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第10話:精神のダイレクト接続:リスクヘッジなき共感

 

「なるほど、死んだのは事故なんだな。────じゃあ、次に怒ったのは、お前が簡単に『黒いの』と契約したことだ。あんな条件もろくすっぽ確認しないで、あっさり命を掛けるような約束するなよ。一瞬で詐欺に引っかかるタイプだな、お前」

 

(あー、マッチングアプリ詐欺なんか、入れ食いで掛かりそう。てか、詐欺全般に引っかかりそう)

 

「だって、静に力を貸してくれたから。静だって約束は守るよ」

「誠実は美徳だが、お前はまず人、っと、この場合は『黒いの』か。とにかく見る目を養えよ。『黒いの』はお前に力を貸すことで、楽して七人分の魂を手に入れるだけだろ。お前の魂も含めて。それは本当に正当な代償か?」

「ちょっと、難しいよ……」

 

 静が困ったように首を振る。しかし、暴れる様子もないし『黒いの』も動かない。

 

「ほれ見ろ、契約の内容すらろくすっぽ理解しない脳味噌で、だいそれた力だけを手に入れて、振り回されてる。よくもまあ、150年も無駄にしたな。輪廻転生があるのかはしらんが、もし生まれ変わってたら、いくらでも楽しい恋愛が出来ただろうにな」

「そう、かな……」

「無条件で相手を信用するのは、誠実じゃなくてただの馬鹿だ。うまい話には裏があるってのは常識だぞ」

 

 思っていたことがつらつらと口から出てくる。

 静はすっかり、大人に叱られているといった風情だ。


「で、お前とその『黒いの』との契約。破ったらどうなるんだ?」

「え? 静は破らないよ?」

「破るか破らないかの話じゃない。契約不履行時、あー、失敗した時にどう補填するかは先に確認しとくもんだ」

 

「…………」

 

 しばらく、静は黙ったまま佇んでいたが、やがて顔を上げた。

 

「七代の魂を渡さないと、静はずっとこのままだって」

「じゃあ、七代全員殺して、満願成就したらどうなるんだ?」

「え、成仏するんじゃないの?」

「俺に聞くなよ。黒いのに聞け」

「…………」

 

「……そんな」

 

 静が呆然とした声を出す。

 

「うち、黒いのに飲み込まれて、消えるって……」

「まあ、そうだろうな。お前、『命まるごと渡す』って言ってたもんな」

 

 何度も過去を反芻してきた静は、悠斗の言葉に俯いた。

 

「じゃあ、静、ずっとこのままか、消えるか……なの」

「このままじゃそうなるな」

 

 静の体がぶるりと震える。

 

「そんな、イヤだよ……うち、そんなつもりは……恨み果たしたら……果たしたら……」

 

 呪うことしか考えてこなかった静が、初めて自分の行方に目を向けた。 

 

「……静だって……」 

 

「………………」

 

 ボトボトと漆黒から液体がこぼれ落ちる。

 

「……恋したい。……幸せになりたい」

 

 微かな声も震えていた。

 

「……だから、馬鹿だって言ってんだよ」

 

「幸せに、なりたいよぉ……」 

 

 体のない悠斗に静を宥めることは出来ない。

 ただじっと泣いている少女の怨霊を眺めていた。

 

(よし、債務者からの言質は取った。……ここからだ)

 

 悠斗は腹式呼吸を意識して、精神を内側に向ける。

 そうやってから深く思考を始めた。

 

 ビジネスの世界において、不可抗力による債務不履行は日常茶飯事だ。

 債務者に瑕疵のない事情による契約継続の不能、あるいは共倒れが双方に最大不利益をもたらす場合、『債務の株式化デット・エクイティ・スワップ』や『債務免除ヘアカット』といった落とし所を探るのが定石だ。もっとも、相手が血も涙もない回収業者なら話は別だが。今回のスキームを整理しよう。静は『自分と七人の魂』という将来債権を担保に、化け物から『呪いの実行力』という融資を受けている状態だ。五代目まで完済している以上、進捗率は約71%。この達成率を根拠に、残存債務の減免、あるいは条件変更リスケジュールを勝ち取れないか。

(クソ、未成年者取消権の行使か、それとも法定利息を大幅に超える不当な利息制限法違反で突くか……。150年前の締結に商法が遡及適用できるはずもねーか)

 そもそも、化け物相手にリーガルチェックを通そうというのがナンセンスだ。意思決定権者(化け物)と直接交渉できればいいが、この低知能な窓口(静)を介しては与信審査すら覚束ない。であれば、この無能な中間管理職と、その背後の黒幕が揃って『得だ』と誤認する、極めてシンプルな報酬インセンティブを提示するしかない。現行の独占契約通りに七代目を完遂すれば、化け物は予定通りの利潤(魂)を得て、事業をクローズする。問題は契約不履行時だ。現状のままだと、化け物は静という低効率なインターフェースにリソースを割かれ続け、新規開拓もできないまま現状維持を強いられる。これは化け物側にとっても、資産を塩漬けにするだけの機会損失であり、致命的なマイナスではないか。静を代理サーバー(プロキシ)として経由することで、化け物側になんらかのメリットがある可能性は高いが、その維持コストに見合うリターンを俺が再定義してやればいい。直接膝詰めして資産査定デューデリジェンスを行いたいところだが、言語の壁が厚すぎる。逆に言えば、そこさえ何とかできれば、静を専属エージェントとして囲い続けるより、遥かに投資利益率(ROI)の高い、最高の新規案件を提案してやれるはずだ。

 

(よし)

 

 要するに、静に俺を祟り殺させるよりも条件の良い代替案を『黒いの』に提示できれば、突破口はある。

 

 まずは静を通しても『黒いの』に伝わる言い方を考えるか……。

 

「おい、べそべそ泣いてんじゃねーぞ。そんなことでオタオタするから、良いように扱われんじゃねーか」

 

 その時、俺は、ほんの少し気が緩んでしまっていた。

 極限の恐怖の中で虚勢を張りながらも集めた情報から、見えた僅かばかりの光明。こういう時こそ、一番気を抜いてはいけないとわかっていたのに。交渉、提案という、日常業務のルーチンのように、誤認してしまった。

 

 だから、実現した時のリスクを考えもせず、安易に聞いてしまった。

  

「なあ、『黒いの』って、話せねーの? 直接交渉出来れば、話は早いんだが」

「ん……ぐすん、……言葉はわかるよ。繋ごうか?」

「つなぐ……?」

 

 次の瞬間、俺はすぐに失敗を悟った。

 

 ぐぉん、と空間が揺らぎ、すっかり意識の端に追いやっていた恐怖が一気に迫りくる。

 繋がる、というのを理屈でなく理解する。

 この場にいることで薄くなっていた五感が一気に黒く染め上げられる。黒い化け物、黒い悪意の塊の一部にされる。

 

──────リンクが繋がる。と思った瞬間。


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