第14話:事業停止命令:静(シズ)の封じ込めと損切り完了
「ふふ……」
(駄目だ……、落ち着け)
必死で自重するが、耐えられない。
「ふふ、はは……、はははははははっ」
(ここで、挑発してもリスクしかない。止めておけっ! アルファルドの二の舞いになるぞっ)
理性が必死で歯止めを掛けようとしているが、歓喜の感情が溢れ出して止まらない。
「────なあ、母さん」
演技じゃない、どうしても緩んでしまう頬を晒して、静に向き直る。
「俺、ずっと不思議だったんだよ。父さんが何故、逃げ出さなかったのか」
「ゆ”ゔ……どぉ……お”お”お”ぉぉぉ……」
「俺のように学生の時に逃げれなかったのは、時代のせいか田舎の圧か、それとも祟りのせいかは知らねーけど、まあ、わかる。でもな、少なくとも就職してからなら金もあっただろうし、可能だったと思うんだよな。キチガイ嫁が本当にイヤなら、息子も仕事も家も放り出して逃げ出せたと思うんだよ。────だけど、そうしなかったのは、母さんのことを愛してたからだと思うんだ。愛して結婚して、ほら、お前が大好きなラブラブ新婚家庭だ。そんな時期だってあっただろう? それが、俺が生まれた途端、お前が出てきて、……父さんは、元の母さんに戻って欲しくて、頑張ったんじゃないか? そうしているうちに、擦り切れて疲れ果てて、諦めた頃には出ていく気力なんて残ってなかったんだろう? お前、そうやって五代目まで殺したんだろ」
静の世界で見た陰惨な記憶は、それまでの幸せな家庭の残骸だ。
「ぶち壊したのは全部お前だよ」
「ゆ”ゔどぉ”~~……だっでえ”、ゔ、ゔら”や”ま”じい、がっだ……」
「はあー……、お前の馬鹿馬鹿しい理由なんかよりずっと、俺の方が七代祟っても許せねーぐらい、お前を恨んでるっての」
ザワリ、と静の向こうで気配が揺らぐ。
「バーカ、化け物、期待してんじゃねーわ。俺はそこのバカ女とは違う。いくら恨んでも確定した損失のために、将来の機会損失を出してたまるかよ。俺は損切りの出来る男なんだよ」
(大体、幽霊に七代祟るってどうやんだよ……絶対、ヤブヘビな気しかしないから聞かない聞かない)
「俺はお前がこれからどうなろうが知ったこっちゃない。きっちり絶望を味わってから、そこの化け物に食われちまえ」
「ゆ”、ゆ”ゔ、どぉ”……お”お”お”……っ」
ボロボロの、身の毛もよだつエグい見た目の女が土下座しているのを、悠斗は冷めた目で見下ろした。
「ゆ”る”じでえ”~、も”、ゆ”ゔどに”、びどい”ごど、じな”い”がら”あ”あ”あ”~~~だがら”あ”ぁ”ぁ”~づれ”でっでえ”~~どがい”に”ぃ”~」
神経に障るダミ声が、これ以上なく哀れに乞い願う。ざまあみろという気持ちはもちろんあるが、こんなヤツのために今まで苦しんできたのかと思うと、やるせない気持ちの方が勝つ。もういい、これ以上、俺の視界に入るな。
「ごの”ま”ま”、ぎえ”る”の”ば、い”や”あ”あ”あ”あ”~~~」
「ほんっとうに、馬鹿だな……。俺はお前と二度と関わりたくないって言ってんだ」
つい、と一歩前に出る。
それに釣られるように、静は手を伸ばすが、バシッと何かに弾かれる。
「はは、いいか、俺はお前のせいで女には立たない。子供なんか出来るわけねーんだよ。お前の願いは絶対に叶わねー。はははははっ」
「ゔぞ、ゔぞーーっ!」
絶望に歪んだ母の顔を見て、気分がどんどん上昇する。これで、本当にこのクソババアとの縁が切れる。
「俺は留守の苗字を捨てる。……ああ、必要だったら、パイプカット……断種、んー、子種が出ないように手術する、でわかるか?」
「あ”あ”っあ”あ”……だめ”、だめ”え”え”~~……!!」
ぐにぐにと母の顔だったものが歪み、再び形を戻していく。
「ゆ、ゆぅとぉ、そんなこと、いわないでぇ……♡」
取ってつけたように整えた母の若い頃の顔が媚びるように見上げてくる。破れたワンピースを扇情的に見えるように寄せて、しなを作っている。
「ほんっとうに、馬鹿……トラウマの元を見せて、どうするよ……」
「ゆぅとぉ、ゆぅとぉ、ゆぅとぉ……♡」
くねくねと腰を振って、アピールする姿は醜悪としか表現しようがない。
「マジ、気持ち悪ィ……」
吐き気が込み上げてくるが、平気に見えるように堪える。弱点を見せてはいけない。
「じゆうに、とかいに、しあわせに……ねえ、ゆうとぉ♡」
「なあ、化け物」
やはり、警戒しているのだろう。旧村境より10メートルは離れた位置から、『黒いの』の気配がする。
「俺はお前に魂を食われてやるつもりはねーんだ。死ぬにしてもここじゃない場所で死ぬ。その代わり、町の連中は好きにしろ。静は、……失敗の責任として、たっぷり苦しめてから食えばいいんじゃね?」
「ゆぅとぉ……なんてこと……」
母の顔で懇願されて、悠斗の顔が嫌悪に歪む。
「ここに来て、いろいろとわかったことは有意義だったが……トラウマが酷くなったんじゃねーかな……しばらくは女の顔も見たくねぇ……」
「ゆるさない……ゆるさない……」
ギャアギャアという鳴き声に顔を上げると、驚くほどのカラスが空を舞い、電線にもびっしり止まっている。
ぐんっと辺りの温度が下がり、同時に視界が色褪せたような気がする。化け物の仕業だろう。だが、もう虚仮威しには踊らない。殺れるなら、とっくに殺ってるはずだ。
「おいおい、まだ俺への祟りは継続中だろ? フライングは良くないぜ」
ここらでもう充分だ。
言いたいことは言ったし、そもそも化け物に人間のような感情を期待するだけ無駄だろう。
「静、お前はとっくに化け物だよ。ヒト様のように幸せになろうだなんて、おこがましい」
「ゆる、ゆる、ゆるさ……さ、ない、ない、ない……」
静が壊れたように障壁を叩くが、都度、バシッバシッと弾かれている。
何かの手違いで外に出てこられたら敵わないが、150年出れなかったんだから、
大丈夫だろう。
「せいぜい化け物らしく、共食いでもしてろ。死ね、バーカ」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”、ぁぁぁぁぁぁぁぁお”お”お”ぉぉぉんんんん~~~」
悠斗は背中を見せないように、後ずさりしながらアルファルドが落下している場所に戻った。静はわめきながら、障壁を叩き続けている。『黒いの』のせいか、明らかに内と外で気配が違う。ちょっと引いた位置から見ると、一目瞭然だ。
(境界から向こうは、いまだに『怨念』という旧弊が支配する墓場だ。もう俺には縁のない場所に、……やっとなった)
首を振って悪夢の景色を追い払い、悠斗は途方に暮れた藤田の横に立つ。
「さて、まずはこの全損したアルファルドの後始末(清算)から始めるとするか」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
残り3話、明日
18:00/19:30/21:00頃投稿予定です。
これで完結となります。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。




