第11話:条件交渉:進捗率71%からのリスケジュール
パァンッ!!!
閃光が走り、弾き飛ばされるように接続が切り離された。
ハッと気付くと、右手が熱い。目には見えないお守りがかなりの熱を帯びている。
「だ、ダイジョブ?」
慌てたように静が周囲を見渡しながら一歩近付く。それを首を振って制止する。
「……大丈夫だ。ちょっと、相性が悪かったみたいだな」
「黒いのが、ソレを嫌がってるよ」
確かに、空間が自分を避けるような歪み方をしている気がする。
手元を見ても……姿がないので、手もお守りも目視は出来ない。この場において、俺はか弱い異分子でしかない。さっきの一瞬で理解した。
脳をダイレクトに繋ぐなんてエキセントリックな経験はないが、それでも人間と違うのだけは良くわかった。
黒一色に見えた体は多くの人間の意識、もしくは魂が細かく砕かれ、その破片が寄り集まったモザイクのような存在だった。個々の自我なんてものはなく、ただ統一した意識としての純粋な悪意だけがあった。おそらく、静と契約するずっと前からの、百や二百じゃ足りないぐらいの人間が取り込まれている。
個々の自我を喪失した集合知としての悪意。長年の経験から、いかに低コスト・低リスク(効率良く安全)で魂を収穫するかという、歪んだ最適化アルゴリズムを確立したらしい。
危うくそこに取り込まれそうだった、と気付いて肝が冷える。しかも、化け物側に取り込んでやろうという意思は感じられなかった。そうなるのは普通だと言わんばかりに。
(ダーリンのおかげで、助かった……)
まだ熱を持つ右手を握りしめ、悠斗は気を引き締める。
(こんな場所で油断してんじゃねーぞ、俺。だけど、わかったことはある。……こいつ、弾かれた瞬間、静を盾にしやがった)
静と契約した化け物のメリットがやっと見えた。静をフロントにして、リスクヘッジしてやがったな。
「なあ、『黒いの』。静はもう恨みを晴らすより、解放されたがってるぞ。俺も俺の子供も殺されたくはないんだ。何とかして、契約破棄できねーか?」
うぉぉぉん……
言葉ではない意思を感じる。一瞬でも繋がったことで、僅かにだが化け物との意思疎通が出来るようになったらしい。
化け物は「否」と伝えているようだ。
「そんなぁ、黒いのぉ、うち、ずっと頑張ってきたでしょ? まだ五人だけど、いっぱいいじめたし、それ以外にもたくさん殺したでしょ? うちだって、幸せになりたいよ」
静が子供らしい口調に似合わない残酷な内容を口にする。
うぉぉおおおおん……ぉおぉん……
「うち、悠斗に憑いて都会にいきたいんよ。そこで、良い女に取り憑いて……そんで、そんで……」
(ざけんな……っ!!!!)
静の言葉に、視界が真っ赤に染まるほどの怒りを感じる。
『年上のエリートで、金があって、優しくて、物わかりが良くて、顔もそれなりに整っていて、田舎臭さの欠片もないシティボーイで、悪いことは悪いときちんと叱ってくれる、少し口が悪いけど最終的には味方でいてくれる、頼りがいのあるお兄さん』を演じているのは、あくまでダーリンと自分の未来を守るためだ。
静、俺はお前を1ミリだって許していない。
お前が芥子粒より小さく砕かれようが、地獄の業火に焼かれようが、俺はざまあとしか思わない。
これまでの暴力やトラウマも、五代遡る先祖の、それ以外の人々の命も、過去のサンクコストとして損切り処理してやってもいい。だが、ここから先は違う。
うぉおおん……
「だって、だってぇ……!」
『黒いの』と静の言い合いは続いているが、平行線のようだ。
「わかった。無理を言ったみたいだな」
「悠斗! そんなあっさりと諦めないでよっ!」
「仕方ないだろ。契約したのはお前と『黒いの』なんだから、お前が説得できなきゃ無理だろ。……でも、そうだな」
不服そうな静を横目に『黒いの』へ問う。
「せめて、七代全員の命を受け取ったら、静の命は勘弁してやってくれないか? 頑張って呪いを成就して、それで消えるなんてモチベも上がんねーだろ」
うぉぉ……
応も否も『黒いの』からは感じず、ただ気配が揺れる。
「悠斗、そんなにもうちのこと、心配してくれて……」
「惚れるなよ。一応は母子だからな」
うぉおおお……ぉぉん
「えっ、ほんとう?」
バッと静が『黒いの』に顔を向ける。
「本当に、本当に、七代殺せば、静、都会に行ける? ……うん、……うん、絶対に、ちゃんと殺すから! 絶対にっ!」
どうやら、契約満了時の交渉は上手くいったようだ。
「『黒いの』は納得してくれたか?」
「うん、うん、悠斗、ありがとうっ。お礼に殺す時は苦しまないようにしてあげるねっ」
「そりゃあ助かる」
出来るだけ悲痛な顔を作り、『黒いの』に向き直る。
「じゃあ、ついでに、失敗した時の条件を変えて欲しい」
「……は?」
今まで喜んでいた静の声がグッと低くなる。
「悠斗~、あんた、諦めたんじゃなかったの? まさか、ここまできて、死ぬのがイヤだとか言わないわよね」
「違う違う」
憤慨する静を宥めるように、意識して優しい声を作る。
「俺を殺すだけなら今すぐでも出来るだろう? でも、七代目はそうはいかない。すぐに子作りにかかったところですぐに妊娠するかわからないし、出産だって命がけだろう?」
「そりゃそうだけど……」
「俺に言わせりゃ、よく五代目まで問題なく祟れたもんだと感心するぜ。女しか生まれなかったとか、不妊とか、良くある話だろう?」
はーっと、思わせぶりに息を吐いて、そのまま畳み掛ける。
「俺が確認したいのは、『やったー!子供出来たー!』って思っても、それが七代目じゃなかったらどーすんの?って話だよ」
「?? どういうこと?」
「お前、現代の結婚事情知らなさすぎ。もし、恋人が籍を入れるのを嫌がって内縁を望んだらどうする? 生まれた子の苗字が恋人のものになったら? それでも認知してたらOK? あー、認知させてくれないパターンもあるかも。あと、俺の子供だと思ってたら、実は浮気相手との子だったら? 静ってDNA鑑定でもできんの? マツキチの匂いでわかるとか? でも七代目となるとさすがに薄くないか? やけくそでそこらかしこの女に片っ端から種付けして、子供10人できたとしたら、それはどーすんの? 一番年上のやつを一人殺したら終了? あと……結婚しても、俺が婿養子になったり……」
「まってまって!」
静が慌てて言葉を遮る。
「そんないっぱい言われても、難しくて静、わかんないよ!」
「呪い殺してる本人がいい加減な……」
「田舎じゃそんなことないもん。結婚して、子供が出来て、男の子だったら静が殺す。それだけだよ!」
うぉおおおん……うぉおお……うぉぉおぉぉおおっ、おおん、おぉぉおうおうおぅおおん……
「長いな。なんだって?」
「ええとね。苗字が留守で、子供が男の子だったら良いみたいだよ。あ、あと、必ずこの町の中で殺せって」
「りょーかい。じゃあその条件で頑張ってみるけど、相手のあることだからな。念の為失敗した時、どーなんのか教えてよ。俺もモチベに関わるからさ」
うぉぉおん……
「失敗は許さないってさ」
「いや、だから、俺がいくら頑張ったって無理な時あるだろ。そん時は、『黒いの』に損しかなくね? いくら俺を呪っても、ない所からは取り立てらんねーし」
ぉぉぉ……ん……
「そもそも、俺が東京で交通事故ででも死んだらどうすんだよ? この町にいないと、俺の魂も回収不可なんだろ?」
「それはっ、……悠斗はずっとこの家にいろっ!」
静がぎくりとして、悠斗を引き止めにかかる。
「だから、世間知らずの子供だって言うんだよ。大人の仕事舐めんなよ。そう簡単に辞めれるはずねーだろが。第一、恋人どーすんだよ」
「電話で呼び出せばいいじゃろっ!」
「いやー来てくれるかも知んねーけど、結婚は無理だろ。相手、東京住みだぜ? こんな田舎で無職ってなったら、速攻フラれるわ。じゃー、この町で……って、この家、つーか、お前が有名過ぎて、誰も嫁になんか来ないだろ。誰が、キチガイ鬼姑のいる家に嫁ぎたいって言うんだよ。しかも無職」
「ぐぐぐ……無職、無職と二回も言いおって……」
悔しそうに手をばたつかせる静に、悠斗は軽い口調を返す。
「だから、今は一番成功確率の高い、東京にいる恋人にプロポーズしてくっから。そんで結婚出来て、妊娠したら帰って来る。そこまでしたら逃げねーだろ」
「…………仕方ない……」
はあ、と静がため息を吐いた。
「結婚とは、難しいものじゃの……」
「キラキラした世界の裏がわかってこその大人だぞ」
「…………」
納得がいかない様子で横を向いている静が、思い出したように告げた。
「ただ、必ず定期的に家に帰ってこい。お前は大学の時に嘘を吐いた」
「わかった。一年に一度でいいか?」
「……二度だ。盆と正月。これは譲れんっ」
強い口調に、悠斗はにっこりと笑顔を浮かべた。
「りょーかい」
うぉぉおぉん……おぉん、ぉぉん……
ふたりのやり取りを聞いていただろう『黒いの』が何かを言っている。
「……もし、失敗したら、静の命はもちろん、埋め合わせとして、町の人間の魂をもらう、だって……」
「ペナルティも確定したな。了解」




