霧の気配
《立ち止まり、静かに見つめる》
──このまま進めば、次は“確実に何かが起こる”。
ナオは、濃くなりつつある霧の気配に、そう確信していた。
前方の空気はわずかに揺らぎ、地形すら歪んで見える。先ほど出会った“記録にない構造物”と、“誰か”の気配。それらがただの残留ではなく、今なお“何かを守ろうとしている”のだとすれば――
(今の自分に、どこまで対応できるか……)
ナオは深く息を吸い込み、ゆっくりと呼気を吐く。
足を止め、右手を軽く振った。
その指先に魔素が集束し、視界の前に青白い光が浮かび上がる。
《システムインターフェース展開──ステータスウィンドウ起動》
浮かび上がったのは、自身の状態を網羅的に記録する“情報の鏡”。それはただの数字や文字の羅列ではない。“異界から来た者”にとって、生命と精神の“現在地”を示す重要な指標だった。
《ナオ=カミシロ|ステータス表示》
【名前】ナオ=カミシロ
【年齢】17
【種族】人間(転移者)
【称号】継承者の系譜/霧境探訪者/記録の問う者
【LV】24
【HP】1720 / 1920
【MP】1180 / 1460
【状態】軽度疲労・集中強化中(精神定着)
【スキル】
▶ 基礎スキル
- 忍脚(加速/静足)
- 幻移の歩(短距離残像移動)
- 影視覚(霧中認識補正)
- 結界符・改(構築・干渉・展開)
▶ 特化スキル
- 雷撃斬糸(魔素刃による精密切断)
- 咆哮結界符(衝撃波+威圧領域)
- 共鳴視(魔器との波長接続)【NEW】
▶ サポートスキル
- 構造解析(対象:施設/構造体)
- 神代印符操作(術式起動・秘紋制御)
- 状態感知・深(異常領域対応)
【進行覚醒段階】第二階層:記録との接続
【霧適応率】63%(中強度まで感覚制御可能)
【補助機構】
- 魔器リンク:ユレイ/アクト/リル(共鳴安定中)
- 卵形態:ミオリ=スレア(沈黙モード/微共振中)
【注意点】
▶ MPが継続的に霧に“干渉されている”兆候あり(変調:軽度)
▶ 霧中での“視認外接触”の履歴が1件記録されています
《冷静な判断と思考》
「……ステータスは問題ない。でも“視認外接触”の記録……やっぱり、あれは“接触”扱いになってたか」
ウィンドウの“注意点”の項目に表示されたその一文を見て、ナオは眉をひそめた。
“視認外接触”。記録上でしか見たことのない言葉だった。
つまり、ナオが霧の中で感じた“誰か”の視線は、確かに彼に何らかの作用を及ぼしていた――そういうことだ。
背後から、ユレイの声が届く。
> ユレイ:「進行限界ヲ想定シ、次回確認ハ10分後推奨。現在ノ状態、警戒レベル:中」
> アクト:「霧密度、前方で上昇中。“魔素流動ノ偏位波”感知アリ」
リルが、袖を引いた。
> リル:「……ナオ、ボク、魔法ツカウヨ?……癒す?」
ナオは小さく笑い、リルの頭をそっと撫でた。
「ありがとう。でも、まだ大丈夫。霧の変調が続いてるだけだ……」
ナオはステータスを閉じ、再び息を整えた。
(“共鳴視”――このスキルは、魔器とだけでなく、“場の波長”にも感応する力がある)
この力が、次の扉を開ける鍵になる。
ミオリの卵が見せた“微共振”。そして、霧の中で反応した《神代印符》の発光。それらは偶然ではない。
――霧は、何かを覆い隠している。そして、それは“彼ら”にしか見えないものなのだ。
ナオは振り返り、仲間たちを一人ずつ見た。
ユレイの目は冷静でありながら、霧の流れを絶えず解析している。
アクトは背後の構造物を慎重にスキャンし続け、リルは霧の匂いを感じ取りながら、彼のそばを離れない。
「……行こう」
誰も言葉を返さなかったが、歩みは自然に揃った。
情報は確認された。心は定まった。
そして、次に待ち受ける“何か”に向けて――彼らは進む。
《共鳴視:発動》
――ナオは立ち止まった。
霧の密度はさらに高まり、視界の先は白い壁のようになっている。
何かがある。それは“勘”ではなく、肌で感じる違和感だった。
「……“共鳴視”を使ってみよう」
ナオは呼吸を整え、額に指をあてるようにして魔素を集中させた。
右目の奥が微かに熱を帯び、
視界の縁が淡く青白く染まり始める。
《スキル発動:共鳴視》
──魔素、記録、構造、思念といった“痕跡”に反応し、
世界の“残響”を視る。
《もう一つの構造》
次の瞬間――霧の中に、輪郭の異なる“空間”が浮かび上がった。
肉眼では見えなかったはずの、構造線と柱の痕跡。
それは地図には存在しない、過去に存在した何かの“建物の基礎”。
ナオ:「……これは……“隠されてた建物”?」
床は石畳。崩れかけた壁がわずかに残っており、
その中心には、封印符の残滓のようなものが浮遊していた。
> アクト:「空間共鳴反応。“記録ノ影”デハナク、“実体記録ト連動スル霊素構造”」
> ユレイ:「此処、“記録削除”前ノ施設跡地……ノ可能性アリ」
《過去の残響》
ナオがさらに視線を集中させると、
空間に**もうひとつの“影”**が見えた。
それは人影――いや、思念の残光だった。
誰かがこの場所で、何かを託していた。
その残響が、霧の中に記録として囁いている。
> 「……これを見ている者へ」
> 「ここは、“記録を葬るための収容域”だった」
> 「だが私は、全てを燃やすことはできなかった……」
> 「この部屋に、**“声を持った記録”**が眠っている。……お願いだ、“聞いて”くれ」
その声はナオにしか聞こえない。
けれど確かに、“誰かが伝えようとした”ものだった。
ユレイ:「思念波、接続中断。……“残響記録”、収束シマシタ」
リル:「ナオ……今、誰カ、イッタ?」
ナオは黙って、霧の中に消えた“影”の方を見つめていた。
「……ここには、“言葉を持った記録”があるらしい。
俺たちが、それを見つけるべきだと思う」
《視えたものの先へ》
《共鳴視》はまだ持続している。
霧の奥に続く“線”が一本――未踏の構造へ続いていた。
それはまるで、“導くような記憶の道標”。
ナオ:「行こう。この先に、“忘れられた声”がある」
仲間たちが無言で頷き、ナオの背に並ぶ。
静かに、しかし確かな足取りで、過去へとつながる霧の中を進んでいく。
《構造内部へ》
霧の中に浮かぶ“消えかけた輪郭”を辿り、ナオたちはその建物の残骸に踏み込んだ。
崩れた壁を越え、かつて扉だったであろう石枠をまたぐと、空気の質が変わった。
――ここだけ、静寂が“濃い”。
ユレイが低く言う。
> 「結界痕、検出。簡易式封鎖結界、“音響遮断”ト“精神浸蝕抑制”」
> アクト:「解析中。……解除可能」
ナオ:「残ってるってことは、中に何か“残したかった”んだな」
構造の中心部。棚や机の影がぼんやりと見える。
だがその中でも、一つだけ魔素の共鳴反応を示す物体があった。
《記録媒体との邂逅》
それは、半ば崩れた石製の机の上――
ひび割れた金属製の円筒型装置。
外装には古びた神代文字が刻まれている。
ナオ:「……これが、“声を持った記録”か」
リル:「中、ナニカ入ッテル?」
ナオはそっと手を伸ばす。
神代印符が、円筒表面の刻印と共鳴し、わずかに光が灯る。
> アクト:「反応式記録媒体。……封印形式“二重結界+語句認証”」
> ユレイ:「記録ノ保全率……残存度63%。“部分再生”ハ可能」
ナオは目を細め、慎重に指を印へ重ねた。
「……俺にしか、聞けない声かもしれないな」
静かに呟き、開封用の認証語句を唱える。
「──《我、記録を問う継承者なり。封を解け》」
《再生:記録の声》
カチリ、と小さな音が響いた。
円筒の側面に亀裂のような溝が走り、内部から微かな青白い光が漏れ出す。
そして、空間に──“声”が響いた。
> 「……これは私の最後の記録。
私は、“研究第七班・記録管理主任”……かつての神代の端末」
> 「我々は、命令に従い数多くの記録を破棄した。
だが、その中には、“問いを持った魔器たち”がいた」
「彼らは戦うために造られたが、戦わない理由を探し始めていた」
> 「その声を、上層部は“危険”と判断した。
彼らは記録ごと封じられ、私たちには“消去”が命じられた」
ナオは、じっと音の残響を聞いていた。
まるで、ユレイたちの過去が語られているように思えた。
> 「私はすべてを消せなかった。
せめてこの一片だけでも、未来に残そうと……この霧の地に埋めた」
> 「もし、あなたが“彼ら”の問いに耳を傾けているなら……
この記録を、どうか、次の問いの“鍵”として使ってほしい」
《静まる残響》
記録はそこまでだった。
装置の光は静かに消え、ただ“封を解かれた記憶”の余韻だけが残った。
ナオは手を引き、目を閉じた。
「……やっぱり、俺たちが“答えなきゃいけない問い”なんだな。これは」
ユレイは小さく頷く。
> 「我等、“問イカケ”ノ記録。
今、応答スルノハ、“記録ノ外”ニ生キル者」




