表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/9

第1話:QOLの最大化と、実家という名の不良債権

BL注意!

初投稿です。よろしくお願いします。

 東京郊外に構えた、中層マンションの一室。

 駅から少々距離はあるが、セキュリティが自慢のリノベーション物件だ。

  

 ここは留守悠斗とめゆうとが、田舎の閉塞感と狂った母親から逃げ出し、猛勉強の末にエリートビジネスマンとなり、やっと掴み取った聖域だ。

 将来的な資産価値と、QOL(生活の質)の最大化を両立させた、人生で最も成功した投資先だと悠斗は自負している。

 

 柔らかな間接照明が、洗練された北欧家具を照らしている。優しい色合いのソファは悠斗のお気に入りだ。

 

「悠斗、あ〜ん♡」

「あ〜ん♡ ……んん、やっぱりダーリンの手作りはおいしいな〜♡」

 

 悠斗は、恋人の膝に頭を乗せ、スプーンに乗ったプリンを食べている。

 エリートビジネスマンとして、過酷で多忙な日々を送る彼も、この時ばかりは愛する男の前で弛緩しきっていた。

 

 悠斗は浮かれていた。

 ゲイであると自認したのは思春期の頃だったが、田舎という環境とそこから逃げ出すための勉強に必死で恋愛などにうつつを抜かす余裕などなかった。そのまま大学、社会人となって数年、初めて出来た恋人と同棲して、我が世の春を謳歌している。

 

 恋人のダーリン、那間倉泉なまくらいずみは悠斗より一歳年上で、長身で細身、そしてとても甘く整った容姿をしている。体中に残る傷跡さえなければモデルにだってなれただろう。

 片や悠斗は、ダーリンより背は低いものの、趣味のサッカーと健康のためのジョギングで体は締まっている。顔も少々きつめではあるが、悪くないと自負している。

 

「虫歯になるから、このまま寝るなよ」

「は~い」

 

 ごろごろとダーリンの膝に懐きながら、その感触を堪能する。脂肪が少なくて硬い男の脚だ。そこに安心して身を預けていると、頭を優しく撫でてくれる。

 

「あー、幸せだ~ずっとこうしてたい……」

「ふふっ、いくらでも」

 

 ダーリンはとても優しい。日々の業務で疲れ切った悠斗をこれでもかと言わんばかりに癒やしてくれる。対人恐怖症とパニック障害を患っているせいで、生きるのに苦労してきた彼を悠斗も大事にしたいと心の底から思っている。

 ダーリンに傷の理由は聞けていない。切り傷が多く、特に手の周辺に集中していることから、自傷の痕ではないかと踏んでいる。それ以外の傷は……虐待かイジメが原因だろうか。病気の件も含め、さすがに無遠慮に踏み込めない。いつか、ダーリンから話してくれると信じている。どんな事情があろうと、悠斗の気持ちが揺らぐはずもないのだから。

 

 そんな二人の愛の巣として現在のマンションを購入し、家具や日用品を揃え、そろそろパートナーシップを……なんて、考えてしまうくらいには浮かれきっていた。

 

 そこに置き去りにしてきたと思っていた魔の手が迫っていた。

 

「悠斗、さっきからスマホがチカチカしてるぞ」

「ん~? 誰?」

「わかんない。名前表示されてないし」

 

 ダーリンがテーブルの上で震え続ける端末を指差す。

 

「知らない番号だから、無視無視」

「でも、ずっとだぞ? 緊急じゃないか?」

「俺が優先するのは、ダーリンだけだよ♡」

 

 悠斗は笑ってダーリンの指にじゃれついた。

 だが、スマホの振動は止まらない。仕方なく通話ボタンを押し、耳に当てた。その瞬間、鼓膜を突き破るような濁った絶叫が響く。

 

『アンタっ、悠斗かいっ?! あはははははっ! やっと捕まえたあーーっ!!』

 

 悠斗はビクリと肩を揺らした。忘れもしない、この強烈なダミ声。脳裏を過るのは、物心ついた時から自分を虐待し、父を壊したあの怪物の形相だ。

 

「……は? クソバ……母さん、か、なんだよ、いきなり……」

 

 心臓が早鐘を打つ。だが、隣には愛するダーリンがいる。悠斗は勇気を振り絞り、受話器越しに冷え切った声を出す。

 

『ひゃははははっ、はははっ!』

 

 何がおかしいのか、母はしばらく狂ったように笑うと、すぐに低い声に変わった。

 

『……お前、いつまで遊んでるつもりなんだい……? すぐに帰って来るって言ってたじゃないかぁ……?』

「帰るつもりはねーよ」

『はあ”あ”っっ?!』

(ああ、イヤだ。この声……!)

 

 瞬時に沸騰する激昂した顔が浮かんで、こめかみの辺りがチカチカする。

 厄介な顧客対応には慣れているはずなのに、こんな時には何一つ浮かばない。

 

『バカなこと言ってんじゃないよっ! さっさと帰ってこい! そんで、結婚して孫見せろぉ!』

「イヤだね」

『親に向かってなんだいっ!』

「用件がそれだけなら切るぜ」

 

 これ以上の対話はリソースの無駄だ。

 このスマホの番号も変えないと、と思いながら通話停止の表示に指を伸ばした時、別の男の声が聞こえた。

 

『待った! 悠斗、切るなっ!』

「……お前か、藤田」

 

 予想はついていた。俺の連絡先を知っているのは、”あの町”では、友人だった藤田しかいない。

 

「どういうことだよ。裏切り者」

『まあまあ、そう言うなよ。お前の母ちゃんが、その、すごくてさ。分かるだろ?』

「…………」

『お前が、母親のコト、大っ嫌いなのは知ってるし、……まあ、気持ちも分かるが』

 

 スマホの向こうからは、聞き苦しい喚き声が聞こえ続けている。

 

「俺は帰るつもりはねーぞ」

『そう言うなって、こっちも困ってんだ。その代わり、お前の家の秘密を教えてやるから』

「はあ? 秘密って、別に知りたくもねーけど」

『いいのか? 多分、この剣幕じゃ次は家まで行くぞ?』

「チッ……」

 

 俺の現住所は藤田しか知らない。機密情報を握られている以上、今の俺は交渉権レバレッジを喪失している。最悪なことに勤務先もバレている。退職して逃亡するのは被害がデカすぎる。

 何かあった時のためのリスクヘッジとして、教えたのが裏目に出た。

 

『とりあえず、一度顔見せに帰ってこいよ。そうしたら、おばさんを宥めるの、手伝うしさ』

「……わかった」

 

 拒否するのは悪手らしいということはわかった。俺は必死に頑張って、やっと手に入れた楽園とダーリンを守ることだけを考えることにした。

 

「クソババアと二人きりで会うのなんて、ぜってーに無理だ」

『わかった、わかった。俺も一緒に行くから、な?』

 

 条件交渉の末、藤田が駅で待っていてくれることになった。日時を調整し、通話を切った。

 

「……悠斗、大丈夫か?」

 

 沈黙したスマホを眺めたまま考え込んでいた俺を、心配そうにダーリンが見つめていた。そっと抱き寄せられ、その温もりに包まれた瞬間、悠斗の中で危機感が募った。

 

 逃げるのはもう終わりだ。あのクソ女と、どうしようもない閉鎖的な町と、今度こそまとめて縁を切ってやる。

 

「……ああ。ちょっと、実家のゴミを処分しに行ってくるよ」

 

 悠斗は、ダーリンの胸に擦り寄りながら、決心を固める。この問題を放置すると、ダーリンとの生活(最大資産)が毀損する。

 

 絶対に、この温もりを失ってたまるか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ