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第15話:アフターケア:全損アルファルドと新たなパートナーシップ

 

「うう……アルファルド……残価がぁ……」

 

 目の前で起こった怪異現象よりも、更に身につまされる現実に晒されている藤田は、ボタボタと両目から滂沱の涙を流していた。そんな藤田を見ていると、なんだかドッと疲れた。

 いつの間にか、セキュリティの警告音も止まっていて、アルファルドはすっかり物悲しい風情を醸し出している。

 

「おいおい、泣くな。泣いたって、アルファルドは直らないぞ」

「うあああ……、やっぱり見栄張ってアルファルド出すんじゃなかった。父ちゃんの軽トラ借りれば良かった……!」

「そうだな。見栄より実用性で選ぶべきだったな。まあ、後悔役に立たずって言うし、とにかく、行くぞ」

「へ? どこに」

 

 藤田が涙まみれの顔を上げる。

 

「お前、あいつらとにらめっこする気か? 俺は帰るぞ」

「えっ、あ、うん。それはいいけど」

 

 やっと、現状を思い出した藤田が慌てて立ち上がる。

 

「まさか、隣の駅まで歩くつもりか?」

「そうするしかないだろ。もう二度と旧村の境をまたぐ気はないからな」

「ちょっと待って、JAF呼ぶから! あ、警察もか」

 

 藤田がわたわたと携帯を取り出すのを横目に、悠斗は旧村境に背を向けて歩き出す。

 

「歩きながら電話しろよ。俺は行くぞ。こんな場所から早く離れたい」

「わ、わかった。……で、でも、こんな状態で誰か来て、巻き込まれないのか……?」

「さあ? まあ、大丈夫じゃないか? まだ俺への祟り縛りが効いてんじゃないの? ──ほら」

 

 悠斗が指さした先では、いまだに母が狂ったような叫びを上げ続けている。

 

「いや、でも、メチャクチャヤバかっただろ。あれ、警察でどうにか出来るのか?」

「さあ? 必要なら機動隊でも自衛隊でも出動要請すんじゃねーの?」

「他人ごとみたいに……」

「もうすぐ戸籍的にも他人になるから、いーんだよ」

「ええー……」

 

 藤田が警察とJAFに連絡を終えた頃には、隣町の駅が見えてきた。(現場から離れるな、と言われたそうだが、体調が悪い友人を駅まで送ると誤魔化したらしい)

 徒歩で山越えまでしてしまったが、その道程は平穏なもので、空気も澄んでいる気がする。

 

「ところで、悠斗。車の件なんだけどさー」

 

 揉み手しそうな雰囲気で藤田が話し出す。

 

「何だっけ?」

「新車! 買ってやるって言ったよなっ!」

「新車と言った覚えはないが?」

「覚えてんじゃねーか!」

 

 しらっと返すと、藤田が地団駄を踏む。

 

「くっそ、いくら代車もらっても、アルファルド残価設定高いんだぞ。一括請求きたら、いくらになんだろーなー、300万、……ぐらいかな」

「車両保険は?」

「エコノミーに決まってんだろ……ああ、ローンが……」

「300万程度で焦るぐらいなら、アルファルドなんか乗るなよな……、まあ世話にはなったからな……」

(300万で命を買ったと思えば安いもんか。仕方ない、必要経費だと思って出してやるか……)と言いかけたが。

 

「えっ! 弁償してくれんの!?」

「……弁償じゃないだろ。ハンドル握ってたのはお前だし、フロントガラスを見えなくしたのは化け物だし」

(まあ、追いかけられるような失態をしたのは俺だけど)

「いや、何でもいいよ、いいよ! やったー! これでまたアルファルド買える!」

「…………」

 

(方針変更だ)

 

「300万、貸してやる」

「えっ! くれんじゃないの!?」

「法定金利しか取らないから、安心しろ」

「利子も!?」

「不要なら別にいいけど? 親でも嫁にでも泣きついて出してもらえよ」

「で、出来るわけねーだろ!? アルファルド買う時、親父に散々反対されてんだよっ! ……うぐぐぐぐっ」

 

 藤田の親はまともそうで良かった。

 まあ、まともだからこそ、町長から話を持って来られたんだろう。

 

「じゃ、じゃあ、買ってくれる車って……」

 

 藤田が懲りずに期待を込めた目線を送ってくる。正直、ウザイ。

 眺めていたスマホの中古車情報をファミリーカーから軽四輪に変更する。

 

「この辺りかな」

 

 ワゴンタイプの5年落ちの軽。コミコミで100万弱。家族3人ならこんなもんで充分だろ。しかし、車って高いな。

 

「えええっ、中古の軽っ!?」

「買ってもらうのに、文句言うなよ。大体、忘れてんじゃねーのか? ここに来たくないっていう俺を脅迫してまで帰省させたのはお前だぞ」

「あ、いや、脅迫までは……」

「クソババアに住所と職場教えるぞ、って暗に言ってたよな? あいつが物理的に町内から出れないって知ってたら絶対に来なかったぞ!」

「だって、町長と親父が……あっ、そうだ。親父はともかくとして、町長にお願いしたら、少しは町の予算から出ねーかな?」

「母さんをどうにかして欲しいって話だったんじゃないのか?」

「………………ひょっとして、俺、めっちゃ怒られる?」

「しらんけど」

 

 真っ青になって立ち止まる藤田を置いて、さっさと駅に向かう。

 

「あ、そうだ。親切な俺からのアドバイス」

「え?」

「これから、俺の家に掛かってた呪いが解けて、化け物は町にターゲット変更するはずだ。そんなわけで、お前も逃げた方がいいぞ」

「ええっ? 無理だろ。仕事もあるんだぞ」

「残るのはお前の自由だが、さっきの見ただろ? 俺がいなくなったことで顔を知られてるお前が一番に狙われても不思議ねーぞ?」

「ええ……うわわわ……それはっ」

 

 目に見えて藤田が狼狽える。旧村境での対立はアルファルドで頭が一杯だった藤田には、それどころじゃなくて印象に残っていないかもしれない。だが、逃走中にアルファルドに襲いかかった母への恐怖は強烈に残っているだろう。

 

「次は車だけで済むと思うなよ。嫁さんや娘さんが襲われたらどうすんだ」

「………………とりあえず、嫁の実家に身を寄せるわ……」

「懸命な判断だ」

 

 時計と時刻表を見ると、次の電車まで40分ほど。これなら今日中に自宅に戻れそうだ。早くダーリンの顔が見たい。

 

「藤田、俺は帰ってすぐにでも養子縁組の書類を役所に出したいんだが、お前とお前の家族のために一ヶ月だけ待ってやる。その間に引っ越すなり、転職するなり、何とかしろよ」

「え? ちょっと意味が分かんねーんだけど……養子縁組? さっき言ってたプロポーズの話?」

「そういや、まだ何も言ってなかったな」 

 

 藤田にしてみれば、久々に再会した親子がいきなり意識を失って、ろくすっぽ会話もしないまま家を辞したと思ったら、母親が化け物になって襲いかかってきたわけだ。そりゃ混乱もする。よくアルファルド運転してくれたな。

 

 俺は電車待ちの時間を利用して、藤田に静や化け物との間にあったことを掻い摘んで教えた。

 

「……うわ、えっぐ……、あの短時間の間にそんなことがあったのかよ……」

「ぶっちゃけ、ヤバかった。特にあの女、キレたら後先考えねーから、下手したらこのまま化け物の中でお陀仏かと。まったく、綱渡りの気分だったぜ……」

「でも、良かったじゃん。これで丸っと全部解決したんだろ?」

「そうだと思いてーがな。こういう時に気を抜くと、思わぬところで足をすくわれんだ。最後まで油断しねーわ」

「で、でもさー、今回、俺のおかげで命拾いしたところもあるだろ? だからさー」

 

 俺の話を一通り聞き終えた藤田は、やっぱり藤田だった。

 

「アルファルド代……出して……あ、いや、全額とは言わないからさっ、ほら、悠斗も助かっただろーっ! 親父の軽トラだったら、ぜってーあのバケモンに力負けしてたって!」

 

 一理あるのが腹立たしい。

 自分のミスの弁済だと思えば、300万はけして高くない、のだが。

 

「いや、そもそも原因はお前が俺を呼び出したことにあるだろ」

「でも、その理由だった町長と親父が怒るような状況になってんじゃんかー、町、どうすんだよー!」

「それこそ、俺の知ったこっちゃないだろ」

 

 あーうーあー!と藤田が叫んでいると、遠くから電車が近付いてくるのが見える。

 

「じゃあ、そろそろ行くわ。金額わかったらメールしろよ。振り込んでやるから」

「うううう…………」

 

 ホームでジタバタしている藤田を置いて、さっさと電車に乗り込んだ。

 これ以上ないくらいに疲労していたが、長年溜め込んでいたゴミが片付いた気分は悪くなかった。

  

 


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