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水のフルコース

作者: ウォーカー

 あるカップルの男女がいた。

名を男は坂本さかもとたかし、女は澤田さわだ美由紀みゆきという。

隆と美由紀の二人は、付き合いも長く相思相愛。

後は隆のプロポーズを待つだけ、という状態だ。

プロポーズを申し込むための婚約指輪ももう用意してある。

しかしその隆の方の踏ん切りがなかなかつかない。

公衆の面前でプロポーズはできない。

しかし嫁入り前の女を家に上げるのも今更だがよくない。

どこか、二人っきりで良いムードになれる場所はないか、

そんな場所を探していた。


 プロポーズをする場所と言えば、景色の良い公園や、

高級レストランなどが候補に挙がる。

隆は、雑誌などを調べていった。

すると、一つの気になる情報が目に留まった。

「水のレストラン。

 当店は水を売りにしたレストランです。

 高級な天然水を惜しげもなく使い、最高の料理をご提供します。

 客席は全席個室。駐車場完備。

 駅から遠い立地は、落ち着いた雰囲気につつまれています。」

隆はその情報を見て立ち上がった。

「よし、プロポーズはここでしよう!

 水のレストランというのが、清涼感があって良い。

 個室なのがプロポーズにも向いているだろう。

 早速、予約を取ろう。」

隆は電話を手に取った。


 それから数日後の夜。

隆は恋人である美由紀を助手席に乗せ、車を走らせていた。

「美由紀ちゃん、疲れてない?」

「私は大丈夫。隆くんこそ、運転させて悪いな。」

二人は車内で談笑しながら、水のレストランを目指していた。

水のレストランは、事前の説明通り、駅からは離れた場所にある。

車やタクシーでも使わなければ、行くのは大変だろう。

そこは隆が車を持っていることが役に立った。

山を越え、谷を越え、森が広がり始めた頃、

向かう山道に明かりが見えてきた。

「あっ、あれが今日行く、水のレストランだよ。」

「静かな場所にあるんだね。」

「その方が美由紀ちゃんとゆっくりできると思ってね。」

「そうだね、私もそうしたい。」

車はタイヤの接地音を鳴らし、駐車場へ入っていった。


 水のレストランは、その名前の通り、水をモチーフにしていた。

出入り口へのスロープは流れる水をイメージしたもの、

出入り口は実際に水が落ちる小さな滝のようになっていて、

インターホンを押すことで、水の流れが止まる仕組みだった。

「18時30分からご予約されていた、坂本隆様ですね。

 お待ちしておりました。

 当店、水のレストランにご来店、誠にありがとうございます。

 これよりお部屋へご案内致しますが、その前に当店の注意事項がございます。

 当店は禁煙となっております。

 また、お車でお越しの場合は、酒類をご提供できません。

 当店は全席個室となっております。

 しかし完全防音ではありませんので、個室内ではお静かに願います。

 また、当店の料理はすべてオリジナルの特別料理になっております。

 もし、お口に合わない場合でも、食べ残しはご遠慮ください。

 長くなりましたが、当店、水のレストランをお楽しみください。」

そうして説明の後、隆と美由紀は水のレストランの内部へ案内された。

背後では滝の扉が閉じる音が聞こえていた。


 「わぁ・・・」「素敵・・・」

水のレストランの中に案内された隆と美由紀は、感嘆の声を漏らした。

店内は至るところで水が流れて、店内を涼しく保つのに役立っている。

もしかしたらエアコンは使っていないのではないか。

水による自然な清涼感は、息をするだけで気分をよくさせてくれる。

店内を流れる水は、水路をイメージしていたり、

流れる滝をイメージしていたり、とにかく美しいの一言に尽きる。

それだけでなく、外国の水の街をイメージさせるような落ち着きもあった。

橋を渡り、小川の流れを歩み、やがて一つの個室に案内された。


 水のレストランの個室も、そこかしこに水の流れを取り入れたものだった。

出入り口が小さな滝になっているのは、店の入口と同様。

流れる水はゴミどころか濁り一つなく、そのまま口にできそうなほど。

滝の扉を開けると、中にはテーブル席が用意されていた。

テーブルや椅子は輝く海の貝や砂浜をイメージした形で、

足元は温度調整された水が流れ、足湯のように水を楽しむことができる。

早速、隆と美由紀は靴と靴下を脱ぎ、椅子に座って水に足を浸けた。

すると水は時間によって温度が変わり、

足を洗ったり足湯のように楽しむことができるようになっていた。

「あー、疲れた足に足湯が心地良い。」

「そうね。流れがあるから、冷たい水も気持ちいい。」

その間、店員は二人の靴と靴下を珊瑚のケースに入れていた。

そして二人に言う。

「当店のメニューは、水のフルコースのみになっております。

 ご予約もそちらでお間違い無いですね?」

「はい、そうです。」

「私、お腹すいちゃった。」

美由紀がペロッと小さく舌を出す。

「それでは、メニューのご提供まで少々お待ち下さい。

 それまでは、こちらのウェルカムドリンクをご賞味ください。」

テーブルに置かれたのは、湯呑みが二つ。

中身を味わうと・・・お茶ではなく白湯だった。

しかしただの白湯ではない。

特上のミネラルウォーターを使っているようだった。

「この白湯、美味しい。

 きっと名水を使っているのね。」

「そうだね。料理も期待できそうだ。」

二人のお腹が期待にグゥと鳴って、二人は微笑み合った。


 滝の扉の水が止まり、扉が開かれた。

「お待たせいたしました。こちら前菜の、水のサラダでございます。」

配膳されたガラスの皿を見る。

何も乗っているようには見えない。

いや、よく見ると、なにかがある。

「・・・これ、氷だ。」

隆の言う通り、皿には薄い氷が美しく盛られていた。

二人は早速、水のサラダに口をつけた。その結果は。

「・・・水だね。」

「・・・水ね。」

薄い氷のサラダは口の中に入れるとサラリと溶けて水になった。

二人はバリバリと水のサラダを食べたが、

やはり氷は溶ければ水でしかなかった。

「この水もミネラルウォーターみたいだね。」

「美味しいけど・・・ただの水ね。」

二人はちょっと拍子抜けした。

水のレストランと言うからには、

ミネラルウォーターで育てられた野菜のサラダなどを想像したからだ。

それがまさか、水そのものである氷がサラダとして出てくるとは思わなかった。

水のサラダはあっという間になくなり、次の料理が配膳された。


 「こちら、水のスープになります。」

店員が配膳したのは、フルコースの二品目のスープ料理。

器からは温かそうな湯気が立ち上っている。

しかし、スープに期待する食材の匂いはしない。

水のスープは、お湯に氷を浮かべただけのものだった。

隆と美由紀の二人は顔を見合わせ、スプーンで水のスープを掬った。

口に運ぶと、具の氷はお湯の中でもすぐには溶けない、固い良質の氷だった。

スープ本体である水も、温めると香りが立つミネラルウォーターのようだ。

スープも具も一流の、しかしただの水だった。

口に入れていればいずれは水になってしまうだけのもの。

「これも、水だね・・・」

「そうね。だけど、ほっとする味で、私は嫌いじゃないな。」

「美由紀ちゃんがそう言ってくれると嬉しいよ。」

料理の驚きは二人の仲睦まじい様子を返って強調していた。


 水のフルコースのスープの次はメインディッシュだった。

店員がジュワジュワと湯気が立つ鉄板を持ってくる。

「お待たせ致しました。

 こちらメインディッシュの、水のステーキでございます。」

配膳されたのは、熱々の鉄板の上に踊る氷のステーキ。

水のステーキの名の通り、油などは一切引かれていない。

要するに熱い鉄板の上にスライスした氷を乗せただけのものだった。

「熱っ・・・熱っ・・・」

「はふはふ・・・これ、ステーキに見えるけど、ただの氷ね。

 味付けもされてないし。」

「でもちゃんとナイフ、フォークで食べられる良質の氷だね。」

しかしいくら良質とは言え、氷も水も同じ。

腹を満たすものではなく、喉を潤すだけ。

隆と美由紀の二人は、熱々の水のステーキを頬張りながら、

そこはかとなく虚しさを感じていた。


 肩透かしのメインディッシュ、水のステーキ。

その次に配膳されたのは、水のしゃぶしゃぶだった。

しゃぶしゃぶ肉の代わりに薄い氷が並べられ、

それを鍋で軽く火を通していただく。

表面を薄く熱せられた氷は、蕩けるように口の中で溶けた。

氷だけでなく、鍋の水もミネラルウォーターを使っているのは当然。

吟味された水、なのだが。

「美味しいけど、美味しいけど・・・」

「やっぱり水は水だね。美味しいけど、お腹は膨れない。」

それでも二人はせっかくだからと、水のしゃぶしゃぶを口に運んだ。


 水のしゃぶしゃぶは、薄い氷をお湯で湯がいただけだった。

この先のメニューに、隆と美由紀は不安を覚えていた。

しかし店員は名店としての威厳に溢れていて、

とても不安や疑問を口にできる様子ではない。

二人で黙って俯いていると、次のメニューが配膳されてきた。

「お待たせいたしました。

 次のメニューは、水のお刺身でございます。」

隆と美由紀はあやうくズッコケるところだった。

水の刺し身として置かれた皿には、案の定、何も見えない。

よく見ると、その正体がわかる。

皿にはスライスされた氷がきれいに並べられていた。

醤油のような小皿もあるが、そこに入っているのも水だ。

現に氷の刺し身を小皿に浸けて口に入れたが、

異なる味のミネラルウォーターを飲んでいるようなものだった。

「・・・水にも味の違いがあるんだね。」

「そうね。でもお刺し身という感じはしないかな。」

とはいえ、文句を言うのも気が引ける。

二人は水の刺し身もきちんと完食ならぬ完飲した。


 「次のメニューでございます。」

店員はそういうが、隆と美由紀には、やはり料理には見えない。

今度のメニューは、デザート。水のシャーベットだった。

美由紀は一口食べて両手を上げて爆発した。

「水のシャーベットって、ただの味のないかき氷じゃん!」

すると店員が、表情を固くして睨みつけた。

「お客様、当店のメニューになにかご不満でも?」

「い、いえいえ!そんなことないですから!」

爆発しそうな美由紀を隆が必死になだめ、店員を下がらせた。

美由紀は改めて文句を言う。

「これ、ただのかき氷だよね?しかもシロップも砂糖すらかかってない。」

「まあまあ、落ち着いて美由紀ちゃん。

 氷自体はミネラルウォーターで美味しいじゃない。」

「それはそうだけど、私、お腹が空いたよ。」

お腹がくぅくぅと鳴っているのは、美由紀だけではなかった。

隆は空腹を抱え、頭も抱えていた。

「これじゃプロポーズどころじゃないよ。」

すったもんだの末、フルコースは終わりに近づいていた。


 水のフルコース。

その最後に出されたのは飲み物、コーヒーではなく、熱々の白湯だった。

水のフルコースの料理は氷を使ったメニューが多い。

その氷で冷えた身体を温めようという、考えられたメニューだった。

足湯があるので寒くはないが、温かいものが欲しかったのは事実で、

隆と美由紀は黙々と湯呑みのお湯をすすっていた。

その間も二人の腹は鳴りっぱなし。

美由紀の機嫌もさらに悪くなってしまったようだ。

これではプロポーズどころではない。

隆は今日のプロポーズは諦め、席を立とうとした。

「じゃあ美由紀ちゃん、店を出ようか。」


 隆と美由紀は水のフルコースを味わい、空腹を抱えて、

水のレストランを出ようとしていた。

会計のために店員を呼ぶ。

威圧感のある店員がすぐにやってきた。

「本日は当店、水のレストランにお越しいただきまして、

 誠にありがとうございました。

 こちらがお会計になります。」

隆は会計用紙を挟んだ伝票板を受け取った。

そしてその数字を見て、泡を吹いて倒れてしまった。

「う、うーん!この値段は・・・!?」

あわてて美由紀が駆け寄る。

「ちょっと、隆くん、大丈夫!?」

隆の手から伝票板が滑り落ちる。

その額を見て、美由紀も声を上げた。

「税込みで二人で330000円!?何かの間違いじゃ?」

「いいえ、その額で間違いありません。」

店員が威圧するように言う。

美由紀はすがるように懇願する。

「でも、今日、私達がここで食べたのって、水と氷だけですよ?

 それのどこに330000円もかかるんですか?」

「素材は一級品、シェフも一流でございます。

 メニューも試行錯誤を重ね厳選された料理です。

 それともお客様、まさかお支払いいただけないと言うのですか?」

店員が隆と美由紀を威圧的に見下ろす。

二人は目配せして頭を横に振る。

二人共、330000円もの現金を持っていなかった。

クレジットカードの上限も上回ってしまって使えない。

このままでは二人共、食い逃げで罪に問われてしまう。

何か金目の物はないものか・・・そうだ!

隆は思い立って、懐から小箱を取り出して店員に渡した。

「こっ、この指輪で支払います!

 この指輪は330000円以上の価値があります!

 それで許してください!」

店員は小箱を受け取ると、箱を開けて中の指輪を吟味した。

「・・・なるほど、この指輪は確かに、代金の代わりになりそうだ。

 ただし、お釣りは出ませんぞ。それでよろしいですね?」

他に支払いようがない隆は、その条件を飲まざるを得なかった。

こうして隆が用意したプロポーズのための婚約指輪は、

水のレストランの、水のフルコースの代金として奪われてしまった。


 隆と美由紀は這々の体で水のレストランを出た。

お互いに空腹を極めてお腹は鳴りっぱなし。

しかしそれよりも隆には悔しさの方が大きかった。

今日は恋人の美由紀にプロポーズをするはずだったのに、

それができなかった上に、婚約指輪まで失ってしまった。

悔し涙も出ようというものだ。

その様子を伺って、美由紀が声を掛ける。

「隆くん、さっきの指輪ってまさか・・・。」

「言わないでくれ。頼む。」

「わかった。隆くんがそう望むなら。

 でも、私には、隆くんの想いは伝わったよ。

 だからそんなに落ち込まないで。」

婚約指輪も無いプロポーズ。

そんな惨めなプロポーズにも、美由紀は応じてくれた。

プロポーズは既に果たされたも同然。

だが、隆の心は晴れない。

それもこれも、水のレストランのせいだ。

隆は血が出そうなほどに歯を食いしばっていた。


 あなたも注意すると良い。

水のレストランは、今もどこかで、変わらず営業しているのだから。

「当店、水のレストランの、水のフルコースは極上です。

 店員一同、あなたのご来店をお待ち申し上げております。」

水のレストランの従業員達は、ニマァといやらしい笑顔を浮かべていた。



終わり。


 水のレストランなんてあったら素敵だなと思って、

水のフルコースを考えていく内に、こんな話になってしまいました。


水は美味しいけれど、どう料理しても水は水。

でも氷にも良し悪しがあって、

実はこの水のレストランで使われている氷は、

濁りのない溶けにくい上質の氷であります。

それでもやっぱり水のフルコースは無理でした。


予定通りに優雅にはいかなかったけど、プロポーズは成功?

どうなのでしょうか。


お読み頂きありがとうございました。


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