録音
再生ボタンは、もう押せない。
プレーヤーは、静かなまま、なにも語らない。
でも、不思議と、さびしくはなかった。
あの旋律は、たしかに終わった。
テープの中の音は、すべて流れきって、
彼女――キョウは、やさしい光になって消えていった。
けれど、僕の耳の奥には、まだ音が残っていた。
ふいに風が吹くと、
それがまるで音階のように感じられる。
誰かがふと笑うと、それが陽日の和音のように響く。
もう、聞こえない。
もう、触れられない。
けれど、胸の奥で鳴っている。
僕だけにしか、聞こえない音がある。
“記録”ではなく、“記憶”として。
“しらべ”ではなく、“祈り”として。
それはきっと、これからも生きていく。
僕の中で、陽日の音は、今も笑っている。
キョウの声は、そっと背中を押してくれている。
音は、終わらなかった。
ただ形を変えて、そこにある。
音楽とは、そういうものだ。
聴くものじゃない、残るものだ。
だから僕は、これからも奏でていく。
泣きながらでも、笑いながらでも、
いまの僕の音を、今の僕の手で。
再生ボタンは、もう押さない。
けれど、音は、ずっと――
心の奥に響き続けている。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
“消える前”というのは、何かが終わっていく寂しさじゃなくて、
「大事だった」と思える記憶に、そっと触れる時間かもしれません。
読み終えたあと、あなたの胸にも、
この物語の“音”が、優しく響きますように。