隠されし記録の追跡
霧が道を覆っていた。
大地から立ち上がるように濃く、絡みつくような白煙が視界を曇らせ、わずかな風さえも鈍らせている。湿った匂いが喉に張りつき、歩を進めるたび、足元の石や草木がぐしりと音を立てた。
ナオたちの一行は、互いに距離を崩さぬようにして歩みを進めていた。剣の柄に触れるナオの掌はわずかに汗ばんでいる。警戒というよりも、胸の奥で脈打つ得体の知れぬ違和感が、手のひらにまで染み出していた。
ユレイがふと立ち止まり、霧を裂くように声を発した。
ユレイ:「湿度、気流……全テガ通常ト異常ナ差ヲ示ス。此ノ先ニ“仕掛ケ”ガ在ル可能性ガ高イ」
その声音は淡々としていたが、ナオにはその奥に微かな緊張が混ざっているのを感じ取れた。ユレイはいつも冷静で理知的だ。だが、だからこそ隠しきれない“異質”を敏感に察知するのだろう。
やがて霧の帳が裂けるように、視界が開けた。
木々を抜けた先に現れたのは、崩れかけた防壁と、半ば朽ち落ちた哨戒塔。そして、広がる平石の中央に立つ石台だった。
光を放つこともなく、傾いたまま再び起き上がる兆しもないその遺構は、しかしなお、圧倒的な存在感を放っていた。無言の威圧が、空気そのものを硬くしているように思えた。
リルが息を呑み、肩を寄せる。
リル:「……コンナ場所ガ……記録ニ載ッテイナイ……?」
アクトは片膝をつき、掌を地面に押し当てる。微細な光が足元に走り、座標を照合していった。
アクト:「座標一致。《管理指定拠点C―4》……地図情報ト完全ニ合致」
ヘイドが低く唸るように声を重ねる。
ヘイド:「シカシ……記録ハ空白。防壁、塔……全テ“存在シナイ”ト処理サレテイル」
ユレイが目を細める。
ユレイ:「構造ノ認識ハ可能。……ダガ術式記録ハ欠落。マルデ最初カラ存在シナカッタカノヨウニ」
ナオは眉を寄せた。
――存在するのに、存在しなかったことにされている。
それは偶然や失策ではなく、明らかに“意図”によるものだ。誰かが、何かを覆い隠している。
◆結界の痕跡
石台に近づくと、足元の基礎石の一部が淡い青白い光を帯びていることに気づいた。霧に溶けそうなほど微弱だが、確かにそこに脈打っていた。
ナオは膝を折り、石に刻まれた古い線を指でなぞる。
「……この配置、防衛用じゃない。二重構造の封印式……でも、外側だけが破壊されている」
リルが顔を寄せ、不安げに声を漏らす。
リル:「外側ダケ……ジャア、内部ハ……?」
ナオは頷いた。
「内側は残されている。誰かが意図的に“外殻”だけを壊して、中身を守ったんだ。完全に消すためじゃなく……持ち出すために」
ユレイ:「解析一致。外殻ノ破壊ハ意図的行為。内核ハ保持サレ……情報ハ転送サレタ形跡」
ミズハがかすかな響きを帯びた声で続ける。
ミズハ:「水脈ノ揺ラギ感知。此処ニ……未ダ“湿リ”在リ。術式ノ残滓ガ息ヅイテイル」
ヘイドは腕を組み、唸るように呟いた。
ヘイド:「外殻ヲ壊シ……内核ヲ生カス。敵ハ“奪取”ヲ目的トシタ。……悪意ハ明白」
その場に、重苦しい沈黙が落ちた。霧が風に流れ、青白い光が仲間たちの横顔を照らす。ナオはその光を見つめながら、胸の奥でざわめく感情を抑えられなかった。
――これは、誰が、何のために。
◆記録移送の証跡
石台の表層に触れると、ざらついた質感の奥から奇妙な震動が伝わってきた。
黒い磨石を固めた層の中に、幻影めいた文様が網のように張り巡らされている。細い光の糸が幾重にも交錯し、まるで記憶そのものを縫い留めているかのようだ。
アクト:「機能確認。封印、記録制御……加エテ“選択的記憶移送”ノ痕跡アリ」
リルの声がわずかに震えた。
リル:「ダレカガ……ココカラ“記憶”ヲ……ウツシタノ……?」
ユレイ:「単ナル移送ニ非ズ。探知者ノ目ヲ逸ラシ……本体ヘ到達不可能トスル制御術」
ミズハ:「水脈ニ似タ流レ……断タレ、別ノ器ヘ移行シタ跡。未ダ、余熱アリ」
ヘイド:「奪ワレタノダ。……敵ハ既ニ“記録”ノ一部ヲ持チ去ッタ」
ナオは息を呑み、強く拳を握りしめた。
「……やっぱり、ここは何かを封じる場所じゃない。探す者の目をそらし、記録を“隠す場所”なんだ」
◆過去の影像再生
アクトが石台の残滓に触れ、術式の断片を再生する。淡い光の粒が宙に舞い、やがて霧の中に影像を結んだ。
――黒衣の人物が立っていた。
顔は覆面で隠され、判別できない。しかしその手元で光が結晶に吸い込まれていく。記録の欠片が転送され、小さな黒い結晶へと封じ込められていった。
アクト:「記録遷移、確認」
リル:「……ダレ……ナノ? ナゼ、コノ地デ……?」
ヘイド:「“敵”ハ存在スル。証拠ハ此処ニ在ル」
ミズハ:「結晶……今モ脈動シ、呼応シテル。未ダ……繋ガッテイル」
ユレイ:「座標断片、抽出可能。遷移先ハ未確定……追跡ハ可能」
影像はすぐに霧へ溶け、残ったのは石台の奥に燻る微かな残光だけだった。
◆仲間たちの心情
リルは小さな拳を握りしめていた。
リル:「記録ヲ奪ウ者……ソノ存在ガ怖イ。……私タチノ歩ミヲ……塗リ潰サレル」
ユレイは瞼を閉じ、静かに吐息を落とす。
ユレイ:「我ラ魔器ハ“記録”ト共ニ在ル。記録ハ我ラノ存在理由。奪ワレレバ、我ラハ空虚」
アクトは冷静に言葉を紡ぐが、その奥に熱が宿っていた。
アクト:「記録ヲ追跡スルコト……ソレガ我ガ存在意義。解析、追尾、保全……我ハ其ノ為ニ在ル」
ミズハは静かな水音のように呟く。
ミズハ:「私ハ器デハナイ。流レ……水。記録ヲ守ル為ニ、流レヲ変エル。……私モ“抗ウ”」
ヘイドは重々しく頷き、視線をナオに向けた。
ヘイド:「敵ガ記録ヲ得レバ……街ハ滅ブ。人モ魔モ、全テノ礎ガ奪ワレル」
◆ナオの決意
ナオは彼らの言葉を胸に刻んだ。
人間は自分ひとり。だが、彼らは自分を仲間として認め、共に歩む意思を示してくれている。
――ならば、自分も応えるしかない。
「……追うしかないな」ナオは静かに口を開いた。
「守るだけじゃ足りない。記録を奪った相手を追い、取り戻す。それが……俺たちの役目だ」
リル:「……“マモルモノ”デハナイ。“追イ求メルモノ”トシテ」
ユレイ:「同意。此ノ道ハ我ラノ進路」
アクト:「追尾、開始可能」
ヘイド:「剣ハ……常ニ備ワル」
ミズハ:「流レハ繋ガル。私達ハ……共ニ在ル」
霧の奥に続く道へ、彼らは歩みを進めた。
石台の青白い残光を背に、目は迷わず、ただ次なる座標を見据えて――。




