第17話:事後処理の完遂:除霊費用の外部請求と永続的幸福への投資
──────その約一週間後。
「だから、しらねーって」
「そんなこと言うなよー悠斗ぉぉぉ~~」
スマホから聞こえてくる情けない声に、悠斗はうんざりして耳を遠ざける。
「だから、町から逃げろって言っただろ」
「今は嫁ん家! 隣町に逃げたんだって! でも、町長とか親父が押しかけてきて、嫁の親は迷惑がってるし……俺、居場所ない感じなんだよぉ」
「しっかりしろよ、大黒柱」
すんすん、とわざとらしく鼻をすすりながら、藤田が現状報告してくる。
ダーリンと入籍したその日、町は荒れに荒れたそうだ。
いきなり大雨が降り出し、強風に見舞われ、鉄砲水が起き、崖が崩れた。農作物は流され、あちこちが陥没し、一時は停電で役場の機能もダウンしたらしい。しかも、その被害が、まさに旧村だった場所にだけ起きるという局地的なものだった。
ローカルのニュースにはなったようだが、東京在住の悠斗には伝わっておらず、藤田の連絡で初めて知った。が、どうなろうと関係ないと割り切っていたので、興味がなくて調べもしていなかったというのもある。
悠斗から入籍の日時を聞いていた藤田は、すぐに化け物のせいだと気付いて、震え上がった。それでも勇気を出して、実家の様子を見に行ってくれたという。
強風と豪雨の中、やっとの思いでたどり着いた悠斗の実家では、静の支配から解放された母が、放心状態で蹲っていたそうだ。
声を掛けても、頬を軽く叩いても全く反応しない母のために、藤田は救急車を呼んでくれたそうだ。
藤田は悠斗がアドバイスして、早々に戸籍と住民票を妻の実家に移動させていたので、怪異が大暴れしていた最中も無傷だったそうだ。馬鹿なりに素直なのが藤田の生き残り戦略なんだろうと、悠斗は見ている。
ちなみに何故、一週間経過してからの連絡だったのかというと。
「いやー、使ってたスマホが赤ロムだったらしくてよー、いきなり使えなくなってやんの。マジ、ビビったぜ」
「お前……中古買うなら、せめてバックマーケットにしろ」
「やっぱ、個人売買は良くねーな」
「危機管理ってもんが……いや、良い、そういうヤツだな。お前は」
藤田でなければ、嵐の中、他人の様子を見に行くなんて馬鹿な真似はしなかっただろう。俺だったら絶対にしない。きっと危機意識を母親の腹の中にでも置いてきたんだろう。
こいつは昔からそうだった。周りから避けられてた怪しい同級生に警戒もせずに話しかけてきたんだから。
「とりあえず、おばさんは入院先で落ち着いてるよ」
藤田は別の町にある入院先での母の様子を教えてくれた。特に暴れることもなく、おとなしく過ごしているらしい。
「そうか、迷惑掛けたな……」
「そういう時は、サンキューでいいだろ」
呪いのせいだったとしても、そこから解放されたとしても、やはり悠斗は母に会いたいとは思えない。ただ、今後一切関わってくれなければ、もうそれだけで充分だ。
実家にいた頃には知るよしもなかった母の実家を興信所を使って調べ、連絡を取った。とりあえず母は留守家から籍を抜くことになるだろう。これで本当に、留守の名を持つ者は誰一人としていなくなる。
「ところでさ、異変はそれだけじゃねーんだ」
「うん?」
「天変地異が凄すぎて目立ってないけど、町中の女が、なんかおかしいんだよ」
「おかしいって、具体的には?」
電話の向こうで、藤田が一瞬言い淀む。
「その、なんてゆーか……色ボケ……クソビッチ……ううん」
言葉を選んでそれか、と思いつつ、悠斗は眉間にシワを寄せる。
「あの時、おばさんが、悠斗に向かってくねくねと、こう、気持ち悪い感じで……」
「見てたのかよ。……思い出させるな、お陰でトラウマが悪化したんだぞ」
「一番わかりやすいかと思ったんだよ。まあ、あんな感じで、そこらの女がみんな発情してるみたいでよ……」
絶対にあの時の光景を思い出すまい、と強く念じつつ、悠斗はため息をつく。
「……あいつ、化け物に食われたんじゃなかったのか」
「それは俺じゃわかんねーし。だからほら、悠斗が確認しに戻ってくれば……」
「アホぬかせ」
「そんな冷たいこと言うなよー! 町が大変なことになってんだよー! 町長の娘が──」
「しらんわ」
ブチッと通話停止ボタンを押し、ついでに電源まで落としてやる。しばらくは私用電話の電源は入れない方がいいかもしれない。
藤田に対する感謝の気持ちは嘘じゃない。
謝礼として、借金完済したら満額(300万+利子)は耳を揃えて戻してやろう。既に『実家ゴミ出し費用』として決済済みだし。ただし、返却先は親父さんか嫁さん宛だ。きちんとした資産管理のポートフォリオもサービスしてな。やっぱり親切だな、俺。
「ううーん……」
ベッドの中でダーリンが身動ぎして、シーツが波を描く。
マナーを無視した馬鹿の早朝電話のせいで、起こしてしまったんじゃないかと顔を覗き込む。
長いまつ毛に色白の肌。そこかしこに残る傷跡も含め、ダーリンは心も体も綺麗だと思う。今回のことに巻き込まずに済んで本当に良かった。
「むにゃ……ん?」
ダーリンがもぞもぞしながら薄っすらと目を開けた。
「んん……ゆうと?」
寝起きの舌っ足らずな声が可愛い。思わず緩んでしまう顔を隠すようにして、裸の腕にある傷跡にちゅっと口付けた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ふふ、急にどうしたんだよ」
ダーリンが腕を引っ張って抱きしめてくる。そのまま、母が残したこめかみの傷跡にちゅっと口付けられた。
「いや~幸せだなって思って♡」
さらにお返しと、ダーリンの手首に残る傷跡にちゅっ♡
「……っ」
その時、チクッと僅かに肌に痛みが走った。ダーリンに気付かれないように、そっと肌を撫でる。傷にはなっていない。
横目でそっと確かめると、閉めた筈のドアが少し開いていて、そこから目玉がこちらを見ている。
(よし、効いてるな)
部屋の四隅には目立たないようにお札が貼ってある。知る人ぞ知る『縁結家』のお札だ。一枚10万円したが、けっして高い買い物ではなかった。
これらはダーリンが持っているお守りと同じ効果がある。ただし、その効力はかなり抑えられている。ダーリンの持っているものは非売品かつ特注品で、値段のつけられないものらしい。
ダーリンのお守りを撮影した悠斗は、すぐにその画像を手がかりに入手ルートを探った。しかし、ネットでの情報収集は芳しくなく、藁を掴む気持ちで片っ端から怪しげな霊媒師やら祓い屋などの店を絨毯爆撃するつもりだった。しかし、その一軒目、会社から近いというだけの理由で入った霊媒師の事務所兼店舗にて、あっさりとお守りの正体がわかった。
これは『縁結家』という有名な家で作っている強力なお守りだという。悠斗が話を聞いた霊媒師のレベルでは見ることも滅多にない極上の特注品で、しかも、非売品で一般には販売されていないらしい。同じものを手に入れるのは不可能だろうとのことだった。
そんな家との繋がりなんてどうやって作ればいいのか……と悩んでいると、その霊媒師は「フロント企業があるんっすよ」と名刺ファイルを出してきた。霊媒師同士で肩を並べることは無理でも、紹介料さえ支払えば紹介は出来るという。イマドキの霊媒師はシステム化してるなぁ、と思いつつ、紹介料を支払った。
そして、紹介されてやって来た営業マンは、なんと、大学時代の同窓生だった。俺の苗字が珍しいと覚えてくれていたらしい。
そこでお守りの画像を見せると、紹介してくれた霊媒師と同じような内容を教えられた。そして、効力が落ちるもので良ければ販売すると言われ、当然、俺はそれを買った。
ついでに、今回の町で起きた事件を教えると、「七代祟りを撃退したんですか? それは凄いですね!」と感心された。
どうやらお祓いの業務も請け負っているらしいので、町のお祓いは出来るのかを尋ねると、「出張料金さえ払ってくれれば見積もりますよ」とのことだったので頼んでみた。
結果、俺の生涯年収(推定)を軽く越えたので、その見積もりは町役場に送付するように頼んだ。出張料金まで支払って、なんて親切な俺。
とにかく、俺はこれを最後に、町で起きた全てを忘れることにした。あとはそこで生きる人間の判断だ。
(しかし、誤算といえば誤算か……)
ダーリンと養子縁組をしたことで初めて気付いたことがある。
おそらくダーリンも『いわくつき』の家系だ。
これまでにあったという刃物での細かい事故、それがお守りによってなくなっていたこと。そして、養子縁組した途端、それが俺にも攻撃し始めたこと。
実家の呪いから逃れるために取った養子縁組というシステムが、新たな呪いを俺にもたらしたというわけだ。
「どうかした?」
玄関の方向を見たまま考え込んでいる悠斗に、ダーリンが不思議そうな顔をする。
「んん、なんでもな~い♡」
悠斗はダーリンを抱きしめながら、口角を上げる。
(────来いよ、不条理。何度でも返り討ちにしてやるぜ)
この愛を、聖域を守るために。
悠斗は次なる祟りへの闘志を燃やしていた。
END
これにて完結です。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
初投稿で随分と緊張しましたが、書きたいことを詰め込みまくりました。
BLとホラー、オカルトが好きなので、今後もこういう作品を書いていけたらと思ってます。
またどこかの物語でお会いできたら嬉しいです。




