライアンス違反

 

「お前、いやなもの、つけてる」

 

 直接脳に響く声。さっきまでのダミ声を思えば、とても聞きやすい。その幼い声が示した服の下には、ダーリンがくれた『お守り』が下がっている。

 

「へえ、これ、効くんだ。さすがダーリン♡」

「つけてて、いい。殺すと、とても困る」

 

 シズは母の上に重なるようにしてこちらを向いている。真っ黒なので、表情はわからないが、嫌がっているのは感じる。

 

「じゃあ、もうひとつ質問。シズは何歳だ? 俺は28……っと、女性に年齢を聞くのは失礼か。じゃあ、年上?」

「そんな、ババアじゃ、ない」

「じゃあ、呼び方はシズでいいな。俺のことは悠斗さんって呼べよ」

「はあ”っ?」

 

 またもや、ゴオッと空間が軋む音がする。しかし今度は攻撃を諦めたようだ。悠斗も段々とこの怨霊の扱いに慣れてきた。もちろん、びっしり冷や汗をかいているが。

 

「ゆ、悠斗、お前、誰としゃべって……」

 

 藤田の顔色はもう真っ青を通り越して白く見える。黒い悪意の塊と対峙している俺はもちろん怖いが、見えない聞こえない、でも物が壊れたり風が吹いたりという物理現象だけが見える藤田も相当怖いんだろう。しかし、こいつに構っている暇はない。

 

「年上は敬えって教わらなかったのか? 呼び捨てがイヤならシズちゃんな」

「……シズでいい、悠斗は悠斗、だ」

 

 また、不快感を覚えているのを感じる。意外とわかりやすいな。この化け物。動きというか気配が、そうなんというか子供のようだ。

 

「わかった。シズ、お前は俺の一家を七代祟ってるんだな」

「そうだ、なのに、約束、破った」

「待った! 俺は約束を守るつもりだ。だから、すぐに怒んなって!話が進まねーだろ」

 

 不穏な気配が立ち込めそうになる前に先制する。

 

「四年は、シズ待った。けど、どれだけ、まっても、悠斗、帰ってこない」

「嫁を連れて帰るって言っただろ? 必死で探してたんだって」

「もう、待てない。女は、こっちで、探せ」

「どうやって? この家の噂はこの辺りじゃ有名だぞ。誰かさんのせいでな。嫁に来る女なんていねーぞ」

「…………」



 片言とはいえ、よくしゃべるな、と悠斗は思った。

 まあ、何代にも渡って成りすましていたぐらいだから、会話能力はあるんだろう。口を開けば怒鳴ってばかりいた鬼ババアと比べれば、むしろ話が通じるくらいだ。ちょっと煽ってやるだけで、ボロボロと何でも話しそうだ。

 落ち着いている時を選べば、母と会話出来たのかも……いや、子供にはリスクが高かった。大人しくしていたのは正解だった筈だ。

 

「俺には恋人がいる」

「! じゃあ、すぐつれて、……!」

「それが無理なんだ。『嫁』に出来ないから」

「よめ、できない……?」

「恋愛ってのは難しいもんだ。タイミングってもんがある」

「そんなの、つれてくれば、どうにでも……」

 

 シズの言葉に、わざと深いため息をつく。

 相手の情報を探るためとはいえ、恋人が女だと偽るのは精神に来るものがある。

 

「あのなあ、今の段階でこの町に連れてきてみろ。決まる結婚も破談になるわ。不便だし、田舎で何もねーし、ジジババ多いし、この町の連中は性格悪いし」

「…………」

 

 わが町の悪口ではあるが、シズも同意なのか、じっと悠斗の話を聞いている。

 

「俺も28なんだよ。今の恋人を逃したら、また新しく恋人を作らなくちゃいけなくなる。そこから結婚となると、あと何年かかることか……相手の年齢によっては出産可能年齢を越えちまうかもしれないし……」

 

 自分だって結婚したいのだ、と言わんばかりに悩ましい表情を浮かべると、シズはぐるぐると何かを思案している。

 

「だが、もう、待てない……」

「時代が違うんだ。今は女が一人でも生きていけるからな。イマドキ女の市場分析能力を甘く見るなよ? 不便な田舎暮らしや、問題のある親族というリスク要因を察知されれば、即座にパートナー適格外と判断され、躊躇なくロスカットされる」

 

 受け売りである。仕事以外で女性と接することは皆無なので。

 

「むずかし……」

「ああ、悪い。つまり、女は強いんだよ。選ばれるために、俺は努力してるんだ」

「女が、強い……」

 

 現実はそう女に優しい社会じゃないが。

 婚活市場において、ボリュームゾーンである適齢期女性の供給過多が問題視されて久しい。女性が自立可能な社会構造は、男性側にとっても『独身』という選択肢のスイッチングコストを下げている。アッパーなスペックを要求する女性を敬遠し、生涯未婚という低リスク運用に切り替える男性も少なくない。残酷なマーケットデータだが、シズには言わない。

 

「じゃあ、どう、すれば? 黒いのが、溢れてくる」

「黒いの……?」

 

 ひょっとして、今シズ(母)の体を覆っている黒いもやのことだろうか。たしかに、こうしているうちにも、ドロドロと周囲へ漏れ出てはきている。

 

「五代目死んだ、から、いま、悠斗、だけ……でも、いないから、黒いの、不満……」

「……殺したのはお前だろ」

「やり、すぎた。……加減、むずかし……」

 

 あっさりと父の殺害を自白する化け物に鼻白む。

 見た目といい、価値観といい、日常とあまりにかけ離れた存在に、怒りの矛先を向けるべきKPI(重要指標)すら設定できない。欲求不満の『黒いの』がもたらす外部不経済など知ったことではないが、その事後処理を無報酬で強いられるのは、納得がいかない。天災とでも思えばいいのか?

 

「じゃあ、どうしろと? 俺が戻ってきて、また暴力でも振るえれば満足なのかよ。その代わり、七代目は諦めることになるがな」

 

 ビリビリッと空気が震える。

 

「え、ええ、悠斗、それは、いけない、それでは、呪いが……」

「うん。嫁が来なきゃ、七代目は生まれないな」

「だめ、だ。いけない、いけない……」

 

 黒い塊がこころなしか小さくなって、表面が忙しなく蠢いている。この動きが何を意味するのかわからない。

 しばらく「いけない」を繰り返したあと、シズは再び頭をこちらに向けた。悠斗はシズが言葉を発する前に、質問を投げかけた。

 

「七代目を祟り殺したらどうなるんだ?」

「どうなる……? シズの、恨みが消える……」

 

 チッと心の中で舌打ちをする。

 『感情的満足』という、定量化不可能な負債に対し、一体どのような代替案を提示すればこの商談はクローズするんだ?

 

「お経を唱えるとか、線香や花を手向けるとか、そういうのじゃ駄目なのか? 近代的で派手な葬式でもいいぞ?」

「いらない……」

「どんな良い男だったのか知らねーけど、100年以上も恨むなんて、タイパ悪すぎだろ。その本人殺したら、あとはサクッと成仏して、次の人生楽しめば良かったのに」

「黒いのに、七代分の魂、と引き換えに、……力、かりた」

 

 なるほど、真の債権者は「黒いの」か。

 交渉するなら、そいつと……出来るのか? 言葉が通じるのか? 黒いドロドロだぞ?

 

(……詰んだ、かも)

 

 事前情報が致命的に不足していた。

 ここは一時撤退ペンディングをして、十分なリソース(お守り、お札、破魔矢、数珠、塩、聖水、十字架……とにかく、ありったけ)を確保した上で再交渉に臨むのが、プロジェクト管理上のセオリー……な、気がする。

 

 はーっと本気のため息を吐いて、どう離席理由を告げようかと考えた時、シズがもじもじしながら小さい声で呟いた。

 

「マツキチ、さんは、イケメン、だった」

「イケメンはわかるのかよ!」

 

 思わず突っ込んでしまった。黒い塊が揺れる。


「テレビ、見てた。ネイルとか、すき」

 

(おいおい、いきなり現代っ子になったぞ)

 

 見た目は黒い化け物なのに、急に子供が喋りだしたようで、気勢が削がれる。

 シズの目的はあくまで悠斗に子供を作らせることだ。死なない程度に痛めつけられる可能性は残るが、殺されることはないだろう。だったら、少しでも情報収集しておこうと腰を落ち着かせた。

 

「マツキチ、やさし、だておとこ、お嫁さん、してくれる、て」

「へえ、そん時、シズ、いくつだったんだ?」

「とお? といち?」

「……マツキチさんは?」

「おっとお、と、みつか、よつ、した」

「犯罪じゃねーかっ!」

 

 思わず計算してしまった。シズの親父が何歳か知らないがまあ、昔の人だし20歳の時の子だとしても、31歳、その3歳下って俺と同いじゃねーか。11歳?!ありえねー!

  

「なあ、怨霊さん、なんて言ってんだ? 犯罪って?」

 

 ビクビクしながら俺の言葉だけを聞いていた藤田が、不穏な言葉に反応する。

 

「あーいや、……そうだ。藤田、お前の娘って何歳だっけ?」

「あ、なんだよ、急に。来年10歳だけど」

「俺がお前の娘に手を出したらどうする?」

「はああああ──っ?!!! そんなもん、即ぶっ殺ーすっ!!!」

 

 藤田の大きな声に、黒い塊はビクリと揺れる。

 

「聞いたか、シズ。これが普通の父親の反応だ」

「…………フツウ、おとう、……おっとう…………」

 

 ぶるぶると震えたまま、シズは大人しくしている。父親を思い出しているのだろうか。しかし、感傷に浸らせる時間を与えるつもりはない。

 

「そのマツキチが、お前に手を出したんだったら、お前がなんと言おうと、どんだけイケメンだろうが、言語に尽くしがたいの最低のクソ野郎だ。それこそ、父親からしたら、殺しても飽きたらないぐらいにな」

「おとう……」

(そういや、マツキチはこいつが呪い殺したんだっけか、まあいいや)

「お前がやるべきことは、自殺して祟ることじゃなくて、父親に助けを求めることだったんだぞ。お父さん、お前が死んですごく悲しんだんじゃないのか?」

「おとう、……おっとう……おっとう……」

 

 父親を呼ぶシズの黒い塊だった体が、じわりと輪郭を滲ませ始める。そのまま空間に墨汁が溶け出すようにじわじわと広がっていく。

 

(あれ、これちょっとヤバくないか?)

 

 段々と視界が黒く塗りつぶされていく。「お、おい、悠斗っ?」と、隣で藤田が焦った声を出すが、見える形で異変が起きているのか。しかし、余裕ぶった態度を崩す訳にはいかない。

 シズから視線を外さないまま「大丈夫だ」と頷く。

 

「おとう、おっとう、会いたいよ……おっとう……」

 

 完全に視界が黒く染まり、代わりにシズの声がクリアになってきた。

 四肢の感覚までが曖昧になってきて、咄嗟に胸元のお守りを握りしめる。もう藤田の声も聞こえない。

  




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