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帰還と報告

 霧封ノ狭路を抜けた瞬間、ナオは肺に入る空気が軽くなったのを感じた。重くまとわりついていた霧の膜が剥がれ落ち、肌を撫でる風が新鮮に思える。


 西の空は赤に染まり、雲は黄金色に縁取られていた。街の門が夕焼けの光に照らされ、長く伸びた影が石畳を覆っている。


 リルは肩で息をしながら、胸に手を当てた。

 リル:「……外ノ風……優シイ」


 ユレイは無言で周囲を確認し、アクトは残存霧素を測定している。

 アクト:「霧密度、外縁ニテ“基準値以下”安定。……帰還確認」


 ヘイドは剣を背に収め、低い声で言った。

 ヘイド:「……街、無事」


 ミズハは風に揺らぎ、水音のように囁いた。

 ミズハ:「流レ、街ニ還ル。安心……少シ」


 庁舎へと続く階段を上がる途中、ユレイがナオに問いかけた。

 ユレイ:「報告……必要?」


 ナオは歩を緩め、真剣な眼差しで答える。

 「……ああ。でも今回は“報告”じゃない。“申告”だ」


《庁舎の応接室》


 庁舎に入ると、職員たちの視線が一斉に向けられた。


 「……もうお戻りですか? 霧封ノ狭路の確認作業は、数日は必要かと……」


 ナオは深く息を吐き、まっすぐに答えた。

 「報告があります。そして――進行に関する申請も」


 職員は戸惑いながらも頷き、急ぎ上層へ連絡を入れる。


 やがて案内された応接室。そこには副責任者を筆頭に、数名の文官が待ち構えていた。机の上には羊皮紙の記録簿、幾枚もの符号板が並び、重苦しい空気が漂っている。


《中間報告》


 ナオは椅子に腰掛けると同時に、核心を突いた。

 「では、要点から説明します」


 声は落ち着いていたが、その奥には確かな熱があった。


 提示した内容は四点。


霧封ノ狭路内部の術式構造が意図的に改変されていたこと。


結界は封印ではなく、認識を遮断するために組み替えられていたこと。


内部に転送誘導符が存在し、未確認座標への記録移送が行われていたこと。


その転送構造の一部が、ユレイたち魔器の記録構造と共鳴していたこと。


 ユレイは静かに立ち上がり、腕部の結晶を輝かせる。そこから立体映像が浮かび上がり、結界痕跡や誘導符の光景が再現された。


 アクトは解析結果を論理的に示す。

 アクト:「術式外殻、強制破壊痕。内核保持。誘導符構造……帝国系術式混入」


 リルは黙っていたが、ナオの隣で小さな拳を握り、視線を巡らせていた。


 報告が進むにつれ、文官たちの表情が変わっていく。眉を寄せる者、驚愕を隠せない者、深く考え込む者――反応は様々だった。


 「……この術式構造、当庁の記録にも過去ログにも存在しません」

 「封印ではなく、認識遮断……つまり“隠した”?」

 「試練そのものが“封鎖記録の追跡”に繋がっている……?」


 ナオは頷いた。

 「これは探索ではなく、“経路の再発見”です。過去に葬られた記録が、今なお転送され続けている」


 「だからこそ、“試練の一環”として処理するべきではありません」


《庁舎側の困惑》


 沈黙が広がる。副責任者は深く息をつき、口を開いた。


 「……報告は重く受け止めました。しかし……」


 「今回の試練は“第4区画の確認作業”と“劣化記録”の調査が目的でした」

 「あなたの報告を精査する限り、これは“試練完了報告”には当たりません」


 「この段階で更なる下層への進入申請を承認するのは困難です」

 「加えて、転送先は識別不能領域。管理対象外の場所へ進行した前例は――」


 ナオは遮らず、静かに聞いていた。だが予想通りの反応だった。


 彼は穏やかに告げる。

 「申請ではなく、“申告”です」


《申告の意味》


 文官たちの視線が揺れる。


 「申告……?」

 「つまり……どういうことです?」


 ナオは真っ直ぐに答えた。


 「これは“任務”ではなく、“事態”です」

 「庁舎の指示で動いた範囲はここまで。ですが、このままでは本質に辿り着けない」


 「今後の進行は、俺たち自身の判断と責任で行います」

 「もし認可が降りないなら、ここで打ち切ることも考えます」


 その語調は真摯で、揺らぎがなかった。

 庁舎の誰もが、その覚悟に気圧される。


《協議と留保》


 副責任者は資料を閉じ、椅子に深く座り直した。

 「……分かりました。報告と魔器体の記録ログを基に、緊急協議を開きます。判断には数時間を要しますが」


 ナオは頷く。

 「それで十分です。待機します」


 文官のひとりが小さく頭を下げた。

 「……試練の枠内では処理できない事象であること、認識しました。ご協力に感謝します」


 ナオは一礼し、部屋を後にする。


 廊下に出ると、ユレイが低く囁いた。

 ユレイ:「ナオ、“申告”成功ト判断」


 アクト:「庁舎判断、論理構造ヨリ突破困難。倫理側反応ガ鍵」


 リルは柔らかな笑みを浮かべた。

 リル:「……ダイジョウブ。“ナオノ言葉”、届イタ」


 ナオはふと笑みを返した。

 「……届けないと、意味がないからな」


 その背に宿るものは、探索者の姿ではなかった。

 “記録を継ぐ者”としての覚悟だった。


《余韻と次への決意》


 庁舎の窓から見える夕空は、ゆるやかに夜へと移ろっていく。

 ナオは仲間たちと並びながら、心の中で強く思った。


 ――残された記録。誰かが消そうとした過去。

 そのすべてを、必ず未来へ繋げる。


 霧の外に戻った今、その決意はより確かなものとなっていた。


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